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第三〇六話 シャルロッタ 一六歳 王都潜入 〇六

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「……まったく……あのねシャルロッタ様、隠れている魔物は浄化なんかぶつけたら暴れ出しますよ」

「……すいません、いつもの調子でやってしまいました……」
 エルネットさんが水路の端で鎧を脱ぎ、打撲を受けた場所にポーションに浸した布を当てているが、苦笑いを浮かべている彼にわたくしはそっと頭を下げる。
 いや、そうなんだよね……普段自分だけだったらあの匂いとかあったら浄化ピュリフィケーションで消臭して、魔物がいたらワンパンで処理するという思考になっているのであの行動で正解なのだ。
 だが、この場合は仲間として「赤竜の息吹」の面々がいるわけで、彼らのことを考えて行動するべきであった。
 特にこんな狭い水路で魔法なんかぶっ放したら壁が崩れてしまう可能性もあるし、自分やユルなら全然問題ないけど、エルネットさん達が全滅した可能性すらあるのだから。
「まあ、シャルロッタ様らしいっちゃらしいけどね」

「エルネット殿、もっとブチ切れていいんですぞ?」

「あ? なんだテメー、おやつ減らされてえのかぁ?」

「そもそも索敵サボったのはシャルでしょうに」

「まあまあ……大丈夫だよ、結果的には問題なかったわけだし」
 エルネットさんはいい人だなあ……包容力があって大人の男性って感じはするよな、そしてうちのペットは主人に向かって失礼だから今度おやつ減らさないといけない。
 ジト目でユルを見ているわたくしを見て、エルネットさんは微笑みながら再び鎧を着用していく……彼の使っている鎧は所謂兵士鎧ブリガンディンと呼ばれる胴鎧の一種で、胴体を板金の装甲で覆ったものなのだけど、全身を覆う板金鎧プレートメイルと違って着脱も楽だし、軽装ということもあって冒険者がよく使用しているのを見る。
 なお、イングウェイ王国の兵士達も結構な割合でこの兵士鎧ブリガンディンを使っているらしく、インテリペリ辺境伯領の兵士も大体この手の鎧が支給されているんだよね。
 防御性能は高くて重要な部分は守れるし、動きやすく手入れもしやすい……旅慣れた冒険者や、傭兵なども多く愛用する鎧の一つなんだよね。
 エルネットさんは自分の鎧を見てから、指でへこんでいる部分を叩くとつぶやいた。
「ちょっとへこんだかな……まあそろそろ新調したいね」

「これって既製品ですか?」

「そうだよ、兵士が使ってたのを払い下げる制度があるじゃない、あれで手に入れたんだ」

「へー……」

「駆け出しの頃に手に入れてね、それからずっと手直しして使っているんだ、シャルロッタ様と出会った時も同じものを使ってるよ」
 イングウェイ王国は軍事大国であり大量の軍事物資を定期的に更新する必要がある。
 例えば保存用の食料なんかは数年ごとに刷新する必要があって、冒険者や民間用の保存食として払い下げられるケースがある。
 武具なんかも何年かに一度使用しないものや在庫を放出するケースがあるらしく、エルネットさんの武具はそういったものを流用しているのだろう。
 手直しは必要だろうけど、それを加味しても相当に安い金額で手に入ったりもするという噂はあったな……冒険者組合アドベンチャーギルドでもこの手の放出品をセールしたりすることがあるそうだ。
 なので、若手冒険者はオーダーメイドの武具よりもこの手の品質が一定レベルにある放出品を狙うのだとか。
 なので数年前に兵士が着用していた中古の防具が市場に並んで……みたいな光景は辺境伯領でも案外見慣れた光景でもあった。
 中には粗悪な武具を放出品だと偽って販売する悪徳商人なんかも出ることはあるのだが、冒険者組合アドベンチャーギルドを通した真っ当な商売をしている商人ではあり得ない話なので、よほど運が悪くなければ騙されたりはしなかったりする。
「もう何年も使ってるからねえ……そろそろ買い替えたいけど」

「何いってんの、お金ないでしょ、貯金しなきゃ」

「うーん……そこはほら、前借りみたいな……だめ?」

「ダメよ、家のことも考えてくれなきゃ困っちゃうわ」
 リリーナさんのツッコミにエルネットさんが応えているが、そんな細かいやりとりにも二人の関係性が現れている気がするな。
 わたくしも彼らとの付き合いが長くなっているので、エルネットさんとリリーナさんがそういう関係になっているというのは理解している。
 流石にそう言うことにツッコミを入れるような野暮な真似もしないし、むしろ応援してるんだけど……いつになったら結婚するんだろうとは思う。
 彼らの掛け合いはどことなく前々世で見ていた自分の両親の会話を彷彿とさせるものを感じるが、最近はそろそろ夫婦になんて会話があるとか、エミリオさんが結婚の際の祝辞を述べるのだとか話しているそうで、この内戦終わったら皆で祝いたいとは考えているのだ。
「さて……そろそろ出発しようか」

「大丈夫ですか?」

「まあこの程度はよくあることなんで……それよりもアイリーンさん達の方が心配ですよ」
 トラブルで治療が必要になってしまったため、少し時間を食ってしまっている……すでに最初の想定から考えると、水路の距離が長かったしエルネットさんの負傷もあって半日近く遅れが生じている。
 その分負担は冒険者側にのし掛かっていることだろう、早く移動をしなければな……わたくし達は荷物をまとめ直すと水路を歩き始める。
 静かな水路の先はいまだに暗く、じっとりとした湿気の中わたくし達は警戒をしながら進んでいく。
 エルネットさんが体の調子を確かめるように腕を軽く回してからつぶやいた。
「……まだ半日くらいか……なんとか間に合うといいけど……」



「……ん?」
 警戒に当たっていた若い冒険者の一人が通路の先に浮かび上がる顔……それは老人のように皺くちゃの皮膚をしており、彼らを見て微笑んでいるかのようにも思える。
 奇妙な顔……冒険者は腰に下げた剣の柄を油断なく握りしめながら、その顔が浮かんでいる場所へとゆっくりと近づいていく。
 放射水路の第一層とはいえ、彼らが警戒している場所は第二層にも通じる位置にあり、ギルドマスターであるアイリーン・セパルトゥラからは先に進んではいけないと厳命されているのだ。
「……おいで、おいでよ……」

「お前は何者だ?」

「……楽しいよ、楽しいから……」
 皺くちゃの顔は金色の瞳を輝かせながら呟く……奇妙なことに声をかけられた冒険者には敵意を全く感じず、それどころかその言葉に強い魅力を感じていた。
 なぜだろうか? 冒険者はまだ経験が少なく知識量も限られていたため知らなかったが、魔物の中には思考に影響を与え敵意を感じさせないものも存在している。
 剣の柄を握る手が緩む……フラフラとその顔の元へと近寄った冒険者に、その奇妙な顔が一度薄く笑ったかと思うと、大きく口を開けた。
 牙だらけの口……その鋭い牙は確実に人間を喰らうためにあるもの、そして生臭く異臭ともいっても良い息を吹きかけられた冒険者はその瞬間に意識を取り戻した。
「……う? うわあああっ!」

「ゴあああああッ!」

「て、敵だあああッ!」
 咄嗟に後ろに倒れ込んだのが功を奏したのか、冒険者がひっくり返るのと同時にそれまで彼の体があった空間に飛び出してきた怪物……人間の顔に巨大な獅子の胴体、そして蠍の尾を持つ凶悪な魔物。
 マンティコアと呼ばれる異形の怪物が、地面へと倒れた冒険者の胸元に前足を乗せると大きく咆哮する。
 この魔物は人語を理解し、会話をするだけの知能を持ち合わせており先ほどのように、相手の思考へと干渉して敵意を感じさせないままに相手を喰らうという狩を行うのだ。
 冒険者の悲鳴に近い声に、他の冒険者達が気がつくと慌ててこちらへと走ってくる音が響き渡る……助かる! と冒険者が思ったのも束の間、怪物の後ろから同じような姿をした異形の怪物達が暗闇から湧き出すかのように進み出てきたのを見て、冒険者の顔が恐怖に歪む。
「ば、バカな……!」

「うふ、うふふ……そういう顔見たかったぁ」

「う、ああ……」

「いただきまぁす……!」
 マンティコアの前足に踏みつけられて動けなくなっていた冒険者の頭を、怪物がまるで果物でも捥ぐかのように噛みちぎる。
 冒険者達が到着した時には、数体のマンティコアがまるで命と首を失った冒険者の体を弄ぶかのように、引っ張り合い、そして噛みちぎる光景が広がっていた。
 あまりに凄惨な光景に思わず吐き気を抑えるように口元に手を当てる冒険者もいる中、彼らを掻き分けて一人の女性が姿を現した。
「……マンティコア……武器を構えろッ!」

「は、はいッ!」
 ギルドマスター、アイリーン・セパルトゥラの檄が飛ぶと冒険者達は慌てて武器を手に身構える……それを見た怪物達はニヤニヤといやらしい笑いを浮かべながら威嚇を始める。
 この怪物がこんな水路に出てくるのは明らかにおかしい……アイリーンは過去に同じ魔物に出会した時のことを思い出す。
 遺跡や洞窟などで時折現れる魔物であり、決して王都の地下などに出現していい存在ではない……しかも徒党を組むなどと言うことは記録上にも残っていない。
 明らかに何かの意思が介在しているとしか思えないのだ……戦斧バトルアックスを構えると、彼女は再び大声で下知を飛ばした。
「いいか、マンティコアの尻尾には毒がある、そして膂力は獅子以上だ! 死ぬな!」

「おおッ!」

「かかれっ!」

「ゴアアアアアッ!!!」
 彼女の名に従い、冒険者達が武器を構えて突進する……マンティコアの集団はそれを見て大きく咆哮すると、凄まじく凶暴な表情をその顔に浮かべて飛びかかってくる。
 飛び交う魔法と血飛沫……マンティコアは決して弱い魔物ではない、むしろ銀級冒険者パーティですら油断すれば負けることが多い強力な存在である。
 エルネット達がいればこんなことにはならないのだが……と今なおこの場所に到着していない人の顔を思い浮かべつつ、アイリーンは目の前にいたマンティコアの頭部に戦斧バトルアックスを叩き込む。
 悲鳴と血飛沫を上げながら地面へと倒れていくマンティコアを蹴り飛ばすと、彼女は冒険者達へと叫んだ。

「個人で立ち向かおうとするな! 一体に対して複数人で……お互いをカバーして立ち向かえっ! もう少しで増援が来るぞ!」
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