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私は生きてる/テーマ:おなかが空いた
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空腹は最大の調味料なんて誰が言ったんだろう。
いくら空腹になろうと、肝心の食べ物がなければ調味料にすらならないというのに。
知らない場所に人ではない者達。
言葉も通じないから話すらできず、拘束されて数日経った。
洞窟には木で作られた柵があり、牢屋と思われる場所に私はいる。
監視がいるわけでもなく放置状態で、最初は逃げ出そうともしたけど、頑丈な柵に私の手が傷つくだけだった。
諦めた私は土壁に背を預け、命が尽きるその時を待つだけ。
せめて言葉だけでも通じたら、今より少しはマシになっていただろうか。
仕方がない事をただぼーっとする頭で考える無駄な時間。
私はどうしてこんな目にあっているんだろう。
悪いことなんて何一つせず、末等に生きてきた。
大手の会社に就職するために努力だってしてきて、やっとの思いで入社出来た初めての出勤。
「あ……私、あのとき背中を押されたんだ」
出社途中の信号で立ち止まっていたときのことをフと思い出す。
信号待ちをしていたとき、私は背中を押されてそのまま道路に投げ出された。
驚きで動けなくなった私の目に映ったのは、冷たい視線を向ける妹。
そこからの記憶はなく、目が覚めたら人ではない者達に取り囲まれていて今に至る。
道路に突き飛ばされたんだから、助かるはずがない。
だとしたらここは死後の世界なのか。
それにしては、お腹も空くし傷ついた手も未だに痛む。
ただわかるのは、死んでいようと生きていようと今の現実は変わらないということ。
日付感覚が洞窟の中だとわからないから、もうどれだけ経ったのかは正確にわからない。
朦朧として視界が暗転すると、私は意識を手放した——。
何かが口に押し付けられている感覚と、ほのかにする香りにカッと目を開き口を大きく開けてそれを食べた。
硬いけど、確かにするパンの味。
両手で掴み夢中で食べ終えてから、何故パンがあるのかという疑問に気づく。
カタンッという音に視線を向ければ、小さな子供が柵の隙間から水の入った器をおいている。
「も、しか、して、ア……タが?」
声をかけると、その子は震え出す。
飲まず食わずだったから声が掠れてしまっているのもあるけど、声を発せたところで言葉が通じないんじゃどうしようもない。
怖がっている女の子を何とか安心させたくて、通じないとわかっていながらも「ありがとう」と口にして笑みを浮かべる。
その様子にホッとしたのか、先程までの怯えは消えて笑顔を見せてくれた。
トタトタと走ってその場から遠ざかるその子の背を見つめ、久しぶりに感じた温かみも遠ざかっていくようで寂しく感じてしまう。
あの子の頭には、私を拘束したヒト達のような獣の耳や尻尾はなかった。
見た目は人間だったけど、獣の様なヒト、つまり獣人が存在するような場所では、あの子が人間なのか確証が持てない。
久しぶりにパンと水を口にできて、ほんの少し元気を取り戻し考えていると、トタトタと洞窟に足音が響く。
私をこんな場所に放置してから一度も姿を現さなかった獣人がやってきたのだろうかと身構えていると、姿を現したのは先程の女の子。
息を切らしたその子の手には、鋭く小さな刃物が握られていた。
錆び付いた刃物を木にあて左右に動かせば、地面に木屑が落ちていく。
一生懸命なその姿に、この子は私をこの場所から出そうとしているんだと気づくけど、そんな錆びた刃物で人一人通れるようになんて出来るはずがない。
一か所の木が斬れたところで、刃物の持手が取れた。
「ありがとう。でも、これ以上は無理よ」
言葉が通じないその子は、私にニッと笑みを浮かべると、上に着ていた服を脱ぎその布を刃物に巻いて次の木を切り始めた。
何度静止の言葉をかけても、まるで大丈夫と言ってるように笑みを浮かべるだけで手を止める様子はない。
いくらパンと水を摂取できたとはいえ、私の体力は殆ど無く座るので精一杯。
例えこの牢屋から出られたとしても、私に歩く体力など残されていない。
この子のしてくれたこと全てが無駄になってしまうのが申し訳なくて辛いのに、諦めてくれるのを待つことしかできない自分が嫌になる。
久しぶりに物を胃に入れたせいか、ウトウトとしてきた私は眠りへと落ちる。
目が覚めたら、きっとこの子は諦めていなくなっていると思うとホッとするのに寂しいとも思ってしまうのは私の我儘。
道路に突き飛ばされた時点で終わったはずの命なんだから、最後が妹の冷たい視線じゃなく、子供の笑顔で終わるのなら遥かに幸せだ。
どれくらい眠ったんだろう。
体が揺れる感覚に目を覚ますと、牢屋の中にはさっきの女の子。
一体どうやって入ったのかと柵に視線を向ければ、私一人が通れるスペースの穴があけられていた。
再び視線をその子に向けると、手は傷だらけで血が滲んでいる。
私が眠ったあとも、この子は諦めずに柵を切り続けていたんだ。
この子の思いを無駄にしたくない。
私は残った全ての力を使い、土壁に手をつきながらも何とかそのこと無事に外に出る。
真っ暗な世界が月と星で照らされていて、洞窟の中にいた私からしたらそれだけで眩しい。
なんて、今はそんな喜びを感じている場合じゃなく、この子の手を水で洗ってあげなければ。
「水がある場所ってわかる? って、言葉が通じないんだよね」
体力がない今デタラメに歩くわけにもいかないしどうしたものかと悩んでいると、クイクイと服が引っ張られ、どうやらどこかに案内しようとしているらしく、こうしていても仕方がないのでその子についていくと川があった。
その子は私の手を指差し洗うジェスチャーをしだす。
言葉も通じない相手に対して、この子はずっと私の事を考えてくれている。
血が滲んでいて痛々しいのはこの子なのに、川へは私のために連れてきてくれたんだ。
「私のことよりアナタの事が先」
唯一ポケットに入っていたハンカチを取り出し水を染み込ませたあと、その子の手を綺麗に拭いていく。
だいたい拭き終えたら川の水を手で救いその子の手にかける。
綺麗な布や消毒液もないからこれくらいしか出来ないけど、その子は勢い良く私に抱きつき喜んでいるみたい。
外の気温は少し暑いくらいだったから、ついでに水で身体を綺麗にしようと思い衣服を脱ぐと、その子は自分の顔を手で庇っていた。
恥ずかしいみたいだけど、この子だって土がついてるから綺麗にしなければ。
「ほら、アナタも脱いで」
ジェスチャーで伝えてみるけど、指の隙間からチラリと覗いて首を左右に振り拒否。
言葉が通じない以上は強硬手段しかない。
私も体力は殆どなかったけど、ずっと木を切り続けていたこの子の体力も同じくらいなくて、簡単に脱がせることができた。
と思ったら、女の子には無いものがその子にはあって。
「えっと、ごめんね」
通じない言葉で謝罪をしても、その子は顔を真っ赤にして瞳を潤ませている。
まだこんなに小さいのに恥ずかしがる年頃なのかな。
諦めたのか怒ったのか、その子が川に入ったので私も入る。
近づくと離れていくのが可愛くて、体力の限界まで楽しみ尽くした後は二人で眠ってしまった。
衣食住の心配や獣人がいる世界だということも今は忘れ、真面目人間だった私は初めて息苦しくない経験をする。
あのとき妹が私を突き飛ばしたのは、私と比較され続けてきたから。
殺したいくらい憎んでたんだってわかってたから、驚きはしたけど納得してしまった。
私も周りに期待されてずっと息ができない毎日で、でも今ようやく生きてるって実感してる。
洞窟の中、空腹で一人で。
最初に食べたパンの味、最初に見た眩しい夜空、どれも一生忘れることはない。
これが、生きてるってことだから。
《完》
いくら空腹になろうと、肝心の食べ物がなければ調味料にすらならないというのに。
知らない場所に人ではない者達。
言葉も通じないから話すらできず、拘束されて数日経った。
洞窟には木で作られた柵があり、牢屋と思われる場所に私はいる。
監視がいるわけでもなく放置状態で、最初は逃げ出そうともしたけど、頑丈な柵に私の手が傷つくだけだった。
諦めた私は土壁に背を預け、命が尽きるその時を待つだけ。
せめて言葉だけでも通じたら、今より少しはマシになっていただろうか。
仕方がない事をただぼーっとする頭で考える無駄な時間。
私はどうしてこんな目にあっているんだろう。
悪いことなんて何一つせず、末等に生きてきた。
大手の会社に就職するために努力だってしてきて、やっとの思いで入社出来た初めての出勤。
「あ……私、あのとき背中を押されたんだ」
出社途中の信号で立ち止まっていたときのことをフと思い出す。
信号待ちをしていたとき、私は背中を押されてそのまま道路に投げ出された。
驚きで動けなくなった私の目に映ったのは、冷たい視線を向ける妹。
そこからの記憶はなく、目が覚めたら人ではない者達に取り囲まれていて今に至る。
道路に突き飛ばされたんだから、助かるはずがない。
だとしたらここは死後の世界なのか。
それにしては、お腹も空くし傷ついた手も未だに痛む。
ただわかるのは、死んでいようと生きていようと今の現実は変わらないということ。
日付感覚が洞窟の中だとわからないから、もうどれだけ経ったのかは正確にわからない。
朦朧として視界が暗転すると、私は意識を手放した——。
何かが口に押し付けられている感覚と、ほのかにする香りにカッと目を開き口を大きく開けてそれを食べた。
硬いけど、確かにするパンの味。
両手で掴み夢中で食べ終えてから、何故パンがあるのかという疑問に気づく。
カタンッという音に視線を向ければ、小さな子供が柵の隙間から水の入った器をおいている。
「も、しか、して、ア……タが?」
声をかけると、その子は震え出す。
飲まず食わずだったから声が掠れてしまっているのもあるけど、声を発せたところで言葉が通じないんじゃどうしようもない。
怖がっている女の子を何とか安心させたくて、通じないとわかっていながらも「ありがとう」と口にして笑みを浮かべる。
その様子にホッとしたのか、先程までの怯えは消えて笑顔を見せてくれた。
トタトタと走ってその場から遠ざかるその子の背を見つめ、久しぶりに感じた温かみも遠ざかっていくようで寂しく感じてしまう。
あの子の頭には、私を拘束したヒト達のような獣の耳や尻尾はなかった。
見た目は人間だったけど、獣の様なヒト、つまり獣人が存在するような場所では、あの子が人間なのか確証が持てない。
久しぶりにパンと水を口にできて、ほんの少し元気を取り戻し考えていると、トタトタと洞窟に足音が響く。
私をこんな場所に放置してから一度も姿を現さなかった獣人がやってきたのだろうかと身構えていると、姿を現したのは先程の女の子。
息を切らしたその子の手には、鋭く小さな刃物が握られていた。
錆び付いた刃物を木にあて左右に動かせば、地面に木屑が落ちていく。
一生懸命なその姿に、この子は私をこの場所から出そうとしているんだと気づくけど、そんな錆びた刃物で人一人通れるようになんて出来るはずがない。
一か所の木が斬れたところで、刃物の持手が取れた。
「ありがとう。でも、これ以上は無理よ」
言葉が通じないその子は、私にニッと笑みを浮かべると、上に着ていた服を脱ぎその布を刃物に巻いて次の木を切り始めた。
何度静止の言葉をかけても、まるで大丈夫と言ってるように笑みを浮かべるだけで手を止める様子はない。
いくらパンと水を摂取できたとはいえ、私の体力は殆ど無く座るので精一杯。
例えこの牢屋から出られたとしても、私に歩く体力など残されていない。
この子のしてくれたこと全てが無駄になってしまうのが申し訳なくて辛いのに、諦めてくれるのを待つことしかできない自分が嫌になる。
久しぶりに物を胃に入れたせいか、ウトウトとしてきた私は眠りへと落ちる。
目が覚めたら、きっとこの子は諦めていなくなっていると思うとホッとするのに寂しいとも思ってしまうのは私の我儘。
道路に突き飛ばされた時点で終わったはずの命なんだから、最後が妹の冷たい視線じゃなく、子供の笑顔で終わるのなら遥かに幸せだ。
どれくらい眠ったんだろう。
体が揺れる感覚に目を覚ますと、牢屋の中にはさっきの女の子。
一体どうやって入ったのかと柵に視線を向ければ、私一人が通れるスペースの穴があけられていた。
再び視線をその子に向けると、手は傷だらけで血が滲んでいる。
私が眠ったあとも、この子は諦めずに柵を切り続けていたんだ。
この子の思いを無駄にしたくない。
私は残った全ての力を使い、土壁に手をつきながらも何とかそのこと無事に外に出る。
真っ暗な世界が月と星で照らされていて、洞窟の中にいた私からしたらそれだけで眩しい。
なんて、今はそんな喜びを感じている場合じゃなく、この子の手を水で洗ってあげなければ。
「水がある場所ってわかる? って、言葉が通じないんだよね」
体力がない今デタラメに歩くわけにもいかないしどうしたものかと悩んでいると、クイクイと服が引っ張られ、どうやらどこかに案内しようとしているらしく、こうしていても仕方がないのでその子についていくと川があった。
その子は私の手を指差し洗うジェスチャーをしだす。
言葉も通じない相手に対して、この子はずっと私の事を考えてくれている。
血が滲んでいて痛々しいのはこの子なのに、川へは私のために連れてきてくれたんだ。
「私のことよりアナタの事が先」
唯一ポケットに入っていたハンカチを取り出し水を染み込ませたあと、その子の手を綺麗に拭いていく。
だいたい拭き終えたら川の水を手で救いその子の手にかける。
綺麗な布や消毒液もないからこれくらいしか出来ないけど、その子は勢い良く私に抱きつき喜んでいるみたい。
外の気温は少し暑いくらいだったから、ついでに水で身体を綺麗にしようと思い衣服を脱ぐと、その子は自分の顔を手で庇っていた。
恥ずかしいみたいだけど、この子だって土がついてるから綺麗にしなければ。
「ほら、アナタも脱いで」
ジェスチャーで伝えてみるけど、指の隙間からチラリと覗いて首を左右に振り拒否。
言葉が通じない以上は強硬手段しかない。
私も体力は殆どなかったけど、ずっと木を切り続けていたこの子の体力も同じくらいなくて、簡単に脱がせることができた。
と思ったら、女の子には無いものがその子にはあって。
「えっと、ごめんね」
通じない言葉で謝罪をしても、その子は顔を真っ赤にして瞳を潤ませている。
まだこんなに小さいのに恥ずかしがる年頃なのかな。
諦めたのか怒ったのか、その子が川に入ったので私も入る。
近づくと離れていくのが可愛くて、体力の限界まで楽しみ尽くした後は二人で眠ってしまった。
衣食住の心配や獣人がいる世界だということも今は忘れ、真面目人間だった私は初めて息苦しくない経験をする。
あのとき妹が私を突き飛ばしたのは、私と比較され続けてきたから。
殺したいくらい憎んでたんだってわかってたから、驚きはしたけど納得してしまった。
私も周りに期待されてずっと息ができない毎日で、でも今ようやく生きてるって実感してる。
洞窟の中、空腹で一人で。
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《完》
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