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しおりを挟む「アンタ、名前は? あ、これ開け方わかんねえんだ。どうやるんだ?」
ユミトからビールの缶を手渡されながら問われる。
同居生活が決定し、ユミトは歓迎会だと言いなぜかエリナがコンビニで買った酒たちをテーブルへ並べる。
その最中にふと聞かれたが、ここにきてようやく自身が名乗っていないことに気付いた。
「あ……エリナ、です」
いい大人が名乗りもせずに、と勝手に恥ずかしくなって敬語になってしまう。
「エリナ、ほら」
ユミトは気にも留めていない様子でエリナにグラスを差し出してくる。
異世界に来てとまどうエリナへの彼なりの気遣いかもしれない。
その気持ちとともにグラスを受け取る。
「はやくそれ開けろ」
ユミトが顎でビールの缶をしゃくる。
もう彼の瞳にはビールしか映っていない。
気遣いではなく単にあまり興味がないだけなのだと察した。
「ああはいはい開けますよ」
勝手に期待してしまっただけだがなぜか腹が立った。
苛立ちながらもプルタブに手をかける。
「……ぬるい」
握った缶は当然ながらすっかり常温になっている。
どうせなら冷たいビールを飲みたいところだ。
おそらくこの世界に冷蔵庫なんてものはないだろう。
氷室は存在するだろうか。
あったとしても冷やすには時間を要することが容易に想像できた。
キンキンに冷えたビールが飲めないと悟った瞬間、あの苦みと爽快な喉越しが蘇る。
手に入らないと思えば思うほど欲してしまうのは人間の性。
一度に色々なことが起こってエリナはまだ混乱しているし疲弊もしている。
正直冷たいビールでも飲まないとやってられない。
「ねえ」
風呂の給湯器のことを思い出しユミトに声を掛ける。
「これ、冷やせたりしない?」
水を温めることができるなら、逆に冷やすこともできるのではないだろうか。
「できるが」
「これビール……いや、エールって言った方がいいのかな。冷やした方が絶対美味しいから」
「エールを冷やすのか? 珍しいな」
こちらの世界では冷たいエールを飲む習慣がないらしい。
「お願い! 気に入るはずだから!」
いけすかないユミトに頭を下げてでも冷えたエールが飲みたい。
エリナの思考はそのことで埋め尽くされていた。
「まあ、いいけど」
エリナの勢いに圧倒されたユミトが若干引き気味に答える。
「氷入れるか?」
「いいえ! 液体そのものを冷やしたいの!」
冷たいエールが飲める期待感でエリナの声は大きくなった。
「グラスに注いでくれ」
カシュ、と小気味よい音を立てて缶を開ける。
グラスを傾け、泡の比率に細心の注意を払いながら注いでいく。
「お願い」
ユミトの前に満杯のグラスをふたつ差し出すと、彼はそれを包むように両手をかざした。
わずかに冷気を帯びたそよ風がエリナの顔に当たる。
その後みるみるグラスは白く霜が降り、中の液体が冷やされているのがわかった。
「こんなもんだろ。ほら」
返されたグラスを両手で慎重に受け取る。
指先から伝わる温度はしっかり冷たい。
「じゃあ早速、乾杯」
つい反射的にグラスをユミトへ向かって掲げていた。
「おう」
ユミトは少し驚いたような顔をしたが、すぐにグラスを合わせてきた。
慎重にガラスの縁に唇をつける。
グラスを傾け流し込んだエールは冷たくて美味しい。
急激に喉の渇きを覚え、ごくごくと音を立てながら一気に飲み干した。
「ぷっはあ! 美味しい!」
心の底から感嘆が洩れていた。
はっと我に返り目の前のユミトを見ると、驚きを通り越してまたしても引き気味。
「ほら、どうぞ」
誤魔化すように彼へビールを勧める。
グラスに口を付けた瞬間ユミトの目の色が変わった。
見開いた瞳はきらきらと輝き一気にビールを飲み干した。
「なんだこれ! 美味すぎる!」
「そうでしょう!」
予想以上の反応にエリナは嬉しくなった。
「そうだ」
ユミトがいきなり立ち上がる。
「うちのエールも冷やしてみよう」
そう言いながら家の奥へと引っ込んでいった。
がたがたと物音を鳴らした後、小麦色の液体が注がれたグラスをふたつ持ってユミトが戻ってきた。
「これは?」
「エールだ。樽で仕入れている」
ユミトが相当な酒好きであることを理解した。
先程と同じように両手をかざして冷やし始める。
「乾杯」
今度はユミトからグラスを掲げられたので反射的に乾杯をした。
慎重にひと口含む。
ビールの味ではあるが、エリナが普段飲んでいるものより雑味が多く大味。
不味いわけではない。
「個性的なクラフトビールだと思えば飲めなくもないか……」
続けて二度三度口を付けていくにつれ、独特な苦みがだんだんと癖になってきたような気もする。
「やっぱり美味くなった」
早々に飲み干したユミトが満足気に呟いた。
「アンタの持ってきたやつには敵わないけど、こっちのエールもなかなかいけるだろ」
にかっと口を大きくあけて笑う姿は無邪気な子供のようだ。
「これはアンタの歓迎会だ。好きなだけ飲んで食え」
差し出されたのはエリナがコンビニで買ったおつまみの袋。
「これ、私が買ったおつまみなんだけど……」
「細かいことは気にするな」
実に愉快そうにユミトが笑った。
そういえば誰かと酒を酌み交わすのは久しぶりだな、と気付く。
「まあいっか」
細かいことを気にしても仕方がない。
エリナは次々とグラスを開けて楽しそうに自身の魔法について喋り出したユミトを見つめながら、彼が冷やしたエールとおつまみを頬張った。
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