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第二九八話 シャルロッタ 一六歳 純真なる天使 〇八
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「……聖女ソフィーヤが戻ってこない?」
「は、はい……戦場へと赴いたまでは確認しております……さらにクリストフェル殿……いや反逆者クリストフェルとの戦いになったことまでは確認しているのですが……」
アンダース・マルムスティーン国王代理は部下からの報告を聞いて、撤退準備を側近の貴族へと引き継ぐように合図をした後、クラカト丘陵に向かって馬を軽く走らせ始めた。
すでに戦いは継続できるような状況ではなく、両軍は戦場を離れて別の場所へと陣地を構築し直すために撤退している最中である。
聖女ソフィーヤ・ハルフォードはハルフォード公爵家と神聖騎士団の忠誠を得るための重要な駒であり、彼女の存在がなくては彼らの離反を招く可能性があることを彼はちゃんと理解していた。
「陛下……どちらへ!」
「聖女を迎えにいく、もし死んでいるなら回収だ……貴様らはそのまま撤退せよ」
「き、危険です!」
「問題ない、すでにあの異変で反逆者共は撤退している、丘陵も様々な出来事で破壊されているだろう……危険などない」
アンダースは止めに入った側近を振り切るように馬を走らせる……元々騎士として武名を知られるだけの豪傑であるアンダースは、自身の武力に自信を持っていた。
第一王子派の猛攻が窺い知れるように、丘陵地帯へと差し掛かると両軍の兵士が折り重なって倒れている光景に出くわすが、彼は面白くもなさそうにフン、と軽く鼻息を吐くとそのまま馬を歩かせて行く。
まだ息のある兵士も中にはいるだろうが、それを助けるだけの余力はない……彼は腰に下げている剣の柄に手を当てていつでも引き抜けるような体勢で油断なくあたりへと視線を配りながら進む。
「……聖女と互角に戦えるものはそう多くないと思うが……ぬ……」
小一時間ほど歩き回っただろうか? アンダースの視線の先に銀色の光が見えたような気がして、彼は馬を降りその首筋をそっと叩いて待つように合図をすると、剣を引き抜いて身構える。
武器の光ではないな……おそらく別の何か、彼は懐に忍ばせている小さなペンダントを片手で取り出すが、そのペンダントにつけられている小さな宝石には鈍い光が宿っている。
ペンダントが反応しないということは周囲に魔法の反応はない、なんだ……? 銀色の光……? 怪物か? と彼はその光が見えた場所へと音を立てないように忍足で近づいていく……戦場の中でも特に地形ごと破壊されてしまった地点、その場所に差し掛かった時に彼は思わず息を呑んだ。
そこに項垂れるように座っていたのは辺境の翡翠姫……シャルロッタ・インテリペリその人だったからである。
「……辺境の翡翠姫……」
「……アンダース殿下……」
シャルロッタは彼女の膝に載せたソフィーヤの髪の毛を撫でていた手を休めて彼を見ずにそう答えると、再びソフィーヤの頬をそっと撫で始める。
彼女の膝で微笑みながら眠っているように見えるソフィーヤの顔は、それまで同じ陣営で見ていたアンダースでさえもハッとするほど美しく、整った顔立ちだった。
だがその顔には命の火が失われている……衣服も聖女が纏う純白のローブには汚れひとつない……戦場にいるにしても綺麗すぎる。
アンダースは剣を構えたままゆっくりと距離を詰めていくが、それに気がついているのかシャルロッタは奇妙な問いかけを始めた。
「……どうして」
「ん?」
「どうしてソフィーヤ様を戦場に……この人は戦う人ではないと思いますが……」
「その女がそれを望んだからだ、自らの手でクリストフェルを仕留めたいとな」
アンダースはシャルロッタの問いかけに答えつつ、ジリジリと距離を詰めていく。
シャルロッタの醸し出す雰囲気……それは騎士として一定以上の実力を持っているアンダースからすると、異様なものだった。
隙があるようで全く隙がなく、一撃でも撃ち込もうものなら即座に反撃される……背中にじっとりとした汗が流れるが、その違和感に彼は内心狼狽していた。
今まで見てきた辺境の翡翠姫とは全く違う、巨大なドラゴンがそこに鎮座しているような、そんな雰囲気。
猛獣の前に追い詰められた鼠のような気持ちになりながらも彼は裂帛の気合いと共にシャルロッタの脳天に剣を叩きつけた。
「……なんだと……」
……はずだったが、アンダースの振り下ろした剣は彼女の脳天からほんの数ミリ……そこでぴたりと何かに絡め取られたように全く動かなくなる。
彼は理解していなかったが、シャルロッタの全身は彼女が発する魔力による防御結界により常時守られており、害意を持って彼女を傷つけることは非常に難しい。
ぴくりとも動かない剣に全力で力を込めるが、アンダースの腕はまるで麻痺の魔法にでもかかったかのように全く動かない。
その時、アンダースを煩わしそうに見上げたシャルロッタのエメラルドグリーンの瞳と彼の目が合う……どこまでも美しい瞳だが、頬には涙の跡が残っており思わずアンダースは息を呑んだ。
なんだこの少女は……単なる美しいだけの少女ではない、とは理解していたが面と向かって顔を合わせるとその異様さに心臓が鷲掴みになるような恐怖を感じさせる。
「……アンダース殿下、ソフィーヤ様を家族のもとへと送り届けてください」
「……く……バカか貴様、今ここでお前も殺して……」
「貴方にはできませんよ」
その言葉と同時に彼女に叩きつけるはずだった剣がいきなりグシャリと潰れ、アンダースの手を離れて弾け飛ぶ……その勢いに思わず蹈鞴を踏んで何歩か後ずさった彼は、体制を整え直すとぐしゃぐしゃに潰れた剣を見て思わず驚きの表情を浮かべる。
シャルロッタはソフィーヤを抱えながら立ち上がる……あの細腕のどこにそんな力が、とアンダースは改めて少女の異様さに驚いた。
だが、そんなことはお構いなしにシャルロッタはスタスタと彼のそばまで歩いてくると近くに落ちていた第一王子派の旗を片手でもぎ取り、地面へと広げるとそこへソフィーヤの遺体を優しく下す。
愛おしいものを見るかのような目でそっと彼女の頬を撫でると、そのままじっと何かを堪えるようにシャルロッタは遺体を見つめて押し黙る。
動くことすらできずにアンダースはその様子を見守っていたが、少しの間をおいて彼女が立ち上がると彼に向かって美しいカーテシーを披露してみせた。
「改めてお願い申し上げます……アンダース殿下、ソフィーヤ様の亡骸を公爵家へとお返しください」
「国王代理と呼べ……だが聖女は我々にとっても重要な人物だ、遺体を無下に扱わないことには感謝する」
アンダースはそのカーテシーに答えるように拳で右胸を軽く叩くと直立不動の姿勢をとる……これは王国の騎士が見せる作法の一つであり、彼は目の前に立つ少女の姿をした何かに最低限の礼儀は返して見せたのだ。
それを見たシャルロッタは少し疲れた顔ながら柔らかく微笑むと、もう一度地面に横たわるソフィーヤの顔をじっと見つめたまま何かを考え始めた。
この少女は王都で見た時から不思議な存在だった……貴族令嬢であれば誰もが羨むであろう、王子との婚約を経ても尚威丈高に振る舞うことはなかった。
その点でいくと聖女ソフィーヤの方がまだ貴族令嬢らしかっただろう……アンダースからするとソフィーヤは少し性格的な面で好みとは言い難く、手を出すような相手ではない。
それよりも……と目の前に立つ辺境の翡翠姫へと視線を向ける……銀色の美しい髪、整った顔立ちは女神がその手で想像したと言われても信じるほど美しい。
エメラルドグリーンの瞳……衣服は少し汚れており、肩口には血痕などもあったものの、それでも尚彼女の美しさを損なうことがない。
「……元々クリストフェルは王位など望んでいなかった、だがお前と出会ってあいつは変わった」
「そうでしょうね……わたくしはそれを望んだわけではございませんが」
「ならば叛逆の汚名を被ってまで俺と戦う意味はないはずだ、今からでも遅くはない家ごと降伏せよ」
「それはできかねます……貴方達はわたくしの家族へと手を出しました」
「……それは他の貴族がやったことだ、俺ではない」
アンダースはシャルロッタの言葉に心底どうでもいい、とでも言いたげな表情で軽く髪の毛を撫で付ける……クレメント・インテリペリ辺境伯暗殺未遂、確かに彼は積極的に止めず傍観者となった。
ふとシャルロッタへと視線を向け直した時に、彼女の顔に浮かんでいた怒り……それに気がついたアンダースは思わずギョッとした。
たかだか一六、七の少女が放てるような怒気ではなかったからだ……殺気といっても良いが、鍛えられたアンダースですら思わず後退りするほどの恐ろしい圧力が放たれている。
シャルロッタは軽くため息をつくと先ほどまで放たれていたさっきは鳴りを顰め、アンダースは凄まじい圧力から解放された。
「……そうですか……殿下、わたくしが貴方に傅かないのはそういう所ですよ、はっきり言えば貴方のことが嫌いです」
「……ククク……改めての宣戦布告、ということだな?」
「どうとでも……だけど忘れないでください、わたくしは必ずクリスを王にします」
シャルロッタはそれだけを伝えるとアンダースにはもはや興味がなくなったとばかりに踵を返して歩き出す……アンダースは追いかけようとするが、その時初めて自らの足が大きく震えていることに気がついた。
先ほどの恐るべき殺気……アンダースほどの鍛えられた騎士ですら精神はともかく、肉体は正直に反応をしていたのだろう。
舌打ちをしてから軽く腿の辺りを拳で叩くと、彼はシャルロッタが歩いて行った方向へと視線を戻すが、いつの間にか彼女は姿を消している。
どっと汗が噴き出る……訓戒者を前にした時よりも恐ろしい……あれに勝つには、彼らから打診されている最後の仕上げというものが必要になるかもしれない。
アンダースは地面に寝かされたソフィーヤの死体を旗で軽く包むと、優しく持ち上げてから物言わぬ彼女へと軽く話しかけた。
「……聖女よ、お主の家に返してやろう……よく戦った、それだけは誉とするが良い」
「は、はい……戦場へと赴いたまでは確認しております……さらにクリストフェル殿……いや反逆者クリストフェルとの戦いになったことまでは確認しているのですが……」
アンダース・マルムスティーン国王代理は部下からの報告を聞いて、撤退準備を側近の貴族へと引き継ぐように合図をした後、クラカト丘陵に向かって馬を軽く走らせ始めた。
すでに戦いは継続できるような状況ではなく、両軍は戦場を離れて別の場所へと陣地を構築し直すために撤退している最中である。
聖女ソフィーヤ・ハルフォードはハルフォード公爵家と神聖騎士団の忠誠を得るための重要な駒であり、彼女の存在がなくては彼らの離反を招く可能性があることを彼はちゃんと理解していた。
「陛下……どちらへ!」
「聖女を迎えにいく、もし死んでいるなら回収だ……貴様らはそのまま撤退せよ」
「き、危険です!」
「問題ない、すでにあの異変で反逆者共は撤退している、丘陵も様々な出来事で破壊されているだろう……危険などない」
アンダースは止めに入った側近を振り切るように馬を走らせる……元々騎士として武名を知られるだけの豪傑であるアンダースは、自身の武力に自信を持っていた。
第一王子派の猛攻が窺い知れるように、丘陵地帯へと差し掛かると両軍の兵士が折り重なって倒れている光景に出くわすが、彼は面白くもなさそうにフン、と軽く鼻息を吐くとそのまま馬を歩かせて行く。
まだ息のある兵士も中にはいるだろうが、それを助けるだけの余力はない……彼は腰に下げている剣の柄に手を当てていつでも引き抜けるような体勢で油断なくあたりへと視線を配りながら進む。
「……聖女と互角に戦えるものはそう多くないと思うが……ぬ……」
小一時間ほど歩き回っただろうか? アンダースの視線の先に銀色の光が見えたような気がして、彼は馬を降りその首筋をそっと叩いて待つように合図をすると、剣を引き抜いて身構える。
武器の光ではないな……おそらく別の何か、彼は懐に忍ばせている小さなペンダントを片手で取り出すが、そのペンダントにつけられている小さな宝石には鈍い光が宿っている。
ペンダントが反応しないということは周囲に魔法の反応はない、なんだ……? 銀色の光……? 怪物か? と彼はその光が見えた場所へと音を立てないように忍足で近づいていく……戦場の中でも特に地形ごと破壊されてしまった地点、その場所に差し掛かった時に彼は思わず息を呑んだ。
そこに項垂れるように座っていたのは辺境の翡翠姫……シャルロッタ・インテリペリその人だったからである。
「……辺境の翡翠姫……」
「……アンダース殿下……」
シャルロッタは彼女の膝に載せたソフィーヤの髪の毛を撫でていた手を休めて彼を見ずにそう答えると、再びソフィーヤの頬をそっと撫で始める。
彼女の膝で微笑みながら眠っているように見えるソフィーヤの顔は、それまで同じ陣営で見ていたアンダースでさえもハッとするほど美しく、整った顔立ちだった。
だがその顔には命の火が失われている……衣服も聖女が纏う純白のローブには汚れひとつない……戦場にいるにしても綺麗すぎる。
アンダースは剣を構えたままゆっくりと距離を詰めていくが、それに気がついているのかシャルロッタは奇妙な問いかけを始めた。
「……どうして」
「ん?」
「どうしてソフィーヤ様を戦場に……この人は戦う人ではないと思いますが……」
「その女がそれを望んだからだ、自らの手でクリストフェルを仕留めたいとな」
アンダースはシャルロッタの問いかけに答えつつ、ジリジリと距離を詰めていく。
シャルロッタの醸し出す雰囲気……それは騎士として一定以上の実力を持っているアンダースからすると、異様なものだった。
隙があるようで全く隙がなく、一撃でも撃ち込もうものなら即座に反撃される……背中にじっとりとした汗が流れるが、その違和感に彼は内心狼狽していた。
今まで見てきた辺境の翡翠姫とは全く違う、巨大なドラゴンがそこに鎮座しているような、そんな雰囲気。
猛獣の前に追い詰められた鼠のような気持ちになりながらも彼は裂帛の気合いと共にシャルロッタの脳天に剣を叩きつけた。
「……なんだと……」
……はずだったが、アンダースの振り下ろした剣は彼女の脳天からほんの数ミリ……そこでぴたりと何かに絡め取られたように全く動かなくなる。
彼は理解していなかったが、シャルロッタの全身は彼女が発する魔力による防御結界により常時守られており、害意を持って彼女を傷つけることは非常に難しい。
ぴくりとも動かない剣に全力で力を込めるが、アンダースの腕はまるで麻痺の魔法にでもかかったかのように全く動かない。
その時、アンダースを煩わしそうに見上げたシャルロッタのエメラルドグリーンの瞳と彼の目が合う……どこまでも美しい瞳だが、頬には涙の跡が残っており思わずアンダースは息を呑んだ。
なんだこの少女は……単なる美しいだけの少女ではない、とは理解していたが面と向かって顔を合わせるとその異様さに心臓が鷲掴みになるような恐怖を感じさせる。
「……アンダース殿下、ソフィーヤ様を家族のもとへと送り届けてください」
「……く……バカか貴様、今ここでお前も殺して……」
「貴方にはできませんよ」
その言葉と同時に彼女に叩きつけるはずだった剣がいきなりグシャリと潰れ、アンダースの手を離れて弾け飛ぶ……その勢いに思わず蹈鞴を踏んで何歩か後ずさった彼は、体制を整え直すとぐしゃぐしゃに潰れた剣を見て思わず驚きの表情を浮かべる。
シャルロッタはソフィーヤを抱えながら立ち上がる……あの細腕のどこにそんな力が、とアンダースは改めて少女の異様さに驚いた。
だが、そんなことはお構いなしにシャルロッタはスタスタと彼のそばまで歩いてくると近くに落ちていた第一王子派の旗を片手でもぎ取り、地面へと広げるとそこへソフィーヤの遺体を優しく下す。
愛おしいものを見るかのような目でそっと彼女の頬を撫でると、そのままじっと何かを堪えるようにシャルロッタは遺体を見つめて押し黙る。
動くことすらできずにアンダースはその様子を見守っていたが、少しの間をおいて彼女が立ち上がると彼に向かって美しいカーテシーを披露してみせた。
「改めてお願い申し上げます……アンダース殿下、ソフィーヤ様の亡骸を公爵家へとお返しください」
「国王代理と呼べ……だが聖女は我々にとっても重要な人物だ、遺体を無下に扱わないことには感謝する」
アンダースはそのカーテシーに答えるように拳で右胸を軽く叩くと直立不動の姿勢をとる……これは王国の騎士が見せる作法の一つであり、彼は目の前に立つ少女の姿をした何かに最低限の礼儀は返して見せたのだ。
それを見たシャルロッタは少し疲れた顔ながら柔らかく微笑むと、もう一度地面に横たわるソフィーヤの顔をじっと見つめたまま何かを考え始めた。
この少女は王都で見た時から不思議な存在だった……貴族令嬢であれば誰もが羨むであろう、王子との婚約を経ても尚威丈高に振る舞うことはなかった。
その点でいくと聖女ソフィーヤの方がまだ貴族令嬢らしかっただろう……アンダースからするとソフィーヤは少し性格的な面で好みとは言い難く、手を出すような相手ではない。
それよりも……と目の前に立つ辺境の翡翠姫へと視線を向ける……銀色の美しい髪、整った顔立ちは女神がその手で想像したと言われても信じるほど美しい。
エメラルドグリーンの瞳……衣服は少し汚れており、肩口には血痕などもあったものの、それでも尚彼女の美しさを損なうことがない。
「……元々クリストフェルは王位など望んでいなかった、だがお前と出会ってあいつは変わった」
「そうでしょうね……わたくしはそれを望んだわけではございませんが」
「ならば叛逆の汚名を被ってまで俺と戦う意味はないはずだ、今からでも遅くはない家ごと降伏せよ」
「それはできかねます……貴方達はわたくしの家族へと手を出しました」
「……それは他の貴族がやったことだ、俺ではない」
アンダースはシャルロッタの言葉に心底どうでもいい、とでも言いたげな表情で軽く髪の毛を撫で付ける……クレメント・インテリペリ辺境伯暗殺未遂、確かに彼は積極的に止めず傍観者となった。
ふとシャルロッタへと視線を向け直した時に、彼女の顔に浮かんでいた怒り……それに気がついたアンダースは思わずギョッとした。
たかだか一六、七の少女が放てるような怒気ではなかったからだ……殺気といっても良いが、鍛えられたアンダースですら思わず後退りするほどの恐ろしい圧力が放たれている。
シャルロッタは軽くため息をつくと先ほどまで放たれていたさっきは鳴りを顰め、アンダースは凄まじい圧力から解放された。
「……そうですか……殿下、わたくしが貴方に傅かないのはそういう所ですよ、はっきり言えば貴方のことが嫌いです」
「……ククク……改めての宣戦布告、ということだな?」
「どうとでも……だけど忘れないでください、わたくしは必ずクリスを王にします」
シャルロッタはそれだけを伝えるとアンダースにはもはや興味がなくなったとばかりに踵を返して歩き出す……アンダースは追いかけようとするが、その時初めて自らの足が大きく震えていることに気がついた。
先ほどの恐るべき殺気……アンダースほどの鍛えられた騎士ですら精神はともかく、肉体は正直に反応をしていたのだろう。
舌打ちをしてから軽く腿の辺りを拳で叩くと、彼はシャルロッタが歩いて行った方向へと視線を戻すが、いつの間にか彼女は姿を消している。
どっと汗が噴き出る……訓戒者を前にした時よりも恐ろしい……あれに勝つには、彼らから打診されている最後の仕上げというものが必要になるかもしれない。
アンダースは地面に寝かされたソフィーヤの死体を旗で軽く包むと、優しく持ち上げてから物言わぬ彼女へと軽く話しかけた。
「……聖女よ、お主の家に返してやろう……よく戦った、それだけは誉とするが良い」
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