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6-親友に会う
しおりを挟むその日は朝から忙しかった。
午前中は皇太子妃候補のサリーヌと約束があり、午後はリアム様との約束があったのだ。
そのために早起きして準備にかかる。
「エリズ、今日はシトリンの……」
「ええ、サリーヌ様とお会いする日ですものね。ご用意致します」
彼女と会う日は、シトリンのブローチをつけるようにしている。
彼女からのプレゼントであり、私たちの友愛の証でもある。
いつも一生懸命に考えてくれる彼女のことだから、私の噂を聞いてたくさん調べてくれたのだろう。
(この間の、あの手紙____)
黒竜の呪いについての文献がいくつかあったと書いてあった。そしてそこに、解呪の方法の手がかりがあるかもしれないとも。そう、彼女からの手紙には書いてあった。けれどそれが何かまでは、まだわかっていないとも。
ただ、過去に実際に呪いが解けた例があったようだった。
(前回の人生じゃそんな話は聞いたことなかった)
どうして今回の人生ではそんな手紙を___って、私が先に手紙を送ったから返事をしてくれただけか。
前回の人生の時には、黒竜の呪いがわかってから特に誰とも連絡を取らなかった。周りと触れ合えばその分、自分の終わりが怖くなってしまう気がして。
届いた手紙にも、どうせ死ぬんだからと諦めの気持ちもあり、目を通していなかったのだ。
でも、今は____
どうせなら、リアム様と1分1秒でも長く過ごしたい。解呪できるならば、できるにこしたことはないのだ。
今日はサリーヌに黒竜の呪いについて聞きたいのと……リアム様とのこともお話しようと思っている。
「お嬢様、サリーヌ様がお見えになりました」
その報せを聞いて、私は慌てて彼女を出迎えに向かった。
「シャル!久しぶりね」
「サラ!元気にしてた?」
艶のある黒く長い髪に透き通った肌。エメラルドのような瞳は変わらず輝きをまとったままだ。ソファにかける彼女は、まるでドールのように美しかった。
「元気も元気、有り余ってて怖いくらいだわ。……シャルは少し痩せた?」
「そうかな?自分ではわからないけど……」
サリーヌは困ったように眉を下げる。しばらく会っていなかった分、私の変化にも敏感なのだろうか。
「そうだ、今日サラを呼んだのには理由があってね。……実は私、リアム様と結婚することになったの」
私のその言葉に、彼女は目を丸くした。
「リアム様って……リアム・ドラヴィス様?」
「ええ、そうよ」
私が笑顔でそう答えると、反面彼女は難しい顔をして言葉を失う。
どうかしたのかと声をかけると、サリーヌは慌てたようになんでもないわと微笑んだ。
「ずっとお慕いしていた方だから、嬉しくて。サラには1番に伝えたかったの」
「あら、あなたの1番に選んでもらえて光栄だわ」
「それでね、1ヶ月後に公爵家に嫁ぐ予定で___」
その後はサリーヌも笑顔で私の話を聞いてくれた。
リアム様との結婚の話に花が咲きすぎて、黒竜の呪いの話をすることなんて忘れてしまうほどに。
でも、いっそこれでよかったのかもしれない。
サリーヌと話しているこの瞬間だけは、余命も呪いもない、ただ好きな人との婚姻を前にはしゃぐ当たり前の女の子になれた気がしたから。
__思いのほかサリーヌと長話をしすぎてしまい、あっという間にリアム様との約束の時間になった。
「わざわざ足を運んでいただきありがとうございます」
「気にしないで。……あれ、そのブローチ」
サリーヌとのブローチをつけたままだったことを思い出した。彼はそれをじっと見つめる。
「な、なにか……?」
「いや、よく似合っているなと思って」
「そうですか?友人が選んでくれたものなので、そう言ってもらえて嬉しいです」
「僕もなにか選んだら、そのブローチのように大切にして貰えるかな?」
「!……も、もちろんですっ!」
何度考えても未だに信じられない。リアム様が私の婚約者だなんて。そして1ヶ月後には、旦那様になるだなんて。
こんなに素敵な方の妻が務まるものなのか、今から緊張してしまう。
「シャル、君のことを教えて。どんな花が好きで、どんな宝石が好きで、どんな食べ物が好きなのか、何をして過ごしたり、どんなことに心が動くのか____」
それから私たちは限りある時間の中で、お互いのことをたくさん話した。
リアム様は実は勉学があまり好きでは無いことや、お魚よりもお肉が好きなこと、時間がある時は、馬に乗って遠くまで出かけること。
彼の愛馬はマテウスと言うらしい。今度、私も乗せてもらえることになった。
彼との未来の話が積もる度に、自然と笑みがこぼれる。
正直、この呪いが解けても解けなくても、今この瞬間が何よりも幸せで、それで十分なのだとすら感じる。
「……リアム様、ありがとうございます」
「?……急にどうかした?」
「いいえ。……今この瞬間が、とても幸せで」
そう少し照れながら伏せ目がちに私が言うと、彼は時間が止まったかのように固まって、少ししてふわりと優しく微笑んだ。
「それは僕の言葉だよ、シャル」
憧れの人からこんなふうに言ってもらえるなんて、誰が思うだろうか?
リアム様といるといつも胸がドキドキして、口から好きが溢れそうになる。でもあまり言葉にしすぎては、2ヶ月しか彼のそばにいられない私の言葉は、きっと彼の負担になってしまう。そう弁えて、私はいつも必死に喉元をせりあがるものを飲み込むのだ。
……とりあえず、リアム様が好きと言っていた紅茶のシフォンケーキというものを自分で作れるようになりたいな。
もちろんシェフの作るスイーツもおいしいけど、なんとなく、自分が作ったものを食べて欲しいと思うのだもの。
それにリアム様が来ている以外の時間は、家族と過ごすか部屋にいるかのみだし、そうだ、せっかくならお父様とお母様とペルシカにも振る舞いたいわ。
なんて思い浮かべながら、幸せな1日を過ごすのだった。
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