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18、推し……?
しおりを挟む「く、黒波……」
「帰りが遅いから心配になってな。迎えに来てみたら……」
虚をつかれたような表情で硬直している静司さんは、目玉だけをすすす……と動かして黒波を見上げた。
そして、普段はまろやかに細められている目をガン開きにして、「うああああ本物だぁぁぁ!!」と腹の底から叫び声をあげる。
「うわ、うわぁ……すごい本物……っ!? 本物の黒獄鬼……!! 実在してる……黒獄鬼が……すごい……!」
腕を捻り上げられている痛みなど感じていない様子で、静司さんは首をひねって黒波を見上げ、頬を真っピンクに染めて興奮し始めた。……なんだか妙な反応だ。
ご先祖が苦労して封じた鬼を自分の武器にしてやるとかなんとか言っていたくせに、その反応はまるで、推しが目の前に現れたオタクのそれである。
さすがの黒波もその反応には引いているようだ。射殺すような目つきで静司さんを睨んでいた鋭い瞳がぴくりと引き攣る。
「な、なんやこいつ……気色悪いな。陽太郎、離してもええか」
「あ、ええと……」
「待って! 待ってその手を離さないで!! なんて力強い腕の力……そしてその角、この鉤爪、そして金色の瞳……ッ!! 伝承の通りだ!!」
とめどなく溢れ出す興奮を隠すこともなく、早口に静司さんが語った内容はこうだ。
古都家で代々語り継がれてきた黒獄鬼——黒波にまつわる物語は、こういったものだった。
妖が跳梁跋扈する平安末期のあの時代においても、黒波の強さは規格外のものだったという。だが、黒波自身が貧民の生まれだったこともあってか、町で暮らす市民には一切手を出さなかった。
黒波は戦で疲弊した民から、幼い女子どもの身柄まで取り立てようとする朝廷の兵士たちを退け、守るような行動を見せていた。多くの人間に恐れられてはいたものの、貧しい人たちのなかではヒーローのような扱いであったという——……。
その力を利用しようと、朝廷お抱えの陰陽師たちは躍起になって黒波を打ち倒そうとした。しかし、束になっても力では敵わない。徐々に戦場を選んで出没するようになった黒波は、血の匂いやその場の負の感情を吸ってさらに強力な妖へと変貌を遂げつつあった。なので、封印することでしか黒波を抑えるができなかった……というものだ。
幼い頃から、静司さんはこの逸話をおとぎ話のように聞いて育ち、唯一無二の強さを持つ黒波に心底憧れながら成長したらしい。そして黒津地神社を見守るという体でつかず離れの距離を保ちつつ、いつか黒波の封印された巻物を我が物にしようと機会を窺っていたという。……その巻物、わりと雑な扱いで蔵に放置されてたけど。
「なのに、陽太郎くんに先を越されちゃうなんて……信じられない。しかも、なんだかすごく親しそうだしさ」
と、静司さんは恨めしそうに俺を睨んでふくれっつらをしている。話を聞いていた黒波も、腕組みをしてどこか生ぬるい顔だ。
「俺を封じた忌々しい陰陽師の血筋のものか……なるほど、面倒やな」
「そんなこと言わないで。ね? 僕のほうが、君をより良く扱ってあげられると思うよ?」
「扱うて……貴様。俺をなんやと思てんねん」
明らかに気を悪くしたらしい黒波が、ずいと静司さんに歩み寄って胸ぐらを掴む。やや手荒な行動に俺はひやっとしたけれど、静司さんは「ほぁあぁ……♡」とほっぺたを真っピンクに染めて全身をわななかせている。……すると黒波はパッと手を離し、一歩後ずさって俺の隣に戻ってきた。
「……静司さんが黒波を欲しがる理由はよくわかったけど、だからって、あんたに渡す気にはなれないよ」
俺は静かな声でそう告げた。すると静司さんは眉を下げ、やれやれと首を振ってこう返してきた。
「ただ霊力が高いだけで、力の使い道もわからない君の手には負えないと思うけどねぇ」
「手に負えるとか負えないとか……俺にはそういうのよくわかんないよ。ただ俺は、黒波が生まれ変わるための手助けをしたい。そう約束したんだ」
「約束、ね。……本当に、なにもわかってないんだからなぁ」
静司さんはオーバーに肩をすくめて、ぷいと俺たちに背を向けた。
「黒波……くんだっけ? 君にとっても、僕と契約したほうがいろいろとうまみがあると思いますけどね?」
「はぁ? うまみやと?」
「そんな地味で冴えないお子様よりも、僕のほうがいろんな意味であなたを楽しませてあげられると思うし……♡」
ぱちーん、とウインクを飛ばしてくる静司さんを前に、黒波の顔色がサッと青くなる。これでも一応、このあたりの老若男女をメロメロにする甘いキメ顔だ。
俺はずいと前に出て、フェロモンをまき散ちらす静司さんから黒波を遠ざけた。
「とにかく!! そういう意味でも渡せないんで諦めてください!! 俺、もう帰るからな!!」
「……まぁ、今日のところは引き下がってあげるよ。また神社の方にも顔を出しますね♡」
「出さなくていい!! 二度とくるな! いくぞ、黒波!」
「お、おう……」
肩を怒らせどすどすと店を出ていく俺たちに向かって、静司さんがひらひらと手を振る。
微笑んでいるような顔をしているけれど、静司さんの目は、全然笑っていなかった。
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