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 眩しさに意識が覚醒する。
 ゆっくり目を開くと、目の前にはまだ眠っているミケル。
 彼の寝顔を見るのは随分と久々だった。
 気持ちがすれ違い始めてからいつも彼の方が早く目覚めていたからだ。
 起きているときより少し幼く見える彼の顔を堪能する。
 ふと昨日の出来事が蘇りひとつ疑問がよぎる。
「あ」
 思わず声が出ていた。
「ん……なんだ、もう起きてたのか」
 慌てて口を抑えるが、もうミケルを起こしてしまったようだ。
 おはよう、と囁きながら額に口付けられる。
 そんな甘ったるい雰囲気を享受できないほど、サリエラの心が疑問で支配されていた。
 彼を疑うわけではないが、ちょっとしたもやもやは早めに解消しておきたい。
 また彼と気まずくなってしまうのはごめんだ。
「あ、あのね、どうしても聞きたいことがあって……」
 出来るだけ言葉が強くならないように配慮する。
「ミケル普段あんまり笑わないのに、その、昨日カフェでなんであんなに楽しそうな顔してたの? あのアドバイザーの人と……」
 ミケルの浮気を確信してしまった一打だった彼の笑顔。
 不貞は誤解だと理解しているが、やはり遺恨は残したくなかった。
「…………」
 ミケルはあからさまに言葉を詰まらせた。
 だがすぐに考え直したように言葉にしようと口をぱくぱくさせる。
「お前の、話」
「私の? どんな?」
 自分の話題と彼の笑顔が上手く繋がらずに聞き返すと、ミケルはまたしても大きく動揺する素振りを見せた。
「それは……」
 随分と言いにくそうにしている。
 昨日までの悲しい気持ちがぶり返しかけたがぐっと堪えて彼の答えを待つ。
「か、わい、い……とか……」
 細切れになっていまいち意味が繋がらない。
 首を傾げ続きを促す。
「お前が可愛すぎて困る、から……その、対処を聞いたら、どこが可愛いのか聞かれて、色々と……」
 みるみる語尾が小さくなっていく。
 すぐには内容が理解できず放心した。
「…………っ!」
 理解した脳が爆発的に動揺する。
 ようするに、ただの惚気話を聞かせていた挙句、でれでれと笑っていたと言うのだ。
 なんとも滑稽な彼の質問内容に、嬉しさと恥ずかしさで思考が混乱する。
 彼をまともに見ていられなくて両手で顔を覆う。
「で、返答が……」
 まだ続けるのか、と質問をしておきながら思ってしまった。
 額に柔らかな物が触れる。
 見上げると彼の顔が近い。
 手をどけられ今度は唇にキスをされる。
「そのまま本人に伝えろ、と」
 ミケルの顔は真っ赤になっていたが、サリエラ自身も負けないくらいに色付いている自信がある。
「俺はお前が、かわ、か……可愛い…………」
 昨夜散々聞いた甘い言葉。
 だが状況が違う。
 ある意味素面の状態で、直球な睦言は怒涛の照れが押し寄せてくる。
 恥ずかしすぎて顔を隠そうと試みるが、手は解放してもらえなかった。
「好きだ」
 まっすぐに投げかけられる言葉に心臓がうるさいほど高鳴る。
「ずっとお前だけが好きだから」
「う、うん……」
「で?」
「で? って?」
 唐突な疑問符に困惑する。
「お前は?」
 言い終えてすっきりしたのかミケルは心なしか晴れやかな顔をしている。
 まだ少し頬は赤いが。
「あ、え……」
 ここで答えなければ不公平だし誤解を与えたくない。
 だが面と向かって伝えるは羞恥心で心臓が耐えきれない。
 伝えたい、恥ずかしい。
 何周かぐるぐると思考を巡らせ、意を決してミケルを見た。
「私も、ミケルが一番好きだから、誤解しないで」
 最後の最後で照れ隠しが可愛くない方向で出てしまう。
 それでも引くに引けずキスで誤魔化す。
「……誤魔化すなよ」
 ミケルは口では不愛想な言葉を吐きながらも、満更ではない嬉しそうな顔をしている。
「ミケルが散々やってることじゃない」
「は? 俺が? いつ?」
「いつって……ずっとよ」
 昨晩の情事が蘇り思わず濁す。
 本気で思い当たらないらしく、ミケルはやや真剣な表情で考え込んだ。
 それもなんだか愛おしさが込み上げ、もう一度唇を重ねた。
「好きだからね」
 今度は目を逸らさないようまっすぐ彼を見つめて伝える。
「俺も。お前が好きだ。これからもずっと、お前ひとりだけ」
 ミケルもまっすぐな視線で返してくれる。
 でもやっぱり耐えかねてどちらからともなく小さく吹き出した。

 気持ちを素直に言葉に出来ない場面にまた出会うかもしれない。
 けれど、少しだけ勇気を出して彼に寄り添っていこう。
 そう気持ちを新たにもう一度キスを交わした。
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