上 下
19 / 24

18、推し……?

しおりを挟む

「く、黒波……」
「帰りが遅いから心配になってな。迎えに来てみたら……」

 虚をつかれたような表情で硬直している静司さんは、目玉だけをすすす……と動かして黒波を見上げた。

 そして、普段はまろやかに細められている目をガン開きにして、「うああああ本物だぁぁぁ!!」と腹の底から叫び声をあげる。

「うわ、うわぁ……すごい本物……っ!? 本物の黒獄鬼……!! 実在してる……黒獄鬼が……すごい……!」

 腕を捻り上げられている痛みなど感じていない様子で、静司さんは首をひねって黒波を見上げ、頬を真っピンクに染めて興奮し始めた。……なんだか妙な反応だ。

 ご先祖が苦労して封じた鬼を自分の武器にしてやるとかなんとか言っていたくせに、その反応はまるで、推しが目の前に現れたオタクのそれである。

 さすがの黒波もその反応には引いているようだ。射殺すような目つきで静司さんを睨んでいた鋭い瞳がぴくりと引き攣る。

「な、なんやこいつ……気色悪いな。陽太郎、離してもええか」
「あ、ええと……」
「待って! 待ってその手を離さないで!! なんて力強い腕の力……そしてその角、この鉤爪、そして金色の瞳……ッ!! 伝承の通りだ!!」

 とめどなく溢れ出す興奮を隠すこともなく、早口に静司さんが語った内容はこうだ。

 古都家で代々語り継がれてきた黒獄鬼——黒波にまつわる物語は、こういったものだった。

 妖が跳梁跋扈する平安末期のあの時代においても、黒波の強さは規格外のものだったという。だが、黒波自身が貧民の生まれだったこともあってか、町で暮らす市民には一切手を出さなかった。

 黒波は戦で疲弊した民から、幼い女子どもの身柄まで取り立てようとする朝廷の兵士たちを退け、守るような行動を見せていた。多くの人間に恐れられてはいたものの、貧しい人たちのなかではヒーローのような扱いであったという——……。

 その力を利用しようと、朝廷お抱えの陰陽師たちは躍起になって黒波を打ち倒そうとした。しかし、束になっても力では敵わない。徐々に戦場いくさばを選んで出没するようになった黒波は、血の匂いやその場の負の感情を吸ってさらに強力な妖へと変貌を遂げつつあった。なので、封印することでしか黒波を抑えるができなかった……というものだ。

 幼い頃から、静司さんはこの逸話をおとぎ話のように聞いて育ち、唯一無二の強さを持つ黒波に心底憧れながら成長したらしい。そして黒津地神社を見守るという体でつかず離れの距離を保ちつつ、いつか黒波の封印された巻物を我が物にしようと機会を窺っていたという。……その巻物、わりと雑な扱いで蔵に放置されてたけど。

「なのに、陽太郎くんに先を越されちゃうなんて……信じられない。しかも、なんだかすごく親しそうだしさ」

と、静司さんは恨めしそうに俺を睨んでふくれっつらをしている。話を聞いていた黒波も、腕組みをしてどこか生ぬるい顔だ。

「俺を封じた忌々しい陰陽師の血筋のものか……なるほど、面倒やな」
「そんなこと言わないで。ね? 僕のほうが、君をより良く扱ってあげられると思うよ?」
「扱うて……貴様。俺をなんやと思てんねん」

 明らかに気を悪くしたらしい黒波が、ずいと静司さんに歩み寄って胸ぐらを掴む。やや手荒な行動に俺はひやっとしたけれど、静司さんは「ほぁあぁ……♡」とほっぺたを真っピンクに染めて全身をわななかせている。……すると黒波はパッと手を離し、一歩後ずさって俺の隣に戻ってきた。

「……静司さんが黒波を欲しがる理由はよくわかったけど、だからって、あんたに渡す気にはなれないよ」

 俺は静かな声でそう告げた。すると静司さんは眉を下げ、やれやれと首を振ってこう返してきた。

「ただ霊力が高いだけで、力の使い道もわからない君の手には負えないと思うけどねぇ」
「手に負えるとか負えないとか……俺にはそういうのよくわかんないよ。ただ俺は、黒波が生まれ変わるための手助けをしたい。そう約束したんだ」
「約束、ね。……本当に、なにもわかってないんだからなぁ」

 静司さんはオーバーに肩をすくめて、ぷいと俺たちに背を向けた。

「黒波……くんだっけ? 君にとっても、僕と契約したほうがいろいろとうまみがあると思いますけどね?」
「はぁ? うまみやと?」
「そんな地味で冴えないお子様よりも、僕のほうがいろんな意味であなたを楽しませてあげられると思うし……♡」

 ぱちーん、とウインクを飛ばしてくる静司さんを前に、黒波の顔色がサッと青くなる。これでも一応、このあたりの老若男女をメロメロにする甘いキメ顔だ。

 俺はずいと前に出て、フェロモンをまき散ちらす静司さんから黒波を遠ざけた。

「とにかく!! そういう意味でも渡せないんで諦めてください!! 俺、もう帰るからな!!」
「……まぁ、今日のところは引き下がってあげるよ。また神社の方にも顔を出しますね♡」
「出さなくていい!! 二度とくるな! いくぞ、黒波!」
「お、おう……」

 肩を怒らせどすどすと店を出ていく俺たちに向かって、静司さんがひらひらと手を振る。

 微笑んでいるような顔をしているけれど、静司さんの目は、全然笑っていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

勇者よ、わしの尻より魔王を倒せ………「魔王なんかより陛下の尻だ!」

ミクリ21
BL
変態勇者に陛下は困ります。

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

イケメン大学生にナンパされているようですが、どうやらただのナンパ男ではないようです

市川パナ
BL
会社帰り、突然声をかけてきたイケメン大学生。断ろうにもうまくいかず……

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

処理中です...