白銀の竜と聖なる魔女

加永原

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第1章

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 マクァラトル王国王女――アマリネッタが突然の体調不良によって公の場に姿を現さなくなり、早くも一週間が経とうとしていた。
 アマリネッタの体調不良の原因は明かされず、ただ人前に出られる状態ではないということだけが公表されている。合わせて目前に控えていたアマリネッタの生誕祭は、体調不良から完治するまでの間、延期となっていた。
 連日治療のために医師や治療系の魔術が使える者たちが通い詰め、アマリネッタの回復に努めているものの、未だに回復の兆しはないというのが、ここ最近王城内では噂になりつつある。
 そんな中、王都からラタクへの視察団が編成された旨が公式的に発表され、王城内はどこか緊張感に包まれていた。
 というのも、視察団の中には国王とクルムノクス大公、そして聖女であるスクートの名が連なっているのだ。話題にしない方がおかしいが、緊張感に包まれているのは、珍しいことに、クルムノクス大公がその指揮を取っているというのが原因である。
 クルムノクス大公は基本的に、あまり表立って動くことがない人物であり、彼がここまで積極的な動きを見せたのは歴史に記されている、約800年前の大戦以来のことであった。
 そんなクルムノクス大公が大々的に動くとなれば、貴族たちをはじめ、王城に勤める者たちは細部に至るまで完璧な仕事をいつも以上に求められる。
 生誕祭に向けて慌ただしかった城内だが、また別の慌ただしさに追われている。急遽決まった視察団の編成だが、ラタク領への出立まで最早一週間の猶予もない状態だ。
 そもそもなぜ突然視察団が編成されたかといえば、アマリネッタの生誕祭が延期されたことが大きな要因となっている。元々はアマリネッタの生誕祭が終わってから編成に着手する予定であったのだが、先に済ませてしまえば生誕祭後に別の問題に着手出来ると、国王の判断により決まった。
 というのが、公表されている理由である。
 アマリネッタが何者かに乗っ取られた日、クルムノクス大公――ジルはアマリネッタとスクートの“お茶会”についての一切に箝口令を敷いた。そして国王と議員貴族の一部を召集し、その日のうちにラタク視察を早々に決め、発表にまで至った。
 その召集にて開かれた会議によってどのような話し合いが行われ、何故異例の早さで視察団編成の発表に至ったのかは誰も知らない。
 しかし、会議における会場であった国王執務室から出てきた貴族たちは、皆一様に青い顔をしていたと、執務室前の警護を行っていた騎士だけは知っていた。
 とはいえ、王城でも一部の者たちにとっては関わりがなく、いつもと変わらない時間を過ごしていた。
 ロサンテリアもまた、その一部の者たちの中に入っていた。
 王城敷地内に併設されている練武場から、ロサンテリアは遠い目で忙しない人の流れを追うように眺めている。普段よりも人の出入りが激しいからか、練武場から見えるほどなのは異例の事態とも言えるが、ロサンテリアの頭は他のことでいっぱいであり、口から漏れる「大変そうねー」と言う言葉には感情が籠っていなかった。

「まだいたのかお前さん、休暇の申請をしたんじゃなかったか?」

 汗を拭いながら近寄って来たシディウムが隣に並ぶと、一瞬気力のない瞳が向けられたが、すぐに王城の方へと視線は戻される。頬をかきながらこの面倒な同僚をどうするべきかと思案したのもつかの間、ロサンテリアの酷く気落ちした声が返ってきた。

「したわよ、したけれど、帰れないのよ」

 そう吐き捨てるように言うロサンテリアは先日、実家であるアエストリゴ侯爵家にて、とあるパーティーが開かれることになり、出席するべく休暇の申請を出していたのだ。
 アエストリゴ侯爵家では長男の息子であり、ロサンテリアの甥っ子が10歳の誕生日を迎えたことで、パーティーを開くことになった。本来であればアマリネッタ王女の生誕祭が終わってから開く予定であったのだが、延期の報せが国中に届いたため、予定を繰り上げて開催することにしたと実家からの手紙には書いてあった。
 そしてその手紙には、ロサンテリアの出席を求めるものとは別に、とんでもないことが書かれていたのだから帰れなくなっているのだ。

「酷いのよ、お父様。聖女様に招待状をお渡しするようにって言うのよ! 招待状を渡すまで帰ることは許さないって、当主命令まで出して!」

 ロサンテリアはあんまりだと、今にも暴れ出しそうな勢いで、というよりも既に地団駄を踏んでなんとか怒りを発散させていた。
 ロサンテリアに淑女がはしたないと、シディウムは宥めつつも顎髭を撫で付ける。

「そんなに難しいことか? 招待状を渡すくらいなら快く受け取って貰えそうだけどなぁ」

「そんなの当たり前でしょう、聖女様はきっと受け取ってくださるわ。でも、そんなの職権濫用じゃない! 私は騎士で、彼女は聖女様。部下と上司でしかない。公私混同をするなんて私の心情に反するということが、お父様には理解出来ないのよ」

 ふんっ、と鼻を鳴らすロサンテリアは騎士としてのプライドと、親であり当主でもある父の命令を無視出来ないことへの葛藤に苛立ちが露わにしていた。
 シディウムは大きな手でロサンテリアの頭を思わず鷲掴みにすれば、彼女は気が立った猫のように俊敏な動きで距離を取った。
 その速さは周りにいた者たちが一瞬何事かと気を取られるほどだが、すぐに己の鍛錬へと戻っていく。

「いくらシディウムでも、して良いことと悪いことの分別はつくと思っていたというのに。――レディに気安く触れるということがいかに愚かなのかを、今一度その頭に叩き込んでくれようかしら?」

「いやぁ、すまんな。俺にも娘がいたらこんなものかと思ったらつい」

 今にも抜剣しそうなロサンテリアも、素直にそう謝られてしまえば、もう二度とするなと言うしかない。呼吸を整えながら体勢を戻して、なんとか平静に戻ろうと努める。
 シディウムとはそれくらい歳が離れているのだから、そんな思いに駆られることもあるのかもしれない。ロサンテリアはシディウムの人となりを知っているからこそ今回は不問にしたものの、二度目は無いと改めて釘を刺すことで話を戻すことにした。

「聖女様はラタクへの視察団の一員よ。日程的にも被るのだから、おいそれと招待なんて出来るわけないのよね」

 ロサンテリアは額に手を当て、その無茶をどうしたものかと嘆かずにはいられない。
 ラタクへの視察団編成には聖女としてスクートも組み込まれている。スクートは王都外への移動の禁止の王命が下っていたが、撤回の王明が既に下っていることはもちろん、周知の事実ではないのでここでの懸念事項には入っていない。
 今回の視察団には聖女の指揮する小隊、即ちロサンテリアらは含まれていない。故に練武場には小隊の面々がちらほらといたりする。
 スクートについていけないことで悲しみと憂さを晴らすかのように新人のキールを、鍛錬と称して無駄に追い込んでいるヴォゼス。2人の眼前では今まさに、あまりも一方的とも見れる手合わせが繰り広げられている。
 相当に荒んでいると分かるヴォゼスだが、聖女と小隊が別行動をとる時はいつものことなので、誰かが犠牲になるしかないのだ。
 今回の犠牲者は運悪くも新人であるキールなのだが、誰も止めないでむしろ皆が手を合わせて安らかに、と放置していた。

「まぁ侯爵様もダメで元々ってんだろうよ」

「そうかもしれないけれど、あとで陛下と大公閣下にも公式的に招待状を送るらしいのよね。それなら聖女様もお父様から送るべきだと思わない?」

「侯爵様はこれを機に、お前を聖女様の覚えめでたくってのにしたいってことだろ」

 シディウムの歯に衣着せぬ物言いに、じろりとした目が向けられる。こんな誰が聞いているかも分からない場所で、そのような迂闊な発言をされるのは困る。
 ロサンテリアの眼光の鋭さに、シディウムは難しいとばかりにしょげた髭を撫でた。

「取り敢えず、フィデティスに預ければ良いだろ。渡すか渡さないか決めてくれるだろうし、一応侯爵様の命令も従ったことになるだろうよ」

「......フィデティス様にも失望されるのよ? そんなの嫌よ。聖女様にもフィデティス様にも、失望なんてされたくないの」

 小さくなる声は心からの本音で、ロサンテリアはこんなことのために努力してきたのでは無いと泣きたくなる。しかし、泣くことはもちろんないが、落ち込んだ気持ちはどうしても表情に出てしまう。
 視界の端では慌てたシディウムがなんとか慰めようと手を上げかけ、先程頭を掴んで怒られたことを思い出し、行き場の失くした手をわたわたと振っている。
 そんな様子がおかしくて、ロサンテリアは肩を落として微笑んだ。

「本当は、もう一つ別の条件が出されているのよね」

 ロサンテリアに出された帰郷の条件は二つであり、どちらかをクリアすれば良いのだが、どちらもロサンテリアにとっては難しかった。
 もう一つとは、とシディウムが問えば、ロサンテリアは心底嫌そうにため息を吐く。

「パーティーでのパートナーを連れて来ること、ですって」

 ロサンテリアは腕を組み直すと、眉間に皺を寄せた。

「縁談を全部断っていたから何を勘違いしたのか、もう心に決めた相手がいるんだろうって。早く顔を見せろだなんて言うのよ。もうおかしくておかしくて」

 ふふっ、と虚ろな目で笑うロサンテリア。
 シディウムは色々と苦労しているんだなと思いながらも、素直に思っていることを口にせざるを得ない。

「簡単なことじゃないか。ヴォゼスにパートナーを任せれば良いだけだろう? 聖女様を招待するよりよっぽど現実的だしな。あいつなら聖女様をチラつかせればすぐ食いつくだろうよ」

 ロサンテリアの虚ろな目が、シディウムにぎろりと向けられた。

「――貴方のその、時に人の機微に疎いところが、結婚出来なかった所以だと思うわよ」

「関係ないだろう! それに出来なかったんじゃない、敢えてしなかっただけだ。そこんところ、大事だからな!」

 これには思わずシディウムも声を上げて反論したが、ロサンテリアはどうだかと言いたげに目を細める。
 ロサンテリアは心外な言葉に狼狽える老騎士に向き直ると、胸を張ってから言った。

「私にそんな度胸があればここまで悩んでないし、とっくにアエストリゴに戻ってるわ」

 堂々と自分は度胸がないと言い張るロサンテリアに、返す言葉が見当たらないシディウムは、色んな言葉を脳内で探してみたものの、そうかと相槌を打つだけで精一杯だった。

「それに、そもそも私たちは貴族なのよ? 仮に私が誘えるだけの度胸を持ち合わせていたとしても、気軽に誘うことは出来ないわよ」

 貴族は家門同士の結び付きを大事にするものであり、だからこそ婚姻関係を結ぶことは両家の了解がなければならない。これが一時のものであるならばいざ知らず、今回侯爵が求めるのは未来の伴侶であり、それは婚姻関係をいずれ結ぶと確定している者でなければならない。
 だから突発的にパートナーになれだなどと言える訳もなく、ロサンテリアは頭を抱えているのだ。

「貴族ってのはそこら辺面倒だからなぁ」

 盲点だったとばかりに唸るシディウムは、ロサンテリアを不憫だと同情するしかない。
 ロサンテリアは、久しぶりに会う甥っ子の成長した姿を見れないかもしれないことが悔しくて、もしも次に会ったら父親を事故を装って殴れないものかと真剣に考え始める。
 ロサンテリアとシディウム、頭を抱える2人の丁度間に、何かが勢い良く突き刺さった。それは稽古用の刃を潰した剣であり、軌道を辿ればそれはヴォゼスが投げたものであった。

「――あ」

 ロサンテリアの口からは、そんな声とも音とも取れないものが思わず転び出る。考え事をしていたせいで気づかなかった襲来に驚いたからだった。
 しかし、すぐにそれが誰のせいであるのかを理解すれば、カッと見開かれた目は真っ直ぐにヴォゼスを射抜いていた。

「危ないじゃない! お前の手は剣もまともに握れないのかしら!? 剣を手放すような手なら私が斬り落としてあげるわよ!」

「落ち着け、落ち着けロサンテリア!」

 今にも抜剣してヴォゼスに斬りかかりそうなロサンテリアと、それを体を張って止めるシディウム。
 解決出来ない問題と思考の邪魔をされた、二重の怒りに満ちたロサンテリアの形相に、鍛錬場にいた誰もがギョッとして後退りする。それでもヴォゼスはいつも通りの笑みを浮かべた状態で、ロサンテリアたちの元へとゆったりとした足取りで向かって来た。
 手にはキールの首根っこが掴まれており、あろうことかそれをポイッと投げ付けるもので、慌ててシディウムが受け止めれば彼は感謝とともに薄らと涙を流していた。

「酷い、酷いなぁ。僕の心は綿毛のように軽く吹き飛んでしまうというのに、ロサはいつも鼻息荒く責め立てるんだ! 僕がいつまでも心穏やかでいられると思うなよ。僕は今、とても機嫌が悪いんだからな! あぁいや違うよ、八つ当たりしようとしているわけじゃないよ。単純に2人で楽しそうに話しているのが気に食わなかっただけだよ。僕も楽しい話には混ぜて欲しいだけだし、聖女様の行くべきところにはどこまでもついて行きたいだけなんだ!」

 大袈裟に腕を広げながらそう捲し立てるヴォゼスに、ロサンテリアは呆れながら腕を組み直す。

「全然楽しい話なんてしてないわよ、お前の目は節穴なのかしら」

「心外だなぁ、心外だけれど僕は傷付いたって言葉はしまってあげよう。それじゃあ悲しい話でもしてた? ロサ、お前が沈んだ顔をしていることはこれまでに何回もあったけれど、なかなか見ないタイプの顔をしていたね? なかなかに辛気臭いし陰鬱な表情だったけれど。いや、違うよ? お前が陰気な女だなんて言いたいわけじゃないよ。お前はいつだってうるさいくらいに明るくて良い女だと僕は思っているんだよ? 嘘じゃないさ、僕は嘘なんてつけないんだからね。僕は誰の目にも明らかな正直者だ」

 いつも通りのヴォゼスの口数の多さだが、ロサンテリアを覗き込むその目はいつもより笑っているようには見えない。
 それでも答えないロサンテリアを諦め、ヴォゼスはシディウムに視線を移す。
 シディウムはキールを介抱していたが、やれやれと肩を上げた。

「俺が怒らせたわけでも、ましてや悲しませたわけでもないことくらい分かるだろうが。八つ当たりのために来たってんなら今は他を当たれ」

「まさか! 嫌だなぁ、僕がシディウムに八つ当たりをするような人間に見られていたなんて――」

「ンなら、ちっとは落ち着けや。単に相談に乗ってただけだからな」

 ヴォゼスの言葉を遮るように拳を落とすシディウム。ゴンッという鈍い音にヴォゼスは目を瞬かせてから、痛い痛いと頭をさすった。
 そして一度伸びをして剣を取り、そのまま腰に差してからロサンテリアに向き直る。

「で? なんの話だったの? 言ってごらんよ、僕は優しいからね。ロサとは違って僕は人に優しくすることが出来るんだから。ほら、その相談てのを早く話すと良いよ。うん? それとも僕には話せない悩み? 嫌だなぁ、傷付くなぁ。僕とロサの間柄だというのに、この薄情者! あぁ、いや違うよ。僕は別にお前のことを薄情者だなんて本当に思っていないよ? だってお前は慈悲深い女なのだからね、本当だよ? 本当にそう思っているから、いい加減こっちを向いたらどうかな」

「......」

 ロサはそっぽを向き、会話を拒否する姿勢を崩さない。そんな2人にしびれを切らしたのはシディウムで、要約してヴォゼスに話してしまえばロサンテリアの恨みがましい視線が突き刺さる。
 シディウムにとってヴォゼスをまともに相手するのは面倒な上、ロサンテリアの悩み事も解決させたいのならば素直に話すのがいちばんであるというもの。仮にどれだけ鋭い視線を浴びることになろうとも、シディウムには子供が不貞腐れているだけのことでしかない。
 キールが居心地悪そうにシディウムを見上げてくるが、それには我慢しろと無言のままにゆっくりと頷いて返す。
 ふーん、とヴォゼスは腕を組んだ。そのいやにニヤニヤとした表情に、ロサンテリアは訝しげに眉を寄せると、ヴォゼスはずいっと顔を近付ける。

「それならお前は僕をパートナーにする他ないね。聖女様が招待されるかもしれないパーティーに、僕がいないというのがおかしな話なのだから。そもそも、視察団に編成されていないということからおかしかったんだよ。きっと、僕の真摯な祈りが聖女様に聞き入れられたに違いない! ロサ、お前は何も悩む必要なんてないんだから、さっさとその陰気な顔をするのをやめるんだな。いや違うよ、お前には陰気な顔は似合わないって話であって、お前が――ってこれはさっき言ったよね。うん、お前はなにも悩むことは無いし、良い女のお前に暗い顔は似合わない! それで万事解決だ!」

「全然解決じゃないわよ、お前の頭には綿でも詰まっているのかしら。お前をパートナーにするわけないでしょうが。私は招待状を渡すか、婚約者を連れて来いって言われているの、分かるかしら? 聖女様が目的のお前なんて連れて行かないわよ!」

 両手を組んで遥か遠くの空を見上げ、目を輝かせるヴォゼス。
 ロサンテリアはさすがに我慢ならないと、声を荒らげて解決策を却下する。
 ロサンテリアの大声に周囲の他の騎士たちが何事だと顔を向けるが、相手がヴォゼスだからか、シディウムが気にするなとばかりに手を振るからか、皆各々の鍛錬に戻っていく。
 ヴォゼスは肩を落として唇を尖らせる。

「なんで? ロサは条件を達成して家に帰ることが出来る、僕は聖女様と会える機会が増える。利害の一致、満場一致で僕を誘うべきじゃないか」

「たとえ利害が一致してても、満場一致ではないわよ」

「じゃあ他に誰かあてがあるわけ? 僕以上にお前の隣に相応しい奴がいるって? あぁそれとも、僕が嫌いってことかな? うーん、確かに口論は良くする方だけれど、まさか嫌われていたとは。まぁお前にも好き嫌いはあるから、嫌いな奴に隣に並んで欲しくないってことなら仕方ない。僕も潔く諦めるよ。ちゃんと別の手段でパーティーに出席するぞ。うん、聖女様の出席が決まったら教えてくれ! 伯爵家から正式に出席のお願いをしてみるからね」

 そうにこやかに自己完結を始めるヴォゼスに、ロサンテリアの手が上がった。ヒュッと空を切る平手打ちは、ヴォゼスが半歩下がったことにより躱されていた。

「嫌いだなんて言ってないわよ!」

 ロサは振り下ろした手を収めることなく、そのまま躊躇なく剣の柄に伸ばした。そして素早い動作で抜剣すると、剣先をヴォゼスに向けてから顎で練武場の中心を指す。

「――3本先取よ。お前が勝ったら出席させてあげる。でも、私が勝ったら一緒にフィデティス様に頭を下げて貰うわよ!」

 そう言うやいなや、鼻息荒くズンズン歩き出すロサンテリア。
 ヴォゼスは酷く面倒臭そうな声色で、「えぇ、素直に僕を連れて行くと決めた方が早くないか?」と零す。だが、後を着いていく足取りはご機嫌に見えるのだから、シディウムは難儀だと零れそうになる言葉を呑み込んだ。
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