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第25話だぞ【悠介さんとの露天風呂】

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「ふぅ……悠介さんの言っていた通り、天然温泉というのは中々に気持ちが良いな」
「だろ」

 夜食を食べ終わった我は愛子さんと銀次さんに勧められて悠介さんと共に風呂に入る事になった。

「あぁ、もちろんいつもの銭湯も良いが、外という事もあって下半身は湯で温かく、上半身は夜風で涼しい。これが良い塩梅だ。」

 そう、今入っているのは屋外の風呂なのだ。それに、銀次さん曰くこの湯も天然で地下から湧き出して来た物なんだとか。

 すると、そこで同じ様に湯に浸かる悠介さんが頭に濡らしたタオルを置き、いつもの涼しい顔でこう言ってきた。

「たまにはこうやってお前とふたりで話すのも楽しいしな」
「ん?そうなのか?てっきり我の事なんてなんとも思っていないかと思ってだぞ」
「何を言っているんだ、俺はお前の事を大切な後輩だと思っているぞ?」

 お、おい……そんな真剣な眼差しでそう言われると照れるな。

「なら、我は悠介さんの事は大切な先輩、とでも思っておこうか」

 きっと今までの我ならそんな事は絶対に思わなかった。自分が最強であり頂点。誰も上に立つ事などあり得ない。そう思って疑わなかったからな。

 ――だが、悠介さんはそんな我に優しく、時には厳しく仕事の事を一から教えてくれたのだ。
 今まで、そんな人間はもちろん魔族すら居なかったというのに。

 そして、そんな立ち振る舞いをされて我は嬉しかった。勝手な話だ。自分が頂点だと周りに言い続けた癖に、実はそんな対応をして欲しかったなんてな。
 まぁとにかく、我はそんなわがまま魔王を大切な後輩だと言ってくれた悠介さんに感謝しているのだ。

 すると、我の返しを聞いた悠介さんは黙って顔を逸らすと、口調は変えぬまま、
 
「ふっ、勝手に思っておけ」
「あぁ」

 ♦♦♦♦♦

 そしてそれからしばらく我と悠介さんふたりで野外の風呂で夜風に当たりながら雑談を楽しんでいると、そこでいきなり悠介さんがこう尋ねてきた。

「――そう言えば、今回来ている妹の後輩とはどうなんだ?」
「ふぇ?」
「えなだったか?お前好きだっただろ。それかもう付き合ってるのか?」
「お、おい!?いきなりなんて事を聞いてくるんだ!?」
「ん?俺は別に普通に尋ねただけだが。それに顔赤いぞ?」
「そ、それはのぼせて来たからだ!!」

 全く、いきなりえなの話題を出すのではない……
 ただでさえ今日の水着の事と言い春丘テーマパークのキスと言い色々意識をしていると言うのに……

「で?どうなんだ?付き合ってるのか?」
「い、いや、まだ……」
「なんだ、今日の水着のくだりと言い、もう付き合ってると思っていたぞ」

 く……その事はもう掘り起こすのではない……

「でも、あんな事を出来る仲なんだし、相手もお前の事、好きなんじゃないのか?」
「……ッ!?か、勝手にそう言うがな……」

 正直怖い。それが我の本心だった。
 きっと、我を最初から見てきた人間ならば誰もがこう思うだろう。「最初は何度も告白していたじゃないか」「積極的に好きと言っていたではないか」

「最近はどうしたんだ?」とな。
 確かに、今までの我と比べれば随分大人しくなったと思う。
 だが、これは言い換えれば「成長した」という事なのだ。

 先程も言った事だが、元々自分が最強だと思い続けてきた魔王はこの世界で数人の人間と出会い、色々な事を思い、感じてきた。
 きっとそれで、周りの人間たちが思う「普通」に近づいて来ているのだと我は思うのだ。

 貴様らもむやみやたらに告白なんてしないだろう?もし断られたらどうしよう。そう悩むだろう?そういう事だ。

 しかし、そこで悠介さんは今言った事を指摘して来た。

「大体お前、最初はもっと俺にもガツガツ来てたのに、最近大人しいんじゃないか?」
「まぁ、我だって成長したのだ。」
「成長、か」
「ん?おかしいか?どちらかと言うとそちらから見て前の方がおかしかったのではないのか?」
「まぁな、だけどな魔王。俺はだからって無理に丸く――普通になる必要なんて無いと思うぞ?」
「?」

 どういう事だ?
 そう顔に出たのだろう、悠介さんは黙る我を見たまま続ける。

「確かに、普通なのは良い事だ。普通というのはこの世界を生きる人間が最も好む最適解な生き方だと俺は思うからな」

「だが、だからって前のお前に良いところが無かった訳でもない。俺は前のガツガツ来る生意気なお前も嫌いじゃなかったぞ」
「そ、そうなのか?」
「あぁ。俺はな、きっとこのままだとお前らは付き合わないと思う。というより、お前は告白しないんじゃないのか?」
「……ッ!!」

 我は表情には出さないが、その瞬間心臓が跳ねたのが分かった。
 そう、図星だったのだ。前、春丘テーマパークで告白しかけて辞めたあの時から、我は「えなに告白をする」という事自身にものすごく恐怖を覚える様になり、それと同時に「今の関係で十分なのではないか」そう思い始めていた。

「――だから、魔王。たまには前の魔王の様に自分に自信を持ってみても良いと俺は思うぜ。だってお前、最初の頃職場でよくなんて言ってた?」

 そこで悠介さんと同じセリフが我の口から出る。

「「我は世界の頂点、魔王だぞ」」
「……ッ!!」
「――だろ?だから、その心意気で頑張ってみろ。俺は応援しているからな」

 ふ、ふはは。まさか悠介さんに恋愛事情を応援されるとはな。だが、今ので喝が入ったぞ。よし――

「分かった。我、今回の旅行でえなに告白するぞ」
「あぁ、頑張れ」
「言われるまでもない。我は魔王だぞ?」

 悠介さんはなにも言わない。だが、いつもよりもほんの少しだけ、笑っている様な気がした。


 でも、こうやって我を元気付けてくれたのだ。悠介さんもなにかないのか?

「――なぁ、ちなみにだが、悠介さんには好きな人間とかいるのか?」
「あぁ、いるぞ。」
「そうなのか――――って、ほ、本当か!?!?」

 ちょっと待ってくれ!?マジか!!じゃあ今度は我が悠介さんの恋愛事情を――

「もちろん、妹のゆうりの事だ。愛している」
「あ、ナルホドワカリマシタ」
「ん?なんだ?なぜそんなに生気の抜けた顔をしている?まさかのぼせたか?」
シスコン悠介さんに期待した我がバカだった」

 こうして1日目は終了――――すると思っていた。
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