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「ぁ……」

 調合室での作業中、ランジが小さく声を洩らした。

「どうかした?」

 これまで黙々と沈黙の中作業を進めていたので、気になって声を掛ける。

「もしかして、レンリはここで寝てるのか?」

 いつも眠っているソファーを彼が指さす。

「そうだけど」

「俺がベッドを占領しているからか」

「今までも仕事を詰めている時はここで眠ることもあったし、まあ、あなたが気にすることじゃないわ」

「だめだ」

 初めて聞くランジの大きな声。

 低音でよく響く分驚いてしまった。

「っ……すまない、大声を出して」

 すぐにもごもごと声量が小さくなる。

「今日からはあのベッドを返す。俺は床で寝ることにも慣れているから、どこか廊下でもいいから貸してもらえれば」

「なに言ってるの怪我人のくせに」

「もう大丈夫だ」

「数日で塞がる傷じゃなかったけど?」

「痛みも減ったし……」

「完全には治ってないわよね?」

「多少は問題な……」

「傷が開くと対処するのは私なんですけど?」

 後半はランジの頑なさに苛立ってきて若干食い気味に反論した。

「っ」

 ぐっと口を噤み、彼は表情を渋くさせた。

 押しかけたうえ家主から寝具を奪った罪悪感に苛まれている、といったところか。

 無理矢理訪ねてきたのに変な部分で謙虚だ。

「あ、そういえば」

 レンリはソファーにかかるブランケットをめくった。

 下を覗けば取っ手があり、引っ張り出せる構造。

 祖母が亡くなる前は、これをソファーベッドとして使っていたことを思い出す。

「ソファーベッドか?」

 すぐ真横にランジが来て、レンリと同じようにソファーの下を覗く。

 その拍子にどことなく甘い香りがする。

 香水とは違う、懐かしさを覚える匂い。

 おそらくランジ本人の香り。

 ここまで近付いたことがなかったので今まで気付かなかった。

 だが、この郷愁はなんだろう。

 レンリの知る植物には思い当たるものがない。

「使っているのか?」

 彼の言葉ではっと意識が戻ってくる。

「ひとりになってからは使っていないわ」

 彼の香りに気を取られていたことに悟られないよう、体を離して表情を隠す。

 ソファーベッドの取っ手に手をかけ引いてみる。

 がたがたと鳴るばかりで動かず、ベッドの形にはならない。

「俺が触っても?」

「ええ」

 ランジが取っ手を持って数度引いたり押したりするが、ソファーベッドが本来の形になることはなかった。

 彼はうまく出てこないことを悟ると、側面からソファーの下を覗き込んだり背面から様子を窺い始める。

「これなら俺でも直せそうだ。手を入れてもいいか?」

「ランジ、体は?」

「これくらいならそこまでの力仕事じゃない。少し体も動かさないとなまってくる」

 彼の顔色を見る。

 当初よりも随分と血色が戻ってきていることに違いはない。

「そう、ならお願いしようかしら」

 リハビリも兼ねて動いてもらう、ということで問題ないだろう。




 翌日、ランジは朝食後に薬草の仕分け、昼食後は早速ソファーベッド修繕作業に取り掛かった。

 さすがに調合部屋で作業するのは、薬草にほこりの影響などが気になるので廊下へ出した。

 工具や材料は自宅にある分で事足りるようだ。

「見てていい?」

 純粋に作業に興味を引かれ彼に問う。

「ああ」

 ランジはてきぱきと寸法を確認したり、部品の隙間を確認したりしている。

 レンリ自身大工仕事は得意ではないので、ただただ彼の手際が良いというざっくりとしたことしかわからなかった。

 あっという間にソファーベッドとしての機能が回復する。

「わあ……」

 思わず感嘆の声が出てしまった。

 咄嗟に口を手で覆ったが、隣の彼にはばっちり聞こえたようでふっと笑う声が聞こえた。

 照れ隠しでむっとしてしまったが、お礼を言わねばと焦る。

「あ、ありがとう。祖母が居た頃は寝室にこれを並べて、私がこのベッドで寝ていたの。だからまた使えるのは嬉しいわ」

 思ったよりぶっきらぼうな口調になってしまった。

「おばあさまは、今は?」

「数年前に亡くなったわ」

「そうか」

 ランジが寂しそうに目を伏せた。

「それからは、ずっとひとりで?」

「ええ、こんな森の奥に住むのは私くらいよ。魔女の私は村の人間に良く思われていないしね」

 顔を上げると、なぜか悔しげな表情のランジ。

「ひとりも気ままでいいわよ」

 気にしていない風を装い軽く答える。

 真正面から見つめられるとたじろいでしまいそうで、慌てて身をひるがえす。

「少しほこりっぽくなっちゃったわね。湯の準備をするから、傷口を避けて洗うといいわ」

 彼を残し浴室へ向かう。

 桶に湯を用意しながら、ふと先程の彼が思い返される。

 悔しそうな面持ち。

 さっきランジはなにを思ってあの表情をしたのだろう。

 村人に良く思われていないことへの哀れみ?

 家族が亡くなったことへの同情?

 過去に祖母と面識があった?

 もしそうならこの家に辿り着けたことにも合点がいく。

「詮索は……やめておこうかな」

 ランジ本人が口にしない以上、深追いはしない方がいいだろう。

 
 
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