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夏の終わりの番外編

『キャパシティを知るために』〈累目線〉

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「じゃあ、乾杯」
「かんぱーい」

 軽く缶をぶつけ合ったあと、累はそっと缶に口をつけた。となりでは、空も同じようにわくわくした表情で缶を斜めに傾けている。

 いろいろなことがあった夏が過ぎ、夜風にほんのりと秋の気配を感じるようになってきたその日。ふたりではじめての”晩酌”をしてみることにした。

 空ははじめてのひと口を喉に流し込んだあと、ちょっと拍子抜けしたようでいて、未経験の刺激に戸惑っているような表情だ。そして、改めてのように缶のラベルをしげしげと見つめている。

 ちなみに空が飲んでいる酒は『まるまるピーチ』。ふわっと丸い白桃のイラストが可愛らしくて空に似合うなと、累は思った。

「……わ、甘い。ジュースみたいだなぁ。累も飲む?」
「ありがとう。……うん、確かに、あんまりお酒っぽくないね」

 ソファ前に置かれたローテーブルに並んでいるのは、アルコール度数の低い缶チューハイばかりだ。なるべく飲みやすそうなものをと思い、甘いフルーツ系のものを選んで買ってきた。

 今日は空はバイトで、累も約束の時間ギリギリまでレッスンをしていたため、テーブルに並んでいる枝豆やだし巻き卵、揚げ物の類は近所のスーパーで購入したものだ。

 一緒に買い物をしていた空が「なんか居酒屋メニューみたいな夕飯だね」というセリフを口にしたため、それならお酒も飲んでみようかという流れになったのである。

 累の両親は酒好きでアルコールに強い体質であるため、大学に入った頃から時折両親の晩酌には付き合わされていた。なので、実際飲むのは初めてではない。だが、大学の飲み会やコンサート後の懇親会などでは飲酒を控えてきたので、自分自身のアルコール許容量がどの程度なのかはまだわからない。

 この夏に空も二十歳を迎え、そろって酒を飲んでもいい年齢になった。
 だが彩人から『酒は絶対二十歳超えてから!』と厳しく言い聞かせられてきたため、これがはじめての飲酒だ。

 今後、付き合いなどで飲酒をする機会も増えてくる。累はとても心配だった。

 空は、酔ったらどうなってしまうのだろう。彩人が酒に強いので空も強い体質かもしれないが、実際のところはわからない。

 もし累のいない場所で酔っ払い、意識を失うことがあったらどうしよう。しらふでもこんなにも可愛らしい空だ。ほんのりと頬を染めてくったりしている空なんて、絶対エロいに決まっている。

 空の人付き合いには口出ししないようにしているけれど、同席している人々が酔って理性を失わないとも限らない。
 もし、空が他の男からセクハラでも受けてしまったら……と、想像しだすと止まらなくて、ずいぶん不安になったものである。

 そこで、『お互い飲んだらどうなるのか試してみよっか』と空を誘った。累自身は酒に酔いにくい体質であるということをすでに自覚しているので、実質は空の酒の強さを確認するための″晩酌″だ。

「ていうか累、一緒にお酒解禁しようっていってたのに、もう飲んじゃってたんだもんなぁー」
「ごめんね。といっても一、二回だけだよ? ちょっと味見したくらいだし」
「何飲んだの?」
「えーと、シャンパンとワインと……あとはビールとかいも焼酎とか、父さんのオリジナルカクテルとか」
「けっこう飲んでんじゃん! 大丈夫だったの?」
「まぁ、最初はうってなったけど、意外と大丈夫だった」

 そう言いつつ、累は辛口のレモンサワーを喉に流し込む。以前、父親が作った甘いカクテルを口にしたことがあったが、舌に甘さ絡みつくような感じがしてあまり好みではなかったのだ。
 なので今日も、累が選んだものはスッキリした飲み口の辛口ばかりだ。ちなみに、空が飲んでいるものよりもアルコール度数は高い。

 すると空は、また一口ぐびりと桃の酎ハイを飲み、ちょっと残念そうにこういった。

「なーんだ累、酔っ払って性格変わるとかないんだ」
「酔っ払うまで飲んだことないから、それはまだわかんないけど……変わったほうがいい?」
「だってさぁ、累ってなんかいっつもクールで落ち着いてるじゃん。笑い上戸になるとか泣き上戸になるとか……なんかこう、違った一面が剥き出しになるんじゃないかって想像してたんだけど」
「クールかな……。ボーッとしてるだけだよ、多分」
「ボーッとって。あはっ、全然そんなふうに見えないのにね~」

 酔っ払って性格が変わる大人——両親をはじめ、石ケ森賢二郎などの面倒くささを知る累としては、空の前で醜態を晒すことは何としてでも避けたいところである。

「彩人さんと壱成さんは? 酔うと変わる?」
「んー、にいちゃんは全然。あ、でもちょっと笑い上戸っぽくなるかも」
「へぇ、楽しそうだね」
「壱成は日によるかなぁ。ストレス溜まってたら怒り上戸だし、疲れてたらすぐ眠そうになっちゃうし」
「そうなんだ」
「でも、たまに二人で飲んでるとすっごく楽しそうなんだぁ……いいなぁって思ってた、昔から」

 空はそういって、こてんと累の肩に頭をもたせかけてきた。累は微笑む。

「これからは僕らもしようよ。そういうの」
「……へへっ、うん。そうだよね、もうできるんだもんね」

 累がそう言うと、空はくりっとした目でじっとこちらを見つめてきた。ほんのりと目元は赤く染まり、大きな目はきらきらと艶かしく潤んでいる。思わずドキッとさせられてしまうほど、色っぽい眼差しだ。

「空……、大丈夫? 酔ってる?」
「ん~? 大丈夫だよ。大丈夫にきまってんじゃん」

 空はなぜかちょっと膨れっ面で、二本目の缶に手を伸ばした。止める間もなくプシュ、とプルタブを引き、今度は『濃いめのとろーりホワイトサワー』を飲み始める。

「空、ペース早いよ。それにほら、何か食べないと」
「大丈夫だってばぁ」
「だめだって。ほら」

 空の肩を抱きながら、累はテーブルの上にあるだし巻き卵を箸で取る。大きめの一切れを空の口元に運んでやると、空はまたやや反抗的な目つきで累を見上げ……だが、ぱくりと一口で平らげた。

 頬を膨らませてもぐもぐしながら累を見る目つきはいつになく尖っているが……若干トロンとしているので何とも言えず可愛い。

「美味しいなぁもうっ」
「あれ、なんか怒ってる?」
「んー? 怒ってないけど?」
「ほんと? まぁ、もっと食べなよ」

 今度はポテトサラダを箸で差し出してみると、空はまたぱくりと勢いよくそれを頬張った。雛鳥に餌付けをする親鳥の気持ちをほのかに感じる。
 
 空はまた一口ホワイトサワーを飲み、よろりと身体を起こす。そしてジロリと累を見据えた。

「ていうかさぁ……ほんとにさぁ、クールで王子様で紳士的でしかも世話焼きとか……なんで? なんでそんなに毎日毎日カッコよくいられるわけ?」
「えぇ? いや……なんでって言われても」
「ちっちゃいころから完璧でさぁ……もうっ、どうしてだよっ」

 空はそう言うやいなや、ひょいと累の膝の上に跨ってきた。そして、両手でむにっと累の頬を包み込み、眉間に皺を寄せながらじっ……と瞳を覗き込んでくる。

 ——ええと……酔っ払ってるんだよな、空……。

 戸惑いはしたが褒められるのは嬉しいので、累はそのまま空のされるがままになることにした。すると空は累の目元に親指で触れ、さらにじっくり観察するように顔を寄せてくる。

「なんでこんなにまつ毛が長いんだよっ」
「う、うん……ええと、それは仕方ない、かな」
「一本一本金色ですっごいな! 目の色も綺麗すぎ。宝石かよっ!」
「あ、ありがとう」
「肌も綺麗でツルツルだし、鼻も高くて彫りが深くて……なんなんだ? 造形が良すぎるだろっ!」
「空も十分造形がいいと思うけど……」
「俺のことはいいの!!」

 怒られながら褒めちぎられるという謎の状況ではあるが、初めて見る空の酔っ払い姿は新鮮だ。すると何だかだんだん面白くなってきて、累はふっと微笑んだ。

「空、酔ってるね」
「酔ってないし。……ていうか不意打ちで笑ったなっ! ドキドキするだろ!」
「あ……ははっ、うん、ごめんごめん。空があんまりほめてくれるから、照れちゃってさ」
「これはどう見ても照れてる顔じゃないだろっ。余裕の笑みだろスパダリめっ!」
「スパダリ……って、なに?」

 累の問いかけなど耳に入っていないのか、空はぐびぐびとホワイトサワーを飲み干してしまった。……そろそろここらへんでやめさせなくては。

 缶チューハイ一、二本でこの豹変(?)ぶりだ。きっと空はあまり酒に強くはないのだろう。

 自分のいないところでこういうことが起きたら嫌だなと危機感を新たにしながら、累は自分に跨っている空の太ももに手を置いた。

 すると、ぴくんと空の身体が小さく跳ねる。

「んひっ……い、いきなりへんな触りかたするなってーの!」
「えっ!? そ、そんなつもりは……」
「だいたいっ、累はエッチまでうますぎるんだよっ。毎回毎回俺ばっかりヘロヘロにされてさぁっ」
「あ……う、うん。ありがと」
「キスも気持ち良すぎるからすぐえっちな気分にさせられちゃうし、あっちこっち触られるだけで俺、ひとりで変な声だしちゃって恥ずかしいだろっ!」
「そんなことないよ、すごく可愛い。空の気持ちよさそうな声、好きだよ。興奮するんだ」

 空の腰を抱き寄せて身体を密着させながらそう囁くと、空はまた「ぁっ……んん」と頬をさらに赤らめて声を漏らした。

 いまだに少し怒り顔だが、さっきよりもトロンとした目はすでに甘えるように潤んでいて愛らしく、累の胸はドキドキと早鐘を打つ。

「空、酔って敏感になってるの?」
「なってない……っ! てか、耳元で、イケボで囁かないでよっ!」
「いけぼ……とは」
「ァっ……だから耳っ……」

 飲酒によって感覚が鋭敏になっているらしく、累の微かな吐息でさえ空はぴくんと肌を震わせている。こんな状態を空を前にして興奮しないでいられるわけがない。

 累は微笑みを浮かべながら、空の下唇をかぷりと甘噛みした。

「ぁんっ……ん」
「空、酔っ払うとこうなっちゃうんだね。危ないなぁ」
「あぶなくないっ……よっぱらってないしっ……!」
「自覚がないのがさらに危ないな。こんなに感じやすくなっちゃってるのに」
「ァっ……」

 そっと手を持ち上げて、シャツ越しに胸の尖りに淡く指を這わせてみる。すると空はビクビクっと腰を震わせて甘い吐息をこぼし、うらめしげに累を見つめた。

「ほらっ……そうやってまた、おれのこときもちよくして……っ」
「空、ここ触られるの好きだもんね。舐められるのはもっと好き?」
「ふえっ……」
「挿れられながら触られるのも……好きだよね?」

 ぐ、と腰を強く押し付け、ジーパンの中で硬くなったそれを空の尻に擦り寄せる。キスをお預けにしながら、吐息が触れ合うほどの距離で見つめ合い、ざらりとしたシャツごしに、つんと形を露わにする空の尖りを撫で続けた。

「あ……ぁん、すっ……すきに、きまってるじゃん……っ」

 とろんとした涙目で頬を桃色に染め、いやらしく腰を揺らす空の色香に、累の理性も擦り切れそうだ。自然と唇に笑みが浮かんでしまう。

「……もっとしてほしい? 気持ちいいこと」
「んんっ……したいよっ……! あたりまえだろっ……!」
「空……っ」

 累は突き上げてくる衝動に身を任せてラグマットに空を押し倒し、だぼっとしたシャツを捲り上げた。
 
 そして、白い肌にそこだけ紅を落としたかのように色づいている小さな突起に唇を押し当て、舌を絡ませて舐めしゃぶる。

 身を捩りながら「ぁ、んっ……きもちいい、きもちいいよぉっ……!」とこぼす空の甘い声に興奮を煽られ、自らもシャツを脱ぎ捨てようとしたとき——……

 ……妙に、空が静かになっていることにふと気づく。

「えっ……あれっ? 寝てる……」

 見下ろすと、空は幸せそうな顔ですー、すーと寝息を立てているではないか。……累はがくりと脱力してしまった。

「なるほど、空って酔うとこうなるのか……。寸止めきつい……」

 思わず漏れた独り言で、さらに虚しさがつのってゆく。あてどもなく火照った身体がさらにむなしい。

 めくれ上がった空のシャツをそっと直し、頭の下にクッションを敷いてと世話を焼きながら、累はふたたび重いため息をついた。

 累の身体のほうは、放っておいておさまりそうになかった。自分でなんとかしないとどうしようもない……。

「サーシャの気持ちが、何となく分かった気がする……」

 ぺたんと空のそばに座り込み、髪をかき上げ天井を仰ぐと、累はひとりむなしく呟いた。



『キャパシティを知るために』〈累目線〉

おしまい♡
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