上 下
3 / 18

3

しおりを挟む
「さてと、じゃあ荷物を纏めないと。家具は私がお祖母様の加護を解いていくからデュハン、馬車を手配した後に運びこんで頂戴。洋服と遺品の全てはシャフラ、貴方に任せたわ」

「畏まりました。お嬢様」

「了解致しました。ラゼーネ様っ」


   二人が動き出したのを確認してから、動きやすいようにスカートをたくし上げて結ぶ。

   お祖母様の加護はとても特殊なものだ。お祖母様の広げた魔力が散った場所は魔力が散った時点に物の状態や場所が戻るようになる。それは常時発動していて、加護を解くには血縁者の血が必要になる。つまり何があっても血縁者の血が無ければ元に戻るように加護が発動し続けるためものを盗む以前に運ぶことすらできないのだ。

   家の中を巡って家具に触れていく。短剣でつけた指の傷が泣きたくなるほど大切な思い出と死にたくなるような思い出を呼び起こす。良くも悪くもここで過ごした日々は忘れられないものばかりだ。


「災難の始まりは殿下との婚約…。あれが無ければ私は」

「お嬢様ー?そろそろ終わりましたか?」


   玄関の方からデュハンの声が聞こえて部屋から顔を覗かせるとデュハンが駆け寄ってきた。


「お嬢様、ちょっと切りすぎですよっ!?」

「あ、ほんとだわ」


   無意識に押し付けた短剣が深く刺さったのか指から血が滴るように溢れてくる。デュハンがポケットに仕舞っていた白いハンカチを巻きつけて血を止める。すぐに白が赤色に染まって大分やらかしてしまったようだと反省する。


「大丈夫ですか?変な感じはしないですか?」

「ええ、大丈夫よ。ごめんなさい、手間を掛けて。家具と置物は全部終わったわ。後はよろしくお願いします」

「勿論でございます。休憩なさいますか?であればシャフラを呼びますが」

「うーん。いえ、遠慮するわ。少し外で買い物してこようと思うから」


   落ち着いてお茶なんてしていたら悪い方向に物事を考えて自己嫌悪に陥りそうだからと外に出ることにしようと短剣を懐に仕舞う。


「いつ頃にお戻りになられますか?」

「分からないけど、そうね、夕刻には戻るわ。外で何か夜ご飯を買ってくるから、夜ご飯は作らないで待っててね。疲れたらちゃんと休んで頂戴。それじゃあ行ってくるわ」

「いってらっしゃいませ」


   デュハンは私を門まで送って、仕事に戻った。買い物にまでお供に着いて行くと言ってこない、私を理解した従者に自分は本当に恵まれていると感じる。もちろん二人が余計な心配しないように貴族らしい格好を避けて庶民と同じように出かける。



   30分程歩いた所で商業街が広がる。色んな店を巡って、店主さんと言葉を交わしながら花の種を買う。プランターはあるから公爵領の家の自室で育てようと鞄に詰め込む。ふらふらと風の吹く方向に足を進めると職人街に出て鍛冶屋を見つけて暖簾をくぐる。


「なんか…」


   微妙、という言葉はギリギリ口にはしなかった。剣の装飾が気に入らなかったわけではなく純粋に質が悪い。一般客じゃパッと見良いように見えるように取繕われた粗悪品だ。触れなくても分かる酷さに思わずため息が出た。耳が痛くなるような剣の声に頭がくらくらする。


「はぁ」


   隣を見ると女の客が手にとってなまくらの長剣を見ている。せめてもの良心と思って声を掛ける。


「あの、そっちよりこっちの剣のがましだと思いますけど」


   鉄の塊を押し付けると女は目を見開いた。驚きのあまり剣を取り落としそうになっていて思わず剣を受け止めた。


「あ、ありがとうございます。剣の良し悪しは良く分からなくて」


   こんな粗悪品じゃ鋼の美しさなんて分からないわよねと思いながら、女に耳打ちした。


「この店はやめた方いいですよ。いつ壊れるか分かった物じゃないですから」


   うなづいた女に元自領の公爵領にある鍛冶屋を勧めるとお礼を言って去って行った。無事にいい剣に巡り会えたらいいのだけど、彼女が向かった方角に背を向けて私は屋台へ向かった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...