真夏のまぼろし金平糖

餡玉

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3 可愛いとこあんじゃん……

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 家の前で顔を合わせても、互いに無視するという付き合いが一年ほど続いた頃。
 中学二年生になった俺は、バレー部仲間と放課後の街をぶらついていた。

 すると見慣れた黒髪の仏頂面が、ゲームセンターのすぐそばで、誰かと揉めていることにふと気づいたのだ。

 立ち止まり、しげしげと不穏な集団を眺めてみれば、やはりその黒髪は諒太郎で。しかも彼を取り囲んでいるのは、どこからどう見てもタチの悪そうな不良。

 諒太郎の背後には小柄な女の子がいて、どうやら諒太郎はその子を庇っている様子だった。

 なるほどイケメンは正義感も強いのかと一瞬感心していたが……不良たちに胸ぐらを掴まれた諒太郎は、そのままゲーセンの裏に連れて行かれていってしまった。
 泣いていた女の子の背中をぐいと押し出し、「早く帰れ!」と声高に言い残して……。

 べしょべしょに泣いている女の子は、すぐさま近くのコンビニに駆け込んだ。きっと、大人に助けを求めるのだろう。

 だが、それじゃ遅い。大人が駆けつけるまでに、諒太郎は不良たちにボコボコにされてしまう……!!

 気づけば俺は、自慢の俊足でゲーセン裏に駆け込んでいた。
 すると、不良たちに小突き回されていた諒太郎の瞳が、ハッとしたように見開かれた。

 すぐに大人が来るだろうという安心感もあって、俺はいつになくでかい態度で「おらおらぁ!! 何やってんだお前らぁ!!」と不良たちを怒鳴りつけた。

 すると不良たちはぎょっとしたように俺を振り返ったが、相手が細身のチビだと気づくやいなや、すぐにまた凶暴そうな目つきになり、ぎろりとこちらを睨みつけてきた。

 ちょっとビビったけれど、「喧嘩!? どこだ!?」という大人の声が近づいてくることに気づいて気が大きくなった俺は、ギロリと目つきを鋭くした。
 そして、「俺のツレに手ぇ出したら承知しねーぞ!!」と、ドスを効かせた声で普段言わないようなことをキッパリと言い放ってやった。

 その後すぐに大人が駆けつけ、そのあたりを見回っていたらしい補導員がやってきたりと、あたりが騒がしくなりはじめた。

 なにやら面倒なことになりそうだと察した俺は、諒太郎の手を取って、急いでその場から逃げた。

 不良と一緒に補導されてしまえば、真面目そうな諒太郎の両親が心配するに違いない。うちの親よりもずっと厳しそうだから、ひょっとするとひどく怒られてしまうかもしれない……と、そう思ったから逃げたのだ。

 諒太郎の手を引いて駅前まで走ってくると、俺もようやくホッとした。慣れないことをして、実は緊張していたのかもしれない。

「あんなところで何やってたんだよ。一緒にいた子は彼女か?」

 肩を上下して息を整えている諒太郎に問うと、諒太郎はゆるゆると首を振り、「塾で一緒の子。どうしても一緒に来て欲しいって頼まれたからついていったけど、ただプリクラ撮りたかっただけみたい」と困惑顔で汗を拭った。

「プリクラぁ? ……まあ、お前背ぇ高いし顔かっこいいもんな。モテる男はつらいねぇ」
「……そんなことない。そのせいで、目があっただけでさっきみたいに生意気って絡まれるし、女子からもやたら声かけられるし、正直めんどくさい」
「ふーん……」

 まだ中一だが、確かにこの一年で諒太郎はさらに背が伸びて、俺よりも頭ひとつ分くらいは大きくなっていた。

 なまじ顔が整っているから大人びて見えるし、キリッとした目元は涼しげだが、見る者によっては見下されているように感じてしまうこともあるかもしれない。もし目が合えば、睨まれていると勘違いされてしまいそうだ。

「ま、これに懲りてよくわからん女にホイホイついていくのはやめとけよ」
「ほいほいついていったわけじゃない」
「イケメンも苦労するんだな~」
「……別に、イケメンなんかじゃ」

 ぼそぼそと声が小さくなっていく諒太郎は、よく見たら涙目だった。

 それもそうだろう。見た目的に中三くらいには見えるかもしれないけど、諒太郎はついこの間まで小学生だったのだ。
 不良に絡まれるというイベントに出くわすのは初めてだったのなら、怯えるのは仕方がない。

 俺は手を伸ばし、ぽんぽんと諒太郎の頭を撫でてやった。驚くほどさらりとした髪の毛の感触はくすぐったく、ハッとしたように涙目でこっちを見た諒太郎の頼りなげな眼差しがやたらと可愛くて、俺はちょっとだけドキッとした。

「泣くなって。おばさんには黙っといてやるから」
「……うん。てか、泣いてないし」
「ま、そういうことにしといてやるよ。帰るぞ!」
「……うん」

 諒太郎は素直に頷き、安堵したようにほんのり笑った。
 それが、初めて見る諒太郎の笑顔だった。

 ——えっ……かわい……。

 完膚なきまでの無表情しか見たことがなく、生意気なやつだと思い込んでいたせいか。

 その無防備な笑顔を向けられた瞬間から、俺の意識の片隅に、常に諒太郎が居座るようになってしまった。
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