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第三〇三話 シャルロッタ 一六歳 王都潜入 〇三

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「……え? 王都に潜入するんですか?」

「ええ、それと「赤竜の息吹」の皆さんもついて来てもらいたくて……」
 わたくし専用の天幕……無骨で装飾もない通常のものと違って白を基調としたほんの少しだけ豪華な仕様なのだけど、そこに集まっている「赤竜の息吹」の面々は簡素な椅子に座ったまま各々顔を見合わせている。
 王都へと潜入する、と言うのはわたくしが言い出したことで本来は一人で行く予定だったんだけど……王都の冒険者組合アドベンチャーギルドギルドマスター、アイリーン・セパルトゥラからの書状が手元に来たことで計画を修正しなければいけない状況になった。
 書状にはエルネットさん達「赤竜の息吹」も王都へ寄越してほしいと言う希望が書かれていたからだ。
「アイリーンさんが皆さんの力を借りたいって……どうも地下水路がおかしなことになっているらしくて、悪魔デーモンとの戦闘経験がある冒険者が必要なのだとか」

悪魔デーモン……戻ってきて早々その名前を聞くとは……」
 エルネットさんやリリーナさんの顔が曇る……まあ、暴力の悪魔バイオレンスデーモン以降「赤竜の息吹」はどうも彼らとの遭遇率が高すぎると言うのはあるしな。
 ちなみにエルネットさん達は少し前までメガデス伯爵家の防衛に出てもらっていたが、クラカト丘陵の窮状を伝えられた第一王子派の軍勢はさっさと引き上げてしまい、敵側の戦力となっていた傭兵達も『金が出ないなら戦うのは無駄』とばかりにいつの間にか解散してしまっていたそうだ。
 敵側に恐ろしく腕の立つものがいたとかで、数回剣を交えても決着がつかなかったとかなんとか……そんなすごいやつなら仲間に引き入れたいところだけど。
「地下水路に魔物が溢れていることもあって、悪魔デーモンの出現も危惧されるとか」

「王都の地下水路ですか? でもあそこは浄化されたと聞いていましたが……」
 エミリオさんの問いにわたくしは過去の出来事を思い出す……サルヨバドス、疫病の悪魔プラーグデーモンの潜んでいたあの場所で聖炎乃太刀ライジングフォースをぶっ放したら浄化されちゃって、あの後聖域化してたと言うのを知った。
 まあ、神聖な魔力をぶちまけたらそうなるのは理解してたけど、その状況が数年続いたと言うのもちょっと驚きだった。
 それ以来冒険者組合アドベンチャーギルドの定番依頼であった地下水道の掃除任務が少なくなってたらしいが、急にここ最近で魔物の数が増えたことで大変なことになったらしい。
「ここ最近で増えたらしいですわ」

「今王都に残る金級冒険者も少ないだろうしな……」

「元々王都周辺を活動する冒険者は銅級が多い、仕方あるまいよ」
 デヴィットさんの言葉にエルネットさんも頷くが、この辺りは周辺の治安状況にもよるのだという……王と近辺は元来国軍の管理地域であり他の地域から流れてくる魔物は即討伐されてしまう傾向にある。
 大型の魔物が討伐されてしまうと、今度は小型の魔物の流入が発生するが、これらは冒険者達の格好の獲物となる……結果的に治安はある一定のレベルで維持され、地方に比べて王都周辺は高位冒険者にとってあまり活動できる場所ではなくなる。
 地方に活躍の場を求める者が出てくるのも仕方ないのだ……地方では貴族の私有軍による活動があるものの、その規模は王都周辺とは比べ物にならないほど小さく、結果的に冒険者による魔物討伐が活発化している。
 討伐時の死亡者数も桁違いに多いが、そんな過酷な地方で活動している冒険者が歴戦の猛者へと変貌していくのはもはや仕方がないことなのだ。
「……それでどうやって潜入するつもりなの?」

「うーん、色々考えたんですけどねー……王都にある複数の水路の一つから入ろうかなと」

「ああ、地下水路に繋がらない場所もあるからな……でも場所によっては排水が流れてますよ?」

「一応ひどくない場所は教えてもらいましたが……」

「まだマシってレベルだと思いますよ……」
 地下水路は排水の流れている場所もあるとはいえ、大半は王都内へと水を引き込む水路であることから、匂いはそれほどでもないと思う。
 だが、地下水路に繋がっていない水路は主に王都で出てくる排水を王都の外へと出すためのものが多く、ひどい臭いを発しているらしい。
 貴族令嬢としてそんな場所には……入るのは抵抗感があるのだけど、それでも冒険者組合アドベンチャーギルドからはそれほどひどくないと確認されている場所を一つ教えてもらっている。
 ただそこは多少距離が長く、過去には魔物が棲みついていたと言う場所でもあるそうなので、おそらく戦闘になるだろうとは予測している。
「とはいえアイリーンさん達が苦しんでいるのをあまり傍観もしてられないね」

「そうね、普段のお礼も兼ねて助けに行った方がいいわね」

「そうだな、あのギルドマスターがいないとこっちも困るわけだし……」

「苦難を背負うものを女神様は助けよと神託を下しております」
 三者三様ではあるがエルネットさんの言葉に彼の仲間達は頷くが……なんだかその様子を見ていて前世の仲間達のことを思い出す。
 前世のわたくし以外は全員女性ではあったが、仲が良かったと思うしお互いの苦難には必ず手助けを欠かさなかった。
 仲間というのは良いものだ、エルネットさん達「赤竜の息吹」の面々を見ていて本当にそう思う……今のわたくしにはこのような仲間がいない。
 というのも勇者ラインとして活動したあの世界ではある程度の強さが最初から求められていたのと、一緒に成長する経験があったからだ。
 確かに勇者として覚醒した後のわたくしは仲間との強さの差があったにせよ、それでも比類する強さを彼女達は持っていた気がするし。
「……なら手伝っていただけますか?」

「はい、我々「赤竜の息吹」がシャルロッタ様の護衛として活動いたします」

「装備や準備に必要なものはインテリペリ辺境伯家が肩代わりするとして、報酬はどうしますか?」

「今回はアイリーンさんが払ってくれるんじゃないですかね」
 ま、それもそうか……とわたくしは手元にあるアイリーンさんからの書状に添えられた冒険者組合アドベンチャーギルドの公式文書を示す紋章を見て納得する。
 金級冒険者であるエルネットさん達への報酬はそれなりの金額であり、今インテリペリ辺境伯家と直接契約をしているので指名依頼ということになると冒険者、我が家双方にそれなりの報酬を払わなけばいけない。
 ちなみに額としては『その金で銀級冒険者をたくさん雇った方が良い』と言われるくらいらしく……まあ、銀級冒険者の実力も千差万別なんで、うまく当たりを引ければ大丈夫だろうけど、普通は悪魔デーモンとカチあったら死ぬしな。
 わたくしはそこまで考えてとはいえエルネットさん達であれば一緒に行動するのに不足はないし、十分助けになってくれるだろうと考え直してからパチン、と軽く両手を合わせて音を鳴らすとにっこりと微笑んだ。
「では準備を進めますか……経費は記録しておいてくださいね」



 ——貧民街の奥にある打ち捨てられた聖堂……そこに一人の少女が不気味な像を前に跪いている。

「ああ、神様……この王都はすでに滅びの道を歩み始めています……」
 青い髪、青い目をした薄汚れたローブに身を纏う少女が顔を上げると、歪んだ神を象徴する不気味な像は一瞬だけブルッ! と震えたように見えた。
 だがその異変を見ても少女は驚かずに陶酔したような笑みを浮かべると再び祈るように首を垂れる……彼女が像へと一心不乱に祈る背後には数人の男が立っているが……彼らが少女を見る目はまるで怪物でも見るかのように恐怖と怒りを秘めたものだ。
 王都の裏社会……盗賊組合シーブスギルドの中でも最も堕落した一派、人身売買から暗殺、そして違法な薬物を市場へと流している裏社会の中でも白眼視される派閥に属する荒くれ者達である。
「……聖女様よ、祈るのはいいんだが……地下水路の魔物どうにかしてくれねえか? あそこには仲間が何人もいたんだ」

「……あれは皆様への神罰ですよ? 過ぎたる欲は破滅をもたらす……学校で教えてもらいませんでしたか? ああ、そんな場所にも行かないんでしたっけ」

「てめえ……人を馬鹿にするのもいい加減に……ひっ!」
 一人の男が激昂したように少女の肩へと触れた瞬間、振り向いた少女の瞳に恐るべき光が宿ったのを見て思わず悲鳴をあげて飛び退る。
 ゆらりと立ち上がった少女……ソフィーヤ・ハルフォードの死と同時期に現れた彼女はまだ一〇代の少女でありながら、貧民街で苦しむ多くの病人を助けて回った。
 彼女は決して自らの名を名乗らなかったため貧民街の聖女と呼ばれているが、裏社会の人間達は彼女を利用しようと近づき……そして手を組んだことで地下水路に人を送り込んだ。
 強力な幻覚作用を生み出す薬の材料……それを栽培した場所がそこにあると彼女が神託を受けたと話したからだ。
 そして裏社会の人間は巨額の富を生み出す薬のために人を送り込んでいった……最初は少量だったが、確実に材料は手に入っていた。
「それは勘ぐりすぎというもの……皆様が求めた分の薬は手に入りましたよね?」

「そりゃ、そうだが……稼ぎになるからやっただけじゃねえか……人が帰ってこねえとか聞いてねえぞ」

「……では何も問題ありませんよ、なぜならあの薬は原材料がちょっと特殊でして……あの場所でしか手に入らないのですし」

「どういうことだ?」

「材料は人の命だからです」
 聖女と呼ばれる少女の笑みがぐにゃりと歪んだ気がした……その瞬間荒くれ者達の足元が突然消え去り、彼らは悲鳴を上げる間もなく暗闇の中へと落ちていく。
 まるで巨大な怪物が口を開けたようにぽっかりと空虚な暗闇が広がるその場所を見て少女は歪んだ笑みを浮かべたまま、何者かの声を聞くように頷いた。
 少女は笑みを浮かべたままその暗闇の淵へと立つと、ふわりとそのぽっかりと空いた穴へと身を踊らせる……恐怖などない、自分がそこへ降りても死ぬことなどないとからだ。

「あの子が来る……なら最高の場所で私は迎えなきゃいけない、シャルロッタ・インテリペリを待つために」
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