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キスの日SS
夏の暑さと、キス待ち顔
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少し遅刻ですが、キスの日SSを書きました!
楽しんでいただけると嬉しいです♡
◇ ◇ ◇
その日空は、高比良家の防音室で、累の自主練に付き合っていた。
付き合うといっても、ただ累が弾くところを見て、時折感想を(拙いものだが)言うくらいのものだ。
それでも累は、空が「今日、聴きにいってもいい?」と尋ねると、ものすごく嬉しそうな顔をして「いいよ」と頷く。
巨大なホールを満員にできてしまうほどのヴァイオリニストの生演奏を、こんなにも間近で、しかもたった一人で鑑賞できてしまうなんて贅沢なことだ。時折忍に羨ましがられる。
夏の間じゅう累を苦しめていた重いスランプは、まだ完全に消えたわけではないらしい。
だが、空を前にしてヴァイオリンを奏でる累の表情は、あの頃とは違ってぐっと穏やかなものへと変化してきた。いや、元に戻ってきたというべきだろうか。
スランプのどん底にいた頃は、空の前でヴァイオリンを触りもせず、話題にさえ登らせることはなかった累だ。
だが最近はぽつぽつと「最近、ちょっとずつ納得できる音が出せるようになった」と口にしたり、かと思うと「けどまだ、前と同じように弾けるわけじゃないんだけど……」と物憂げな瞳でため息をついたりしている。
少しずつ空の前でも音楽の悩みを話すようになった累に、安心できるような言葉をかけてあげたい——空はそう思っている。
だが、相変わらず、何を言えば正解なのかわからない。それに累も、空からの言葉を期待していないように見える。
ただそばにいて、累の想いを受け止める。
「うん。そっか」と言葉を返し、傍にいる累に寄り添うだけ。
以前ならばもっと、「そんなことしかできない自分」を不甲斐ないと感じていたかもしれない。
だが、あの夏を経て思う。これでいいのだと。
言葉に縋らなくとも、累を信頼している空の気持ちは自然と伝わる。
そして累も、不調を包み隠すこともせず、空のそばで心を寛がせている——それがなんとなくわかるから、今はなにも不安ではなかった。
+
そんな累だが、最近しばしば口にするのがサーシャの名前だ。
滅多なことでは不機嫌にならない累が、サーシャのことを話題にのぼらせる時ばかりは眉間に軽く皺を寄せ、「今日もまた絡まれて……」とため息をつくのだ。
石ケ森賢二郎のパートナーであるサーシャ・シャノアーヌ・ブルクハルト。
二十八歳という若さで高城音楽大学の指揮科で講師をやっているスイス人だ。
いつか賢二郎と飲んだ時(空はソフトドリンクだったが)に写真を見せてもらったが、途方もなく美しい男だった。
賢二郎がかつて累を意識しまくっていたことを知っているサーシャは、すっかり累を目の敵にしているらしい。
スランプから未だ抜け出せていない累の前にひょこひょこと現れては、あれやこれやと絡んでくるのだという。
「今日も会ったの? すごいね、わざわざ会いにきてくれるんだ」
「うん……僕が自主練してるレッスン室を探し当ててまで会いにくるから、ちょっと怖いんだけど」
「すごいなぁ、よっぽど気になる存在なんだろうね」
「どうなんだろうね。けど毎回、さりげなくアドバイスを残して去っていくんだ。『今日は肘が下がりすぎ』とか『身体に力が入りすぎ。もっと脱力しろ』とか……。それでサーシャの指摘通りにしてみると、意外とうまくいったりして……」
うまくいっているのならもっと嬉しそうな顔をしてもいいようなものなのに、累は若干面白くなさそうな顔だ。
あまり好ましく思えない相手からのアドバイスによって調子が戻っていることを、不本意に感じているのかもしれない。
そんな累が物珍しすぎる。
空はピアノ椅子の背もたれに頬杖をつき、しげしげと累を見上げた。
「? どうしたの、空。僕の顔に何かついてる?」
「いや……累のそういう顔珍しいなぁって」
「そういう顔?」
「累ってわりとポーカーフェイスじゃん? ステージ慣れしすぎてるせいなのか、もともとそういうタイプなのかよくわかんないけど」
「そう? まぁ……確かに、僕は弾いてる時以外はわりとぼーっとしてるから……。母さんにもよく言われるし」
そう言って、累は苦笑した。
累がぼんやりしているときはきっと、頭の中で音楽が流れているのだろう。
時折、吐息のように鼻歌を歌っているときがあるので指摘してみるが、累はいつも無意識だ。どこか遠くを見つめる青い瞳には、きっと、クラシックが生まれた国の風景が見えているのだろう。
空にとっては、無防備にぼんやりしている累は可愛らしいものなのだが。
「わかってるって。音楽のこと考えてるんだよね」
「それもあるけど……どっちかっていうと、空のことを考えてる」
「え?」
累は唇に笑みを乗せ、ヴァイオリンをケースの中にそっと置いた。
そしてピアノのほうへと歩み寄ってくると、ひょいと身を屈めて空の額にキスをする。
「俺のこと?」
「そうだよ。次のオフは何しようかな、とか。空は今何してるのかな、とか」
さら……と髪に指を通されて、心地よいくすぐったさに笑みが溢れる。
累は愛おしげに目を細め、今度は空の鼻先にキスを落とした。
弾力のある累の唇が肌に触れるたび、微かな興奮が身体の奥から呼び起こされる。
全くの無垢だった空の肉体だが、この唇によって数多の快楽を教えられ、幾度となく絶頂へと高められてきたためだろう。
自然と顎が持ち上がり、自然と薄く唇が開いてしまう。
ふ……とふきかかる吐息で累が微笑んだのがわかり、空ははたと目を開いた。
自分でも気づかないうちに、うっとりと目まで閉じてキス待ち顔をしてしまっていたらしい。
あまりにも恥ずかしい。
間抜けすぎる顔をみられてしまった——! かぁぁぁと熱くなった顔を隠すようにさっと俯くと、累の両手が頬に触れた。
「空、だめだよ。こっち向いて」
「あっ……お、俺……! い、いま何を……」
「何って? キスして欲しいって顔してた」
「ううう……っ……ほ、ほんとにそんな顔してた!? はずかしすぎる……」
「恥ずかしくない、めちゃくちゃ可愛いよ。……ねぇ、キスしよう?」
「い、いや……ちょっと無理。恥ずかしくて顔上げらんないって……!」
頬を持ち上げようとする累に抵抗しているがゆえに、むにむにと頬が揉まれる格好になる。
すると累は「あはっ」と声を立てて、白い歯を覗かせて花のように笑った。
「空のほっぺた柔らかい。子どもの頃のまんまだね」
「いやいや、俺ももう二十歳なんですけど! 四歳児のころと一緒にしないでよ!」
「変わらないよ、空は。今も昔も、可愛くてたまらないな」
「ん、っ……」
そ……っと唇と唇が触れる。触れるだけの淡いキス。
さらりと柔らかな唇が、空の弾力を確かめるように軽く押しつけられ、そのままそっと離れてゆく。
「好きだよ、空。大好きだ」
「累……」
今度はより深く、唇が重なり合う。仰いた空の首筋に、累の手が添えられた。
しっとりと唾液で濡れ始めた唇が、ゆっくりとしたリズムでキスを刻む。思わず空が吐息を漏らすと、累の指先に力がこもった。
もう逃すまいといわんばかりにしっかりと後頭部を包み込まれてしまうが、それがとても心地良い。
累にすべてを委ねるように口を開けば、するりと濡れた舌が忍び込んできた。
ゆったりとした動きで粘膜を愛撫されるたび、ぞく、ぞく……と全身があの快楽を思い出し始める。全身が熱くなり、呼吸が浅く、速くなる。
このキスによって呼び覚まされる記憶は、いつだって甘い。
理性などたやすく突き崩されてしまうほどに、情熱的な行為ばかりで——……
「ねぇ……空、そんな顔されたら、我慢できなくなるよ」
「へ……?」
心地よさに酔いしれるうち、目にも力が入らなくなっている。きっと、とろんと蕩けただらしない顔をしているのだろうと自分でもわかってしまうくらい、頬も身体も火照るように熱くて、身体の芯が疼いていた。
「るい……俺、したい」
「……ほんと?」
「うん……。だって、こんなキスされたら、欲しくなるにきまってるじゃん」
気恥ずかしさを堪えてそう言うと、形の良い累の唇が弓なりにしなった。
青い瞳の奥に雄々しい光を見つけてしまえば、どきどきと胸は高鳴り、最奥まできゅんとひくついてしまう。
「嬉しいな。空からそんなこと言ってもらえるなんて」
「うう……こういうこと言わせるために、わざとえっちなキスしたんじゃないだろーなっ」
「んー、そういうわけじゃないんだけどなぁ」
累はいたずらっぽく微笑むと、チュッとリップ音をたて、空の額にキスをひとつ。
恭しく差し伸べられた手を取ると、ひょいとそのまま横抱きにされた。
スランプ以前よりも、もっと。
さらに甘く、熱く、空をとろけさせる累の愛撫に、身も心も溶かされて——……
夏の暑さも忘れるほどに、熱く濡れた昼下がりを過ごすふたりだった。
キスの日SS『夏の暑さとキス待ち顔』
おしまい♡
楽しんでいただけると嬉しいです♡
◇ ◇ ◇
その日空は、高比良家の防音室で、累の自主練に付き合っていた。
付き合うといっても、ただ累が弾くところを見て、時折感想を(拙いものだが)言うくらいのものだ。
それでも累は、空が「今日、聴きにいってもいい?」と尋ねると、ものすごく嬉しそうな顔をして「いいよ」と頷く。
巨大なホールを満員にできてしまうほどのヴァイオリニストの生演奏を、こんなにも間近で、しかもたった一人で鑑賞できてしまうなんて贅沢なことだ。時折忍に羨ましがられる。
夏の間じゅう累を苦しめていた重いスランプは、まだ完全に消えたわけではないらしい。
だが、空を前にしてヴァイオリンを奏でる累の表情は、あの頃とは違ってぐっと穏やかなものへと変化してきた。いや、元に戻ってきたというべきだろうか。
スランプのどん底にいた頃は、空の前でヴァイオリンを触りもせず、話題にさえ登らせることはなかった累だ。
だが最近はぽつぽつと「最近、ちょっとずつ納得できる音が出せるようになった」と口にしたり、かと思うと「けどまだ、前と同じように弾けるわけじゃないんだけど……」と物憂げな瞳でため息をついたりしている。
少しずつ空の前でも音楽の悩みを話すようになった累に、安心できるような言葉をかけてあげたい——空はそう思っている。
だが、相変わらず、何を言えば正解なのかわからない。それに累も、空からの言葉を期待していないように見える。
ただそばにいて、累の想いを受け止める。
「うん。そっか」と言葉を返し、傍にいる累に寄り添うだけ。
以前ならばもっと、「そんなことしかできない自分」を不甲斐ないと感じていたかもしれない。
だが、あの夏を経て思う。これでいいのだと。
言葉に縋らなくとも、累を信頼している空の気持ちは自然と伝わる。
そして累も、不調を包み隠すこともせず、空のそばで心を寛がせている——それがなんとなくわかるから、今はなにも不安ではなかった。
+
そんな累だが、最近しばしば口にするのがサーシャの名前だ。
滅多なことでは不機嫌にならない累が、サーシャのことを話題にのぼらせる時ばかりは眉間に軽く皺を寄せ、「今日もまた絡まれて……」とため息をつくのだ。
石ケ森賢二郎のパートナーであるサーシャ・シャノアーヌ・ブルクハルト。
二十八歳という若さで高城音楽大学の指揮科で講師をやっているスイス人だ。
いつか賢二郎と飲んだ時(空はソフトドリンクだったが)に写真を見せてもらったが、途方もなく美しい男だった。
賢二郎がかつて累を意識しまくっていたことを知っているサーシャは、すっかり累を目の敵にしているらしい。
スランプから未だ抜け出せていない累の前にひょこひょこと現れては、あれやこれやと絡んでくるのだという。
「今日も会ったの? すごいね、わざわざ会いにきてくれるんだ」
「うん……僕が自主練してるレッスン室を探し当ててまで会いにくるから、ちょっと怖いんだけど」
「すごいなぁ、よっぽど気になる存在なんだろうね」
「どうなんだろうね。けど毎回、さりげなくアドバイスを残して去っていくんだ。『今日は肘が下がりすぎ』とか『身体に力が入りすぎ。もっと脱力しろ』とか……。それでサーシャの指摘通りにしてみると、意外とうまくいったりして……」
うまくいっているのならもっと嬉しそうな顔をしてもいいようなものなのに、累は若干面白くなさそうな顔だ。
あまり好ましく思えない相手からのアドバイスによって調子が戻っていることを、不本意に感じているのかもしれない。
そんな累が物珍しすぎる。
空はピアノ椅子の背もたれに頬杖をつき、しげしげと累を見上げた。
「? どうしたの、空。僕の顔に何かついてる?」
「いや……累のそういう顔珍しいなぁって」
「そういう顔?」
「累ってわりとポーカーフェイスじゃん? ステージ慣れしすぎてるせいなのか、もともとそういうタイプなのかよくわかんないけど」
「そう? まぁ……確かに、僕は弾いてる時以外はわりとぼーっとしてるから……。母さんにもよく言われるし」
そう言って、累は苦笑した。
累がぼんやりしているときはきっと、頭の中で音楽が流れているのだろう。
時折、吐息のように鼻歌を歌っているときがあるので指摘してみるが、累はいつも無意識だ。どこか遠くを見つめる青い瞳には、きっと、クラシックが生まれた国の風景が見えているのだろう。
空にとっては、無防備にぼんやりしている累は可愛らしいものなのだが。
「わかってるって。音楽のこと考えてるんだよね」
「それもあるけど……どっちかっていうと、空のことを考えてる」
「え?」
累は唇に笑みを乗せ、ヴァイオリンをケースの中にそっと置いた。
そしてピアノのほうへと歩み寄ってくると、ひょいと身を屈めて空の額にキスをする。
「俺のこと?」
「そうだよ。次のオフは何しようかな、とか。空は今何してるのかな、とか」
さら……と髪に指を通されて、心地よいくすぐったさに笑みが溢れる。
累は愛おしげに目を細め、今度は空の鼻先にキスを落とした。
弾力のある累の唇が肌に触れるたび、微かな興奮が身体の奥から呼び起こされる。
全くの無垢だった空の肉体だが、この唇によって数多の快楽を教えられ、幾度となく絶頂へと高められてきたためだろう。
自然と顎が持ち上がり、自然と薄く唇が開いてしまう。
ふ……とふきかかる吐息で累が微笑んだのがわかり、空ははたと目を開いた。
自分でも気づかないうちに、うっとりと目まで閉じてキス待ち顔をしてしまっていたらしい。
あまりにも恥ずかしい。
間抜けすぎる顔をみられてしまった——! かぁぁぁと熱くなった顔を隠すようにさっと俯くと、累の両手が頬に触れた。
「空、だめだよ。こっち向いて」
「あっ……お、俺……! い、いま何を……」
「何って? キスして欲しいって顔してた」
「ううう……っ……ほ、ほんとにそんな顔してた!? はずかしすぎる……」
「恥ずかしくない、めちゃくちゃ可愛いよ。……ねぇ、キスしよう?」
「い、いや……ちょっと無理。恥ずかしくて顔上げらんないって……!」
頬を持ち上げようとする累に抵抗しているがゆえに、むにむにと頬が揉まれる格好になる。
すると累は「あはっ」と声を立てて、白い歯を覗かせて花のように笑った。
「空のほっぺた柔らかい。子どもの頃のまんまだね」
「いやいや、俺ももう二十歳なんですけど! 四歳児のころと一緒にしないでよ!」
「変わらないよ、空は。今も昔も、可愛くてたまらないな」
「ん、っ……」
そ……っと唇と唇が触れる。触れるだけの淡いキス。
さらりと柔らかな唇が、空の弾力を確かめるように軽く押しつけられ、そのままそっと離れてゆく。
「好きだよ、空。大好きだ」
「累……」
今度はより深く、唇が重なり合う。仰いた空の首筋に、累の手が添えられた。
しっとりと唾液で濡れ始めた唇が、ゆっくりとしたリズムでキスを刻む。思わず空が吐息を漏らすと、累の指先に力がこもった。
もう逃すまいといわんばかりにしっかりと後頭部を包み込まれてしまうが、それがとても心地良い。
累にすべてを委ねるように口を開けば、するりと濡れた舌が忍び込んできた。
ゆったりとした動きで粘膜を愛撫されるたび、ぞく、ぞく……と全身があの快楽を思い出し始める。全身が熱くなり、呼吸が浅く、速くなる。
このキスによって呼び覚まされる記憶は、いつだって甘い。
理性などたやすく突き崩されてしまうほどに、情熱的な行為ばかりで——……
「ねぇ……空、そんな顔されたら、我慢できなくなるよ」
「へ……?」
心地よさに酔いしれるうち、目にも力が入らなくなっている。きっと、とろんと蕩けただらしない顔をしているのだろうと自分でもわかってしまうくらい、頬も身体も火照るように熱くて、身体の芯が疼いていた。
「るい……俺、したい」
「……ほんと?」
「うん……。だって、こんなキスされたら、欲しくなるにきまってるじゃん」
気恥ずかしさを堪えてそう言うと、形の良い累の唇が弓なりにしなった。
青い瞳の奥に雄々しい光を見つけてしまえば、どきどきと胸は高鳴り、最奥まできゅんとひくついてしまう。
「嬉しいな。空からそんなこと言ってもらえるなんて」
「うう……こういうこと言わせるために、わざとえっちなキスしたんじゃないだろーなっ」
「んー、そういうわけじゃないんだけどなぁ」
累はいたずらっぽく微笑むと、チュッとリップ音をたて、空の額にキスをひとつ。
恭しく差し伸べられた手を取ると、ひょいとそのまま横抱きにされた。
スランプ以前よりも、もっと。
さらに甘く、熱く、空をとろけさせる累の愛撫に、身も心も溶かされて——……
夏の暑さも忘れるほどに、熱く濡れた昼下がりを過ごすふたりだった。
キスの日SS『夏の暑さとキス待ち顔』
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