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第三一二話 シャルロッタ 一六歳 地下水路 〇二

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魔装脱着キャストオフッ!」

「な……!」
 その言葉と同時に首無し騎士デュラハンイスルートの全身を覆う鎧が吹き飛ぶ……その下にある筋肉が膨れ上がり、一回り大きくそして不死者アンデッドらしい血色の悪い肉体が露わとなった。
 今まで着用していた板金鎧プレートメイルは相当な重量がある未知の金属でできていたのか、床へと落ちるとドゴン、という鈍い音を立てる。
 先ほどわたくしの拳を叩きつけても肉体が吹き飛ばなかったのはそれが理由か? 記憶の中にある材質では説明のつかない未知の金属に多少なりとも興味を惹かれる。
 だが、それ以上に鎧を脱ぎ捨てた首無し騎士デュラハンの姿は異様だった。
「あの……なんでほぼ裸なんですか?」

「クハハッ! これは失礼……令嬢の前でありながら私の本気を見せてしまうとは……」

「……くっそやりづれーな、変態がよぉ……!」

「私の本気を見せるためには無粋な鎧など邪魔なのです……! この美しい肉体を見て恐れ慄け、さあ、さあッ!」
 またこの系統かよ……イスルートが見せる彫刻のような肉体はほぼ裸に近いというか、わたくしが見ている角度的には全裸であり股間は彼のとっている奇妙なポーズにより見えていないだけだ。
 だがよくみると完全な全裸ではなく、細いヒモのようなものが腰のあたりにのぞいているのでかろうじて隠す程度の下着は履いているに違いない、履いてるよね、履いてなかったらぶっ殺すぞ、ほんと。
 なんか貴族令嬢へと転生してからというもの、こういう敵と戦うケースが多いな……幼少期のブリジングなんかもこれくらい変態さんだった記憶がある。
 そんなわたくしの内心のイラつきを知ってか知らずかイスルートは六角棒を構え直すと、一気に距離を詰めてきた。
「クッハーッ! 私が開発した首無し騎士デュラハン流棒術を喰らえいッ!」

「く……速度を上げるために……!」
 先ほどの鈍重な動きとは打って変わって鎧を魔装脱着キャストオフした肉体の動きは驚くほど早く、距離をとる間もなく相手の間合いへと入ったわたくしに対して空気を切り裂くような鋭い音をあげる超高速の突きが迫る。
 わたくしは不滅イモータルを使って繰り出された突きを受け流していくが、見た目通りと言って良いのか一発一発が驚くほど重く、受け流すたびにビリビリと手が痺れる。
 決して滅びない魔剣である不滅イモータルじゃなければ、この一撃を受け流しているだけでも簡単にへし折れてしまいそうだな。
 そう考えると六角棒の材質も先ほど脱ぎ捨てた鎧と同じように未知の金属なのかもな、見た目以上に一撃を受け流した時に感じる重さが異様で、これはイスルートの筋肉量によるものじゃないと感じる。
「さあッ! 美しき我が肉体と、この洗練されし棒術により全身の骨を砕いて見せようッ!」

「ふん……まあまあ、うーん……及第点ではあるけどね、少し雑だわ」

「何を……ッ!」
 イスルートが繰り出す突きの回転速度がどんどん上がっていくが、わたくしはその凄まじい速度の連打を魔力による防御結界を使わずに避け続ける。
 耳元を六角棒の突きが掠めるたびにゴオッ! という音を伝えてくる……だが全ての連打を紙一重で躱し続けるわたくしに驚きを隠せなくなったのか、彼の表情が次第に変化していく。
 それまでは余裕のある表情を浮かべていたイスルートが次第に焦りと、怒りの表情へと変化していく。
 これは自らの技術に自信があるにもかかわらず見た目は単なる令嬢でしかないわたくしに一太刀も浴びせられないのだから仕方ないけど、イラつきが隠せない。
 まあイスルートの棒術が洗練されていることも相まって軌道が読みやすく、わたくしが回避しやすいという点も大きいのだけど……普通の人ならすでに脳みそぶちまけて死んでいるとは思う。
「く……貴様ッ!」

「どーしたの? さぞ長い時間をかけて開発した自慢の棒術なんでしょ? でもこんなのじゃ……大したことないわね」

「く……ウオオオオオッ!」
 イスルートの表情に強い怒りが浮かぶと共に、凄まじい速度の連打がわたくしへと迫る……この世界では棒や杖を使った棒術というのはかなりレアだ。
 当たり前だけど槌矛メイス連接棍フレイルといった打撃武器などは多く存在しているし、戦闘術としてそれらの武器を使った武術などもあるんだけど、マイナーなんだよね。
 特に棒……単純に木を削り出した打撃武器は簡単に作れるので、間に合わせの武器として作成するものもいるらしいけど、戦闘術にまで発展した例はそれほど多くない。
 前世の世界レーヴェンティオラにはこの棒術の派生型武術として棒戦闘術クラブアーツというものが存在しており、もちろんわたくしも扱えたりする。
 個人的には棒を持って戦うよりもぶん殴ったほうが早いし得意なので、使用したことはほとんどない……正直いえばどんな技があったっけ、と考えちゃうくらい使っていない。
 そんな棒術を極めたわたくしの視点からするとイスルートの棒術は残念ながら初歩的……力任せに棒を振るか、突き出すか、足を払うか……まあ普通の人が想像できる範囲に収まっているとしか言いようがないのだ。
 これじゃわたくしの命には届かないよね……なお、イングウェイ王国においては棒術を学ぶものは衛兵などが多く、これは犯罪者を捕縛するときに押さえつけやすく、致命傷を与えにくいという特性によるものだろうと思われる。
 まあ単純な棒でも使い手や当たりどころによっては死ぬと思うけど、比較的この世界の人間は頑丈だし治癒系のポーション文化が発達しているからなんとかなっているのだろう。
「力任せの攻撃だけになっているわよ」

「な、なんだと……ッ!」
 突き出された六角棒を寸前で躱すと肩で棒を跳ね上げて軌道を大きく逸らす……もちろん服や肉体に傷をつけないようにピンポイントで防御結界を強化したことで、イスルートからすると思い切り体勢を崩される一撃だっただろう。
 そのまま懐に潜り込んだわたくしは、肘を相手の腹部へと叩き込む……ズドンッ! という重い音と共に、衝撃でイスルートの体がくの字に曲がる。
 命あるものであればこの一撃で行動不能になるのだろうけど……予想よりも筋肉が発達しており、天然の鎧と化していた首無し騎士デュラハンの動きを完全に止めるには至っていない。
 ミシミシという筋肉が奏でるきしみ音と共にイスルートの身体は六角棒を大きく振りかぶると、横なぎに振り払おうとする。
 だが大きなダメージにより動きは恐ろしく緩慢になり、繰り出した攻撃はまるで腰の入っていない弱々しいものだった……わたくしは焦ることなく攻撃を受けない位置へとふわりと飛んで距離をとる。
「ぬうっ……ぎ、ざ、ま……ッ!」

不死者アンデッドとはいえ、肉体のダメージを無視できるほど頑丈じゃないでしょ」
 イスルートの肉体は攻撃を繰り出した体勢のままフラフラと前に何歩か進んだ後、苦しげに膝をついてしまう。
 いくら防御能力が高いといっても先ほど鎧を着た状態でもかなりのダメージを受けているのに、その鎧がない状態で攻撃を受けたらこんなもんでしょ。
 膝をついた肉体がなんとか立ちあがろうとするが、相当にダメージが大きいのか立ち上がった勢いで背後に転倒しそうになって、慌てて体勢を整え直しているような有様だ。
 首は相変わらず空中に静止したまま憎々しげにわたくしを睨みつけているが、ダメージが入っているような様子は見えないので、なんらかの形で切り分けてんだな。
「なら……ッ!」

「ぐ……か、身体よ! 攻撃がくるぞ!」

「……遅いわ」
 首が焦ったような声を上げた瞬間、わたくしは一気に前に出る……まだダメージが完全に回復していないイスルートの身体に向かって神速の前蹴りを叩き込む。
 身体はなんとか反応しようとしていたようだが、先ほどまでのダメージが深刻だったらしく、ノロノロとした動きでしか回避行動が取れない。
 ズドオンッ! という音と共に首無し騎士デュラハンの巨躯が大きく宙を舞う……そのまま着地と当時にわたくしは左手に魔力を集中させていく。
 イスルートは次にわたくしが何をしようとしているのか理解したのだろう……一瞬だけ焦った表情を浮かべたものの、その表情を変えると驚くべき言葉を吐き出した。
「かかったな!! 悪魔の炎デーモンファイアッ!」

「は?」
 次の瞬間わたくしの全身が一瞬にして床面から噴き出した漆黒の炎に包まれる。
 悪魔の炎デーモンファイア、地獄や煉獄に燃え盛る漆黒の炎を現世に召喚し、肉体を魂ごと焼き尽くす邪悪なる眷属が好んで扱う魔法だ。
 ただ人間でも一応行使はできると言われていて、レーヴェンティオラにおける邪悪な魔法使い達が切り札として扱うことが多い混沌魔法の一種。
 威力は相当に高く、人間であれば炎に包まれれば瞬時に蒸発するし、魔物とかでも巻き込まれたら簡単に消失する……しかも厄介なのはこの炎、意思を持つ様に動くため誘導性能が非常に高くて回避も結構難しい。
 ちなみに一応人間でも行使できるというのは地獄の炎は定命の存在がおいそれと扱ったり、コントロールできないほど気まぐれで召喚した瞬間に術者を焼き焦がすことが往々にあるからだ。
 全身を漆黒の炎で包まれたわたくしを見て、イスルートの首は嘲笑するような笑みを浮かべて笑った。
「クハハハッ! 首無し騎士デュラハンは格闘戦能力に優れているだけではない……しかも私は冥界より生まれし者であるぞ、後悔しながら焼け死ねッ!」

「……ああ、こんな程度ね……予想の範囲内よ」

「……あれ?」
 悪魔の炎デーモンファイアに包まれたはずのわたくしが、いつまで経ってもその身を焼き焦がされていないことに気がついたのか、イスルートが間抜けな顔で口をポカンと開けた瞬間。
 わたくしを覆い尽くしていた漆黒の炎が、悲鳴のような音を上げて瞬時に消滅していく……炎が消失したそこにはまるで無傷のわたくしが立っていることに気がついたのか、イスルートは目を見開いて驚きの表情を浮かべた。
 全く……魔力による防御結界がなかったら玉のお肌が焼けちゃうところだったぞ? わたくしはパキパキと指を鳴らしながら、恐怖に近い表情を浮かべるイスルートの首に向かって微笑みかけた。

「あらぁ……ごめんあそばせ? わたくしこの程度の魔法では死なない程度には強いんですのよ?」
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