1話完結の短編集

月夜

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戦いの火蓋は切られた

1 戦いの火蓋は切られた

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 早朝、とある武将の耳に一夜にして城が建ったという情報が入ってきた。
 その話を聞いた人物こそ、今最も天下人に近いとされている武将、織田 信長。

 一夜にして建った城と聞いて信長が興味を持たない筈がなく、その城が建てられた場所へと早速向かう。
 一体何者が、どの様にして一夜で建てたのか偵察も兼ねて、家臣であるもり 蘭丸らんまるを連れ着いた先には正しく城が建てられていた。



「まさかこの様な城が一夜にして建つとはな」

「私もここに来るまでは半信半疑だったのですが、まさか本当だったとは」



 昨日までは確かに草木しかなかった場所。
 だが今二人の目の前には確かに城が存在する。
 信長は城の前で馬の手綱を引くと「この城の主は居るか」と叫ぶ。

 しばらくして城から出てきたのは町娘。
 女中だろうかと思った蘭丸は「信長様はこの城の主に会いたいと仰せだ」と言う。
 その言葉に町娘はニコリと笑みを浮かべると「私が主です」と口にする。

 蘭丸だけでなくこれには信長も驚く。
 町娘一人が一日にして城を建てることなど不可能。
 そもそもそんな大金を町娘一人に用意できるはずがない。
 町娘のふざけた応えに「そんなはずがないだろう」と怒る蘭丸だが「そう仰られても事実ですから」と平然と答える町娘。



「ほう、ならば娘、ただの町娘であるお主が、どのようにして一夜で城を建てたのか話してみろ」



 信長の言葉に町娘は、城をどのようにして建てたのか話し始める。
 だがその入りはとても奇妙なものだった。
 何故なら女は自分が未来から来たと言い出したからだ。
 そんな信じ難い話は続けられた。

 戦国時代に突然タイムスリップしてしまったことに最初は驚くことしかできなかった女だが、問題はこれからどうするか。
 兎に角町を探そうと歩き見つけたのが、尾張の城下町。

 町を歩いていると皆が女を見る。
 その原因が自分の着ている服であることに気づき、羽織を一枚脱ぐとそれを売った。
 この時代では女が着ている洋服や持ち物は全て珍しい物。
 南蛮の物だと言えば高く買い取ってもらうことができ、羽織だけでかなりの金額となった。

 この時代のお金を手に入れた女が最初にしたのは着物を買うこと。
 現代のような目立つものではなく、町娘が着るような着物を購入する。

 早速着物に着替えて目立たなくはなったが、これから生活をするなら宿に泊まるよりも自分の家を持った方のが早い。
 普通の家でも良かったのだが、この先いつ元の時代に帰れるかもわからない。

 まだ現代の服とスカート、そして鞄とその中の物があり、羽織を売ったお金も残っている。
 だが、お金もそのうち尽きてしまうと考えたとき、城を建てることを考えた。
 一夜にして城が経ったなんて事が偉い人達に知られれば必ず偵察に来る。
 そうして狙い通りやってきたのが大物中の大物、信長だった。



「興味深いな」

「馬鹿馬鹿しい、何が別の時代だ」

「でも、本当の事ですから」



 蘭丸は信長に対して無礼な言葉の数々を並べる町娘に怒りを感じていたが、信長は愉快だと笑い、城の中へ入れてもらいたいと言う。
 女はその言葉に頷き、二人を城内にある部屋の一室へと案内する。
 三人畳の上に座ると「先程の話、続きがあるのだろう」と信長に言われ女は頷く。

 そう、この話には続きがある。
 何故なら、武将がこの城を偵察に来たところで、女のこの先の生活に保証など何一つとしてない。
 そこまで話せば答えは簡単。
そう、この城を建てた本当の理由は、この城を譲る代わりに自分の生活を保証させるということ。



「ふざけたことを、どこまで信長様を愚弄するつもりだ」

「愚弄などしていません。ですが、信長様は新しい物、珍しい物がお好きですよね」



 そう言いって女が二人の前に出したのは、城を建ててもまだ残っていた現代の代物。
 城とこの南蛮物を全て譲ると言えば、信長は笑って女の取引を受け入れた。



「娘、名は」

佐々木ささき りんです」



 こうして生活の全てを保証された鈴は、信長の城へと連れられ一室を与えられた。
 こんなに上手くことが進むと少し怖くもあるが、昨日頑張ったかいがあるというものだ。 

 城は建てる際に材木や人手がいる。
 大きな城でなくても、一夜で城が建てば武将の耳にも入ると思い、城は小さなものに決めた。
 その分人手を増やすことができ、城は一夜で無事完成。
 そして鈴に残ったのは、城を建てるためにほとんど売ってしまって少なくはなったが、この時代なら南蛮の物として価値がある品が数個と城。
 信長の興味を引くには十分。

 尾張の町だと知ったとき、この近くで城を建てれば来るのは信長だと確信していた。
 これだけ興味が沢山詰まった自分を放っておくはずはないと計算していた。
 これで生活は保証されたものの、鈴の手には本当に何も無くなってしまった。
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