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第三三二話 シャルロッタ 一六歳 序曲 〇二

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「お姉ちゃんどういう人なのー?」

「うーん……貴族れい……んと、偉い人の子供、かな」
 わたくしの手を握ったまま歩く金髪の少女が無邪気な笑顔のまま訪ねてくるが……貴族令嬢とか答えても理解できないかもと思って言い直したが余計訳のわからない存在になった気がする。
 なんだよ偉い人の子供って……と苦笑いを浮かべてしまうが、少女はある程度理解したのか「そーなんだ」と笑うと楽しそうにわたくしの手を引いて少し前を歩いている。
 アメミトが保護していた子供は全部で五人……わたくしの手を引いている少女はユナ、反対側でしっかりと両手でわたくしの手を握っているもう少し小さな子はリリー、背中でじっとしている少女はメリア。
 なぜだかメリアはずっとわたくしの髪の毛に顔を埋めて匂いを嗅いでいて、妙に鼻息が荒い気がするけど……まあいいや。
 アメミトの側から離れない二人はそれぞれ男の子でエンダとマルクというらしいが、流石にわたくしの美しさに気後れしているのか、こちらには寄らずにいる。
「……ねーねー、なんでこんなにいい匂いがするの?」

「それはね……毎日お風呂に入ってるからよ」

「お風呂……? 毎日入るの?」
 あ、そっか……平民階級だと数日に一回公衆浴場などを使って風呂に入るが、普段はお湯を沸かして布とかで拭う人も多いのだとか。
 地方の方に行くとお湯を沸かすのも面倒だということで小川で水浴びしたり、冷たい水で身体を拭うなんてこともあるらしい。
 まあわたくしは生まれてこのかたそんなことにはなったりしなかったが……王都まで来る時も魔導列車には風呂場が設けられててお湯が使い放題だったんだよねえ。
 とまあそんなイングウェイ王国の風俗的な知識を思い出したりもしたが、子供は興味深そうな顔でわたくしをじっと見つめてきたため、ちょっと居心地の悪さを感じつつも少し引き攣った笑顔で答える。
「う、うん……まあ偉い人の娘なんで……その、お風呂は欠かせないですわね」

「へー、そうなんだぁ……いいなあ」

「ここから出たらお風呂に行きましょうね」

「お姉ちゃんも一緒に入れる?」

「……そ、そうですわね……わたくしが皆様を洗って差し上げますわ」

「わーい!」
 ここから出る……と言ってもあれから一時間ほど歩き続けているが、景色が変わることはなく薄暗い通路をずっとまっすぐ進んでいるだけになっている。
 時折後ろにいるアメミトへと視線を飛ばして方向が間違っていないかどうか確認するが、彼は黙って軽く頷くので方向自体は合っている……ということだろうか。
 ふとクリスに同行させたユルはどうなったかな、と思って気配を探るが少し遠くの方で何かをしているような感覚があるので、おそらくまだクリスと共に行動しているのだろう。
 微妙に感覚にズレがある気がする……それは多分オーヴァチュア城を中心に王都がすでに混沌神の領域に近い状態になっており、存在があやふやな状態に陥っているからだと思う。
「アメミト、なんでになっているの?」

「この地は今非常に不安定だ……混沌の力場が空間そのものを歪めている」

「それはなぜ?」

「魔王復活が近い、中心で恐ろしく強い存在が生まれ出でようとしている」
 中心……つまりオーヴァチュア城の中で魔王復活の予兆があるということか……城には何度も入ってるけど、そういう気配は今まで全くなかった。
 第一王子……いや国王代理を名乗るアンダース・マルムスティーンが魔王を復活させる……? あの人は嫌なやつで会うたびにセクハラまがいの視線を向けてくるけど、魔法とかの才能には疎いしどちらかというと腕力でどうにかしようとするタイプの人間だ。
 そんな人間が魔王復活なんて大それたことを考えるわけがない……ということは答えとしては一つしかなくて、訓戒者プリーチャーである闇征く者ダークストーカーとかいう仮面の男がそれを行なっているということか。
訓戒者プリーチャーがまだ残ってる……クリスが知らずに城へ行っているとしたら危ないわ」

「この通路を抜ければ中心地の近くには出るはずだ、そこから進めばあの大きな建物に入れる」

「なら、そちらへ……って貴女達をおいてはいけませんわね……少しだけ急ぎましょう」
 とはいえ子供たちをおいていける訳もないし、わたくしは急く気持ちを抑えつつ子供達を連れて通路を歩いていく。
 この子達を第二王子派の軍勢に預けて、インテリペリ辺境伯家の人間に保護してもらった後オーヴァチュア城へと向かえば十分間に合うはずだ。
 クリスも十分に強いし、エルネットさんもいるんだから大丈夫……特にエルネットさんはなんやかんや言ってもイングウェイ王国内では最強の一人になっている。
 これはわたくしの見立てでもそうだし、実際に第二王子派の中でも彼を最強の戦士として認める声が多いのはそれだけの実力を有しているからだと思う。
 多分この内戦が終われば彼はちゃんとした貴族として叙爵されるし、そうなればリリーナさんとエルネットさんはイングウェイ王国のために必要な人材として改めて認識されるだろう。
「……頼みますよ、エルネットさん……」



「う、お……おうっ……で、でんぁ……また、私は……お゛ッ!」

「マリアン……ッ! く……どうすれば……!」
 未だにガルニアーダが放った淫ら指ショッカーの影響下で全身を襲う凄まじい快楽の中で、身悶え艶かしい嬌声をあげるマリアンを抱きしめたまま、クリストフェルはどうやったらこの恐るべき淫猥な権能から彼女を救えるのか悩んでいた。
 ガルニアーダとユルはそのまま戦闘状態に突入しており、咆哮するガルムの爪と快楽の悪魔エクスタシーデーモンの攻撃が交差するたびに甲高い衝突音が響いている。
 その中に突入するのは危険すぎるため、エルネットはクリストフェルの側で油断なく腰の剣に手を当てたまま警戒を続け、ヴィクターは心配そうにマリアンのそばに座って見つめている。
「マリアン……! 心をしっかりと持つんだ……! 君は強い女性だろう?!」

「わ、私あ……っ……でんかのおぉッ……ひぐ……ッ! いやぁ……見な……でッ!」
 顔を真っ赤にして涙を流しながら必死に耐えようとするマリアンの姿にクリストフェルの中にある欲望……それは男性として誰もが持っている欲求とも言っても良いが、それが首をもたげたような気がしてクリストフェルは必死にその雑念を振り払おうと首を振る。
 マリアンは友人であり幼馴染と呼んでも差し支えないほど幼い頃から一緒にいた存在だ。
 彼女自身が時折見せる自分への気持ち、それは彼も気が付いてはいたが自分にとっては立場と、貴族としての責務があるためその気持ちを受け止めるわけにはいかなかったのだ。
 それに……クリストフェルの心にはただ一人の女性が恐ろしく大きな存在として絡みついているのだ……その女性が悲しむことなどできようはずもない。
『どうして出来ないの?』

「マリアンは僕の大事な友人だ……! 傷つける気はない……!」

『大丈夫だよ、君の腕の中にいるマリアンは喜んで君の※※※パオーンを受け入れるよ?』

「何を馬鹿な……!」

『大丈夫だよ、ほら……マリアンも君を見ている……彼女の体を自由にすればいい……』
 ふとマリアンを見ると彼女もじっと濡濡った瞳で彼を見つめている……唇はぬらぬらと艶かしく濡れており、唇が何かを伝えようと動いている。
 だ、い、て、く、だ、さ、い……そう読み取れた瞬間、クリストフェルの心にあった関のようなものが大きく軋んだ気がした。
 彼女の頬にそっと手を這わせるとその動きに合わせてマリアンの顔に微笑みが浮かび、びくびくとその身を捩らせて快楽を受け入れようとしている気がする。
 心の奥底からマリアンという女性の体を自分のものにしたい、貪り快楽の渦に沈めたい……彼はどうしようもないくらいの衝動を感じて思わず喉を鳴らすと、首元のボタンを片手で外した。
 若いクリストフェルの心は揺れ動く……それはまだ若い男性であれば仕方のない衝動……立場によって自制していた何かが大きくへし折れそうになった瞬間。
「殿下ッ!」

「うぎゃあああああっ!」
 クリストフェルの背後に向かってエルネットが凄まじい早業で腰の剣を抜き放つとともに何もなかったはずの空間に向かって振り下ろす。
 それと同時に悲鳴と、青黒い体液のようなものが吹き出すと空間から次第にもう一人の悪魔デーモンが姿を表す……黒髪に二本の角を生やし、金色の瞳と青黒い肌の美女……だがその腰から下はまるで犬のような形状をしており、憎々しげな表情を浮かべてこちらを見ていたのだ。
 それを見た瞬間にクリストフェルの心が急に冷静になっていく……自分が何をしようとしていたのかようやく理解したのだ。
 腕の中で必死に争うマリアンは悩ましい嬌声をあげているが、苦しげな表情のまま必死に耐えるかのような表情で争っている。
「ぼ、僕は……ッ! ……マリアンを……自分のものにしようとするなんてッ!」

「もう少しで王子様を堕落させられたのに……貴様ッ!」

「……お前も快楽の悪魔エクスタシーデーモンか?!」

「ケハハッ! 私はディリアーダ……ッ?」
 ディリアーダは大きく後方へ跳躍しようとするが、凄まじい速さで横凪に放たれたエルネットの剣閃が悪魔デーモンの首を瞬時に落とし、首は何が起きたのかわからないと言った表情のまま宙を舞う。
 どぷっ、と音を立ててディリアーダの首から青黒い血液が噴き出ると同時に地面へと頭が地面へと落下し、鈍い音を立てて転がっていく。
 恐るべき早業……エルネット・ファイアーハウスの剣技は達人の域に達しており、負傷していたとはいえディリアーダを一撃で屠って見せたのだ。
 彼はクリストフェルの肩を軽くぽん、と叩くとすぐにディリアーダの死体の側へと駆け寄っていくが、見事なまでに快楽の悪魔エクスタシーデーモンに心を操られたと理解したクリストフェルは真っ青な顔で震える唇でつぶやいていた。

「……僕はなんてことを……マリアンを僕は傷つけようとして……僕はなんてことを……」
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