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番外編『受験生と、温泉と』
〈1〉
しおりを挟むしとしとと、初夏の雨が降っている。
窓辺に立ち、雨粒に濡れたガラス窓から外を眺めながら、空はひとつため息をついた。
「よく降るなぁ……。明日も水泳の授業はなしかな、もう最後なのになぁ」
なんの気無しにそう呟いていると、背後からするりと伸びてきた腕に背中から抱きすくめられた。累が甘えるように、すり……と栗色の髪に頬擦りをしている。
「僕はそのほうが安心だけどね。水泳の授業なんて心配すぎるよ」
「そうは言われてもねぇ」
「だって、こんなにもきれいな空の裸を他の男に見られちゃうなんて……はぁ、苦痛だ。苦痛すぎる」
「あはは……」
毎日のように繰り返される累の愚痴に、空はもはや苦笑するしかない。水泳の授業は必須だし、むしろ授業の息抜きになるので楽しみな時間でもある。裸の身体に巻きついた累の腕を撫でて、空は後ろを振り向いた。
「大丈夫だってば。俺のことをそんな目で見てんのは累だけだって」
「そんなことない、絶対そんなことないよ! クラスが同じならよかったのに……そうしたら、クラスメイトが変な目で見てないか監視できるのに」
「もー、そんなことばっか言って」
向き直った空の腰を抱き寄せる累の仏頂面を見て、空は思わず吹き出してしまった。空が笑うと、累の眉間からも力が抜け、ようやく少し微笑んでくれる。
ほんの少し前まで、ゼロ距離で繋がり合っていた累の身体に抱きつくと、とくとくと心地よいリズムで脈打つ累の心音が聞こえてくる。高校三年生になり、また少し胸板が厚くなったような気がするし、するすると順調に育っている累の肢体は伸びやかで、見惚れるほどにかっこいい男の体だ。
「ちょ……っ、累、どこ触って……」
「もっとしたいのかと思って」
「さ、さっきしたばっかじゃん!! ぁ、っ……ン、んん」
ついついうっとり見惚れてしまったせいか、ふたたび累が盛り上がり始めている。ちゅ、ちゅっ……と首筋や肩口にキスをされながら、下着越しに尻を揉みしだかれる。
二、三十分前まで、累の屹立を受け入れていたばかりだというのに、空のそこは、ふたたびきゅんとひくついてしまう。累とのセックスですっかり快楽を覚えこまされてしまった空の肉体を、累は慈しむように優しく撫で、唇を掬い上げるようにキスをした。
「ぁ、ァっ……るい」
「ほらね……空は、ちょっと触っただけで、こんなにエッチな声が出ちゃうんだよ? 心配にもなるだろ」
「そっ、それはっ……累が、いやらしい触り方、するから……っ」
「白くて、柔らかくて、しなやかで……本当にきれいだ。誰にも見せたくない」
「んんっ……」
口内へと深く挿し込まれる累の舌が、空の上顎をゆっくりと撫でる。それだけで腰が砕けそうになり、空はかくんとへたりこみそうになった。
だが、すぐに累の頼もしい腕に支えられ、再びベッドへ逆戻りだ。
うつぶせにされ、とろりと濡れた舌で背中を舐め上げられ、空はたまらず声を上げた。シーツを握る空の手を包み込む累の手は、こんなにも大きかっただろうか。
下着越しだというのに、ふっくらと盛り上がった双丘に擦り寄せられる累のそれはすでに硬い。それを感じ取ってしまえば、きゅう……と空の中も甘くひくついてしまう。
夏のインターハイへ向けての公式試合、空たちのチームは準々決勝で敗退した。
そのまま空は六月中旬で部活も引退し、やることといえば受験勉強だけ。学校が終わった後から累のレッスンまでの間、こうして累の部屋でセックスをすることが、ここ最近習慣になってしまっている。
勉強そっちのけ……というわけではないけれど、二人きりになると累はすぐに空を抱き寄せ、甘やかすようなキスで理性を壊し、何度も何度も空を抱く。
幼い頃から抑え込んでいた欲望を満たすように。
「ん、っ……ァ、あっ……!」
「ハァ……っ……そら……」
まだほぐれたままの空の窄まりに、累は再び身体を埋めてきた。下着を穿かされたまま、後ろだけをずらして挿入してくる。身体がほどけて溶けていってしまいそうな心地よさに背中をしならせると、累の吐息がうなじをくすぐる。
累もまた、空で気持ちよくなってくれているのだと思うと、嬉しさとともに愛おしさが募ってゆく。
「ぁ、あっ……ァ、ぁん、っ……ん」
たっぷりとローションで濡れた結合部から、ぱちゅ、ぱちゅ、といやらしい音がする。累がピストンするたびに擦れ合う感覚が、気持ちよくて、気持ちよくてたまらない。ベッドに伏せたまま、寝バックでひたすらに喘がされた。
「ん、はっ……そら、すごく気持ちいい……ハァっ……」
「おれも、っ……ン、っ……ぁ、あっ……」
「さっきよりもイイの? 中、すごくうねってる……すごくエロい」
「そっ……そういうこと、言わないでってば!!」
こうやって、逐一実況してくるくせがある累だ。恥ずかしくてたまらないのだが、甘やかな声で言葉責めにされることに、空の身体は素直に反応してしまう。
うなじに降りかかる累の吐息は色っぽく、くすぐったくて気持ちがいい。累の抑えた喘ぎにさえも感じさせられて、空はシーツに顔を埋めながら、包み込まれるような快感の波に揺蕩った。
「ん、んっ……るいっ……またイキそ……っ、ぁ、あっ……」
「うん、わかる。……空の中、さっきよりも僕を締め付けるんだ。はぁ……すごくイイ」
「ぁっ……ぁ!」
かぷ、と首筋に歯を立てられながらさらに激しい腰遣いで最奥まで愛撫され、空は背をしならせながら甘い声を上げた。
冷静なときにこの自分の口からとめどなく溢れる高い声を聞いてしまえば、恥ずかしさのあまり身悶えてしまうかもしれない。だが、こうして互いに理性を失くし、累の愛情を全身で感じているときは、そんなことは忘れてしまう。
「あ、あっ……! るい、っ……イくっ……いっちゃうよ……っ!」
「何回でもイって、見せて? かわいい、空。大好きだよ」
「ん、んんっ……ンぅっ……!!」
ひときわ奥深くを突き上げられた瞬間、空は全身をぶるりと震わせて達した。ペニスから迸るものはもうほとんどないというのに、腹の奥から全身を痺れさせるほどの快感だ。
まだ目の前がチカチカするが、ぐいと累に引き起こされて仰向けにされ、優しいキスで蕩けさせられる。累はまだ吐精していないらしく、キスを与えながら再び、空の中へと——
「ぅ、あ……ァっ……!」
「……っ……そら、ごめん、もうちょっとだけ」
「ン、っ……ァん……るいっ……」
「ハァ……はっ、ずっとこうしてたい。空、そら……」
片脚を肩に担がれ、腰を捕まれ揺さぶられる。絶頂の余韻も引かないうちに再び注ぎ込まれる累の愛撫に、空はあられもなく声を上げて乱れてしまう。
「ぁ、あぁっ……るい、も、だめ、るい……っ、ぁっ……!」
「だめなの? こんなに僕を欲しがって、腰を振って喜んでくれてるのに?」
こんなにも甘えた声で「だめ」などと言ったところで、それは累をさらに滾らせるだけなのだと分かっている。それに、本当に行為をやめて欲しい時の合言葉は決めてあるのだ。
器用に抽送を続けながら、累は肩に乗せた空の脚にキスをした。そしていやらしく舌を這わせ、情欲に濡れた青い瞳で空を見つめる。目が合うだけで、空の内壁はさらにきつく締まった。
才能に溢れ、こんなにも美しい累に深く深く愛される多幸感が、空の心を満たしてゆく。
+
——はぁ……また勉強もせずにエッチだけして帰ってきちゃったよ……。
レッスンへ向かう累と別れ、空は一人ため息をついた。
ふたりきりになると自然な流れで手を出してくる累にも文句を言いたいところだが、キス一つであっさり流されてしまう自分のチョロさと意思の弱さには呆れるばかりだ。
「累のやつ、国語真剣にやばいってのになぁ……。って、俺もひとのこと言えないけど」
常日頃から、彩人から「勉強はしとけ」と口すっぱく言い続けられてきていたため、空の成績はそこまでひどいわけではない。
壱成の母校である一ノ谷大学は国立だが、空の目指す教育福祉学部はそこそこの偏差値だ。大学入学共通テストを受験した後、二次試験は面接と小論文のみ。基礎的な部分を頑張れば確実に手が届くと壱成に言われているため、こつこつと勉強は重ねている状況である。
累が受験する高城音大にも、大学入学共通テストは必須である。そこで一定以上の成績を収めたのち、二次試験は実技と面接、そして外国語のテストがある。
累ならば二次試験は余裕だろうが、まず最大の難関なのは共通テストだ。共通テストは文系理系どちらを選択してもOKということらしいが、理系科目を選択したとしても国語は必須。それ以外は空以上に優秀な累だが、国語への苦手意識が強いようで、なかなか成績が伸びないのである。
——俺、うまく教えられないしなぁ……。累には数学教えてもらってんのに、なんか申し訳ないよ……。
「ただいまぁ……」
なんとなくしょげた気分で家に入り、誰にともなく帰宅を告げていると、奥からひょいと壱成が顔をのぞかせた。そして、いつものように笑顔を見せる。
「おかえり空くん」
「あれ? 壱成、今日は早かったんだねぇ」
「うん、ここんとこみんな頑張ってたからなぁ。俺もそろそろ疲れたし」
そう言って笑う壱成の表情はくたびれているが、ここ最近になくちょっと晴れやかだ。
壱成にも部下が増え、仕事が複雑になってきているということはなんとなく聞いている。特に今年は新入社員の扱いに苦労させられていたようで、しばしば彩人に「最近の若者がもう分かんねーんだけど」とぼやいていた。
さらに四月から、『エデュカシオ』では学校向けのオンライン学習プログラムの配信という新たな取り組みが始まっていて、壱成はその企画のリーダーを引き受けているのだ。
どよんとした笑みを浮かべつつ「相変わらず、断れないんだよなぁ……」と残業を繰り返していた壱成だが、ようやくそれもひと段落ついたのだろうか。
「そっかぁ、お疲れ様。肩揉んだげるよ、座って座って」
「えっ、ほんと? うわ、優しいなぁ空くんは……」
「もう、なに涙ぐんでんの」
よほど疲れているのか、空の一言で壱成がうるうるし始めた。まだワイシャツ姿の壱成の肩を両手で押し、そのままソファに座らせる。
「うわぁガチガチだ。壱成こんなに肩こりする人だったっけ?」
「いやまぁ……今年はね。プレッシャーが大きくて疲れるよ。俺ももう歳だな~」
「何言ってんだよ。見た目は全然変わんないよ?」
「へへ、そう?」
「うん、全然。にいちゃんも全然変わんないし、忍さんもマッサも変わんないし、すごいねみんな」
「ほんとだよなぁ~。あんな不健康そうな生活してんのにマジで不思議だよな」
と、のんびり話をしながら壱成の肩をマッサージをするうち、壱成が次第に眠たそうにな顔になっている。空は笑って、「今日は早く寝なよ」と言った。
「そうしよっかな。とりあえず、ご飯食べよう。先にシャワー浴びてくる?」
「ううん、シャワーはもう浴びてきたから…………って、あっ」
「えっ?」
空は慌てて口を押さえた……が、時すでに遅し。
その一言で全てを悟った顔になった壱成が、「ふーん……へぇ、そっか……へぇ」と頬を赤らめ始めた。
「ちょっ!! ちょっと待ってなんか想像してるよねやめて!!」
「いや……最近忙しくてゆっくり話せてなかったけど……俺の知らないうちにそんなことが……」
「そっ……それは、その、あの……」
「けど君たち、受験生だよね? 勉強のほうは疎かになってない?」
「う」
ごもっともな指摘に、空の顔も硬直する。壱成がやれやれと苦笑している。
「じゃあ……ま、とりあえず、ご飯食べよう。話はゆっくり聞かせてもらうね」
「……はい」
空はうなだれるように頷くと、ぽんぽんと頭を撫でられた。
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