1話完結の短編集

月夜

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この叫び、アナタに届いていますか?/テーマ:そして私は叫んだ

3 この叫び、アナタに届いていますか?

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「強くはなれない。そう、あのままでは。君は無理な鍛錬を続けていましたから」



 あのときの言葉は、私の鍛錬の仕方では強くなるどころか身体にかなりの負担をかけてしまうということだった。
 なのに私は必要とされていないと思ったり、居場所はないんだと思いこんでしまっていた。
 そんな勝手に出ていった私を、総長は連れ戻しに来てくれた。


 その後、私と総長は新選組屯所の入り口まで戻ってきたが、中は騒がしく、どうやら脱走したことに気づいたようだ。
 このままでは二人とも切腹になってしまう。
 私のせいで総長まで切腹になどさせられない。
 そう思い中へ入ろうとしたとき、こちらに近づく足音に気づいた総長が私の腕を引くと、屯所内の草の陰へと隠れた。



「まさか山南さんが脱走とはな。どうやら沖田さん一人で追うみたいだぜ」

「脱走したのが山南さんなら適任だな。だが、なんで山南さんは脱走なんてしたんだ」



 そんな会話をしながら隊士が行ってしまうと、隣で身を潜めていた総長に「君はこのまま部屋へ戻りなさい」と言われた。
 先程の隊士の会話を聞く限り、私も脱走していることにはまだ気づいていない。
 今部屋に戻れば気づかれずに済む。

 だが、総長はどうするのか。
 今屯所内では総長を捕まえる話がされているというのに。
 不安げな私に気づいた総長は「私ならなんとかなりますから」と笑みを浮かべた。

 その言葉に私は頷き、そっと部屋へと戻った。
 暫くして屯所内は静かになり、総長は大丈夫なのか気になったが、下手に私のような新人隊士が口を挟む方のが邪魔になってしまうと思い、気にしつつも眠ることにした。


 翌朝。
 結局気になって一睡もできなかったのだが、私の部屋の前を通り過ぎていく隊士達の会話が聞こえ、その内容に慌てて部屋を飛び出した。

 とある部屋の襖を開るとそこには、局長、副長、幹部隊士達が揃っている。
 私は怒る副長の声を無視し、その場でさっき聞いた事を尋ねてみると、皆辛そうな表情を見せたため事実である事は直ぐにわかった。



「なんで……なんで総長が切腹なんですか!!」

「仕方がないことなんだ。彼は局中法度を破った」



 近藤さんの言葉に、私は自分が脱走して総長は連れ戻しに来たということを話すが、皆黙ったままだ。
 私が全て悪いのだから、切腹なら私が受けるのが当然だというのに、何故誰も何も言わないのか。

 私が切腹するべきだと訴えていると「もう辞めるんだ」と沖田さんが口を開いた。
 何もおかしなことは言っていないのに何故辞めなければいけないのか。



「沖田さんだって納得できませんよね?」

「納得できないかじゃなくするしかないんだ。君が庇いたい気持ちはわかるよ。それでも許されないんだ」



 そう言った沖田さんの顔は、辛さや悲しみで歪んでいた。
 結局私の言葉は総長を庇うための嘘だと思われたまま、私は部屋から出された。
 沖田さんは納得するしかないと言っていたが、そんなの出来るはずがない。


 その日の夜。
 総長に夕餉を運んできたということで、部屋の外にいる見張りの人に中へと入れてもらえた。



「総長、夕餉をお持ちしました」 

「有難うございます」



 いつものように優しい笑みを浮かべる総長に変わった様子はなく、本当に死罪になる人物なのかと疑いたくなるが、事実は変わらない。
 私は部屋の外にいる見張りに聞こえないように「今日の夜、総長を逃します」と伝えるが、総長は静かに首を横に振った。



「私は死を受け入れます」

「ッ……何故ですか」



 総長の言葉につい声を張り上げそうになり、なんとか押さえて尋ねる。



「私が局中法度を破ったからです。隊士達の示しの為にも、切腹は受け入れなければいけません」



 なら私も一緒に切腹するべきだと言うが、総長はまた首を横に振る。

 私が脱走したことは総長しか知らない。
 もしそれを伝えたとしても、総長を庇っているとしか思われない。
 そう言い終えた総長は、少し困ったような表情を浮かべると更に言葉を続けた。



「私と君しか知らないことなら、抗議の必要はないですよ。あくまで抗議、ですからね。それに」



 言葉を途中で区切ると、突然伸ばされた総長の手が私の頬に触れ、耳元に顔を寄せられると囁くように言われた。


 それから直ぐだった。
 前川邸で総長は切腹し亡くなった。
 総長の希望で介錯は沖田さんが務めたと聞いた。

 総長が亡くなった日の夜。
 私はあの時のことを思い出していた。
 耳元で囁くように言われた言葉。


『私の勝手な願いなんですが、君には笑って生きていただきたいんですよ』


 私は部屋で泣き崩れた。
 総長が亡くなって笑えるはずなんてない。
 でも、あの時の総長は私が見た中で初めて見る、心の底からの笑みだった。



「っ……あんな顔っ……ずるい、ですよ」



 私は何度も叫びを上げた。
 声には出せない叫びを何度も、何度も。


《完》
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