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酸素を求めて/テーマ:結婚
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結婚、それは、好きな人と一生を誓い合う幸せな事。
婚姻届はお互いが夫婦である誓い。
ただこの一生を誓い合う一枚の紙は、簡単に破れてしまうからあまり意味はない。
恋人だった関係と変わらず、ただその恋人という言葉が夫婦に変わっただけのこと。
今私の薬指で輝く指輪も、私と彼を縛り付ける鎖でしかない。
別に彼を嫌いになったわけではないのに思ってしまう。
私はなんで結婚したんだろうと。
彼にプロポーズされて、好きだから受け入れた。
結婚して三年以上経つけど、彼は変わらず優しくて、穏やかな日常を送っている。
今日も家事が一通り済んだところで椅子に座ると、私は左手を目の前に伸ばして指輪を見つめる。
「輝いてるのは指輪だけね……」
私の日常は幸せすぎた。
こんなことを思うのは贅沢だけど、私はこの指輪のように輝きたい。
彼と過ごす毎日も楽しいけど、今の私に最初の頃の輝きは無くなり、ただ『退屈』と言う言葉が頭に浮かぶ。
「ただいま」
「おかえりなさい。お風呂沸いてるからお先にどうぞ」
「ああ、おおきにな」
仕事で疲れているはずの彼だが、そんな様子を今まで一度も私に見せたことはなく、出会った頃と何も変わらない。
変わったのは私だけ。
彼との出会いは、私がまだ結婚して専業主婦になる前の事だ。
私は独り暮らしをして働いていた。
出張で大阪に行ったとき、私は彼と出会った。
いや、再会した。
最初町中で声をかけられた時は驚いた。
私は父の仕事のため引っ越すことが多く、その引越し先の一つが大阪。
あれは中学三年の二学期頃だっただろうか。
同じクラスの彼と仲良くなったのだが、その二ヶ月後、また私は引っ越した。
そんな短い期間だったのに、彼は私を覚えていてくれた。
あの頃と変わらないその姿、連絡先を交換して大阪にいる間数回会い、彼は見た目だけでなく中身も変わっていないとわかり、私はあの頃を思い出して懐かしさを感じていた。
そして出張期間も終わり大阪を離れるとき、見送りに来た彼に告白をされて付き合うことになった。
彼は大阪、私は東京。
遠距離恋愛が続いたけど、一年経った頃にプロポーズをされて受け入れた。
この一年で彼は、私の暮らす東京で家を借りて一緒に暮らすことを考えて動いていたらしく、その数ヶ月後には東京に引越した彼と婚姻届を提出して一緒に暮らす事に。
彼が元々働いていた職場は有名なところで、東京にある会社に移動願いを提出していた。
こうして相手を気遣ってくれるところは昔のまま。
普通なら、女性が男性の方に行くはずなのに、彼は何の迷いもなく私の方に来てくれて「住み慣れたところのがええやろ」と笑みを浮かべてくれた。
こんな優しい彼に不満なんてない。
でも『退屈』と言う言葉が年月を得て増していく。
きっと優しい彼のことだから、相談したら真剣に聞いて考えてくれると思う。
それでも話すことができないのは、知らないうちに私の気持ちが冷めてきているから。
そんなことを話したら、彼は傷つく。
今まで私に沢山の幸せをくれたのは彼なのに、結婚や夫婦と言う言葉、婚姻届という契約の鎖から解き放たれたいと思ってしまう。
「今日も美味そうやな! いただきます」
お風呂から上がった彼は、リビングに入るとテーブルに並べられた料理を見て嬉しそうに言う。
そんな彼の笑顔を見る度に、私の胸は締め付けられる。
「あの……話があるの」
「どないしたん? 悩みがあるならゆうてみ」
手に持っていた箸を置くと、真っ直ぐに私を見る目は真剣で、話すことを躊躇ってしまう。
「えっとね……今日の料理の味どうかな?」
「勿論いつも通り美味いで!」
結局その日話すことは出来ず、翌日も彼が仕事に行くのを見送る。
玄関の扉が閉まると、私の顔からは笑みが消え、苦痛に顔を歪ませた。
また繰り返される日常。
少しでも開放されたくて、輝きたくて、私はいつもつけている指輪を外して買い物へと出かけた。
指輪を外しただけじゃ何も変わらないけど、それでも目に見える縛りが消えたことで私は一時の開放感を満喫する。
買い物をしていると、突然声をかけられ振り返る。
そこにいたのは大阪で暮らしていた頃の友達。
元々は彼の親友で、クラスは違うけどすぐに私は仲良くなった男の子。
「聞いたで、アイツと結婚したんやろ。おめでとさん」
「ありがとう。でも、なんで東京に?」
「アイツから聞いてへん? 最近こっちに転勤になって引っ越してきたんや」
話によるとこの近所に引っ越してきたらしく、私の家からも近い。
でも、なんで彼はその話を私にしてくれなかったのか。
一応私の友達でもあるから教えてくれてもいいと思うんだけど。
「そんじゃ、また改めて挨拶に行かせてもらうわ」
連絡先を交換すると、彼は去っていった。
久しぶりに昔の友達と会ったからか、何だか久しぶりに私の気持ちは何時もより弾んでいた。
その夜、彼が帰宅すると私は玄関まで出迎えてお風呂の用意ができていることを伝える。
そして今日あった事を彼に話した。
「すまんな、伝えるの忘れててん」
「ううん。あ、近いうちに挨拶に来るって言ってたよ」
そう話したとき、何故か彼は険しい顔をしてこちらを見つめていた。
「指輪、どないしたん?」
外したままだったことを忘れていた私は、深く理由を聞かれないために、食器を洗う際に外していたことを忘れていたと笑みを浮かべた。
「そうなんや……」
何だか元気がない彼。
私は慌てて「すぐつけるね」とリビングへ向かう。
置いたままになっていた指輪をつけると、また鎖が私に巻き付いたような感覚を感じて少しの間指輪を見つめた。
「楽しかったな……」
指輪を外していた間のことを思い出してポツリと呟く。
その二日後、買い物で会った友達が来る事になった。
彼の仕事も休みだから、前日にメールで話したんだけど、その事を伝えた後、彼の様子がどこかおかしいように思えた。
とくに気にすることもないままその日が来ると、お昼すぎに彼は家を訪れた。
「久しぶりやな。奥さんの方とはスーパーで会ったけど」
「もう、奥さんなんて呼び方やめてよ」
「恥ずかしがることないやん。なあ?」
彼はその問いかけに「そうやな」とこたえていたけど何処かぎこちない。
気のせいだろうか。
その後は三人リビングで昔の話などをして盛り上がったけど、やっぱり彼の様子がおかしい。
口数も何時もより明らかに少ない。
「まさか二人が結婚するとわな」
「うん。私が出張で大阪に行ったときに偶然会って」
「ええなー。もしその時俺が会ってたら俺と結婚してたかもやな」
そんな冗談を言いながら笑う彼と話すと、何だか懐かしい。
この三人だから尚更。
しばらく話して彼が帰ると、私は夕飯の準備をしようとした。
でもそれは、突然背後から抱きしめられたことにより制止される。
「どうしたの? 何だか様子もおかしかったし」
彼からの返事はなく、しばらくそのままでいると、ようやく彼の言葉が聞こえた。
「怖いねん。お前が離れていきそうで……」
「そんなこと——」
「何とは限らんやろ。二日前アイツに会った日は指輪外してたし、いつの間にか連絡先まで交換してるし……」
ずっと彼が気にしていたことに私は気づかなかった。
私を抱きしめる手が震えていることに気づいて、その手にそっと自分の手を重ねた。
「大丈夫、ずっと一緒にいるから」
不思議、何故だかわからないけど、今の私の心臓は高鳴っていた。
何より今の私は、輝いているように思えた。
もしかしたら私は、彼の気持ちをもっと知りたかったのかもしれない。
いつも仕事終わりでも笑顔で、普段から弱音も吐かない彼、でも私はもっと頼ってほしかった。
大切に扱われるのは嬉しいけど、もっと彼には素直な気持ちでいてほしかったから。
じゃないと、息苦しいだけだから。
《完》
婚姻届はお互いが夫婦である誓い。
ただこの一生を誓い合う一枚の紙は、簡単に破れてしまうからあまり意味はない。
恋人だった関係と変わらず、ただその恋人という言葉が夫婦に変わっただけのこと。
今私の薬指で輝く指輪も、私と彼を縛り付ける鎖でしかない。
別に彼を嫌いになったわけではないのに思ってしまう。
私はなんで結婚したんだろうと。
彼にプロポーズされて、好きだから受け入れた。
結婚して三年以上経つけど、彼は変わらず優しくて、穏やかな日常を送っている。
今日も家事が一通り済んだところで椅子に座ると、私は左手を目の前に伸ばして指輪を見つめる。
「輝いてるのは指輪だけね……」
私の日常は幸せすぎた。
こんなことを思うのは贅沢だけど、私はこの指輪のように輝きたい。
彼と過ごす毎日も楽しいけど、今の私に最初の頃の輝きは無くなり、ただ『退屈』と言う言葉が頭に浮かぶ。
「ただいま」
「おかえりなさい。お風呂沸いてるからお先にどうぞ」
「ああ、おおきにな」
仕事で疲れているはずの彼だが、そんな様子を今まで一度も私に見せたことはなく、出会った頃と何も変わらない。
変わったのは私だけ。
彼との出会いは、私がまだ結婚して専業主婦になる前の事だ。
私は独り暮らしをして働いていた。
出張で大阪に行ったとき、私は彼と出会った。
いや、再会した。
最初町中で声をかけられた時は驚いた。
私は父の仕事のため引っ越すことが多く、その引越し先の一つが大阪。
あれは中学三年の二学期頃だっただろうか。
同じクラスの彼と仲良くなったのだが、その二ヶ月後、また私は引っ越した。
そんな短い期間だったのに、彼は私を覚えていてくれた。
あの頃と変わらないその姿、連絡先を交換して大阪にいる間数回会い、彼は見た目だけでなく中身も変わっていないとわかり、私はあの頃を思い出して懐かしさを感じていた。
そして出張期間も終わり大阪を離れるとき、見送りに来た彼に告白をされて付き合うことになった。
彼は大阪、私は東京。
遠距離恋愛が続いたけど、一年経った頃にプロポーズをされて受け入れた。
この一年で彼は、私の暮らす東京で家を借りて一緒に暮らすことを考えて動いていたらしく、その数ヶ月後には東京に引越した彼と婚姻届を提出して一緒に暮らす事に。
彼が元々働いていた職場は有名なところで、東京にある会社に移動願いを提出していた。
こうして相手を気遣ってくれるところは昔のまま。
普通なら、女性が男性の方に行くはずなのに、彼は何の迷いもなく私の方に来てくれて「住み慣れたところのがええやろ」と笑みを浮かべてくれた。
こんな優しい彼に不満なんてない。
でも『退屈』と言う言葉が年月を得て増していく。
きっと優しい彼のことだから、相談したら真剣に聞いて考えてくれると思う。
それでも話すことができないのは、知らないうちに私の気持ちが冷めてきているから。
そんなことを話したら、彼は傷つく。
今まで私に沢山の幸せをくれたのは彼なのに、結婚や夫婦と言う言葉、婚姻届という契約の鎖から解き放たれたいと思ってしまう。
「今日も美味そうやな! いただきます」
お風呂から上がった彼は、リビングに入るとテーブルに並べられた料理を見て嬉しそうに言う。
そんな彼の笑顔を見る度に、私の胸は締め付けられる。
「あの……話があるの」
「どないしたん? 悩みがあるならゆうてみ」
手に持っていた箸を置くと、真っ直ぐに私を見る目は真剣で、話すことを躊躇ってしまう。
「えっとね……今日の料理の味どうかな?」
「勿論いつも通り美味いで!」
結局その日話すことは出来ず、翌日も彼が仕事に行くのを見送る。
玄関の扉が閉まると、私の顔からは笑みが消え、苦痛に顔を歪ませた。
また繰り返される日常。
少しでも開放されたくて、輝きたくて、私はいつもつけている指輪を外して買い物へと出かけた。
指輪を外しただけじゃ何も変わらないけど、それでも目に見える縛りが消えたことで私は一時の開放感を満喫する。
買い物をしていると、突然声をかけられ振り返る。
そこにいたのは大阪で暮らしていた頃の友達。
元々は彼の親友で、クラスは違うけどすぐに私は仲良くなった男の子。
「聞いたで、アイツと結婚したんやろ。おめでとさん」
「ありがとう。でも、なんで東京に?」
「アイツから聞いてへん? 最近こっちに転勤になって引っ越してきたんや」
話によるとこの近所に引っ越してきたらしく、私の家からも近い。
でも、なんで彼はその話を私にしてくれなかったのか。
一応私の友達でもあるから教えてくれてもいいと思うんだけど。
「そんじゃ、また改めて挨拶に行かせてもらうわ」
連絡先を交換すると、彼は去っていった。
久しぶりに昔の友達と会ったからか、何だか久しぶりに私の気持ちは何時もより弾んでいた。
その夜、彼が帰宅すると私は玄関まで出迎えてお風呂の用意ができていることを伝える。
そして今日あった事を彼に話した。
「すまんな、伝えるの忘れててん」
「ううん。あ、近いうちに挨拶に来るって言ってたよ」
そう話したとき、何故か彼は険しい顔をしてこちらを見つめていた。
「指輪、どないしたん?」
外したままだったことを忘れていた私は、深く理由を聞かれないために、食器を洗う際に外していたことを忘れていたと笑みを浮かべた。
「そうなんや……」
何だか元気がない彼。
私は慌てて「すぐつけるね」とリビングへ向かう。
置いたままになっていた指輪をつけると、また鎖が私に巻き付いたような感覚を感じて少しの間指輪を見つめた。
「楽しかったな……」
指輪を外していた間のことを思い出してポツリと呟く。
その二日後、買い物で会った友達が来る事になった。
彼の仕事も休みだから、前日にメールで話したんだけど、その事を伝えた後、彼の様子がどこかおかしいように思えた。
とくに気にすることもないままその日が来ると、お昼すぎに彼は家を訪れた。
「久しぶりやな。奥さんの方とはスーパーで会ったけど」
「もう、奥さんなんて呼び方やめてよ」
「恥ずかしがることないやん。なあ?」
彼はその問いかけに「そうやな」とこたえていたけど何処かぎこちない。
気のせいだろうか。
その後は三人リビングで昔の話などをして盛り上がったけど、やっぱり彼の様子がおかしい。
口数も何時もより明らかに少ない。
「まさか二人が結婚するとわな」
「うん。私が出張で大阪に行ったときに偶然会って」
「ええなー。もしその時俺が会ってたら俺と結婚してたかもやな」
そんな冗談を言いながら笑う彼と話すと、何だか懐かしい。
この三人だから尚更。
しばらく話して彼が帰ると、私は夕飯の準備をしようとした。
でもそれは、突然背後から抱きしめられたことにより制止される。
「どうしたの? 何だか様子もおかしかったし」
彼からの返事はなく、しばらくそのままでいると、ようやく彼の言葉が聞こえた。
「怖いねん。お前が離れていきそうで……」
「そんなこと——」
「何とは限らんやろ。二日前アイツに会った日は指輪外してたし、いつの間にか連絡先まで交換してるし……」
ずっと彼が気にしていたことに私は気づかなかった。
私を抱きしめる手が震えていることに気づいて、その手にそっと自分の手を重ねた。
「大丈夫、ずっと一緒にいるから」
不思議、何故だかわからないけど、今の私の心臓は高鳴っていた。
何より今の私は、輝いているように思えた。
もしかしたら私は、彼の気持ちをもっと知りたかったのかもしれない。
いつも仕事終わりでも笑顔で、普段から弱音も吐かない彼、でも私はもっと頼ってほしかった。
大切に扱われるのは嬉しいけど、もっと彼には素直な気持ちでいてほしかったから。
じゃないと、息苦しいだけだから。
《完》
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