白き魔女と金色の王

ヒツジ

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第六話

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晴れてウォンイと両思いになったチヤは浮かれていた。
最近は村への視察にも時々連れて行ってもらえるようになり、ウォンイと過ごす時間が増えているのも上機嫌に拍車をかける。
しかし、一つだけ悩みがあった。

『ウォンイが全然手を出してくれない………』

手くらいは繋いでくれるが、いまだにキスすらしてもらえないのだ。
ウォンイいわくは「もう少し大人になってからな」ということらしいが、15歳で嫁ぐことは別に珍しいことではなかった。

『やっぱり、この体が原因か……』

自分の体を鏡で見る。
細く小柄で歳より幼く見える体。
男であることを差し引いても色気というものが皆無なこの体では、ウォンイをその気にさせることはできないのだろうか。
はぁ~とため息をついたところで、シュリが来客を知らせてきた。



『いいなぁ。羨ましいなぁ』

尋ねてきたのはリョクヒだった。
今日はチヤの部屋でお茶の約束をしていたのでやってきてくれたのだが、美しく豊満な体を持つリョクヒにチヤは羨望の眼差しを向ける。

「コクヒ?どうしたの?ため息なんてついて」

思わず出たため息に、リョクヒが心配そうに聞いてくる。

「あ、いえ。リョクヒ様は美しくて大人っぽくて羨ましいなぁって。私はウォンイ様に子供扱いしかされないから」
「まあ。まだ15歳だもの。これからどんどん美しくなるわよ」

『いや、男なんで、それはどうかなぁ』

苦笑いするチヤに、リョクヒは優しく笑ってくれる。
けれど、今日はその笑顔が寂しそうに見えた。

「リョクヒ様。何かあったのですか?」
「え?どうして?」
「なんだか、今日は寂しそうに見えるので」
「え?そうかしら?」

心配になってリョクヒに聞くが、リョクヒは困った顔をしてなかなか話してくれない。

「リョクヒ様。私で良ければ話してくれませんか?リョクヒ様が悲しそうにしているのは、私も悲しいです」

悲しい顔を向けるチヤに、リョクヒは苦しそうに口を開いた。

「私……私はあなたにそこまで言ってもらう資格のない女なのよ」

出てきた言葉はチヤが思いもしないものだった。


「私、あなたが子供ができない体だと聞いた時、ほっとしたの」

リョクヒは堰を切ったように語り出す。
それは、国王の妃としての苦しい胸の内だった。

「あなたがどれだけ城で苦しい思いをするかわかっていたのに。ジンイ様や王子達の地位が脅かされないと知って安心したのよ」
「それは……王妃様なら当然のことです」
「ううん。それだけじゃない。あなたに優しくしたのだって、どこか上から見る気持ちがあったんだわ。子供ができなくて可哀想って。優位に立って自分の幸せを感じていたのよ」

子供ができるできないで優劣を感じてしまう。男の自分にはわからない感覚だったが、リョクヒのその気持ちは何かに苦しめられているせいに思えた。

「だから罰がくだったのね。あなたはウォンイ様と仲睦まじく、村への視察まで同行している。私は城で1人。ジンイ様と話す時間さえ与えられず、王子達にはろくに会うことすらない。幸せなあなたに嫉妬する自分がイヤでたまらない。なのにあなたに甘えて会いにきてしまう」

チヤは、リョクヒと初めて会った時のことを思い出す。話し相手が欲しかったと。時々寂しそうに笑う顔を。
この城は、王妃という地位は、この人に己を呪うほどの寂しさを強いてきたのだ。

「リョクヒ様。私、リョクヒ様がいてくださって本当に良かったと思うんです」

リョクヒが顔をあげる。
チヤは本当に幸せそうに微笑んでいた。

「私にはリョクヒ様がいてくださった。城での生活に戸惑う時も、子を成せと強いる圧力も、リョクヒ様がいてくださったから乗り越えられたのです」

それは心から出た言葉だった。
リョクヒがお茶会で明るく話してくれるたびに、苦しさが消える気がした。まだ自分でも気づけていなかった悲しみも、リョクヒが理解して守ってくれた。

「でもリョクヒ様には誰もいなかった。1人でずっと辛かったですよね。今度は私がリョクヒ様を助ける番です」

グッと両手で拳を握る姿は、なんだか可愛らしくて。リョクヒは思わず笑ってしまった。

「ああ。あなたはやっぱり可愛い人ね」



その夜。チヤはウォンイにリョクヒのことを相談してみた。

「兄上もリョクヒ様のことを大切には思っているのだが。どうにも忙しすぎてな。共に過ごす時間が取れないのだろう。王子達は乳母が育てるのが決まりだしな」

う~んと悩むウォンイにチヤはある提案をする。

「僕が男だとバラすのはどうかな?」

ウォンイは提案の意図が読み取れず、不思議な顔をする。

「僕に子供ができないと思ってることが、リョクヒ様の悩みを複雑にしてる気がする。僕が男だと知れば、何も負い目を感じずに話せる存在になれるんじゃないかと思うんだけど」
「チヤの言いたいことはわかるが、男だとバラすことがどういうことかわかっているか?王を騙していたことになるんだぞ」
「うん。それは自分が悪いんだから、どんな罰でも受けるよ。ウォンイを巻き込んじゃうのが申し訳ないけど」

決まり悪そうにチラッと見てくるチヤに、ウォンイはお手上げだと手をあげる。

「そもそもの元凶は俺だしな。どんな罰でも受けよう」

その代わり、とウォンイは少し恥ずかしそうにしながら言葉を続ける。

「その、俺たちは想いあってるということがわかったんだし、子を成さないための結婚と言えば兄上達に余計な気を使わせるだろう。だから、単純に想いあってたから結婚したという話にしたいんだが………」

いつもは自信満々なウォンイが言いにくそうにする姿はなんだか可愛らしくて、チヤは思いっきりウォンイに抱きついた。

「もちろんいいよ!僕達は心も夫婦になったんだから!」



ウォンイが話したいことがあると言うと、次の日にはジンイの部屋に夫婦して呼ばれた。
部屋ではジンイとリョクヒが待っていた。

「どうしたんだ?改まって話したいことがあるなどと」

ジンイは相変わらず笑顔だ。その隣でリョクヒは少し心配そうに2人を見ている。

「実は、兄上に謝らねばならないことがありまして。コクヒのことなのですが、一つ嘘をついていることがございます」

ウォンイが話す隣で、チヤはずっと頭を下げている。

「嘘を?それはなんだ?」
「実は、このコクヒは男なのでございます」

ジンイとリョクヒの目が点になる。

「いったい何を……」
「申し訳ございません!男とはいえ私たちは互いに愛しあってしまったのです!それゆえ、子の産めぬ女だと偽って結婚するしか方法がなく!」
「いや、だが……」
「ならば証拠を見せよとお思いでしょうが、どうかそれだけはご容赦を!愛する者の体はたとえ兄であろうと王であろうと見せるわけには参りません!」

ウォンイの迫力にジンイがやや押されている。リョクヒは開いた口が塞がらない。

「我ら2人、どんな罰でも受ける覚悟でおります!」

その言葉で、ジンイが少し冷静さを取り戻した。

「………なぜ今になって本当のことを?」
「それは……」
「コクヒ。そなたが答えよ」

突然チヤに矛先が向き戸惑う。だが横でウォンイが素直に話しなさいという目で見てきた。

「リョクヒ様のお心を軽くしたかったのです」
「リョクヒの?」
「はい。リョクヒ様は私が子の産めぬ女だと信じ、大変心を痛めておられました。これ以上リョクヒ様の負担になるくらいなら、真実を打ち明けたいと思ったのです」

ジンイ向けに少し説明を変えてあるが、リョクヒには想いが伝わったようだ。
涙で瞳が潤んでいる。

「………そうか。リョクヒ。私たちには話し合う時間が必要なようだな。彼らが命懸けでそれを教えてくれた」

ジンイの言葉にリョクヒが「はい」と小さく答える。その頬には一雫の涙が溢れていた。

「さて、そなた達への罰だが……」

チヤが体をかたくする。
どんな事情があろうと、王を騙していたのだ。相応の罰は覚悟すべきだろう。

「今夜、私からある贈り物をする。必ずそれを受け取ること。2人とも、もう下がって良いぞ」

思っていたような罰がくだらなかったことに、チヤは「へ?」と声をあげてしまう。

「そうそう。ウォンイ。さすがに正室ではなかったが、側室では男を迎えたこともあったそうだぞ。女と偽って、ということはなかったそうだが」

ニヤリと笑うジンイに、『ああ、この人達は本当に仲のいい兄弟なんだな』と、チヤは妙に感心してしまった。



そのままウォンイは仕事に戻ってしまったので、2人でゆっくり話せたのは夜になってからだった。

「うまくいって良かったけど、ドキドキしたね~」
「全く。お前がそんな無鉄砲なやつだとは知らなかったぞ」
「僕も知らなかった~。まさかこんな大胆なことができるなんて」

あははと笑うチヤにウォンイがつられて笑う。

「そう言えば、ジンイ様からの贈り物ってなんなんだろ」
「たしかベッドの横に置いてあるってシュリが言っていたな」

2人でベッドの横の棚を見る。
綺麗な小瓶と小物入れのような物が置かれ、それぞれ手紙がついている。

「一つはリョクヒ様かららしいな」

手紙の印で判断したウォンイが、ジンイ様からと思われる小瓶を開けてみる。

「……なにこれ?香油?」

中を見たチヤは「なぜこんな物を?」という顔をするが、ウォンイは顔を真っ赤にしている。
かたまってしまったウォンイの代わりにチヤが手紙を読む。

「昔の国王が使っていた品だ。チヤを大切に扱うんだぞ?どういう意味?」
「……あ、いや、そうだ!リョクヒ様からは⁉︎何が届いたんだ⁉︎」

なぜか慌てているウォンイに怪訝な顔をしながら、チヤが小物入れを開けてみる。

「わ。いい匂い。練り香水だ」

手紙には「いい香りは大人っぽさの第一歩よ」と書かれていた。

「リョクヒ様、ジンイ様とお話できたみたいだね。良かった」

ほんわかしているチヤの横で、ウォンイはまだ顔を赤くしてかたまっている。

「で、結局ジンイ様からの贈り物はなんなのさ~」

グイグイ迫ってくるチヤに、ウォンイが白旗をあげる。
ジンイの贈り物の意味をそっと耳打ちした。

「それって……」

今度はチヤが耳まで真っ赤になった。
恥ずかしそうにウォンイを見上げる。

「……これって王様の命令だよね」
「……そうだな」
「……逆らっちゃいけないよね」
「…………そうだな」

チヤがリョクヒからの贈り物を手に取る。
練り香水をそっとうなじにつけてウォンイに抱きついた。

「これで少しは色気がでたかな。どちらにしろ王命なんだから、子供っぽいなんて理由で断らないでよね」
「………からじゃない」
「え?」

ウォンイが片手で顔を隠しながら呟いた。

「お前が子供っぽいから手を出さなかったんじゃない。ずっと欲しかったお前を抱いてしまったら、どうなるか分からなかったから手を出せなかったんだ。お前を傷つけてしまいそうで」

ウォンイの本音に嬉しさが溢れる。
チヤは抱きつく力を強めた。

「大丈夫だよ。ジンイ様に優しく扱えって言われたんだから。命令に逆らうようなウォンイじゃないでしょ」

ニヤリと笑うチヤに「お前には敵わないな」とウォンイが呟く。
そのまま優しい唇がチヤの唇に重ねられた。
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