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初めましてのクリスマス編

おまけ『cross the line』※

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なおし

「……ん……? ……あっ!」

 賢二郎はぱちっと目を覚ました。

 カーテンの外はすでに仄明るく、細く開いた隙間からうっすらと夜明けの空が見える。そして隣には、賢二郎の腰に手を置いて、すーすーと健やかな寝息を立てているサーシャの寝姿があった。しっかり部屋着のTシャツに着替えているところを見ると、普通にシャワーを浴びてベッドに入ったようだ。

「あ~……やってもた……」

 サーシャの帰りを、起きて待っているつもりだったのに。
 久しぶりにピアノ奏者としての仕事をしたサーシャの帰りを待ち、さっき聴いたばかりの演奏についてたっぷり感想を述べたかった。

 すごくよかった、かっこよかった、きれいだった——……いろんな感情がごちゃ混ぜになって感極まってしまっていたため、陳腐な言葉しか思いつかなかったけれど、過去のさまざまな経験や感情を経て、ふたたび楽しそうにピアノを弾くサーシャの姿を見ることができて、嬉しかった。

 その熱い想いを伝えたかったのだが……どうやら朝まで眠ってしまっていたらしい。

 雪のちらつく極寒の屋外から帰宅し、熱いシャワーを浴びてホッとしたときにふと思った。——なんだか、今日はサーシャと最後の一線を越えることができるのではないか、と。

 帰宅したサーシャはどんな顔をしているだろう。楽しかったと言うだろうか、それとも、やっぱり過去の記憶が邪魔をして、心の底からは楽しめなかったと言うだろうか。

 どんな感想を胸に抱えていたとしても、今夜ばかりはサーシャを労いたい。強く抱きしめたいと思っていた。そのため……後ろの準備も、しておいた。

 そういう作業にもまだ不慣れだけれど、サーシャが丁寧に身体を拓いてきてくれてきたおかげで、異物を受け入れることにはだんだん慣れてきてはいる。だが、まだ最後の一線を越えることはできていない。

 いつもその手前までは進むことができるのだから、もういっそ一思いにやってくれとも思うのだが、指の圧迫感だけで疲れ果ててしまう賢二郎を前に、サーシャはいつも「今日はここまで。よくがんばったね」といってキスをするだけ。

 その優しさに救われもするが、申し訳なくてたまらない。いつだってサーシャには我慢をさせるばかりだ。賢二郎の口や手で果ててはくれるけれど、サーシャは余裕をたっぷり残しているようで、毎回いたたまれない気持ちになる。だからこそ、昨晩は積極的にサーシャを求めてみようと思っていたのに——……。

「めっちゃ寝てしもてるやん……。サーシャも寝とるし」

 サーシャの腕からそっと抜け出し、賢二郎は洗面所でざぶざぶと顔を洗った。鏡に映るのは、ガッカリ感あふれる自分の顔だ。賢二郎はため息をつき、タオルでがしがしと顔を拭って髪をかき上げる。

 珍しく自分から頑張ろうとしたらこれである。……つくづく、色恋に関してまったく調子の出ない自分がいやになった。

「……どないしょ。疲れてるやろし、起こすんもかわいそやしなぁ」

 ぶつぶつ独りごとを言いながらキッチンに立ち、ぐびぐびと水を一気飲みする。そうすると少しは頭がスッキリしてくるものの、こういう時にキメきれない自分への情けなさは消えなかった。

「……さむ」

 しかし寒い。ハーフパンツと裸足という格好でフローリングを歩いたせいで、凍てつくような寒さが足元から這い上がってくる。賢二郎はぶるると震えて、もう一度ベッドに戻ることにした。

 一時期は一緒に眠ることさえ避けていた。
 同じベッドで寝ていれば、なんとなく色っぽい雰囲気になってしまう。その先にセックスが待ち受けていると思うと怖かったからだ。

 だが今は、そういう抵抗感もすっかり失せた。賢二郎は温もった布団の中にもぞもぞと入り込み、冷え切った脚を容赦なくサーシャの素足にすり寄せる。サーシャは眠る時にズボンを履かないので素足だ。羽毛布団の中のサーシャの脚はため息が出るほどあたたかく、賢二郎の唇にも笑みが浮かぶ。

「……つ、つめたい……」

 だが、サーシャの眠りは妨げられてしまったようだ。眉間にシワを寄せてみじろぎをしつつ、薄く目を開いた。

「ごめん、起こしてもたな」
「ううん……物音がしてたから、なんとなく起きてたよ」
「もうちょい寝るやろ? はぁ……ぬくい」

 もぞもぞとサーシャにくっついて、賢二郎は目を閉じた。すると、首の下に腕が通され、そのままきゅっと抱きしめられた。寝巻きのTシャツから香るサーシャの匂いとぬくもりに包み込まれていると、なんだかとてもホッとする。

「……昨日、めちゃめちゃカッコよかったで」
「ふふ……ありがとう。俺も楽しかった」
「ほんま? 途中で昔のこと思い出したりとか、せぇへんかった?」
「しなかった。むしろ……純粋に、楽しく弾いていた子どもの頃のことを思い出したよ」

 もぞ、と顔を上げると、アイスブルーの瞳が柔らかく細められた。わずかに差し込む朝陽を吸い込み、まろやかに揺れる瞳の美しさに、賢二郎は見惚れた。

「ところで、なんで累クンを指名したん?」
「んー……そうだなぁ。あのときは単なる思いつきだったけど、本音を言うと、少し心細かったのかもしれない」
「心細い?」
「音楽祭の前は、『ルイの殻を破ってやる』なんて偉そうなことを言ってセッションを持ちかけたけど……きっけかけをもらえたのは、俺のほうだったみたいだな」

 賢二郎の前髪を指先でよけながら、サーシャはふと真面目な表情になった。

「本当に、楽しくてね。……ああ、俺はまだこんなふうに自由な音が出せる、もっともっと自由になっていいのかもって、気づかされたような気がしたんだ」
「……そうなんや」
「ルイの音は繊細だけど、ダイナミックなたくましさもあるだろう? 彼の音で俺の本心が引きずり出された……そんな感じがした。その感覚を確かめたくて、今回もルイを指名したんだ」

 そう語るサーシャの眼差しには、累への信頼感のようなものがくっきりと見てとれる。嬉しいような、おもしろくないような、なんともいえない気分だった。

 賢二郎は両手でサーシャの頬を挟み込み、じろりと上目遣いに軽く睨む。

「なぁ、天才少年クンの話ばっかりせんといてくれへん?」

 以前、サーシャから言われたことのあるセリフを繰り返してみせる。サーシャはやや面食らったように目を瞬き、そして優しい苦笑を浮かべた。

「ごめんね。つい」
「なんやサーシャ、あの子とばっかり弾くやん。気ぃ食わへんなぁ」
「ごめんごめん。次は賢二郎とやりたいよ?」
「次ね、次。どうせ僕はどこまでいってもあの子の次点や。今回もそやし、ヴァイオリニストとしても、」
「そんなことないって。怒らないで、賢二郎。俺が愛してるのは君だけだ」

 ぎゅううう、と戯れのようにきつくきつく抱きしめられて、くすぐったさと軽い苦しさに賢二郎は身をよじって笑った。

「あはっ、くすぐったい。あははっ」
「ヴァイオリニストとしても、賢二郎はルイと比べようのない魅力がある。自分でもわかってるだろう?」
「……んー」
「好きだよ。俺は君の音色も、君自身も、愛してる」
「……そっ……そうか」

 真摯な眼差しを向けられながらどストレートな愛の言葉を贈られて、賢二郎は真っ赤になってしまった。嬉しいやら気恥ずかしいやらで再びサーシャの胸元に顔を埋めると、ちゅ、と髪の毛にキスが降ってくる。

 そっと顎に触れられて顔を上げると、そのまま流れるように唇を覆われた。

「ん、……ん」

 ゆったりとしたリズムで唇を啄まれる心地よさに、賢二郎は目を閉じた。その素直な反応を喜ぶように、サーシャが吐息で小さく笑うのが伝わってくる。自然と賢二郎の口元にも笑みが浮かび、その拍子にさらにキスが深くなった。

 そっと挿入される舌にびくつくこともなく、自らも口を開いてサーシャのそれと絡め合う。少しずつ高くなる水音も、擦れ合う柔らかな舌の感触もとても淫らだ。だんだん、賢二郎の肉体も熱を帯び始める。

「はっ……ぁ」

 する……とシャツの中にサーシャの指が忍び込み、敏感な胸の尖りを指先で捏ねられた。くすぐったさはもはや消え失せ、触れられる快感がじくじくと身体の奥底に火を灯す。賢二郎は咄嗟に唇を噛み、溢れ出しそうになる声を殺した。

 そうなると、いつしかキスを拒む格好になってしまう。だがサーシャは愛撫の手をゆるめることはせず、賢二郎の頬から耳へと唇を滑らせながら、囁いた。

「んっ……ン……ぅっ」
「ほら、また。声、我慢しないで、賢二郎」
「ふっぅ……でもっ……んっ」
「君の声、好きなんだ。聞かせてほしいな」
「あ、ぁっ……!」

 ぴったりと耳に触れた唇から紡がれる涼やかな低い声が、賢二郎の鼓膜を愛撫する。「感じてくれて嬉しい」「素敵だ」「好きだよ」と囁かれるたび、賢二郎はびく、びく! と肌を震わせた。こうして迫ってくるときのサーシャの声は色っぽくて、腰にくる。

「み、みみっ……やめぇって……っ」
「なんで……? こんなによさそうなのに」
「ん、んっ……ひぁ……!」

 ぺろ……と尖らせた舌先で耳朶を舐められ、かぷりと甘噛みされて変な声が出てしまう。耳たぶから首筋へキスとともに、サーシャの手が賢二郎のハーフパンツにかかった。

 いつもならここで『どこまでならしてもいいか』という一悶着があるのだが、賢二郎は無言でサーシャの動きに身を委ねて腰を浮かせ、脚をくねらせて下を脱ぎ去る。あまりに素直な賢二郎の所作を見て何を思ったのか、サーシャがふと微笑んだ。

「今日はどこまで許してくれるのかな?」
「…………さ」
「ん?」
「最後まで……かな」
「……えっ」

 今日こそはサーシャと一線を超えてもいい……そういう意味だ。熱い頬を隠すように顔を背けかけたけれど、それはサーシャの掌によって遮られてしまう。

「……いいのかい?」
「いっ……いい。……ほんまは、昨日したかってん。寝てしもたけど……」
「ほっ、ほんとに?」
「僕かて……したくないわけちゃうねん。今は、もう怖くないし」
「そ……そうなのか。そうか……ワーオ……」

 サーシャは感極まった表情で嘆息し、目をキラキラと輝かせている。その素直すぎる反応を前にどんな顔をしていたらいいのかわからなくて、賢二郎はふたたびそっぽを向いた。そして、念のため伝えておく。

「……うしろも、昨日の夜、慣らしてて……」
「えっ!!?? 俺のためにそこまで……!!!?」
「うるさ……びっくりしすぎやろ」
「あぁ……賢二郎。賢二郎……っ……好きだ。大好きだよ。可愛い」

 どこまでも直球な愛の言葉は照れ臭いけれど、ここまで派手に喜んでくれると嬉しいものだ。ぎゅうぎゅうと抱きしめられながら賢二郎はようやくサーシャのほうへ顔を向けた。

 すると、満面の笑みのサーシャに深く口づけられる。並んで横たわっていたサーシャは身を起こし、賢二郎の上に覆いかぶさった。

 さらに深くキスをされ、腰から双丘のラインをなで下ろされ、賢二郎は思わず息を漏らした。

 すでに下を脱いでいるから、賢二郎の昂りは隠しようもなく露わになっている。それは途方もなく恥ずかしいのだが、もう何も隠す必要はないのだ。息を弾ませながらキスを交わし、互いのTシャツを脱がせてしまうと、素肌と素肌が重なり合う。

 さらりとした肌の感触とたしかなぬくもりが、肌を通じて伝わってくる。こうして肌を合わせているだけで気持ちがいいし、幸せだ。それだけでいいじゃないかと思っていた。

 ……だけど、もっと先が知りたい。もっともっと、確かなものが欲しい。

 不器用でどうしようもない自分を、サーシャはいつだって、柔らかな優しさで包み込んでくれる。そんなサーシャの想いに応えたいし、自分からも愛したい。日に日にその想いは強く、大きく育っていた。

 羞恥心を噛み殺して自ら四つ這いになった賢二郎の背中に、サーシャはたくさんのキスを降らせた。うなじから背筋へと、ちゅ、ちゅ……っとかすかなリップ音をさせながらキスで辿り、同時に前をもやわやわと可愛がられる。賢二郎はそのたび、はしたない声を漏らした。

 そして、体温にあたためられたローションで愛撫された窄まりに……サーシャの切っ先があてがわれる。うなじにキスを受けながら「……挿れるね」と囁くサーシャの声にはひりつくような熱がこもっていて、いつもの余裕が感じられなかった。

「んっ……ん、く……っ」
「痛く……ない?」
「ふっ……うん……だいじょうぶ……」

 ゆっくりと挿入されるそれは、硬い指先とはまったく異なる感覚をもって、賢二郎の内壁をかきわけようとしている。圧迫感で息が止まりそうになるが、身体から力を抜いて、がんばった。

「っ……ハァ……」

 すると、丸く硬い先端を、賢二郎の身体はうまく飲み込むことができたようだ。ほっとしつつも、シーツを握って浅い呼吸を繰り返す。
 だが、指でさえあんなにきつく締め付けていたのだ。サーシャは痛みを感じているのではないだろうかと不安になる。賢二郎は横顔で振り返り、背中に覆いかぶさるサーシャの表情を窺った。

「なぁ……っ、いたく、ないん……?」
「……ない、ないよ。……もっと奥まで、いい?」
「ん……」

 こく、と四つ這いで頷くと、背中をあたためていたサーシャの身体がスッと離れ、腰をしっかりと両手で掴まれた。そして、ずず……とさらに奥へと屹立が挿入され、賢二郎は「ぁ、あっ……!」と背中をしならせ声を漏らした。

「っ……賢二郎……ハァ、っ……だめだ、もう……」
「な……、なにが……」
「気持ちよくて、嬉しくて……。もう……頭がおかしくなりそうだ」
「へ……」

 初めて目の当たりにするサーシャの表情に、ドクンと胸が大きく高鳴る。
 白い頬は上気して、切なげに細められた瞳は赤く潤んでいた。その表情からは、賢二郎の肉体でサーシャも快楽を得ていることが伝わってくる。それが無性に嬉しくて、ホッとした。

 すると、身体の内側に残っていたこわばりが、スルスルとほどけてゆく。サーシャを受け入れている腹の奥からじわ……と熱が生まれてゆくような感覚に、賢二郎はふるりと肌を震わせた。

「ぁ……はぁ……っ」
「動いていい? ゆっくりするから」
「ん……うん……っ」

 遠慮がちな仕草で、サーシャがゆっくりと腰を引く。ずず……と引き抜かれてゆく硬い感触にはまだ慣れないが、ローションのとろみもあいまって不快感はない。
 幾度となく指で教え込まれてきた腹の内側のイイところを、硬い先端がかすめてゆく。びりりと腹の奥から痺れるような感覚が全身を駆け巡り、賢二郎は思わずシーツを固く握りしめた。

「ん、っん……は……」
「ああ……すごいな。こんなに細い腰で、ちゃんと俺のを飲み込んでくれて……」
「い、いわんでいいねんそんなことっ……」
「賢二郎のナカ、すごく熱くて気持ちがいい。……はぁ……たまらないな」

 サーシャはしばらく、賢二郎の内壁に自らの形を覚え込ませようとするかのようにじっとしていた。だが、背後に聞こえるの吐息はどこかもどかしげである。

 腰を支えているサーシャの指にはいつにも増して強い力がこもっていて、動きたいのを必死で我慢していることが伝わってくる。賢二郎の身体を気遣ってくれているのだろう。

「いたないし、もっと……もっとうごいても、ええよ」
「……いいのかい?」
「ええよ……もっと、きもちよくなってほしいねん」
「賢二郎……」

 ふたたび背中に覆いかぶさったサーシャが、ちゅっとうなじにキスを落とした。そしてゆっくりと、賢二郎を味わうようにゆっくりと腰を引き……また、ゆるやかに穿たれる。

 隙間なく前立腺を内側から擦りあげられる感覚に、賢二郎はふたたびびくっと身体を震わせ、咄嗟に「っん、く……」と声を噛み殺す。だが、その刺激は一度では終わらなかった。

 ゆっくりとピストンを始めたサーシャの腰が揺れるたび、何度も何度もそこを内側から愛撫されるのだ。そのたびに息を殺していると、耳のすぐ後ろで、サーシャが低く囁いた。

「賢二郎……ダメだよ、我慢しないで。苦しいだろ?」
「でもっ……んっ、ん……っ」
「聞かせて、お願いだ。……きみの声が聞きたい」
「ァっ……ぁ、あ……!」

 ずん……とこれまでよりも深く突かれて、硬く反り返っていた性器の先端からぱたぱたっ、と体液が溢れ出す。同時に腕から力が抜けて、賢二郎はシーツに突っ伏してしまった。

 だが、サーシャは動きを止めない。腰を高く突き出す格好になっている賢二郎の腰を両手で支え、ぱちゅ、ぱちゅ、と濡れた音を響かせながら深い抽送を繰り返す。そうされるたび、腹の奥からじわじわと生まれ始めているのは確固たる快楽だった。

 ピストンに連動して小さな快楽が幾度も弾け、それが積もり積もって大きな何かがせりあがってくるような感覚だ。ぱん、ぱん、と肌と肌がぶつかる音も、結合部から聞こえてくる濡れた音も、サーシャの熱っぽい吐息の音もあまりに淫らで、耳の奥まで愛撫されているようだった。

 ——なんやこれ……っ、……きもちええ……どないしよ、声、おさえられへん……っ。

「ァっ……ん、はぁ……っ」
「は……っ、賢二郎……大丈夫? 俺ばっかり……気持ち良くなってないか?」

 サーシャの問いかけに、賢二郎はふるふると首を振って応えた。バックで本当によかったとすごく思う。きっと今、自分はひどい顔をしているに違いない。きっと顔はぐしゃぐしゃで、だらしなくゆるんでいるはずだ。

 イイところを内側から何度も何度も愛撫され、突き上げられ、そのたび口からか細い喘ぎが漏れてしまう。休むことなく腰を打ちつけながら賢二郎のうなじにキスをするサーシャの吐息にも、いつもの余裕がまったくない。しかも、今もっとも言われたくないことを言い出した。

「賢二郎……こっちを向いて?」
「はっ……!? い、いややっ……! むり……っ」
「なんで? 賢二郎、俺を見て」
「んっ……あかんむり、むりやって……っ、ァっ……あ……!」

 ピストンを止めたサーシャに肩を掴まれたかと思うと、仰向けにされてしまった。
 そしてすぐさま、サーシャのキスが賢二郎の唇を塞ぐ。一度抜き去られていたペニスにもう一度深く内壁をかき分けられ、せりあがってくる快楽に賢二郎は声を震わせた。

「ん……っ、ぁ、はぁっ……!」

 脚を大きく開かされるという恥ずかしい格好をさせられて文句の一つも言いたいところだが、ふたたびゆったりと抽送されて、不平は全て喘ぎに変えられてしまった。ぐっと身を乗り出し、さらに深くを狙うように腰を振りながら、サーシャはまっすぐに賢二郎を見つめながら腰を振る。普段は知的で優しいサーシャの瞳には、賢二郎を求める雄々しい本能が溢れていた。

 すると、涙目になりながら揺さぶられる賢二郎を見つめるアイスブルーの瞳がうっそりと細められ、とろけるような笑みを浮かんだ。

「……やっぱり、顔を見ながらするほうがいい。賢二郎の感じてる顔、すごくかわいい」
「んっ……はずかしい、……っ、ん、っ」
「恥しがることなんて何もない。賢二郎のこういう顔を見ることができるのは、この世界で俺だけだ」
「っ……」

 はっきりとした支配欲を滲ませるサーシャの言葉に、ゾクゾクするほどの興奮が走った。言葉を忘れてサーシャを見上げていると、賢二郎の唇に甘い唇と舌が絡みつく。

 夢中で舌を絡め合いながら、さっきよりも猛々しさの増したサーシャのピストンを受け入れる。そのたび、喉の奥から甘い喘ぎが溢れて止まらない。腕を伸ばしてサーシャの首に縋り、迫り来る絶頂の予感に腰を震わせた。

「サーシャ……っ……も、イきそ……」
「……っ……俺も、じつはすごく我慢してた」
「……ほんま? 僕とするん、気持ちええ……?」
「気持ちいいにきまってる。……はぁ……すごく、イイ」

 サーシャの言葉で気が抜けた拍子に、ぽろりと賢二郎のまなじりから涙が溢れた。快感とともにこれ以上ないほどまで高められた感情は、まぎれもなくサーシャへの愛おしさだ。

「賢二郎……愛してる、大好きだよ。愛してる」

 見つめ合いながら深く深く愛される悦びか、涙が溢れて止まらない。その涙を唇で受け止めながら、サーシャは何度も賢二郎に愛を囁いた。

 その言葉を受け止めるたび、心が震える。これ以上ないところまで昂らされた心と身体を包み込まれながら、賢二郎はサーシャにきつく縋って……。

「っ……ァっ、イく、イく……っ、んっ——……」
「ぅ、あっ……ハァっ……んん……っ」

 まぶたの裏でチカチカとハレーションが起きている。全身を痺れさせるような甘く激しい絶頂感が賢二郎を満たしてゆく。しかもその大波はなかなか引いていってはくれなかった。サーシャの肩口に顔を埋め、ぎゅっと目を閉じて、賢二郎はその余韻のなかを揺蕩っていた。

 呼吸が整うようになってきて、ようやくサーシャに縋っていた腕から力を抜く。すると、サーシャも陶然とした表情で賢二郎を見つめていた。

 なんて無防備な顔だろう——初めて見る愛らしい表情に、賢二郎は思わず微笑んだ。サーシャの優しいキスを唇に受けながら、賢二郎は小さく微笑む。

 ず……と中を満たしていた楔が抜き去られると、身体からどっと力が抜ける。マットレスに沈み込んでいくような気怠さに支配された身体をあたためるようにそっと抱き寄せられ、心地のいい腕の中で、賢二郎は小さく呟いた。

「サーシャ……好きやで」

 掠れた声でそう伝えると、サーシャの笑顔がひときわ輝く。汗でしっとりと濡れた肌を重ね合わせながら、サーシャのプラチナブロンドに指を絡めていると、自然と二人の唇が重なった。

「……俺も愛してる。愛してるよ……賢二郎」
「ん……」

 軽いキスを交わし、見つめあってはまた微笑む。
 すると、サーシャは賢二郎の肩口に額を埋め、ドイツ語でぶつぶつと何かつぶやき始めた。

「ああ……かわいい。可愛すぎる。好きすぎる。ほんとに好き。ああ……この気持ちをどう表現したらいいのかわからないな……」
「……ドイツ語」
「あぁ……つい」
「全部伝わってるから、大丈夫やで」

 艶やかな髪の毛に手櫛を通しながらそう言うと、サーシャがひょいと顔を上げる。砂糖菓子も顔負けの甘い微笑みとともに「それもそうだな。賢二郎はドイツ語もわかるしね」と言って鼻の先にキスをした。

 まだまだ事後の余韻が冷めやらぬ様子のサーシャは、「大丈夫?」「痛いところはない?」「すごく素敵だったよ賢二郎。最高だ」と、天使のように柔らかな微笑みで賢二郎の背中を撫で、労おうとしてくれている。しかし、賢二郎は目を擦りながらゆっくりと起き上がった。

「……シャワー浴びたい」
「ワオ、クール……。俺はのんびりピロートークをしたい派なんだけどな」
「そうは言うても……身体ベタベタやねんもん」
「ははっ、そっか、そうだね。よし、俺が隅々まで綺麗にするよ」

 起き上がったサーシャににっこりといい笑顔で手を差し伸べられ、賢二郎は微妙な顔をした。

「いや……ええわ。恥ずいもん」
「賢二郎……そうやって恥ずかしがるから、俺が興奮してしまうんだろ」
「え? 何いうてんの?」
「君は普段男らしいのにこういう時だけ恥じらうだろ? なんかこう……それってエッチだ」
「いや、言うてる意味がわからへん」

 ぬるい目つきをしているつもりだが、身体にはまだ濃厚な愛撫の気配が燻っている。自分を抱くサーシャの色っぽい表情を思い出すだけで胸が甘く疼いてしまい、なんだかたまらない気持ちになってきた。

 それをごまかすべく、脱がされていたシャツをがばりと身につけ、一人でバスルームへいこうとした。だが……腰と膝に力が入らず、へな……とその場に崩れ落ちそうになってしまった。

「うあ……立てへん」
「それはいけないな。やっぱり俺が連れてくよ」
「え、ちょい待って。……わっ」

 赤面しながら恥じらう賢二郎を、サーシャはひょいっと軽やかに横抱きにした。

 恥ずかしくてたまらなかったけれど、鼻歌まじりにバスルームへ向かうサーシャの足取りは軽やかだ。上機嫌な横顔を見ていると、抵抗する気もだんだんと失せてくる。

 観念して苦笑しつつ、賢二郎はサーシャの首に腕を回した。
 横抱きされながら涼しげな横顔を見上げていると、ついとアイスブルーの瞳と視線が交わり、唇が重なって——……。

 明るく陽が入るバスルームで、賢二郎はふたたびサーシャの愛撫に乱れさせられるのだった。



『cross the line 』おしまい♡
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