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愛人もOKだなんて聞いてません。

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「カレンちゃん! よかった帰ってきた!」

 扉を開けて隊長が一歩家の中に足を踏み入れたところで、怒号のような足音が聞こえてきた。近づいてくる音に驚いていると、廊下の角からミルくんが走ってくる。
 私の顔を見た瞬間に安堵の表情を浮かべ、隊長を押し除けて私に抱き着いてきたのだ。

「本当に帰っちゃうのかって心配したよぉ! 一人にした方がいいかと思って引き留めなかったけど、あとになって俺不安になっちゃってさ! さ、探しに行こうって思って、俺……、俺……」
「ごめんね、ミルくん。本当にごめんなさい」

 きつく抱き着かれているからミルくんの顔は見えないけど、でもその声で彼にどれだけ心配をかけてしまったのかが分かる。声が震えていて、今にも泣きそうだった。
 私もぎゅうッと強く抱き締めた。

「ミル、イグニスは?」
「食堂でおやつ食べてる。あいつにも探しに行こうって言ってたんだけど、『そのうち帰ってくる』って言って動こうとしなくてさぁ! そもそもあいつがあんなことをカレンちゃんに言わなきゃこんなことに……!」
「ミル」

 イグニスさんへの怒りをヒートアップさせる前に、隊長はミルくんの頭にポンと手を置いてそれを制止した。
 ……多分、制止したんだと思う。隊長がミルくんの目を見つめると、途端に口を噤んでしまったから。また部隊の中で使われるアイコンタクトをしているんだろう。

「今回は俺に非がある。イグニスは言い方が悪いが、俺が言うべきことを言ってくれただけだ。そんなに責めてやるなよ。……それに、あいつの気持ち、お前も分かるだろ?」

 そう言われてミルくんは下唇を出していたけれど、素直に頷いた。隊長も嬉しそうに頷く。
 私もあとでイグニスさんに謝らなきゃ。

「ミル、お前今『ズェシュラハーンの御剣みつるぎ』持ってるな?」
「うん。肌身離さず。…………え? 隊長、もしかして!」

 何故か分からないけれど、ミルくんは目を輝かせて嬉しそうに隊長に食って掛かる。うん、と大きく隊長が頷いたところを見ると、また何かあるのだろう。

 『ズェシュラハーンの御剣』……。
 また新たなズェラの風習だろうか。



  ◇◇◇



 三人で食堂に戻り、イグニスさんも含めて一同テーブルについた。
 イグニスさんにも勝手に出て行ったことを謝ったけど、彼はただ一言『帰ってきたのならいい』と言っただけだった。

 テーブルの上を見るといつもは一瞬で食べ終えてしまうイグニスさんのお菓子が、まだお皿に半分くらい残っていた。
 彼は悩みごととかあると、結構食欲をなくしたりする。それでも私より何倍も食べるんだけどね。

 ということは、一応イグニスさんにも心配掛けていたんだなぁ。
 反省しきりである。

 話は、隊長が懐から短剣を取り出したところから始まった。
 それを私に見せるようにテーブルに置く。


「ズェラには三柱の神がいる。その中の『審判の神』であるズェシュラハーンは、生死の判定をするんだ。生死を彷徨ったとき目の前にズェシュラハーンが現れ左手に持つ剣で身体を斬られ、御魂が離れればそいつは死ぬし、逆にそのまま留まれば生き続ける。このズェシュラハーンの御剣はその剣を模したものだ。ズェシュラハーンの加護を得られると言われている。部族の者が十歳の成人を迎えたときに自分で作り、そしていつも懐に入れて持ち歩く」

 この短剣、ーーーーズェシュラハーンの御剣というものらしい。
 なるほど。
 さっき隊長とミルくんが言っていたのはこれのことだったんだ。

 私は物珍しいものを見るかのように、短剣をじっくりと観察した。

 隊長の短剣は鞘はさることながら、木製の柄の部分まで彫りで装飾されている。文字のようなものから蔦のようなものまで美しく彫られているそれは、素人の私でも思わず息を漏らすほどに見事なものだった。

「戦いの際、最後の砦として隠し持っておくものなんだ。激しい戦闘で武器もなく肉体も限界まで達したときに、命を繋ぐ手綱としてこの短剣を取り出して戦う。短剣が折れない限りズェシュラハーンの審判に打ち勝ち続け、戦闘でも生き残ることができると言われている。一種のお守りみたいなものだ」
「お守り……」

 やっぱりズェラとこの国では文化が全然違うと新ためて実感させられた。おそらく戦闘民族だからこそ、短剣がお守りになったり神様もまた違うのだろう。
 この国でのお守りといえば、名前を彫ったプレートを取り付けた腕輪が一般的だ。
 
 この短剣、隊長のものってことは、イグニスさんもミルくんも同じように持っているってことだよね?

「さっきも説明したが、本来ズェラの嫁とりは誘拐婚だ。勝手に攫って嫁にと乞う。生涯を嫁に捧げ、愛することを誓うんだが、もちろん口だけじゃあ信用は薄い。だから儀式をする。この短剣を嫁に捧げ、己の命を嫁に託すんだ。夫の生殺与奪の権利はこの短剣を持つ嫁に渡され、もしも夫が不義理を働いたときや嫁を傷つけたときにこの短剣で刺すことが赦されている」
「えぇ?!」

 そんな! 激しい!!
 あんなに美しいものなのに、一瞬にして恐ろしいものになってしまった。

 待って待って。
 ずっと話を聞いていて思っていたけど、ズェラの人たちにとって嫁ってそこまで重要な存在なの?!
 命を預けるほど?!

「まぁ、見合い婚に移り変わるにつれて、これも廃れていった儀式だ。だが、いまだに一部のズェラの男は結婚するとこの儀式をする。自己満足みたいなものだが、それでも命を賭して嫁を愛するという誓いを何かしらの形に残したいっていう、ズェラなりの愛情表現の一種だと思ってくれ」

 隊長は短剣を鞘から引き抜き、刀身部分を見せる。よくよく見ると、そこにも彫りがなされていた。
 また鞘に収めると愛おしそうに短剣を見つめて、くるりと回して柄の部分を私に向ける。
 そして私の手を取りその上に短剣を乗せると、指を折って握らせてきた。


「だから、これはカレンに受け取ってほしい。ーーーーもう二度とお前を不安にさせないっていう愛の誓いだ」


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