5 / 15
5
しおりを挟む「ここにある魔石に触れると設定された温度の湯が……」
「へえ……」
急にイキイキと饒舌になる男にエリナは思わず後退った。
「湯を作るなら今一般的に流通してる生活魔法石でせいぜい料理に使う火で沸かすくらいだがこの魔石なら難なく大量の湯が準備できるんだ。ただその分コストがかかって価格が上がるからそこが今後の課題で……」
「そうなんだね……」
実に楽しそうに喋り続ける男を止めるのは忍びなくて、エリナはややしばらく男のご高説を浴び続けた。
「…………ってわけだ。すごいだろ?」
「す、すごいねえ」
体感二時間くらいに感じられた演説がようやく終わった。
内容はほぼ聞いていない。
「じ、じゃあ私は掃除するわね」
「待て」
突然男は低い声を出した。
反射的に振り返ると、はたきを持っていた手を掴まれる。
「やっぱりそんなにもたねえか」
男の視線を追って自身の手を見ると、指先がわずかに揺らいでいた。
昨日見た不可解な現象。
意識した途端、先端から冷たくなり体温が下がっていく。
さっと血の気が引いていく感覚はやはり気持ちが悪い。
「ほら、こっち向け」
返事を待たずに男はエリナの腰を抱き寄せた。
ためらいなく唇を重ねられる。
今度は目隠しをされていないので間近に男の顔がある。
意外と睫毛が長い、と他人事のように考えていると遠慮なく舌が割り込んできた。
分厚いざらつきが口内を探り、上顎をなぞられ思わず唇が開いてしまう。
「昨日と違って従順じゃん」
愉快げに笑う男に苛立ったが、感情とは裏腹に身体は男を受け入れる体勢になってしまう。
脱力した舌が絡め取られ丁寧に舐めあげられる。
表面を擦り合わされ、なめらかなざらつきの感触にじゅくりと官能が刺激された。
カラン、と鈍い鈴の音が聞こえて意識が引き戻される。
「っぅわ」
急になにかの布で頭からすっぽり覆われた。
「よお……ってまた女連れ込んでるのかよ、ユミト」
視界が塞がれる間際、入り口のドア付近に銀色の髪の男性が見えた。
おそらくその男性の声。
ユミトとはこのいけすかない黒髪男の名前なのだろう。
「見るな。減る」
ユミトは銀髪の男に不愛想に答えながらエリナの背中を押しやった。
状況がわからずされるがまま、エリナは店の奥の扉の向こうへ押し込まれた。
「減るってなんだよ」
「うるさい」
扉越しにわずかにふたりの声が聞こえるが、軽快に軽口をたたき合っていて気の置けない仲のようだ。
追いやられたということは自身のことを隠したいのだろう。
理由はわからないがひとまずユミトの意思に従うことにする。
押し込まれた部屋を見回した。
こじんまりとした書斎、という印象。
入り口の正面に大きな窓がある。
その手前に置かれた机と椅子以外は天井まである本棚が壁一面に備え付けられていた。
収まりきらずに床に積まれた本も少なくない。
することもないので椅子に腰掛け外を眺めた。
レンガ造りの建物が並び、街行く人は中世ヨーロッパの民族衣装のような衣服を身に着けている。
髪の色が金髪に近い明るい人が多い。
「街全体で大規模なコスプレしてるわけじゃないよね……」
昨晩見た本の異世界、渡り人、という言葉が現実味を帯びてくる。
突拍子もない話だと思いつつも、ここがエリナの生きていた世界とは別の場所だと仮定し思考を巡らせる。
ユミトの話と昨日読んだ本によると、渡り人であるらしいエリナはこの世界の人間の体液を摂取しないと消滅する。
指先から冷えて透けていく感覚を思い出して身震いした。
元の世界に戻る方法はあるのだろうか。
それ以前にそもそも帰りたいのか。
残業ばかりの仕事、親しい友人も家族もいない。
これといった生きがいや趣味があるわけでもない、惰性で生きているだけの毎日。
かと言って悲観しているわけでもないし、そもそも自分の人生にあまり興味が無いのだと気付く。
「…………なんにもない」
エリナはふっと鼻を鳴らす。
流されるまま、ただ生きているだけの人生を自嘲気味に笑ってやった。
この世界で生きていける保証はないが、心のどこかで未知の体験にわくわくしている自分がいた。
なにかに心躍るのはいつぶりだろう。
「まあ、いっか」
特に目的もなく生きていた頃よりは楽しくなりそうな予感がした。
0
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった
山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』
色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる
一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。
そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
中でトントンってして、ビューってしても、赤ちゃんはできません!
いちのにか
恋愛
はいもちろん嘘です。「ってことは、チューしちゃったら赤ちゃんできちゃうよねっ?」っていう、……つまりとても頭悪いお話です。
含み有りの嘘つき従者に溺愛される、騙され貴族令嬢モノになります。
♡多用、言葉責め有り、効果音付きの濃いめです。従者君、軽薄です。
★ハッピーエイプリルフール★
他サイトのエイプリルフール企画に投稿した作品です。期間終了したため、こちらに掲載します。
以下のキーワードをご確認の上、ご自愛ください。
◆近況ボードの同作品の投稿報告記事に蛇補足を追加しました。作品設定の記載(短め)のみですが、もしよろしければ٩( ᐛ )و
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
【R18】「媚薬漬け」をお題にしたクズな第三王子のえっちなお話
井笠令子
恋愛
第三王子の婚約者の妹が婚約破棄を狙って、姉に媚薬を飲ませて適当な男に強姦させようとする話
ゆるゆるファンタジー世界の10分で読めるサクえろです。
前半は姉視点。後半は王子視点。
診断メーカーの「えっちなお話書くったー」で出たお題で書いたお話。
※このお話は、ムーンライトノベルズにも掲載しております※
【R18】義弟ディルドで処女喪失したらブチギレた義弟に襲われました
春瀬湖子
恋愛
伯爵令嬢でありながら魔法研究室の研究員として日々魔道具を作っていたフラヴィの集大成。
大きく反り返り、凶悪なサイズと浮き出る血管。全てが想像以上だったその魔道具、名付けて『大好き義弟パトリスの魔道ディルド』を作り上げたフラヴィは、早速その魔道具でうきうきと処女を散らした。
――ことがディルドの大元、義弟のパトリスにバレちゃった!?
「その男のどこがいいんですか」
「どこって……おちんちん、かしら」
(だって貴方のモノだもの)
そんな会話をした晩、フラヴィの寝室へパトリスが夜這いにやってきて――!?
拗らせ義弟と魔道具で義弟のディルドを作って楽しんでいた義姉の両片想いラブコメです。
※他サイト様でも公開しております。
【R18】婚約者の優しい騎士様が豹変しました
みちょこ
恋愛
「レベッカ! 貴女の婚約者を私に譲ってちょうだい!」
舞踏会に招かれ、心優しき婚約者アレッサンドと共に城で幸せな一時を過ごしていたレベッカは、王女であるパトリツィアから衝撃的な一言を告げられた。
王族の権力を前にレベッカは為す術も無く、あっという間に婚約解消することが決まってしまう。嘆き悲しむレベッカは、アレッサンドに「お前はそれでいいのか?」と尋ねられたものの、「そうするしかない」と答えてしまい──
※ムーンライトノベル様でも公開中です。
※本編7話+番外編2話で完結します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる