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 自宅に着くなりバスルームへ押し込まれた。
「脱げ」
 有無を言わさないミケルの雰囲気に圧倒され、言われるがままびしょ濡れの衣服を脱ぐ。
 泥まみれの服で室内を汚されるのが嫌だったんだろうか、そうだとしてもそんなにきつい口調で言わなくてもいいのに。
 そんな言葉が出てしまうほど自身は疎まれているのか。
 ぐるぐると巡る不愉快な思考に気を取られ手が止まっていた。
「遅い」
 サリエラを脱衣所に放り込んだ後、出て行ったとばかり思っていたミケルに背後から声を掛けられた。
 驚きで肩が跳ねる。
「ぁっ」
 自身がほぼ下着姿であることに気が付く。
 散々晒した肌だが、色っぽい展開ではない今は気まずさしかない。
 彼に背を向け躊躇していると背後から腕が伸びてきた。
 思わず身構える。
 伸びてきた腕は脱ぎ捨てられたサリエラの服へ伸びた。
 掴まれそのまま石鹸を溶かした湯に浸される。
 洗ってくれるようだ。
 そのままミケルの体は離れていく。
「っ……」
 どこか落胆している自分がいた。
 また優しく触れてもらえることを期待していたことに気付く。
「ばかみたい」
 未練しかない自身の気持ちが嫌になる。
「なにか言ったか?」
「……なんにも」
 彼の言葉にそっけなく答え、さっさと残りを脱ぎ去り浴室へ向かう。
 湯気で満たされた中は温かく感じた。
 湯舟には湯が張られている。
 サリエラが服を脱ぐ間にミケルが準備を進めていたらしい。
 寡黙でぶっきらぼうなのにこういう時は優しい。
 そういう所も好きだな。
 自身の思考にはっと我に返る。
 ミケルとの関係はもう終わりかもしれない、と諦め達観した自分を装っていながら、本心ではまだ彼への想いを断ち切れていない。
 これ以上想い続けるのは苦しいだけだとわかっているのに。
 自身の気持ちを誤魔化したくて、タオルでごしごしと乱暴に肌を擦る。
「痛っ」
 膝に石鹸が沁みる。
 よく見るとわずかに赤くなっていた。
 血は出ていないが軽く擦りむいているのかもしれない。
 いっそ痛みでこのもやもやとした気持ちを打ち消してしまおう。
 そう思ってタオルを強く膝に当てる。
「ばか、やめろ」
 手に持っていたはずのタオルが取り上げられていた。
「ぁ、え、なに。なんで入ってきてるの」
「俺も雨に濡れた」
 一糸まとわぬミケルと目が合う。
 確かにずぶ濡れのままでは、いくら鍛えている彼とはいえ体調を崩すかもしれない。
「じ、じゃあ私もう出るから」
 なにが悲しくて自分に気持ちがない相手と一緒に風呂に入らなければならないのか。
 “気持ちがない”。
 心の中の自身の言葉にさえ悲しくなる。
 ぎゅっと口を引き結び浴室の出入口へ向かう。
「待て」
 手首を掴まれ、いとも簡単に引き戻される。
「……座ってろ」
 浴室の縁に座らされた。
 相変わらずミケルの声色はぶっきらぼうで、お世辞にも機嫌が良いとは言い難い。
 目の前にひざまずいたミケルはサリエラのふくらはぎを持ち上げた。
 さっきまでの乱暴な手つきとは違い、繊細に柔らかく触れている。
「洗うぞ」
 拒否を許さない圧を感じ、渋々頷きそのまま受け入れた。
 赤くなった膝にゆっくりと湯がかけられる。
 傷にはなっていないようで、もうほとんど沁みなくなっていた。
 おおよそ泥汚れが落ちたところでミケルが石鹸を泡立て始める。
 タオルで丁寧に泡立て、それをサリエラの肌へ乗せていく。
 赤い部分は避けられているので痛くはない。
 石鹸のおかげで滑らかさを増した彼の指がゆっくり皮膚をなぞる。
 膝の裏から足首に下がり、また上を目指して登っていく。
 険しい表情とは裏腹の慎重な手付きに、大切に扱われている気分になってくる。
 ミケルは自分の気持ちを言葉にするのが苦手な人だと理解している。
 不器用ながら懸命に想いを伝えようとしていたことは知っていた。
 サリエラも彼ともっと寄り添いたくて意志を汲むよう努力した。
 お互いに歩み寄っていた、数カ月前までは当たり前だった光景。
 最近ではまともに会話らしい会話すらない。
 過去の優しいミケルと目の前の彼が重なり目頭が熱くなる。
 咄嗟に顔を逸らすが、この距離で涙を誤魔化すのは難しい。
「もう、いいから」
 この場に留まることに耐えきれず、彼の手から足を奪い返す。
 立ち上がり自ら湯をかけて泡を流した。
 今にも崩れそうな表情を見られたくなくて彼に背を向ける。
「ごゆっくり」
 すべて洗い終え、浴室を出ようと彼の横をすり抜ける。
 扉まであと一歩のところで体が後ろに引っ張られた。
「待てって」
 腹に彼の腕が巻き付き、後ろから抱き締められていた。
 抱き寄せられ肌と肌が密着し、湯のせいだけではない彼の熱が背中全体に伝わってくる。
 彼の体温が移って背が温かくなる。
 消し切れない恋慕が心を支配していく。
 本当は離れたくない。
 次の言葉を聞くまでは、そう言い訳をして彼に身を委ねる。
「…………」
 彼の言葉を待ったがなかなか口を開かない。
 溜息のような短い息は何度か感じた。
 嫌悪の溜息かそれとも別の意味があるのか、今のサリエラにはわからなかった。
 無言の空気は重く、緊張に耐えかねサリエラは深く息を吐いた。
 それに反応しミケルの体が小さく跳ねる。
 咄嗟に手が出たはいいが引っ込みが付かなくなっているのかもしれない、そう考えサリエラから助け舟を出すことにする。
 整理のつかない複雑な思いはあるが、こうして裸でくっついているだけでは互いに風邪をひくだけで生産性はない。
「……用がないなら離してくれない?」
 できるだけ気丈に振舞ったつもりがわずかに声が震える。
 情けなくて空しくて、また目頭が熱くなった。
「そんなに俺が嫌いなのかよ」
「え、なに、……っ!」
 呟く声が小さくて聞き取れなかった。
 問い返すが答えはなく、代わりに彼の手が秘処に伸びた。
 割れ目の上に指先を押し込まれ、まだ興奮していない蕾が刺激される。
 反射的に体が跳ねた。
 快感よりも驚きが勝っている。
「いきなりなにして、っぁ」
 反論を試みるが、愉悦を与えようと的確に動くミケルの指に阻まれた。
 サリエラの弱点を知り尽くした手は、ぶれることなく官能を刺激してくる。
 体は彼に覚えさせられた快楽をすぐに思い出し、素直に感度を上げていく。
 困惑するサリエラの感情を置いてけぼりにし、みるみる腹の奥が熱く重くなっていった。
「ぁ、待っ……て……ミ、ケル」
 サリエラの制止は届かない。
 悦に支配され始め腕から力が抜けていく。
 震える手での抵抗などミケルにとってはないに等しい。
「ゃ、め…………」
「もう触られるのも耐えられないくらい俺が嫌いなのか?」
 意味の分からない彼の言葉に思考が追い付かない。
「は? んっ、なに言って……ン、ぁッ」
 聞き返そうにも、ミケルの指に追い立てられて言葉が嬌声に飲み込まれていく。
 大した抵抗も出来ないままただただ喘がされる。
 胸の先端へも彼の手が添う。
 指で挟まれこりこりと擦られれば、すぐに固く主張を始めた。
 尖って膨らんだそこはミケルの愛撫をくまなく受け取る。
 じんじん痺れて甘い疼きを生み、重だるくひくつく蜜壺の奥へと快楽を落としていく。
「ぁっ、待って……待ってってば、ミケルっ!」
 弱い部分を同時に責められ、押し寄せる悦楽の波が大きくなる。
 迫る果ての気配に焦って彼を止めようともがくが、サリエラの体を拘束する腕はびくともしない。
「んぁっや、ぁあ……ッッ!」
 一気に熱を弾けさせられ、サリエラは息を詰め絶頂感に堪えた。
 びくびくと腰が跳ね膝が震える。
 頂点を越えても小さな快楽の波が続き、立っているのもやっとだった。
「ぅ、ぁ……」
 まだ余韻の残る体を強引に引かれ壁際に追いやられる。
「手、壁につけ」
 ミケルの手から解放され、支えを失ったサリエラは目の前の壁に寄りかかる。
 彼の言うことを聞いたわけではなく、そうしないと立っていられないからだ。
 腰が掴まれふとももの間に彼が割り入った。
「ぁ、待っ……」
 か細い制止は聞き入れられず、慣らされていない秘処へミケルの猛る杭が押し込まれた。
「ッぅぁ……」
 痛みで呼吸が詰まる。
 幾度となく受け入れたものであっても、解されることなく貫かれれば痛みが生じる。
 苦しさに表情を歪めるサリエラに構うことなくミケルは律動を始めた。
 今までこんなにも乱暴にされたことはなかった。
 淡白な営みになったとはいえ、サリエラの痛がるようなことはされたことがなかった。
「ぅ、ンッ」
 彼が出ていくたびに内側が引きずられ、押し入るごとに最奥を穿たれ呻きのような声が洩れる。
 苦しいのは体か心か、原因のはっきりしない涙がぽろぽろと零れた。
 次第に律動が激しくなる。
 荒ぶる抽挿ちゅうそうであっても、これまで幾度も中を愛してきた杭はサリエラの良い部分を覚えていて何度もそこばかり擦り上げてくる。
「ぁ、あっ、んっ」
 どんなに切なくて悲しくても体は刺激に素直に反応を始め、教え込まれた快感を思い出し悦んでしまう。
 サリエラの意志とは関係なく甘さを帯びた声が零れ落ちる。
 激しさが増し、打ち付けられる肌の乾いた音が浴室に響き渡った。
 蜜壺が痙攣を始め絶頂が近いことを悟る。
 体の熱は昇り詰めているのに、思考はひどく冷めている。
 身も心も抵抗を諦め、ただ揺さぶられるままにミケルが与える官能を受け入れるしかなかった。
「離れるなんて、許さない……ッ」
 激しく揺さぶられながら彼の言葉が耳を掠めたがうまく聞き取れない。
 彼が一層強く突き入る。
 その衝撃でサリエラは頂点を越えさせられた。
 どんなに気持ちが憂鬱だろうと絶頂は全身に快楽をまき散らす。
 遅れてミケルが自身を抜き去り、直後お尻の辺りに精を吐き出された。
 荒れたふたりの呼吸だけが聞こえる。
 体を支えていたミケルの手が緩み、もう自力で立っている気力さえ残っていないサリエラはその場にへたりこむ。
 視界は涙が溜まってよく見えない。
 悔しいのか怒っているのか、いろんな感情がせめぎ合ってわけがわからない。
 初めて乱暴に扱われ、痛みよりも空しさが募った。
「はっきり言えばいいのに」
「サリエ……」
「他に好きな人が出来たならそう言えばいいのにッ!」
 未だ脱力した体を震わせ、悲鳴にも似た声を上げる。
「別れたいならさっさと言ってよ! 中途半端に構わないで!」
 思わず手元にあった石鹸をミケルに投げつける。
「おい、なに言って……」
 脱力しきった腕ではたいした威力もなく、手に触れるものを手当たり次第投げ飛ばすが見当はずれな方向に飛んでいってしまう。
 いよいよ投げるものが無くなって、行き場のない手が惨めに空を切る。
「やめろ、サリエラ」
 どうしようもなくなって彼に向けて拳を振るが呆気なく捕まった。
 涙で顔はぐちゃぐちゃ。
 掴まれた手を振り払う気力もなく、壁に頭を預けて溢れる涙を落とすだけ。
「もう……やだ…………」
 絞り出した声は枯れ、蚊の鳴くように弱々しくなる。
 ミケルの様子を窺う余裕などなく、ただただ涙を流し続けることしか出来ない。
 もうどうでもいい。
 立ち上がることすら億劫で、どうせなら早く彼が立ち去ればいいとさえ思った。
「っぅあ!」
 急に体が浮いた。
 ミケルに二の腕を掴まれ強制的に立たされる。
 まだ力が戻っていない四肢はふらつき、目の前のミケルに寄りかかることでなんとか倒れ込むことを防ぐ。
「や、だ……」
 自力で立っていることもできないくせに、強がる思考が拒否を言葉にする。
 掴まれた腕がさらに引かれ、ミケルの胸に抱きすくめられた。
「も、離して、離してってば!」
 手で押し抵抗するが、ミケルの両腕が背中に回され身動きが取れない。
「…………そう言って、他の男のところに行くのか」
「……は?」
 意味がわからなかった。
「俺と別れてよその男のところに行くつもりか!?」
 ミケルのひりつく殺気立った声に身がすくむ。
「行くな……」
 打って変わって悲痛な声色にサリエラは狼狽えた。
「ちょっと、なに言っ……」
「お前と別れる気はない。浮気も、許すつもりはない」
 全く身に覚えのない単語に咄嗟に言葉が出てこない。
「相手は誰だ。職場の人間か? 客か? 俺も知っている奴か? バーに居たあの男か?」
「え、浮気って、はあ?」
「もう会うな。いや、会えなくしてやる。お前が白状しなくても調べて殺……」
「待ってってば!」
 物騒な単語が出てきて慌ててミケルの口を手で押さえる。
「浮気? 私が? そんなことするわけないじゃない。してるのはミケルの方でしょ!?」
「はあ!?」
 またしても彼の大きな声にたじろぐ。
「…………」
「…………」
 ふたりで顔を見合わせ押し黙る。
「サリエ……」
「っくしゅ」
 急に寒気がしてくしゃみが出てしまった。
 湯が張られた浴室とはいえ、まだ温まっていない裸の状態で言い争っていれば無理もない。
「…………」
「…………」
 毒気を抜かれてしまった。
 ミケルを見ると彼も同じだったらしい。
「あ……とりあえず、湯に入れ」
 咄嗟に浴室を出ようとするミケルだったが、ふと視線を止めてサリエラに向き直る。
 これまでの険しい表情は消え、気まずそうななんともいえない微妙な表情をしている。
 不思議に思い彼の視線を辿るとサリエラの腰やお尻の辺り。
 ちょうど彼の精がかけられた場所。
「……洗うから」
 ぼそりとそう告げミケルがシャワーの準備をする。
 温度を調整して自身の手に当て具合を確かめている。
 どうしていいかわからず、ぼんやりと彼の挙動を眺めてしまった。
 調整し終わったらしく、サリエラの肌に湯を当て流しながら手で優しく擦られる。
 思った以上に彼の手が冷たくて少しだけ体がびくりとなる。
「っ……。終わったから」
 眉間にぐっと力が入り彼の表情が歪む。
 怒っているというより、どこか泣いてしまいそうな悲痛な顔。
 シャワーを止め、身をひるがえしたミケルが足早に去ろうとする。
「待って!」
 慌てて彼の手を捕まえた。
 このまま彼を出て行って時間が経ってしまったら、これ以上素直な気持ちを言い合えない気がした。
「一緒に、入ろ」
 咄嗟に提案していた。
「っ!」
 驚いて彼が振り向く。
 当然だろう。
 ふたりで一緒に湯舟に浸かるような甘い雰囲気は微塵もない。
 ちぐはぐな空気感だということはサリエラもわかっていた。
 かと言ってこの手を離すわけにはいかない。
「…………わかった」
 困惑と動揺の表情のままミケルが頷く。
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