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番外編

清々しい朝〈後〉

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「ん、……は……っ」

 広いベッドに座ったマッサの股座に、忍が顔を埋めている。
 せり上がってくる甘い快楽に辛うじて声を殺しつつ、マッサはさらりとした忍の髪に指を通した。

 一応、シャワーを浴びることは許可してもらえたため、現実感のない気分の中で身体を洗い、普段から使用している部屋着を身につけてリビングに戻ると、忍はそこにはいなかった。

 息を飲み、忍が使っている寝室を覗いてみる。すると、忍はベッドに座ってラップトップを開いていた。だが、マッサを見るといつものように微笑んで、パソコンをベッドサイドの小さなデスクに置いた。そして、手招きをされて——

「……忍さん、もう、ええって。俺、こういうの……っ」
「ん……? 良くない?」
「いや、……このままされたら、出してまいそうやし、その」
「ふふ……そう?」

 初めは軽く抵抗したものの、忍は「勃つかどうか、試してみなきゃ」と言ってマッサを横たえ、部屋着のズボンを下ろしてゆく。

 どちらかというと緊張していたため、マッサのそれは当然のごとく通常モードだったのだが、忍の手によってゆるく扱かれながら、戯れのような軽いキスを受け止めているうち、それは徐々に硬さを持ち始めていた。

 スタンドライトが灯った部屋は、真っ暗というわけではない。忍の表情もちゃんと見えるし、自分が今何をされているのかということもはっきり分かる。
 これまで、ただの先輩として認識していた相手と、今こうして久しぶりの行為に及ぼうとしている自分の状況を、そろそろ認めざるを得なくなってきた。

 少し小ぶりで、上品な微笑みをたたえる忍の唇から、赤い舌がちろりと覗く。マッサの先端をあたたかく包み込み、舌先で丁寧に形をなぞる忍の舌の動きに、マッサは情けない声を漏らしそうになってしまった。だが、なんとかそれには耐え、肘で上体を起こし、忍の表情を見つめた。

 長い前髪を軽く乱し、長いまつ毛を伏せて口淫に耽る忍は、信じがたいほどの色香を漂わせている。

「はぁっ……は……」
「すごいね、硬いな。良かったよ、僕なんかのフェラで感じてもらえて」
「だ、だって……めっちゃ、気持ちええし……っ」
「ふ……かわいいな、本当に」

 鈴口にキスを残して、忍はマッサの屹立から唇を離した。透明な唾液の糸が赤い唇から滴るさまは妖艶で、これまで色事から遠ざかっていたマッサには、あまりにも刺激が強すぎる。


 ——エロ……。俺、忍さんのこと、そんなふうに見てるつもりなかってんけど……。


 昔は相当雑な遊び方をしていた——と語っていたことを思い出し、ついつい想像してしまう。
 女を抱くことはもちろんあっただろうが、男相手にはどんなセックスをしていたのだろう。抱く方だったこともあるのだろうか。抱かれる時は、どんなふうに、どんな顔をしながら……などと考えだすと、何やら胸の奥がちりりと痛む。

「もう……挿れるね。お前は、寝てるだけでいいから」
「は、はい」

 考え事をしている間にも、忍はマッサのペニスにゴムを嵌めてローションを垂らし、その上に跨った。忍はゆるいシャツを着たままだが、丈が長くて邪魔なのだろう、マッサの屹立の上でゆるゆると腰を揺らしながら、シャツの裾を咥える。

 すると、忍のペニスもまた、芯をもって勃ち上がっているさまが見て取れた。頬を淡く火照らせ、マッサのそれを受け入れようと膝立ちになり、ゆっくりと腰を揺らす忍の淫らな姿から、目が離せない。

「ぁっ……うわ」

 だが、考え事をしている余裕も、忍を見つめて呆けている余裕もなくなった。性器の先端を、とろみを帯びた狭い後孔に包み込まれて、マッサは思わず息を吐いて仰いた。数年ぶりの行為で昔の感覚など忘れていたが、セックスはこんなにも激しい快楽をもたらすものだっただろうか。

「はぁっ……忍さ……っ……あ」
「先っぽ、挿入ったね……。ハァっ……大きいな……ぁ」
「んっ……痛く、ないんすか?」
「平気だよ。でも、久々だから、ゆっくりじゃないと……」

 ゆる、ゆると腰を揺らしながら、少しずつマッサの怒張を飲み込んでゆく忍の表情からも、余裕がじわじわ消えてゆく。眉根を寄せ浅い呼吸をしているが、挿入が深くなってゆくたびに、忍の先端からはとろりと体液が溢れるのだ。

「ぁ、ハァっ……マッサ、はぁ……」
「ん、っん……は、なんこれ、スゴイ……っ」
「ぜんぶはいったね。……萎えなくて、よかった」

 股座に忍の柔らかな尻が触れ、マッサは思わずその腰を掴んでいた。今、少しでも動かれてしまえば、そのまま暴発してしまいそうな予感しかしない。それほどまでに、マッサの屹立を飲み込んだ忍のナカは、快楽に溢れている。

「萎えませんよ。……だって、こんなん、良すぎて……」
「ほんと? ははっ……あぁ、嬉しいな。僕も、気持ちいいよ」
「ちょ、いま、動かんといてください。おれっ……ハァっ……」

 ぎゅ、と腰を掴む手に力を込めると、忍はそっと上半身を倒し、マッサの顎にキスをした。乱れ髪が肌をくすぐり、マッサは快楽に霞みそうになる瞳で忍を見上げた。

「キス、していい?」
「ん……いいっす」
「ふふ」

 ちゅ……と忍に下唇を食まれ、マッサはうっとりと目を閉じた。互いに熱を帯びた粘膜が触れ合い、いつしか舌が絡み合う。
 差し込まれる忍の柔らかな舌を夢中で味わううち、マッサは自ら腰を上下していた。そのたびに、忍は「ぁ、あっ……」と声を漏らして、するりと唇を離してゆく。

「マッサ……っ……ン、っぁ、はあっ……」
「すんません、俺、……ハァっ……かってに」
「ううん、イイ……すごく、良いよ。はぁ、っ……」

 掌に収まる柔らかな尻たぶを掴んで、深く腰を突き上げる。そのうちに忍はマッサの胸の上にへたりと身体を密着して、「ぁ、ん、ぁっ……ん、ンっ!」と声を殺して喘いだ。

 ひくつきながら締め付けられ、熱く熱く絡みつかれて、気持ちよさのあまり精を搾り取られるようだ。たまらず、マッサは忍を腕で支えたまま身体を起こし、対面座位で忍を抱いた。

「ハァっ、んっ……どした……?」
「忍さん……俺、上になってもいいすか……?」
「へ……? あぁ、いいけど……見てて楽しいもんじゃないと思うよ?」
「そんなことない。忍さん、死ぬほどエロいし……それに」

 どさ、と忍をそのままベッドに横たえ、上から組み敷く。セックスにとろけた表情で、力なくこちらを見上げる忍の眼差しに、マッサの性はさらに盛った。

「それに、……めっちゃ、かわいいですよ」
「えっ……。い、いや……僕相手に、そんな、ホストみたいなこと言わなくてもいいんだけどな」
「いやいや、今ホストモードちゃうし。ほんまに、そう思ったから言うてるんです」
「っ……」

 忍が、軽く目を瞠る。マッサはそのまま食らいつくように、忍に深いキスをした。

 忍のように、巧みなキスではないと分かっている。無骨で不器用で、がっついている自覚もあるのだが、今はそれをやめられなかった。

 同時に腰を使って忍を穿てば、キスの隙間で「ァ、ん……!! ん、んっ……」と忍の甘い声が漏れる。興奮を煽るその喘ぎに、さらに腰の動きが速くなる。

「ぁ! ぁっ……はぁ、ぁ、ァっ……!」
「んっ……ハァ……っ。あかん、めっちゃエエ。ハァっ……忍さん、すんません……っ」
「んん、っ……いいよ、もっと、もっといっぱい、ァっ……ぁっ……!」
「俺、イキそ……っ、ハァっ……は……っ」

 マッサに揺さぶられながら、忍はぎゅっとマッサのシャツを掴み、「ぼくも、イキそう……っ……ハァっ……イキそ……っ」と泣き出しそうな表情で訴える。
 腰は止まらないし、もっともっとこの快楽に溺れていたいのに、否応なく射精感が高まってゆくのが歯痒くてたまらない。

 マッサは忍の膝裏を掴んでぐいと身を乗り出すと、さらに深くを狙うように、荒々しくピストンした。自分勝手に、こんなにも手荒いセックスをしてしまうなんて、自分はなんとガキっぽいのだろうと思いつつも、声を高くして乱れ狂う忍の色香には勝てなかった。

「イクっ……ハァっ……イク、っ……ん、んんんっ……!!」

 ほどなくして限界を迎えた忍に、四肢でギュッとしがみつかれた。ひときわ強く締め付ける内壁の熱さに負け、マッサも腰を震わせ射精していた。

「はぁっ……は……んん……」

 気怠げに呻く忍からゆっくりとペニスを抜くと、たっぷりと白濁を溜め込んだコンドームが現れる。自分にまだこんなにも性欲があったのかと、マッサは少し驚いてしまった。

「マッサ……こっち、ここ、寝て」
「え? あ、はい……」

 ゴムを外して処理していると、忍の手がマッサのシャツをぐいと引っ張る。言われるがまま、横寝している忍の隣に横たわると、脱力した忍の腕が胸の上に乗った。
 その重みさえ心地よく、「はぁ……」と満ち足りたようなため息が漏れてしまった。それが少し気恥ずかしい。

「……ねぇ、マッサ」
「……はい?」
「お前さ、ここで……僕と、住まない?」
「えっ?」

 これまた唐突な申し出に、マッサは思わず忍の方へ頭を倒した。
 忍もまた、満たされた穏やかな表情で、とろんとマッサを見上げている。

「一緒にって、ここに?」
「ん……。そろそろ更新あるし、引っ越さななぁって言ってたろ」
「あー……まぁ、せやな」
「別に、セフレになろうとか言ってるわけじゃないよ? でも……こんなセックスされちゃったら、僕としてはもう、お前を意識せずにはいられないって言うか」
「……まぁ、そりゃそっすよね。俺もそうやし……」

 あまり色気のない会話だが、忍の言うことはもっともだ。
 この一日で、こんなにもたくさん、見たこともなかった忍の表情を目の当たりにした。そして、誘惑されるがままにセックスをして——

 確かに、これまで通りでいられる自信はない。もし逆に、忍に「これっきり」とでも言われていたら、今後必ず不毛な悩みを抱えてしまうことだろう。

「経験豊富な僕が言うんだから間違いないけど、僕とお前、かなり身体の相性が良さそうだし」
「……思い出せへんくらいブランクあったくせに?」
「お前がそれ言うかな~? まぁ、それは事実だけど、こんなに気持ち良いセックス、僕は初めてだったよ?」
「マジすか。……俺もです」

 照れてもじもじするような間柄でも無いため、マッサは素直にそう答えた。すると忍は、喉の奥で楽しげに笑い、マッサの上腕に額をぴったりくっつけて、身を寄せた。

「嬉しかったんだ。お前は、僕を守ってくれた」
「守るやなんて、そんな大袈裟なことじゃ……」
「ううん、守ってもらうなんて、初めてだったからさ……なんかこう、グッときちゃって。しかも、お前みたいな良い男にさ」
「……まぁ、良い男ってとこは否定しませんけど」

 マッサがそう返すと、忍はまた上機嫌に肩を揺すって笑った。そして、静かな声でこう続ける。

「僕は、お前のことなら信じられる。だから……こうやって一緒にいられたら良いなって、思っただけ」
「……なるほど」
「まあ、考えといて」
「いや、もう返事できますけど」

 もぞ、とマッサは上半身を起こして肘枕をすると、横たわったままの忍を見下ろした。さばさばとした言葉の割に、ちょっと不安げに瞳を揺らめかせる忍を前にしていると、妙にたまらない気持ちになってしまい……。

 マッサは迷うことなく、こう返事をしていた。

「ここで世話んなります、俺」
「……決断早いな。じっくり考えなくても良いの?」
「いいっすよ。忍さんは付き合い長いし、楽やし、なーんも隠し事もないし、接待とかで何かとお世話せなあかんし」
「お世話」
「それに……あんなキモいオッサンにつきまとわれてんの見てしもたら、ほっとけへんし」
「オッサン、ね。あいつ、僕と同い年だけど」
「まじっすか? ……見えへん」
「間接的にオッサンって言われた気分だけど、まぁ、そこは見逃すとして」

 マッサに鼻先をすり寄せるようにして、忍はふっと微笑んだ。

「……ありがとね」
「いえ……こっちこそ」

 マッサの唇に、ちゅ、と忍のキスが軽く触れた。
 少し照れたように笑う忍が、何やら無性にかわいく見える。間近で視線を交じらせていると、頬に熱が集まってくるような気恥ずかしさを感じてしまい、マッサはがばりと身体を起こした。

「あ、あのー、俺ハラ減りましたわ。なんか作っていい?」
「ははっ、若いなぁ。うん、いいね、何か食べよっか」

 ベッドから身を起こした忍が、うーんと気持ちよさそうに伸びをしている。シャツの際から伸びるしなやかな太ももになんとなくムラッとしてしまい、マッサはげふんと咳払いをした。

「忍さん、こんな時間になんか食って大丈夫なんすか?」
「まぁ、がっつり食べなきゃ大丈夫だよ」
「俺、ラーメン作りたいんすけど」
「んー、それは重い……」
「せやんな、こんな時間にそんなもん食ったら、忍さん胃もたれしてまいますもんね」
「んん? どういうことかな、喧嘩売ってんの?」

 普通に心配したつもりだったのだが、忍はにっこり笑ってマッサの尻をつねり上げてきた。……なるほど、年齢差については、あまり口にしないほうがよさそうだと、痛みに苦情を訴えながらマッサは思った。

 鼻歌まじりに冷蔵庫を開けて中身をチェックしている忍の後ろ姿を眺めているうち、うっすらと外が明るくなってきていることにマッサは気づいた。

 怒涛の一夜が過ぎ、何もかもを新しく塗り替えるように、清々しい朝が訪れようとしている。
 
「ふぁ~~あ、ねむ。明日が……いや、今日がオフでよかったよ。お前はなんか予定あるの?」
「いや特に。けど、引越しの準備せなあかんし、一旦家帰ろっかな」
「ふふ、早速来てくれるの? オッケー、荷物まとまったら連絡しなよ、車出すからさ」
「うす、ありがとうございます」

 先輩で、友人で、かつ恋人のような奇妙な距離感が生まれたことに、もっと戸惑うかと思っていた。だがこうして、のんびり会話をしながら夜食ならぬ朝食を作る時間は、純粋に楽しくて——
 
 いつもより柔らかく笑う忍を眩しく眺めながら、ふたりでコーヒーを飲む。

 華やかなドラマがあるわけでもなく、日常の延長で始まったこの関係こそ、自分たちには似合いだなとマッサは思った。



『清々しい朝』 おしまい
 
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