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完結章ーChildren’s storyー 〈悠葉視点〉

〈6〉

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 何度目かのコール音のあと、通話が繋がる気配があった。
 ドキドキしながらスマホを握りしめ、ベッドの上で抱えた膝を、さらに強く引き寄せる。

『はい、悠葉?』
「お……おう。久しぶり」
『久しぶり! 声が聞けて嬉しいよ、元気にしてる?』
「う、うん。まあまあ、かな」

 結局我慢ができなくて、紫苑に『声が聞きたい』とメールをした。
 イギリスとの時差は九時間もあり、ふたりの生活は昼夜逆転と言っていいほどに隔たりがある。

 悠葉がゆっくり話せる夜の時間帯、紫苑は大学の講義の真っ最中だ。電話するときはいつも、どちらかが早起きをして、相手の夕方あたりの時間帯に合わせることにしている。

 そうして調整していても、のんびり話せる時間はごく限られている。
 ここ最近は少し電話を控えていたこともあって、紫苑の声を聞くのは久しぶりだ。

 鼓膜を震わせる優しい声は、遠い。
 だが、確かに今は紫苑と繋がれている。
 そう実感するとやはり嬉しくて、幸せで、悠葉の唇には自然と笑みが浮かんでいた。

「勉強、がんばってる? また胃痛くなってんちゃうかなと思ってさ」
『んー、まぁ……なんとかやれてるよ。みんないい人ばっかりだしね』
「そか、ならいいねんけど」
『悠葉も、今はすっかり稽古漬けの毎日になったんだよね?』
「そうやねん。勉強せんでええのは気楽やねんけど、疲れることもあって……」

 日常のあれこれを面白おかしく話して聞かせると、紫苑の笑い声が鼓膜を甘くくすぐった。優しい声に癒やされる。

 だが、須能流の後継者に指名されたこと、香純といざこざがあったことは、なんとなく言えなかった。

 楽しく会話が弾んで嬉しいけれど、言いたいことを言えないもどかしさが拭えない。
 すると、ふとした沈黙のあと、紫苑が穏やかな声でこう言った。

『……悠葉、何か悩んでる?』
「えっ……? な、なんで?」
『いや、なんとなくね。顔が見られたら、多分すぐわかるんだろうけど』
「……」

 一瞬、何どう話そうか迷った。
 不安なことはたくさんある。聞いてほしいことはたくさんある。……だが、どれを口にしても紫苑に余計な心配をさせてしまうことは間違いない。

 だが、ひとつだけ言わせてもらうとしたらどの話題だろうかと考えて、悠葉はひとつ咳払いをした。

「俺のいいひんとこで、モテてモテてモテまくってんちゃうやろな」
『えぇ?』

 あえて軽い調子を心がけながら、思い切ってそう言ってみたものの……いやなペースで心臓が拍動する。

 もし、「実はこっちでいい出会いがあって」などと言われたらどうしよう……と、こっちから聞いておいて、余計に不安が高まってしまった。

『あははっ、そんなわけないじゃん。全然モテないよ俺なんか』
「……ほんまに? お前は国城家のアルファやぞ?」
『それはそうだけど……俺があんまりにも普通なんで、みんな拍子抜けしてる感じがするんだよね。こんなもんなの? ってがっかりしちゃってる感もあるくらいで』
「うそやん! そんなわけある!?」
『あるある。……まぁ、そのほうが気楽だけどね。日本にいるときのほうが周りの目が厳しかったから、意外とこっちは楽かもなぁ』
「そうなんや」

 紫苑の台詞に、ちく、と胸が痛くなる。
 イギリスは、紫苑にとっては気楽に過ごせる場所らしい。

 思わず沈黙してしまった悠葉の耳に、紫苑の穏やかな声が響いてきた。

『でも、こっちには悠葉がいないから。早く帰りたいよ』
「……でも、そっちのほうが楽ならそっちのほうがええやん。紫苑、国城家の家名が重すぎてプレッシャーやねんろ?」
『そういうこともあったけど、今はそんなふうに感じてないよ。早く一人前になって、国城の名に恥じないアルファになりたい。そうしたら……』
「……。そうしたら、何?」
『い、いや……なんでもない』

 紫苑はもごもごと言葉を濁し、軽く咳払いをした。
 いったい何が言いたかったのだろう。もっと食い下がってみたい気はしたけれど、そろそろ稽古の始まる時間だ。

「ほな俺、そろそろ稽古やし、切るわ」
『あ……うん。電話、ありがとう』
「ん。紫苑も、無理せんとがんばりや」

 もうすぐ通話を終えねばならないことが名残惜しく、悠葉はベッドに横になり、より強くスマホに耳を押し当てた。

 そうしたところで紫苑との距離が縮まるわけではないけれど、もう少し繋がっていたくて、悠葉はおずおずこう尋ねた。

「次は……夏に、帰ってくる?」
『うん……うん! 六月半ばか、遅くても七月には帰るから!』
「そか。……うん。待ってるわ」
『……うん! あの、悠葉』
「ん?」
『好きだよ』
「へっ……」
『俺、頑張るから。……その、待っててくれると、嬉しいなって……』
「紫苑……」

 遠慮がちな紫苑の台詞に、むずむずと胸の奥からくすぐったいようなもどかしさが込み上げてくる。

 ここに紫苑がいたら、今すぐ抱きしめてキスしていた。
 どうして、いつもそんなに自信がなさそうに愛を告げてくるのだと怒って見せながら、たくさんキスをして、大好きだと伝えていた。

 でも、どうしても気恥ずかしさが先に立ってしまい、素直に言葉にできない自分がいる。

 だが今は、ちゃんと言葉にしておきたい。
 ぎゅっとスマホを握りしめ、悠葉は精一杯の想いを込めて囁いた。

「……俺も、好き」
『っ……』
「だからその……ええと、俺も頑張るし。紫苑も、ほどほどにな」
『うん、うん……! ありがとう、頑張る! じゃあ、ね』
「おう。……また、電話しよな」

 紫苑からは絶対に通話を切らないため、名残惜しさと戦いつつも、悠葉から通話を切った。

 そしてスマホをぎゅっと抱きしめて、四肢を縮めて小さくなる。

「紫苑……」

 ——会いたい、早く。会って、抱きしめてほしい。……顔が見たい。……紫苑。

 胸の中で何度も名前を呼びながら、悠葉はぎゅっと目を閉じた。
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