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14 おみくじの言うことには〈side大城〉

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 ちゃんとしたパートナーと出会えたらどんなにいいだろう、結婚は無理でも、きちんと一対一の関係で、俺だけを見てくれる相手が欲しいと願うようになった矢先、俺は篠崎を見つけたのだった。

 篠崎を見守る(?)ようになってから、ゲイバーにはいかなくなった。
 たまに過去のセフレから連絡がくることはあったけれど、気が乗らなくて断っていた。職場で毎日のように篠崎と顔を合わせて、言葉を交わすだけで、不思議と心が満たされるようになっていたからだ。

 篠崎の清らかな笑顔を見ていると、俺の心まできれいに雪がれるような気がした。欲に溺れていた頃の自分が別人格のように思えた。

 一日の大半を社内で過ごすことはざらで、そこにはいつも篠崎の姿もある。異なる案件に関わっていたとしても、頑張って仕事をしている篠崎の気配を肌で感じているだけで励まされるような気分になったし、なんだか、遅れてきた淡い青春時代のようで楽しかった。

 それだけでよかったはずだが、高野の出現で心のバランスが崩れてしまった。

 過ちで犯したキスだったが、それがきっかけで篠崎が俺を意識するようになり、その上お試しの交際までOKしてくれたのだ。

 ——そうだよな、OKしてくれたんだもんな。やっぱ無理でしたって言われないように、ゆっくり、紳士的な態度を心がけないと。油断すると絶対がっつくからな、俺……。気をつけないと。

 休憩に向かいつつそう心に刻み込んでいる間も、吉岡がちょろちょろと俺の周りをうろついて「合コン合コン」と騒いでいる。カフェスペースで中華街のおみやげ『幸福恋餅』(クッキーの中におみくじが入っているものだ)の小袋をつまみながら、そろそろ吉岡を宥めようと思っていると……。

「おう、篠崎。おつー」
「あ、吉岡…………と、大城さん。お疲れ様です」

 背後からかけられた柔らかな声音に鼓膜をくすぐられ、全身に微かな興奮が走る。
 どきどきどきどきと胸が高鳴り、身体中の血が一気に温度を上げていく。
 今すぐ振り返りたい気持ちと、振り返ればたちまち”クールな先輩としての顔”がデロデロと崩れてしまいそうな危機感がせめぎ合い、俺はなかなか篠崎を振り返ることができなかった。

 しばらく硬直していると、脇からずいっと紙カップを取っていく手が伸びてくる。容赦のない「どうしたんですか大城さん、邪魔です。どいてくださいよ」という声と共に……。

「……ああ、なんだ、酒井もいたのか」
「いますよ。あ、それ、美味しいですよ。明石さんのお子さんが選んだんです」
「へ、へぇ……そうなんだ」

 引きつった笑みを浮かべながら後ろを振り返ると……篠崎と、ようやく目を合わせることができた。
 サバサバ系の女性社員・酒井とともに休憩をとりにきたらしい。篠崎・酒井・吉岡の三人は同期入社だ。

 ——あ、あれ? 俺、普段篠崎と会社でどんなふうに会話してたっけ?

 やや頬を赤らめながらこちらを見上げる篠崎の眼差しは、一見したところ普段と変わらないようにも見える。だが、なんとなく瞳の温度がいつもと違う。ひめやかな熱のこもった物言いたげなものを感じ取った瞬間、かぁっと顔が熱くなった。

 ……が、ここでいつまでもモジモジしているわけにはいかない。俺は口角を上げてキレのいい笑顔を浮かべた。

「おみくじ入りなんて、おもしろいよな。みんなはもう食ったの?」
「あ……、はい。僕はさっきいただきました。おみくじ、なんて書いてありました?」

 篠崎はさっと俺から目を逸らし、胸ポケットにしまい込んでいたらしい小さな紙片を、ぎこちない仕草で取り出す。俺を意識していることがありありとわかる篠崎の所作を目の当たりにして、なぜだか無性に胸がいっぱいになってしまった。

 ——やば、かわい……すげぇかわいい……。クソ……今すぐここで抱きしめたい……。

「どうでした?」
「えっ? あ、ああ……俺は」

 篠崎に問われいそいそと小さなクッキーを割る。
 小さな紙片に、キリッとした明朝体で『もっと積極的にグイグイ攻めて良し。意中の人もまんざらではないはず』と書いてある。……ついさっき己を戒めたばかりなのに真逆のことが書いてある。動揺した俺は、慌ててそれを拳の中に握り込んだ。

「? どうしました?」
「ああ、いや……よ、吉岡はなんて書いてあったんだ?」
「うわやっべ俺、『合コンで運命の出会い。偽らず、本当のあなたを愛してくれる人がいるかも』だって!! すげ~!」

 吉岡は喚声を上げてながらカフェスペースを飛び出して、おみくじをオフィス中の皆に見せて回っている。酒井が「吉岡うるせ」と呟きながらコーヒー片手に席に戻って行くのを見送って……俺はようやく、篠崎の顔をまともに見た。

 目が合うと、同時にお互い困ったような笑いが漏れる。胸の奥がむず痒くてむず痒くて、表情筋の緊張感を保てなくなってきた。

「し……篠崎のは、なんて書いてあった? おみくじ」
「あ、僕のは」

 差し出された小さな紙片には『従順なだけじゃつまらない! 自分の意見はしっかりもつこと』……と書いてある。まるで、『グイグイ攻めろ』と書いてあった俺のおみくじへの返事のようだ。

「な……なるほど。なかなかためになることが書いてあるな」
「ですよね。僕は人の意見に流されやすいので、耳が痛いです」

 そう言って苦笑する篠崎は、おみくじに書かれている内容を大真面目に受け取っているようだ。どこまでも清らかな篠崎に『グイグイ攻めろ』なんて書かれたおみくじを見せるわけにはいかない——……

「そうだ、大城さんのも見せてくださいよ」
「え!? い、いや……俺のは、ちょっと」
「? どうしてですか? 僕、見たいなぁ」
「うう……」

 ——どうしよう、見せてみるか? ていうか、どうせおみくじの言うことだし。……反応も、見てみたいし……。

 断ろうかとも思ったけど、おみくじなんてたかだか遊びだ。そう、ただのゲームなのだ。せっかく篠崎が興味を持ってくれているのだから、拒む方がおかしいじゃないか。

 そう思い直した俺は、手の中でくしゃっとなっていたおみくじを平らに伸ばし、篠崎に渡してみた。

 紙片に書かれた文字をじっと見つめていた篠崎の顔が、じわじわじわと赤く染まり始める。俺はおみくじをすっと篠崎の手から引き取り、声をひそめて苦笑した。

「怖くなった? ごめん、俺がこれ持ってるとシャレになんないよな」
「い、いえ、そんな! 怖くなんてないですよ」
「ほ……本当に?」

 こくん、と篠崎が伏せ目がちに頷いた。
 黒く艶めいたまつ毛の下にある瞳は微かに潤み、頬はあいもかわらず薄桃色に染まっている。
 
 篠崎の表情からは、俺を拒絶するような空気を一切感じ取ることができなかった。むしろ、少なからず俺との関係に甘いなにかを期待してもらえているような気がして、バクバクバクと心臓が早鐘を打ち始める。

 ——誘ってもいいのかな。……いいんだよな、きっと。

 オフィス内のカフェスペースは、背の高い観葉植物で区切られている。
 グリーンを背にしている篠崎のほうへ身を屈め、俺はさらに声を低くしてこう尋ねた。

「週末、時間ある?」
「ァっ……あ、あります」
「会える? ふたりで」

 はっとしたように俺を見上げたあと、篠崎はまた、こくりと深く頷いた。

 誰かの足音が近づいてくることに気づいた俺は、素早く「また連絡する」と囁いて、ひと足先に席へ戻った。

 すると、二人の子を持つベテラン社員・明石さんの「篠崎くんどうしたの!? 熱でもあるの!?」というすっ頓狂な声が、オフィス内に響き渡った。
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