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4吸血 説明できない物語

3 説明できない物語

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「おせーよ」



 耳元で聞こえたその言葉を最後に、私は意識を手放した。


 目を覚ました私は森の中の地面に倒れており、空はすでに夜になり始めていた。
 兎に角先ずは上体を起こすと「お目覚めか」と言う声に鼓動がイヤに高鳴る。

 起き上がる私の目の前にはノワール。
 逃げ出したくても直ぐに追いつかれてしまう。
 どうすることも出来ない状況に恐怖を感じていると、ノワールが私の目の前に来てしゃがむ。



「もうあんたは俺の獲物でもあんだよ」



 後頭部に回された手がぐっと私をノワールに近づけ、首筋に痛みが走る。
 吸われ続ける血液に、私は意識が朦朧とする。
 そんな中私は、心でラルムの名を呟いた。
 漫画やアニメじゃないのだから届かないのはわかってる。

 こんなことなら、最初から素直に気持ちを伝えておけばよかった。
 後悔したってもう遅いけど、私は――。



「……ラルム」



 その名を口にしたとき、ノワールの牙が首筋から離れたと思うと、何かが私の目の前に現れノワールの首を掴んでいた。

 ノワールの足は地面から浮いているのが、倒れている私の瞳に映った。
 朦朧としていたはずの意識は次第にハッキリとし、聞こえた怒りの声がラルムであることがわかる。

 私に背を向けているラルムがどんな表情を浮かべているかはわからないが、最初にノワールが現れたときと同じような怒りをラルムから感じる。
 苦しげに顔を歪めるノワールは、何を思ったのか口元に笑みを浮かべた。



「くっ……おい、ラルム……お前、その女が――」

「ああ、今わかった」



 ラルムが首から手を放すと、ノワールは地面に落ち噎せる。
 そんなノワールを冷たい視線で見下し「二度と結さんに近づくな」と、私さえも恐怖を感じて背筋がゾッと震える程の声音でラルムは吐き捨てると、地面に倒れたままの私の体を抱き空へと飛び上がった。

 空を飛んでいる間、私もラルムも言葉を交わさなかった。
 伝えたいこと、聞きたいことがあるのに、今はラルムの腕の中で安心していたかったから。


 少しして家が見えてくると、開けたままとなっていた窓から部屋へと入った。
 私はベッドへと座らされ、今こそ自分の気持ちを伝えようとしたとき、ラルムの言葉が遮った。



「申し訳ありません。私が結さんをお守りすると言ったのに」

「何言ってるの、ラルムはこうして私を助けてくれたじゃない」



 凄く怖かった。
 でも、ラルムはこうして助けに来てくれた。

 ニコリと笑みを浮かべる私の首筋に、ラルムの指が触れる。
 そこは、先程ノワールに噛まれた場所。

 ラルムは私の肩に顔を埋め、ポツリと話し始めた。
 今までプリンセスを探し続けたこと。
 子孫を残すためだけであり、そこに感情は必要としていなかったこと。

 何でいきなりこんな話をするのかわからなくて、もしかしたらプリンセスが見つかったのかもしれないと思ったとき、私は唇を噛んだ。



「私、ラルムが好き。異性として好きなの」



 ここまでハッキリ伝えたら、あとはもう感情が溢れだすだけだった。
 自分の気持ちを全て伝えた。
 人間とバンパイアの恋なんて有り得ないのはわかってる。
 それでも――。



「私はラルムがいい! ラルムじゃなきゃダメなの」



 これで気持ちは全て伝えた。
 私の肩に顔を埋めたままのラルムの表情がわからず返事が怖い。

 鼓動が緊張と不安で高鳴っていると、見えなかったラルムの顔が私の方から離れた。
 そして私の瞳に映ったのは。
 頬をほんのりと染めて戸惑ったような表情を浮かべるラルムだった。



「私も、結さんのことが好きです」



 思いもしなかった返事に私まで頬が熱くなるのを感じる。
 でも、問題がある。
 私は人間でラルムはバンパイアであるということ。

 ラルムはプリンセス、つまり女性のバンパイアを見つけて子孫を残さなくてはならない。

 そんなことを考えて表情が暗くなると、ラルムは私の考えていることを見透かしたように言う。



「結さんは、私が探していたプリンセスです」

「でも、私はバンパイアじゃないから……」



 そう言った私の言葉にラルムは首を振る。
 そして私は知った。
 自分がバンパイアの血を受け継いでいることを。

 最初ラルムが私の前に現れたのも、同じバンパイアだと思ったから。
 でも、何故かその血は人のもの。
 それは、私がバンパイアとして完全に目覚めていなかったから。

 私の子孫の中に、バンパイアと結ばれたものがいたのだろう。
 だが、人とバンパイアとの間の子供はハーフとなるのが基本らしく、それも何百年と過ぎていけば、バンパイアとしての血は更に薄くなる。

 だが稀に、血を引くどころかバンパイアそのものとして生まれる者が存在する。
 それが私だった。
 どうやらそのことにノワールも気づいたようだ。

 だが、私の家族も私自身もそんなことなど知る由もないため、バンパイアである自覚がないまま育ったようだ。

 そしてその目覚めも遠くはない。
 成長した私は、次第にバンパイアとして目覚めようとしていた。
 その曖昧な血が、ラルムを呼び寄せたのだ。



「私は結さんに好意を寄せていました。ですが、バンパイアの子孫を残すため、その気持ちをなくそうと考えまていました」



 ラルムも私と同じで、自分の気持ちを押さえ込んでいた。
 でも、何時しかその想いは押さえきれないほどに膨れあがり、子孫を残すことより私を選んだ。

 そして今日、自分の気持ちを伝えようと待っていたが、普段帰宅する時間に帰らない私に嫌な予感を感じていたラルムの頭の中に、私の助けを呼ぶ声が流れ込んだ。

 慌てて部屋を飛び出したラルムは、微かに香る私の血を辿りあの場に助けに来てくれた。

 私は、自分がバンパイアであるという驚きよりも、ラルムと同じバンパイアなのだという喜びでラルムを抱きしめる。
 人間でないことになんのショックもない。

 ラルムと結ばれることを否定するものはもう何もない。
 私とラルムは見つめ合い、そっと唇を重ねた。
 最初は否定することばかりで、私の恋が叶う要素なんてなかったはずなのに、今は否定するものが何もないなんて不思議だ。


 この世には、説明できないことが存在する。
 そして、今私の目の前にいるバンパイアと両思いである現実も、その一つだということ――。


《完》
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