白き魔女と金色の王

ヒツジ

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第五話

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村を訪れてから2日後。
チヤはカダを自室に呼び出していた。
いくら臣下といえど妃と男性が部屋に2人きりになるわけにはいかず、この際シュリにも全てを聞いてもらおうと彼女にも同席してもらっている。
テーブルを挟んでチヤの向かいにはカダが座り、シュリがその後ろで話を聞いている。

「カダ。今日来てもらったのは村でのことについて話すためです」

自分の見た信じられない光景を思い出し、カダは身構える。
だが、対峙するチヤは妃の仮面をはずし、普段の雰囲気に戻ってしまった。

「僕の本当の名前はチヤ。白の里というところで育ったんだ。そこではみんな僕のように白い髪で赤い眼をしていて、自分達のことを白の人と呼んでいる」

まるで無邪気な子供のような雰囲気に、カダは警戒を解いてしまいそうになる。

「白の人には他にも普通の人と違う点が2つあって、一つはこの糸」

チヤが糸を出し、テーブルに置かれたカップを持ち上げる。
カダは再び現れた糸に驚き、糸の見えないシュリは突然カップが浮き上がったことに驚いた。

「シュリにはただカップが浮いてるように見えるよね。今僕からは普通の人には見えない糸が出てて、それでカップを持ち上げてるんだ。なぜかカダには糸が見えてるみたいだけど」

なぜカダにだけ糸が見えるのか不思議に思いながら、チヤは話を続ける。

「白の人達はこの糸を使って色々なことができるんだ。僕は力が弱いからカップを浮き上がらせるくらいしかできないけど。代わりになぜか天気をよむことができる。村で大雨に気付いたのも糸のおかげなんだ」

そういえば、ウォンイがみんなに避難するよう指示する前にチヤが糸を出していたと、カダは色々な疑問が点で繋がるのを感じた。

「そして白の人が普通の人と違うもう一つの点。それがこれなんだ」

チヤがテーブルに置かれたフォークを手にする。袖を捲ったかと思ったら、フォークを腕に突き立てた。

「チヤ様!なにを!」

驚くシュリが目にしたのは、フォークを抜いた傷口があっという間に塞がっていく光景だった。

「白の人は手脚に傷を負ってもすぐに治る。切り落とされても新しいものが生えてくる。しかも痛みを全く感じないんだ。なぜかはわからないけれど」

傷が塞がったとわかってもシュリは痛々しい表情でチヤの腕を見つめる。
カダは目の前で起きた光景を全て受け入れて質問をしてきた。

「この事をウォンイ様はご存知で?」
「ううん。言ってない。隠すつもりはなかったんだけど。言いそびれてるうちに、言ったらウォンイの重荷になるんじゃないかって考えてしまって」

チヤが暗い顔をする。
その顔からウォンイのことを真剣に考えていることが伝わり、カダはチヤへの警戒を完全に解いてしまった。

「人に話すのは勇気のいったことでしょう。打ち明けてくださり感謝いたします。ウォンイ様にはチヤ様がお話にならない限り、私から何か言うことはいたしません」

チヤと呼んでくれたことにカダの気持ちが見えた気がして、チヤは心が軽くなる。
後ろではシュリも穏やかに頷いていた。

「ありがとう。2人とも。ウォンイには、彼が一番傷つかない道を選ぶつもりだよ。協力してくれたら嬉しい」

2人は力強く頷く。チヤは城にきて初めてできた秘密を共有できる相手に喜びを隠せない。

「ところで、一つお聞きしたいのですが」
「なあに?」
「チヤ様の里では、女性も自分のことを『僕』と呼ぶのでしょうか?」

カダが会話中ずっと気になっていたことを聞いてきた。

「違うよ。僕、男だから」
「……へ?………えええええ!」

カダが見たことないくらいの取り乱しようで大声をだした。


チヤとの話が終わり、お茶を淹れに行くというシュリと共にカダは部屋を出る。
すると、シュリに誰もいない部屋へと連れ込まれた。

「どうした?何か話したいことでも?」
「ウォンイ様はチヤ様のことをどう思っていると思いますか?」

シュリの真剣な顔に、カダはやや気圧されてしまう。

「どうって。妃としてとても大切にされてると思うが?まあ、チヤ様が男性だったのには驚いたが」
「ウォンイ様はお子を作らないためにチヤ様と結婚したとおっしゃられています。チヤ様も里を出るためにウォンイ様についてきたと」
「つまり互いの利益のために一緒にいると?とてもそうは見えないが」

どう見ても2人は仲睦まじい夫婦にしか見えないと、カダは首を傾げた。

「私もお二人はお互いを想いあってるように見えます。ただ、お二人ともお互いの気持ちに気づいておられない」
「それはまた、面倒なことだ」
「……あなたの仕事は主人に尽くすことですよね」

シュリがにっこりと笑顔になる。
だが、カダにはその笑顔が悪魔の微笑みに見えた。



ウォンイは最近悩んでいた。
村へ同行して以来、チヤが度々カダを部屋に呼んでいると聞いたからだ。
シュリも同席しているから万が一にもおかしなことは起こっていないと思うが、どうにも気が気でない。

「シュリ。チヤはカダを呼んで何をしているんだ?」

恥を忍んでシュリに問いただしたが、「別に。ただ楽しそうに世間話をされてるだけですよ」と返され、悩みは深まるばかりだった。


一方のチヤは、シュリとカダからウォンイの子供の頃の話を聞いて楽しんでいた。

「5歳の頃にジンイ様のマントを勝手に着て、盛大に転んだこともありましたね」
「2年後に同じことをした時は、転ばないように端を手で持ってたせいでムササビにしか見えませんでした」

幼馴染特権で昔の失敗が次々と披露されていく。ウォンイがその場にいれば烈火の如く怒ったであろう。

「あ~。面白かった。カダ、また話を聞かせてね」
「チヤ様が望むのであれば、いつでも」

そう言いながら、カダはチラッとシュリを見る。
シュリは満足そうに頷いた。

シュリがカダにした提案は『チヤ様と仲良くする』というものだった。
自分以外の男がチヤの元に足繁く通っているとなれば、ウォンイも心中穏やかではいられないだろう。そうやってチヤへの気持ちを口にさせようという作戦だった。
主人の恋敵を演じるという心苦しい作戦だが、カダは「これもウォンイ様のため!」とよくわからない忠誠心で勤めを果たしている。

その努力が報われる日は意外とすぐに訪れた。



いつもの寝室でのひととき。
ウォンイは不安な顔でチヤに質問していた。

「最近、カダをよく部屋に呼んでいるそうだが」
「うん!色々話をしてもらってるんだぁ。とっても楽しいよ」
「………そうか。何を話してるんだ?」
「それは、ウ……」

言いかけてチヤの口が止まる。ウォンイの過去を聞いて楽しんでいるなんで、気持ちがバレバレではないかと気づいたからだ。

「えっと……世間話だよ!ほんとに大したことない話を色々してるだけ!」

チヤの慌てぶりにウォンイの思考は悪いほうへ流れていく。

「……チヤ。俺はお前の幸せを一番に願っている」

急に真剣になるウォンイに、チヤは何事かと戸惑う。

「だから、お前に愛する人ができたなら、したいようにすればいいと思っている。妃としての役割を果たせば好きに逢瀬を重ねればいいし、そいつと結婚したいならチヤに戻してやってもいいと思っている」
「え?ちょっと、何?何の話?」

見えない話の流れにチヤがストップをかける。

「?カダのことが好きなんじゃないのか?」

ウォンイの盛大な勘違いに、チヤは「はぁ~⁉︎」と大声をあげる。

「なんでそうなるのさ!」
「だって、度々呼び出しては楽しそうにしているし。何を話してるのかも言わないし」
「それはウォンイの昔話を聞いてたからで、そもそも僕が好きなのは」

あやうく気持ちを伝えそうになったところで、チヤの口が再び止まる。
しかし出かけた言葉を聞き逃すウォンイではなかった。

「好きなのは?誰なんだ?そもそも俺の話を聞いていたのか?」

あ、それは、と言い淀むチヤにウォンイは楽しそうに詰め寄る。

「……お前にばかり話させるのも卑怯だな。チヤ、俺の話を聞いてくれるか?」

チヤのアゴを掴み、優しく自分の方へ向かせる。
星のように輝く金が、チヤだけを見つめていた。

「俺も愛する者がいるんだ。……お前のことだよ、チヤ」

チヤの心が歓喜に震える。
まさかウォンイが自分と同じ気持ちだったなんて。夢でも見るような心地は、だがすぐに現実に戻された。

『………僕には、気持ちを伝える前にやらなくちゃいけないことがある』

ウォンイの手を優しく握り、チヤは決意を込めた瞳でウォンイを見つめる。

「ウォンイ。聞いて欲しいことがあるんだ」
「ああ。なんだ?」

返事をしたウォンイの周りで色々な物が浮き上がる。水差しや枕、小物入れなど、どれも軽い物だが、誰も触れていないのに宙に浮かんでいる。

「これは……」
「ウォンイには見えないけど、今僕の体からたくさんの糸が出てるんだ。それが物を持ち上げてる。僕の里はこういったことができる人達が集まってできた里なんだ」

静かに浮かせていた物を下ろすと、今度は袖をめくって腕をだした。
寝室にはさすがに体を傷つけられるものは置かれていないので、腕に噛みついて血を流す。

「何をしているんだ!」

慌てるウォンイが腕を掴むと、あっという間に傷が癒えてしまった。

「これも里の人が持ってる力。手脚はどれだけ傷つけても切り落としてもすぐに再生して、痛みを感じない」

口に血をつけたまま、チヤは悲しそうに笑う。

「僕もウォンイが好き。愛してる。でも、こんな化け物みたいな僕でもいいの?」

赤い瞳から涙が溢れ出す。
それをそっと拭ってウォンイはチヤを抱きしめた。

「お前が何者でも構わない。俺はお前の心が好きなんだ。困難に折れず、自分の弱さを受け入れる、その美しい心が」

チヤの涙は止まらない。
届かないと、伝えてはいけないと思っていた想いが通じ合ったのだ。
腕を解き、おでこ同士を触れさせてウォンイが笑った。

「結局お前を泣かせてしまった。クロ殿に殺されてしまうな」
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