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愛人もOKだなんて聞いてません。

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「カレンちゃん、男三人を相手するのは大変だと思うけど頑張ってね。さっきも言ったけど、そういう技はたくさん持っているからいつでも言って。シャンティでもオリバーでも。お望みの私で」
「お、お気持ちだけ受け取っておきます。ありがとうございます」

 最後の最後までマイペースなカスティージョさんは、華麗に雑踏の中を歩いて去っていった。
 見た目や仕草は一分の隙もなく女性なのに、あれでも男性なんだよなぁ。『男娼のオリバー』さんもどんな感じなのか興味あるけど、簡単に会える人ではなさそうだから期待せずにいよう。

 そういえばあの小瓶、カスティージョさんは隊長に手渡してた。隊長はすぐポケットに仕舞い込んでいたから、凄く大切なものなんだろうけど。
 でも私はそれを聞くこともできずに、隊長と一緒に並んで家に向かっている。
 道中、気まずいかなって身構えていたんだけど、そんなことなかった。
 隊長が積極的に話をしてくれた。

「悪い、カレン。そこまでお前が思い詰めていたなんて知らなかったし、気づきもしなかった。俺はゆっくりやっていけばいいって思っていたんだ。ただでさえ、田舎に帰ろうとしていたお前を引き留めるために無理をさせちまったし、男三人も相手だ。身体も心もしんどくなるだろうって考えてた。…………考え過ぎていた」

 ぽつりぽつりと零す隊長の言葉に私は聞き入った。

 私も同じだ。
 最初は訳の分からないまま流されて三人の嫁になって、そして身体を繋げた。それはあまりにも目まぐるしい展開でついていくのがやっとで、ゆっくりと進みたいって思っていた。
 でも実際はゆっくり進んだとしても不安ばかりで、杞憂は尽きることない。

 きっと隊長はそんな私を気遣ってくれていた。
 それは分かる。分かっているんだ。
 けれど、変な勘繰りに変わってしまったのは、どうしようもないことだと思う。

「イグニスが言ってた掟だが、それも時機を見て話そうとは思ってた。まさか先にあいつがしゃべったのは俺の落ち度だけどな。でも、お前が気持ちが追い付いていないうちにズェラの風習を教えるのは酷な話だ。だから一個ずつってな」
「でも、逆にそれが私は不安でした。知らないことを知るたびに……」
「俺らに不信感が募った?」

 私は首を横に振った。

「私、ちゃんとやっていけるかなって、自信がなくなりました」
「そっか。……ごめんな」

 隊長はまた静かに謝った。

「ズェラの風習、知りたいか?」
「知りたいです。すべてを受け入れられるかは分からないですけど、でも知らないより知っていたい」

 私は無知であるがゆえに恐れるのはもうしたくなかった。
 国が違う、風習が違う、だから考え方も違う。それは当然だし、衝突は回避できないのだろう。これからもズェラの風習の戸惑い、私の常識が通じずにぶつかり合うことは多分にある。
 だからこそ私は知らなきゃいけない。
 
 三人と一緒にいたいって思うから。

「ズェラは辺境にあったために昔は閉鎖的でな、今みたいにこの国との交流どころか近隣の村とも関わり合うのを避けていた。だが、そうなると困るのは結婚、そして子作りだ。何故か男ばかりが産まれるズェラで子孫繁栄は困難で、それは死活問題だった。――――だから、嫁は余所から攫ってきた。いわゆる誘拐婚ってやつだ」

 誘拐、と聞いて、私は背中がゾクリと粟立った。
 まさかズェラの人たちがそんなことをしていたなんて、知らなかった。

「悪習だろ? 俺もそう思う」

 隊長は苦笑する。私は同じようにはできなかった。

「でもそうそう嫁を誘拐してくるのは難しい。皆が皆嫁を娶れるわけでもなかった。だから、一部隊で一人の嫁をとる。誰もあぶれることなく、平等に。嫁には敬意を払い敬い、そして生まれてきた子供は皆で慈しみ愛する。ここらへんは今とは変わらないな。変わったのは嫁とりの方法だ。誘拐婚はこの国と盟約を交わして余所と交流を始めてからは徐々に廃れていった。今やほとんどが見合い婚だ。近隣の村の娘と定期的に見合いをして嫁をとることにしてる」

 時代と共に風習も移り変わる。ズェラの人たちは環境に合わせて、自分たちの血を残すために動いていたんだと思う。誘拐とか怖いけど。

「もちろん、嫁の中にも夫を拒絶する者もいる。複数の夫をもつこと耐えられなかったり、どうしても生理的に受け入れがたい夫がいたりと理由は様々だが、それは人間の感情として当然だ。ズェラでは嫁の意思は尊重される。嫁は絶対なんだ」
「そうなんですか? 私はてっきり……」
「無理矢理嫁に来てもらうんだ。むしろそうであって然るべきだろ」

 言葉通りそれ以外何があるの? とでも言いたげな隊長に、少し驚いた。これもズェラならでは考えで、脈々と受け継がれてきた道徳なのだろう。

「あの、その嫁に拒絶された夫はどうするんですか?」
「嫁一人を生涯愛し守るのが部族の掟だ。辛いことだが拒絶されたらただ耐えるしかない。ただ、例外もある。孤独に耐えきれなかったりどうしても自分の血を残したいと強く望んだ場合、嫁の赦しを貰って外に愛人をつくるんだ。もちろん、その愛人は部族には認められない。愛人との間にできた子は認められるがな。だが、本来なら愛人をつくるということは、ズェラの人間にとっては不名誉とされている。嫁に拒絶された証拠とも言えるからな」

 一方で嫁に拒絶されなくても愛人をつくる不届き者もいるそう。村が開けて外の人間と接触する機会が増えた結果、不貞を働く人間も増えたのだとか。
 時代が移り変われば、人の心も移り変わる。
 なるほど。イグニスさんが言っていたのはこういうことも含まれていたんだ。

「だから俺らは嫁選びに慎重になる。一生にたった一人だけの女だ。軽々しくは決められない。俺は昔気質だし、イグニスがあの通り警戒心が強いから誰にでも心は開かない。ミルは奔放そうで一途だ。だから、絶対に三人ともが愛して、生涯添い遂げてもいいと思える相手を選んだ」

 ちょうど家の目の前までやってきて、隊長は足を止めた。
 玄関の扉の前。彼は優し気な目で私を見下ろして、私のつむじにキスを落とす。

「分かるか? カレン。お前だから選んだ。お前だから一生添い遂げようと決めたんだ。俺はたとえお前に拒絶されてもお前だけを愛するって誓う。ましてや愛人なんて間違っても作ったりしねぇよ。お前だけだ」
「隊長……」

 泣きそうになる。隊長のその熱い思いに、何であんなに疑って馬鹿みたいに騒いでしまったのだろうと自分の愚かさを恥じ入った。

 そうだ。隊長は真っ直ぐな人だ。
 あんなに私に気持ちをぶつけてくれたのに、ちょっとしたことでそれが見えなくなってしまっていた。

「ごめんなさい、隊長……」
「謝んなよ、カレン。お前を少しで不安にさせた俺が悪い」

 ゆっくりと隊長の頭が下がってきて、私の肩に額が当たる。腰に手が添えられてまるで懺悔をするような甘えるような格好で、彼は切なげに謝ってきた。
 胸が、苦しい。
 
 けれども再び隊長が顔を上げたら、先ほどの声とは打って変わってにこやかなものに変わっていた。そして、玄関の扉のノブに手をかける。

「お前が二度とそんなこと疑わねぇように、今から証明してやる」

 木製の重厚な扉が、ゆっくりと開かれた。
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