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おまけのanother story ー御門ー
〈後〉
しおりを挟む「陽仁! 明日の準備はちゃんと終わってるのか!?」
「大丈夫だって」
「いいか、あそこの作業員たちはアルファ嫌いで有名で、とにかく気性が荒いんだ。絶対に油断したらいかんぞ。ちょっとでもつけいる隙を見せればなぁ、すぐに本社を舐めてかかって来やがるんだ。ただでさえ若いお前が社長になって、あいつら絶対調子に乗っ」
「はいはいはい、分かってるって!! そのへんのことはもう何度も聞いてるから」
「本当に分かってんのか!? 大体お前、最近顔に締まりがねぇ!! だいたい、毎晩毎晩どこをほっつき歩いとるんだ!?」
本社での仕事を終え、荷物をまとめようと自宅に帰ってきた途端、父親に捕まった。父親のことを敢えて避けたいわけではないが、捕まるとすぐに説教がはじまるため、忙しい時や疲れている時などは極力会いたくない相手である。
時刻は二十三時を回っているし、明日は朝六時には家を出ねばならない。父親の説教を聞いている余裕はないのだ。
ちなみに御門は、父親に蓮と番ったことをまだ話していない。
御門がまだ学生の頃、つまりは父親が現役で社長をしていた頃、「今日は蓮様と五分も喋った」だの、「蓮様は今日もお洒落だった」「若いのに素晴らしい方だ」だのと浮かれた口調で報告してくるものだから、御門は常々、蓮と仕事を共にできる父親のことが羨ましくてたまらなかったのである。
そんな父親であるから、御門が蓮と番になったと聞けば、どんな反応をするかは想像に難くない。きっと浮かれに浮かれて親戚中、またはグループ会社の社員全員中に吉報を流しまくるに決まっている。
そういった事情もあり、家族への報告は、蓮が世間に向けてカミングアウトするタイミングに合わせようと考えている。おかしなルートで「蓮が実はオメガである」というニュースが流れては都合が悪いのだ。
「うるさいなぁ。どこって……どこでもいいだろ。俺は忙しいんだよ」
「接待か? それともデートか? お前、そろそろ真面目にオメガを探したらどうなんだ」
「別にいいだろ、そんなこと。今はそれどころじゃないって、親父も分かってくれてたんじゃないのかよ」
「そりゃそうだが。ふらふら遊び歩いている暇があるなら、とっとといい相手を見つけてこいと言ってるんだ」
「分かった分かった」
「いーや分かっとらん!! いいか陽仁、お前は、」
「分かったって。明日は早いんだからもう休ませてくれよ。じゃあな、おやすみ」
「あ、こらっ!!」
自室に引きこもって一人になると、御門は思わずため息をついた。
きらびやかな国城邸とは違い、御門家の屋敷は、大正時代から長きにわたって受け継がれてきたレトロな洋館である。蓮の発情期を共に過ごしてからというもの、御門はほぼほぼ蓮のそばで寝起きしていたため、自分の部屋に戻るのは久しぶりだ。
重厚感のある調度品はどれも高価な年代物で、深い艶を湛えた飴色をしている。縦長の窓には、ステンドグラスのように色が入っていて、陽が差し込むとなかなかに美しい眺めではある。しかし、これまでずっと蓮のそばで過ごしていた御門の目に、自分の部屋は妙に薄暗く映った。
蓮の部屋が別段やたらと明るかったわけではない。ただ、そこに蓮という存在がいるだけで、御門の視界は明るく照らされるのだろう。
ベッドにごろりと横になり、御門は蓮のことを想う。
蓮と濃密に過ごしたこの数日間は、夢のように甘い日々だった。
蓮にとっての初めてを、たくさんもらった。
蓮と秘密を共有し、蓮の様々な表情を知った。
初めての発情を怖いと訴え、美しい翡翠色の瞳を潤ませてすがりついてくる蓮のいじらしい一面を見て、何度理性を奪われそうになったことか。本能のままに蓮を押し倒し、すぐさま激しく抱いてしまいたいと何度も思った。しかし、攻撃性にも似た欲求を押しとどめ、御門は必死に自分を律した。
——はるひと……っ……あぁ、あっ……イイ……きもちいい……ぁ、あ、ンっ……
理性が消え失せて、発情に溺れる蓮の姿は、途方もなく淫らだった。穢れを知らないまっさらな肉体を性の快楽にとろけさせ、自ら腰を振り、自ら御門にキスをねだり、中で出してとせがまれて……。
「ん……は……」
不意に蘇る蓮の痴態に、ずくんと御門の性器が鎌首をもたげる。明日は朝から仕事だ、蓮には会えない、考えないようにしなければ……と思えば思うほど熱は滾って、御門は深いため息をついた。
蓮をバックで思う様突き上げた、あの感覚。この両手に包み込まれる細く硬い腰、小ぶりに締まった尻たぶの感触。蓮は何度も何度も中で絶頂し、深く咥え込んだ御門のペニスを、甘く甘く締め付けた。
——あ、あん、ぁ、ああん、んっ……! うしろ……っ……すごい、もっと、もっと……!
深くまで穿つたび、蓮はしなやかな背中を弓なりにしならせて甘い悲鳴をあげた。肌と肌のぶつかる音が生々しく響き、結合部からはいやらしい水音が湧き上がり、御門の欲をさらに煽った。
蓮が感じてくれていることが、嬉しくてたまらなかった。蓮から与えられる素晴らしい快感に腰が止まらず、中で放ってもペニスを抜かず、そのまますぐに激しく腰を振った。
——はるひと……はるひと……っ……ぁ、また、クる……っ……ぁ、あんんっ……んんんっ……!!
御門が腰をぶつけるたびに健気に揺さぶられる蓮の唇からは、唾液が細く糸を引いていた。ねっとりと淫らに濡れた赤い唇を塞ぎながら最奥で放ち、汗で濡れた蓮の肌に酔いしれた。
汗と体液を流すために入ったバスルームでも、何度も何度も蓮を抱いた。蓮を壁に押し付けて腰だけを突き出させ、愛液と精液でとろとろにとろけたそこに、何度も滾ったものを突き立てた。
白い太ももに伝う白濁、うっとりとした表情で「あぁ、っ……ぁん、はいってる……っ、ぁ、あっ……」とうわごとのように快楽を訴える蓮のエロスに煽られるまま、うなじに歯を立てながら、何度も蓮の中で吐精した。
湯けむりの中で小刻みに揺れる白い腰、抱けば抱くほどに淫らに蕩けてゆく蓮の姿、そしてあの甘い声——あの夜の記憶に沈むうち、御門はいつしか自慰に耽っていたらしい。手のひらが熱い体液で濡れてようやく、御門ははっと我に返った。
「っ……はぁっ……はっ……どうしたんだ、俺……」
蓮の甘いフェロモンに、自分は相当やられているらしい……と、御門は思った。この数日、ずっと傍にあったあのぬくもりを思い出すだけで、居ても立っても居られない気分になってくる。
——一瞬だけでも、会いたいな……。今から行ったら、怒られるかもしれないけど……。
そう思い立ってしまうと、居ても立っても居られない。御門は急いでシャワーを浴びて着替えを済ませ、明日の荷物を車に積み込んだ。
そして一直線に、国城邸を目指したのであった。
+
「おや、御門様。おかえりなさいませ」
そう言って御門を出迎えたのは、執事長の勢田である。もういい時間だというのに、キリッとした執事姿で御門を出迎えてくれた。
勢いでやってきたはいいものの、呼び鈴が押せずに玄関先をうろうろしていたら、勢田が顔を出したのである。
「……た、ただいま?」
「遅かったですね。といっても、蓮さまも今しがたお帰りになられたばかりなのです。先ほどお部屋に戻られました」
「あ、ああ、そうなんだ」
「どうぞ」
さも当たり前のように屋敷の中へと招き入れられ、御門は戸惑いつつも蓮の部屋を目指した。時刻はもうすぐ午前零時。屋敷の中は当然のようにしんと静まり返っている。
なんの連絡もせず、しかも今朝方「今夜はここへは来ない」と言ったばかりなのに。舌の根も乾かないうちに蓮の元へ舞い戻っている自分が恥ずかしく、ドアをノックしようと持ち上げた手を彷徨わせてしまう。
すると、中からすっとドアが開いた。
御門が仰天していると、細身の黒いスラックスのポケットに手を突っ込んだ蓮が、訝しげな視線をこっちへ向けている。
「……あっ……こ、こ、こんばんは……」
「……何してるんだこんな時間に。明日は早いんだろう? 仕事に差し障ったらどうするんだ」
「す、すみません! でも、あの……なんか、どうしても顔が見たくなって……つい」
「……」
蓮は怜悧な目つきで、じっと御門を見据えていた。どことなく咎めるような目つきである。しかし、蓮が仕事に関して厳しいことは、重々承知しているから、御門はそれ以上何も言えなかった。
ただ顔を見れればそれでいいと思ってここまで来たのだから、もう満足だ。すぐに踵を返して蓮の前から立ち去ろう……と御門は思った。しかし、蓮はすっと身を引いて、部屋の中へ入るように御門を促す。
「明日からの荷物は」
「え? あ、車に積んであります」
「……そう。今日はもう遅い。今から自宅に戻っていたんじゃ、時間の無駄だろう」
「えっ……。泊まっていいんですか?」
「また敬語になってる」
「あ」
蓮はうっすらと微笑んで、一人で先に部屋の中へ戻っていった。ためらいがちに部屋の中へついて入ると、蓮はくるりと御門を振り返る。
「眠っていくだけなら、いい」
「え?」
「……もう寝るぞ。僕も明日は朝が早いんだ」
「え? 俺、ここにいていいの?」
「セックスはしない。……一緒に眠るだけなら、ここにいても構わない……ってことだ」
「蓮さま……」
どことなく怒ったような顔でそんなことを言う蓮の姿に、御門の胸はきゅんと鳴る。照れ臭くなってうなじを掻きつつ、御門は蓮に歩み寄った。
「ありがとう」
「何がだよ。……ほら、さっさと寝るぞ」
ぎゅっと蓮の腰を抱き寄せて、御門は蓮の額にキスをした。蓮は何となく悔しげな表情で頬を赤らめつつ、御門の腕の中で身じろぎをする。
「離せ、着替えるから」
「手伝うよ」
「は? いいよそんなの! お前はさっさとベッドに入って、」
「シャワーは? 一緒に浴びる?」
「調子にのるな馬鹿」
「いててっ」
ぐいぐいと下から顎を押し上げられて邪険にされるも、御門の表情は終始緩みっぱなしである。そんな御門を見つめる蓮の表情もまた、どことなく甘い。
いつしか二人はいつものように身を寄せ合い、抱きしめあってキスを交わしていた。
「……寝るだけ、だからな」
「分かってるよ」
「ちょっ……どこ触って、」
「好きだよ……蓮」
「んんっ……」
口付けが深くなるにつれ、蓮の吐息が熱くなる。そういう素直な反応が愛おしく、御門は笑みを浮かべながら、蓮をひょいと横抱きに抱き上げた。
「うわっ! 何するんだ!」
「シャワー浴びよっか。さっぱりしてから寝よう」
「離せよ! シャワーはひとりで、」
「お背中流しますよ、蓮さま」
「……まったくお前は」
怒ったような台詞だが、蓮の口元は柔らかく綻んでいる。
——ほんっとうに、可愛い人だ。
御門はこみ上げる愛おしさに身を任せ、ぎゅうっと蓮を抱きしめながら、蓮をバスルームへと誘うのであった。
おまけのanother story ー御門ー ・ 終
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