10 -第三部-

ヒツジ

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「レイン、ご苦労さま。サカドを連れてきてくれてありがとう」

ヒスイがレインの頭を撫でる。レインは嬉しそうだ。

「あれ?もう帰るの?ナズくんとサカドさんの対面は終わったの?」

レインとサカドを車で連れてきたクキが廊下の向こうからやってきた。

「いや、しばらく2人にしてあげようと思って」
「そっか~。そうだよね。もう二度と会えないと思ってた家族と会えたんだもんね。感動の再会だよね~」

クキがやたらウキウキしてるのを見て、「クキ、泣ける系の小説好きだもんね~」とレインがニコニコしている。あと2人はやや呆れ気味だ。

「でも少ししたら戻らないとな。サカドにこれからのことを説明しないといけないし」

クキの「え~。邪魔したらかわいそうだよ~」という苦情は無視され、4人は庭で少し休憩したあとにナズの部屋へ戻った。



「という感じで、サカドにはここで生活してもらって構わないと言われている。生活費のことは気にしなくていい。ナズの状態にあわせて街に行きたいなどあれば相談してくれ」

トーカが事務的にこれからのことを説明するのを、2人は真剣に聞いている。

「何か質問はあるかい?」
「いや、大丈夫だ。色々気を使ってくれて感謝するよ」

初めて来た地下にやや緊張気味のサカドをレインが励ます。

「地下の生活で戸惑うことがあれば僕に言ってね。これでも先輩だからね」

えっへんと胸を張るレインにサカドの緊張がほぐれる。「よろしく頼むよ、先輩」と言うと、「任せて!」と返された。

「じゃあ、俺達は帰るな。また来るから」

ヒスイの言葉に合わせてみんなで部屋をあとにしようとした時、レインが振り返って2人に声をかけた。

「あ、サカドさんがもう二度と地上に上がれないっていうのは、心配しなくていいからね。僕が地上に行って、地下のことを全て話して理解してもらうから。いつか2人で地上に遊びに行けるよ!」

笑顔でとんでもない約束をするレインに、保護者3人は『レインには誰も勝てないな』と心の中で笑った。



ヤドが解放されたことで、組織はその存在理由の大部分が無くなってしまった。

今まで通り軍と協力して秘密裏に悪事を解決するために残る者もいれば、街に移り一市民として生きる者もいた。グライとグリーズは変わらずその腕力で悪党を捕まえまくっているらしい。

孤児院などはそのまま存続するので、アジトのみんなは何も変わらず生活している。ソアラとコトラは巣立っていく子供に涙しては、新しく来る子供に全力で愛を注いで過ごしている。

ラボの技術者達もそれぞれだ。プティとサリは教会のラボに入り世界をコントロールする機械の運用をしているが、ノーマは両親と暮らした町に戻り技術者として働いている。


教会はヤドの存在が公になったため、世界をコントロールする機械の運用を活動の一つとして掲げている。ロウは組織の体制を作り変えるのに忙しそうだ。
アサギは機械の運用には関わらず、子供達向けの技術教室を各地で開催している。
シムトはナズの解放と同時に姿を消し、行方知れずになっているらしい。


軍は変わらず治安維持につとめているが、地上に地下の存在を知らせたあとの対応をどうするか協議中だ。
ミリッサやマイトは変わらず職務に邁進している。ベリアはアルアに新兵の教育係をしないかと持ちかけたが、「弟子は1人で十分」と断られ大笑いしたそうだ。


政治の面では、市民から投票で選ばれた代表が議会に参加する制度を導入した。
これからどんどん政治の改革を進めるぞと、フォーラ達は日々奮闘している。
ちなみにジンの活動が貧民街の問題解決に役立ちそうだと、シルビアが協力して2号店出店にむけて動いているそうだ。



いよいよ明日はレインが地上に旅立つ日となった。朝が早いレインが寝たあとで、トーカが思い出したようにクキに今後の希望を聞いてきた。

「そういえば。クキ、お前はどうするんだ?どこかの街で普通に暮らしたいなら、組織から仕事は紹介してもらえると思うが」
「え~。何、いまさら。トーカもヒスイくんも、クキさんがいないとダメでしょ。2人と離れる気なんてさらさらないよ~」

至極当然のことのようにクキは組織に残る道を選ぶ。

「そうか。なら今度、アジトに行ってみるか?」
「えっ⁉︎」

今までどれだけ頼んでも連れていってもらえなかったアジトに行けると聞き、クキのテンションが一気に上がる。

「行く行く~。急にどうしたの!今まで絶対ダメだったのに!」
「もうヤドのことも何も隠さなくて良くなったからな。なんだったら隠れ家からアジトに拠点を移しても構わないし」

そこまで言ったところで、スンッとクキの顔から表情が消えた。

「……いや、それはいいや。俺は隠れ家暮らしがいいよ」
「?どうした?アジトならたくさん人がいるし、お前にはそっちのほうがあってるだろ?」
「それは、まあそうだけど。でも、どうせならこの家で帰ってくるのを待ちたいでしょ」

クキがちらりとレインの部屋を見る。
全てを察したトーカが「なるほど。確かにそうだな」と納得する。

「じゃあ、俺達も拠点を完全にこっちに移すか。アジトにはたまに遊びに行けばいいし」
「そうだな。それならクキも寂しくないだろ」

トーカとヒスイの提案に、今度こそクキのテンションがMAXになる。

「ほんとに!ほんとに2人ともいてくれるの!もう2人が帰る度に1人寂しくご飯食べなくてもいいの!」

クキがヒスイに抱きついて喜んでいる。今まで我慢してたんだろなぁと2人は少し罪悪感を感じた。

「なんなら副業で店でも始めるか。果物屋ならレインも喜ぶんじゃないか」
「え~。でもトーカの接客は胡散臭いって思われそうじゃない」
「じゃあ、トーカは仕入れ担当だな」

そうやって3人は好き勝手にこれからを想像して盛り上がる。でもどんな案を出しても、レインが帰ってきてからどうするかを一番に考えてることには、誰も気づいていなかった。



翌日。
共に地上に上がるソラとルリが、レインを迎えに行くために車を走らせていた。

「アヤのみんなは地上行きを左遷だと思ってるみたいで、出世はどうなった~って責められたよ」
「私は姉上に『地下にお前の仕事は残ってないからな。地上で失敗したらお前は用無しだ』と脅された」

はあ~っと2人してため息をつく。

「地上に着いたら着いたで、先に行ってるシキさんにこき使われるんだろうな~」
「アサギは『地上でも技術教室やるから手伝ってね』って言ってたな」

やりたい放題な周りの人達に2人のため息は止まらない。

「まあでも、今から預かるものが一番重要だからね」
「せいぜい怖い保護者達の恨みを買わないようにしないとな」

散々愚痴ってた時とは打って変わり、楽しみな様子で2人は隠れ家の扉を叩いた。



きちんと準備をしたレインが保護者達と一緒に待っていた。

「なんだか、レインを初めて連れてきた時を思い出すね」

ソラが笑顔でレインを迎える。
玄関を出るとクキはレインをギュッと抱きしめた。

「体に気をつけてね。無理しちゃダメだよ。ルリくん達を頼ってね。危ないことしちゃダメだよ」
「クキ、心配し過ぎだよ」

苦笑するレインの頭をトーカが優しく撫でた。

「なすべき事をしっかりやってきなさい。大丈夫。お前を信じてるよ」
「はい!トーカも体に気をつけて」

レインは振り返ると、ずっと黙って俯いているヒスイのもとへ歩く。

「ヒスイ………」

ヒスイはまだ言葉が出ない。
レインは両手を伸ばしてヒスイを優しく抱きしめた。

「あの時、いい子じゃなくていいって言ってくれてありがとう。全てを受け止めてくれて、たくさん愛してくれてありがとう。………大好きだよ」

腕を離すとヒスイの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。その顔を見てレインが笑う。

「やっぱりヒスイは泣き虫だ」



いよいよ別れの時がきた。ソラとルリと共にレインは車に乗り込む。
窓から顔を出したレインはやる気に満ち溢れていた。

「じゃあ、いってきます」
「……いってらっしゃい」

涙で腫れた瞼がゆっくり弧を描く。ヒスイは優しい微笑みでレインを送り出した。

車は静かに走り出す。
遠く遠く。道の先へ走り去る車は、空に溶けるように消えていった。




最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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