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2-憧れの人
しおりを挟む私はシャーロット。ランドルフ侯爵家の長女だ。
3歳下の弟と両親の4人暮らしである。
先日、医師から余命を宣告された。それからというもの、両親は過保護なばかりに私を気にかけるようになった。
部屋を出ようとすれば駆けつけ、食事を取ろうとすれば駆けつけ。
(こ、困ったわ……!)
このままではかのお方___私の想い人である、リアム・ドラヴィス様に会うことなど到底難しそうである。
「……エリズ、今いいかしら」
「はい、なんでしょうかお嬢様」
ベッドから起き上がりそう声をかけると、彼女はすっと私のそばに来た。かれこれ10年以上私に仕えてくれている、信頼のおける侍女だ。
ペリドットの色をした瞳は、光を反射してきらきらと輝いている。
まるで宝石みたいだと褒めたことはあるが、見事にスルーされてしまった。
「実は私、外に出たいのよ」
「左様でございますか。でしたら、旦那様に許可をいただいてまいります」
私の言葉に驚く様子もなく、彼女は音もなく部屋を出ていく。まるで足が地に付いていないかのように、歩く音がしないのだ。彼女には羽でも生えているのではないだろうか。
しばらくして戻ってきたエリズは、渋い顔をしていた。
「旦那様より言伝を預かりました。しばらく静養するように、とのことです」
要するに、外出は禁止ということだ。
両親の私を心配する気持ちを無下にする気にもなれない。2人からしたら、私が黒竜の呪いにかかったのはまだ初めてのことで、2ヶ月後には死ぬかもしれないなんて、受け入れることは簡単では無いのだろう。
「仕方ないわ、お父様と話がしたいの、呼んでもらえる?」
「承知しました」
お人形さんのようにカクリとぎこちなく頷くと、彼女は再び父の__ランドルフ侯爵の元へ向かう。
こうなったらもう、直接説得するしかないだろう。
父は直ぐに駆け付けた。
「シャル!何か欲しいものがあるならば私が買ってこよう、見たい景色があるならば画家を雇おう、食べたいものがあるならばシェフを雇う、どうか安静に一日でも長く私たちのそばにいて欲しいだけなのだ……」
「お、お父様!落ち着いてくださいませ」
部屋に入るなり涙を浮かべながら私の手を取りそう訴える父の姿を見て、少しばつが悪くなる。
きっとこの人は、私が何度死んでも、同じように悲しむのだろう。私にとっては繰り返された運命だとしても、周りからしたらたった一度の、たった1人の娘の死なのだから。
__ごめんなさい、お父様。でも……
「私が望むことは、美味しい食事でも美しい景色でもありません。最期に……会いたいお方がいるのです」
正面から見つめそう言うと、父は少し驚いたように目を見開いて、それからまた困ったように眉を下げる。
「最期だなんて言わないでくれ……うっうっ……私もキャロンも、シャルを諦めるつもりなど無いのだから……」
「こ、言葉のあやです!どうしても、お会いしたいのです。もう一度、だけで構わないので……」
「その御相手というのは誰なんだい?まさかシャルに恋人がいたなんて、私は……きっとキャロンも知らなかったよ」
「恋人ではありません。私が一方的にお慕いしていたのです。ドラヴィス公爵家の、リアム様です」
その名前を聞いて、父は勢いよく立ち上がり声を大きくした。
「リアム・ドラヴィスだと!?ならん、彼は今、この国に居ないではないか!」
そうなのだ。
私の想い人であるリアム様は、幼少期から魔導師としての才能を買われ、現在まで他国へ留学し、より専門的な魔術などを学んでいるらしいのだ。
だから、これまでも私がお会い出来る機会も少なかった。
せめて、最期だけでも、彼に会えたら。
それだけでも私は、この理不尽な運命を繰り返す価値があると思えるのだ。
「隣国まではどんなに急いでも3日はかかる。お前の残された時間の中の3日だ。帰ってくることを考えたら1週間前にもなるだろう、そうまでして会いに行くことが、……」
「それでも、私はお会いしたいのです」
「だが……」
「私の余命は、短くて2ヶ月。逆に言えば、それまでの間に呪いによって死ぬことはありません。帰ってきたら、たくさんの残りの時間をお父様とお母様と一緒に過ごします」
父はしばらく考え込むと、やっと口を開く。
「そこまで言うのなら、仕方ない。ただし、条件がある」
_____「リアム様から1週間以内に手紙の返事が無かったら、諦めること」
それが父が私に課した条件だった。
3日かけて向こうに行って、会ってもらえなければ元も子もないということ。それには私も同意した。
私にとってはなんとも思わない1週間でも、家族にとってはかけがえのない時間なのだと思うから。
私は久しぶりにお手紙をしたためた。
そういえばここのところ、お友達にも出せていなかった。どうせならば、仲良くしてくれていたお友達にも手紙を出そう。
「エリズ、こちらをドラヴィス公爵家に、それからこれとこれは____」
手紙の手配を頼んで、私は一息ついた。
これでもし手紙の返事が来なくても、いっそ諦めもつく。返事が来たら、私は馬よりも早く駆けて彼の元に向かうだろう。
貴族が手紙を送る時によく使うのはフクロウ便で、人間が移動するより早く手紙を届けてくれるのが特徴だ。無論、私も今回はフクロウ便を使った。
明日にはリアム様の手元に私の手紙が届くはずなのである。
リアム様がフクロウ便でお返事をくださったら最短で2~3日後、通常の郵便でお返事をくださった場合は4~5日で返ってくると思えばいいだろう。
2日後、エリズが手紙の束を持って部屋に入ってきた。
「お嬢様、こちらお嬢様宛のお手紙になります」
私は必死にその束を確認する。
ドラヴィス家の家紋で押された蝋はどこにもない。
ほとんどが、お手紙を出したお友達の令嬢からのお返事だった。
「だ、大丈夫よ、あと5日も残ってるわ。そうよ、大丈夫……」
「令嬢たちがおられるのは近隣ですが、ドラヴィス様がいらっしゃるのは隣国ですからね。もう少し時間がかかっても不思議ではないでしょう」
彼女のその言葉に落ち着きを取り戻して、私は早速お友達からの手紙に目を通した。
内容は、またぜひお茶会がしたい、そういえば婚約者といついつ結婚することになりそうだ、とか、そんなあたりさわりない内容である。
私が2ヶ月の命であることは、結局手紙では誰にも伝えなかった。しかし父が色々と動いているせいで、勘づいている家門もあるようだとも聞いていた。
それでも皆、いつも通り返事を書いてくれたことが嬉しかった。
ひとつ、目に付く手紙があった。
皇太子妃候補の、サリーヌからの手紙だ。
彼女もやはり皇太子や周りから私についての噂を聞いていたようで、その事について唯一触れている人物だった。
とても勤勉で、芯の強い女性であるという印象が強かった。年下とは思えないほどにしっかりしているのだ。
艶のある黒く長い髪が、彼女をより聡明に見せているのかもしれない。
「皇室図書館で読書をしていた時に、ある文献を見つけました……?」
皇室図書館というのは、名前の通り皇室やその妃候補しか入れないと言われている、この国で1番禁書などが揃う図書館のことである。妃候補が入れると言っても、禁書などがあることから、ほぼ妃になることが内定している候補のみ入館が許される。サリーヌはきっと皇太子に見初められているのだろう。
続く文を読んで、息を飲む。
前回の人生では、見ることの無い文字だった。
「これは____」
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