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第一章(5)

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「何を言うんだ、メレディス」

 父が硬い声で問い返してくる。
 メレディスは唇を噛みこの緊迫感に耐えていると、ハハッと笑い声が聞こえてきた。

「別にバラッドのことは気にしなくてもいいんだ。彼はもうギャスゲーティアからは追放が決定しているから顔を合わせることもないだろう」
「…………そうじゃないの」
「それともやはりお前も六年前のことが気にかかっているのか? これから二人でじっくりと話して誤解を解け。実際、お前はバラッドよりオーランド君の方を好いていただろう? あのときも何か理由があってバラッドを選んだんだろうが……」
「お父様っ!」

 その先の言葉は聞くに堪えなかった。
 バラッドに気兼ねしているわけでも、六年前のことを引きずっているわけでもない。
 父も知らない深刻な秘密があり、メレディスにはどうしようもできないことが結婚の先に待っているからだ。
 だが、それを誰にも告げられないメレディスは、ただオーランドとの結婚を拒むしかなかった。

「そうじゃないの……そうじゃなくて、私、オーランドとはどうしても結婚できない。結婚したくないの。だから……お断りしてください」

 父譲りのコバルトブルーの瞳で揺るぎなく見れば、父は目を見開き驚愕の表情を浮かべた。

「何故……メレディス……」

 そして徐々に蒼白になっていく。
 父の予想通りの反応に心を痛めながらも、メレディスはさらに強く言い募った。

「オーランドだけは嫌なのです。むしろオーランド以外であれば私は喜んでその縁談をお受けします。それがたとえ後添えだったとしても……」
「馬鹿を言うな! 可愛いお前にそんなことさせられるか!!」

 とうとう激高してしまった父は立ち上がってメレディスを威圧的に見下ろす。
 父にとってみれば今のメレディスは、とても愚かなことを言っているように見えるのだろう。婚約破棄によって気が触れてしまったとも思っているかもしれない。

 だからか、懸命にメレディスの考えを正そうと言い募ってきた。

「お父様、私は……」
「オーランド君の何が不満なんだ! 彼は今や騎士団でも頭角を現し騎士団長にも一目置かれる存在だ! 出世株で爵位を継ぐとなればさらに飛躍できる男だ! 嫡男と言う身分に甘んじて遊び惚けていたバラッドとは全然違う! オーランド君ほど夫に相応しい男は他にいない!」

 父から聞くオーランドの活躍ぶりに、メレディスは場違いにも目頭が熱くなった。
 いつの間にそんなに凄い騎士に……。
 オーランドを振って以来、意図的に彼の話は耳に入れないようにしていたので、彼がそこまでの人物になっていたなんてまったく知らなかったのだ。
 だが、オーランドならば頷ける。
 彼は誰よりも努力家で、誰よりも真面目だ。行動力もあるし、頭もいい。

 当然の結果だと納得しつつも、だからこそメレディスと結婚してはならないのだと強く思う。
 誰しもが認め、誰しもが必要とする彼だから……。

「分かってます。オーランドがどれほど素晴らしいか、この上ないほど恵まれた申し出だとも。ですが、お父様がどうしてもオーランドと結婚しろとおっしゃるのであれば、私は修道院に行きます」
「メレディス!」

 怒号が鼓膜を大きく震わせた。眉根を寄せてそれに耐え、それでも涙は流さないように踏ん張る。

「お願いです! オーランドだけはダメなんです! どうしても彼だけは……!」
「理由を言ってみろ! 私が納得できる理由を!」
「それは……」

 言えない。
 父にも誰にも言わないと約束したのだから。

 だから、メレディスは口を閉ざした。沈黙ですべてを守るために。
 だが、その態度がますます父の怒りを増長させる。

「言えないんだろう! 明確な理由もなく、ただオーランド君が嫌いだという理由で言っているだけだ! お前の感情ひとつで決められることじゃない! 婚約者を選べた昔とは違うんだ! もうお前に選べる道はない! 後添えでも修道院でもない、たった一つ! オーランド・ギャスゲーティアだけだ!」

 顔を真っ赤にしながら父はそう言い捨てた。
 お前の意思はもう関係ないのだと。
 用意された道しか歩めず、そこにメレディスの感情や意思は必要ない。

 はっきりとそう言われて、耐えていた涙がぽろりと一粒流れる。
 だがこれ以上泣くまいと懸命に堪えた。

 どれだけ理不尽なことを言われても責められても。
 それでもメレディスは首を横に振り続けた。

 頑なな態度を取り続けるメレディスを見て、父は次第に肩を落とし脱力してソファーに座り込んだ。『メレディス……』と小さく名を呼び、震える手を握ってくる。
 今は怒りではなく、哀しみに満ちた目をしていた。

「これは私たちのエゴだ。だが、お前の幸せを思う親心でもある。分かってくれ……私たちの想いも、私たちの願いも」

 そう懇願されてしまえばメレディスはこれ以上拒絶の言葉は言えない。

「…………ごめんなさい」

 ただ謝り、父の失望を少しでも慰めることしかできなかった。


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