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第二八六話 シャルロッタ 一六歳 使役する者 〇六
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「……これで終いだ、勇者よ!」
ゴボゴボと喉の奥から熱い何かが込み上げてくる……この攻撃は確実にわたくしの命へと迫る一撃、それが分かっているからこそ使役する者は勝ち誇ったような笑いを浮かべている。
口を開くとどろり、と喉に込み上げた大量の血液がこぼれ落ちていき、わたくしは声にならないうめき声をあげる。
相変わらず慣れない感覚……わたくしの肉体ではなく命に届きうる一撃が、体内に熱い鉄のような痛みを感じさせわたくしは数回咳き込むと、地面にパタパタと血が舞い散る。
だがこの状態においてもわたくしは命を失うことなく、使役する者の肩を左手で掴むとギョッとした顔の彼に向かって微笑んでやった。
「……捕まえたぁ……」
「……!?」
「破滅の炎」
ほぼゼロ距離で凄まじい爆炎が巻き起こる……わたくしが最も愛用する魔法の一つである破滅の炎、それを密着した状態で数十発同時発動させたことにより双方の体が大きく跳ね飛ばされる。
だがわたくしはくるりと空中で体を回転させると、猫のように体勢を整えて地面へと着地する……目の前には先ほどのゼロ距離射撃で巻き起こった爆炎による煙が立ち上る。
これで死ぬとは思えないけど、少し時間は稼げるか……わたくしは胸へと突き刺さっていた使役する者の腕を一気に引き抜いた。
肘より上あたりでちぎれているが、この程度では訓戒者が死ぬわけないのですぐに襲いかかってくるに違いない。
「……ったく、やってくれるわ」
激痛と共にずるり……と異物がわたくしの体から抜けていく感覚があり、それと同時に傷口からかなりの量の血液がぼたぼたとこぼれ落ちていく。
修復をかけつつ血液を大きく失った体が一瞬だがぐらつく……だが修復魔法はそれすらも一瞬で元の状態へと戻していく。
完全に破壊された肋骨も、内臓もあっという間に元の姿へと戻るにつれて激痛は和らぎわたくしはほっと息を吐く……痛いのは単に我慢しているだけだ。
混沌魔法の連打って方が地味にこっちも削れるからきついんだけど、実際には使役する者は接近戦に持ち込もうとしていたので、魔力消費が激しすぎてこうせざるを得なかったのだろうとは予想している。
わたくしが完全に肉体を修復したあたりで煙の中からのそり、と黒い影が姿を現した。
「……クカカ……やるじゃないか、これでこそ我らが神の敵よ」
「そっちもね、結構タフじゃない」
煙の中から姿を現した使役する者の肉体は修復が間に合わなかったのかこちらが考えているよりもボロボロだった。
大きく焼けこげた肉体と引きちぎれた三本目の腕はまだ元に戻っていない……だが怒りのようなものを滲ませた醜い顔には、黄金の瞳がギョロギョロと蠢き、不気味さをより際立たせている。
だがわたくしが見ている間にその傷はすぐに複数の甲虫のような生物が這い回ると同時に元の姿へと戻っていく。
「……なぜ死なない、人間であれば確実に致命の一撃となったはずだ」
「おあいにく様、魔力で強化した肉体なのよ……心臓を潰されても魔力で強制的に修復をかければ立っていられるわ」
「無茶苦茶だな、それでは我らと同じ怪物ではないか」
「そうね、でもわたくしはまだ人間よ」
そう、勇者は究極の戦闘兵器であり命ある限り神の敵を滅ぼし続ける最強の存在でもある。
死ぬというのは魂の死を意味し、肉体の死は勇者の死にはなり得ないのだ……だが、前世ではそれでも最後の一撃で死ぬことになった。
無敵ではないが無敵に近い、という表現が正しいだろうか? 魔王も似たようなものだと思う……世界を闇へと落とすために存在する勇者とは対局の存在であり、同じように瞬時に肉体を修復しながら立ち向かってきたのを覚えている。
だから魔王と勇者の戦いは双方の存在をかけた永遠にも近い一騎打ちになるのだ……前世のわたくしがそうであったように。
「……ほぼ化け物が化け物と戦うなど、笑止千万……」
「どうとでも言うと良い、ですけど貴方はわたくしに勝てないですわよ?」
わたくしは手に持った不滅の切先を使役する者に向けて話しかけた……そう、先ほどので分かったんだ、こいつにわたくしを倒すだけのもう一つの切り札はないということに。
混沌魔法はわたくしが扱う神滅魔法と同程度の威力が出せているが、それでも数発ですぐに威力を減らしていた……絶対的な魔力量でいけば使役する者はわたくしより少ない。
わたくしが切り掛かった時にさっさと四発目を放っておけば、わたくしも対抗して聖なる七海を使わざるを得なかった。
だがこいつは四発目を打たずに普通の魔法を放ってきた……まあその後に暴食の蝗とかいう別の混沌魔法を放ってきたが、あれは攻撃力としてはそれまで使ってたものよりも遥かに劣る。
つまり手札がそれほど多くないのだ、こいつは……まあ少ない手札でも十分強力な攻撃力を保有しているから普通の人じゃ勝てないと思うけどね。
「……何を……何をいうか」
「……先ほどの一撃は素晴らしかったけど、直接わたくしを滅するだけの破壊力がある攻撃がもうないのでしょう?」
わたくしが意地の悪い笑顔を浮かべてそう尋ねると、訓戒者は表情を変えずに押し黙る……図星だろうな。
逆にわたくしはまだ手札を隠し持っており、彼に見せたのは聖なる七海と雷鳴乃太刀、そしていくつかの魔法だけだ。
神滅魔法には聖なる七海のように物理による破壊を目的とした魔法だけでなく、他にも様々な効果のある魔法が存在しているし、なんならわたくしも拳を使って攻撃可能な拳戦闘術も残っているわけで。
余裕の表情で笑顔を浮かべるわたくしを見て、その真実に気がついたのだろうか? 使役する者はぎりりと唇を強く噛み締めた。
「……ワシを舐めているのか?」
「いいえ? 準魔王級だって言ったでしょ、褒め言葉だと思うわ」
「余裕たっぷりだが、ワシが更なる隠し球を持っている可能性だってあるだろう?」
ま、そりゃそうか……いくら手札が少ないとはいえあと一枚くらいはカードを残しておくのが正しい戦い方だろう。
むしろわたくしにも言えることだが、正直言って使役する者は普通に考えれば強すぎるため、その手札を全て見せなくても相手を倒せたのだと思う。
だが、それはとどのつまり自分より弱い存在を倒してきたわけで、ほぼ同格の敵というものが今まで存在していなかったとも言える。
言うなれば究極の雑魚専とも言える存在だったろう……いや最初から強いやつは大抵そうなるし、それが絶対ダメとは言い切れないんだけど。
ただわたくしのように前世では散々苦労して成長してきたものからすると、随所に驕り高ぶりのようなものを感じてならない。
断言するが、こいつは決してわたくしより強くない、むしろわたくしの方が絶対的に強者と言える……だからこそわたくしは少し考えてから言葉を放った。
「あー、そうね……それでも勝つのはわたくしよ?」
「……なぜだ?」
「だって貴方……わたくしより遥かに弱いもの」
その言葉に使役する者の魔力が一瞬遅れて膨れ上がる……こりゃすごい、わたくしはその様子を見つめて笑う。
これだけでもこの訓戒者が相当な実力者であることは理解しているけどさ、それでもはっきり言おう。
先ほどの一撃でわたくしの命へと届かなかった彼は絶対にわたくしに勝つことはできない……それこそ原子レベルで崩壊させるようなとんでもない攻撃を持ってたらわからないけど。
膨れ上がった魔力が一気に収束すると、使役する者は大きく三本の腕を広げるように展開したのち、絶叫に近い声を張り上げた。
「……では見せてやろう……我が神であるディムトゥリアから与えられし真の力を……!」
「な、なんだ……!?」
戦場より少し離れた場所で膨れ上がる巨大な魔力の渦に驚いたのか、聖女ソフィーヤ・ハルフォードと第二王子クリストフェル・マルムスティーンはそれまで鍔迫り合いとなっていた距離を同時に離すと、お互いをじっと見つめる。
ソフィーヤの持つ得物……これは神話の時代から受け継がれし戦斧である破砕と呼ばれる伝説的な武器である。
巨大な斧からは不気味な瘴気が常に立ち上り、周囲に存在する生命は本能的な恐怖を覚えて逃げ出すのだという……クリストフェルも自分の体が鈍くなったようなそんな圧迫感を感じながら戦っていた。
少し距離が離れた場所でじっとクリストフェルを見つめていたソフィーヤは無表情のままじっと彼を見つめていた。
「……殿下、どうして私を選んでくれないのですか……」
「僕には婚約者がいる、それに君を選ばなかった理由は伝えたはずだ」
「……私は貴方のために全てを捨てておりましたよ? それを無碍になさるとは……」
ソフィーヤ・ハルフォードが婚約者候補であった時、彼女はその生活の全てをクリストフェルの妻となるべく捧げていた。
それは想像を絶する苦労があったに違いない、最初の婚約者候補として選ばれたはずだった彼女は生活の全てを教育などに捧げる必要があったのだ。
貴族令嬢としてみればシャルロッタよりも家格が高く、妃教育や聖教に近しいことからソフィーヤを押す貴族も数おおく存在していたのは事実だ。
だが、クリストフェルにはどうしても彼女を選べない理由が存在していた。
「……君は僕の友人を大事にできない、それだけでも僕は君を選べない、すまない……」
「あの平民上がりの卑しい者どもが殿下をおかしくしてしまっていますのね? では皆殺しにして差し上げましょう」
「ソフィーヤ……そうじゃないんだ、そういうことを求めているんじゃない」
だがソフィーヤはそんな言葉を聞いても表情ひとつ変えずにぶつぶつと何かを呟いたまま、破砕を振り上げる。
その動きに呼応したのか、斧よりさらに強い瘴気が立ち上り荒れ狂う……まずいな、とクリストフェルは内心思った。
想像以上にソフィーヤは強かった……確かに大振りなところは戦闘の素人にしか思えないが、あの纏わりつく瘴気が盾の役目を果たして容易に体へと触れさせないのだ。
ソフィーヤはゾッとするような笑みを浮かべた後、愛しい元婚約者に向かって語りかけた。
「私が全て殺しますよ殿下……私が平民を皆殺しにして、あの女を殺して首をもぎ取り貴方の前に捧げるのです……!」
ゴボゴボと喉の奥から熱い何かが込み上げてくる……この攻撃は確実にわたくしの命へと迫る一撃、それが分かっているからこそ使役する者は勝ち誇ったような笑いを浮かべている。
口を開くとどろり、と喉に込み上げた大量の血液がこぼれ落ちていき、わたくしは声にならないうめき声をあげる。
相変わらず慣れない感覚……わたくしの肉体ではなく命に届きうる一撃が、体内に熱い鉄のような痛みを感じさせわたくしは数回咳き込むと、地面にパタパタと血が舞い散る。
だがこの状態においてもわたくしは命を失うことなく、使役する者の肩を左手で掴むとギョッとした顔の彼に向かって微笑んでやった。
「……捕まえたぁ……」
「……!?」
「破滅の炎」
ほぼゼロ距離で凄まじい爆炎が巻き起こる……わたくしが最も愛用する魔法の一つである破滅の炎、それを密着した状態で数十発同時発動させたことにより双方の体が大きく跳ね飛ばされる。
だがわたくしはくるりと空中で体を回転させると、猫のように体勢を整えて地面へと着地する……目の前には先ほどのゼロ距離射撃で巻き起こった爆炎による煙が立ち上る。
これで死ぬとは思えないけど、少し時間は稼げるか……わたくしは胸へと突き刺さっていた使役する者の腕を一気に引き抜いた。
肘より上あたりでちぎれているが、この程度では訓戒者が死ぬわけないのですぐに襲いかかってくるに違いない。
「……ったく、やってくれるわ」
激痛と共にずるり……と異物がわたくしの体から抜けていく感覚があり、それと同時に傷口からかなりの量の血液がぼたぼたとこぼれ落ちていく。
修復をかけつつ血液を大きく失った体が一瞬だがぐらつく……だが修復魔法はそれすらも一瞬で元の状態へと戻していく。
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混沌魔法の連打って方が地味にこっちも削れるからきついんだけど、実際には使役する者は接近戦に持ち込もうとしていたので、魔力消費が激しすぎてこうせざるを得なかったのだろうとは予想している。
わたくしが完全に肉体を修復したあたりで煙の中からのそり、と黒い影が姿を現した。
「……クカカ……やるじゃないか、これでこそ我らが神の敵よ」
「そっちもね、結構タフじゃない」
煙の中から姿を現した使役する者の肉体は修復が間に合わなかったのかこちらが考えているよりもボロボロだった。
大きく焼けこげた肉体と引きちぎれた三本目の腕はまだ元に戻っていない……だが怒りのようなものを滲ませた醜い顔には、黄金の瞳がギョロギョロと蠢き、不気味さをより際立たせている。
だがわたくしが見ている間にその傷はすぐに複数の甲虫のような生物が這い回ると同時に元の姿へと戻っていく。
「……なぜ死なない、人間であれば確実に致命の一撃となったはずだ」
「おあいにく様、魔力で強化した肉体なのよ……心臓を潰されても魔力で強制的に修復をかければ立っていられるわ」
「無茶苦茶だな、それでは我らと同じ怪物ではないか」
「そうね、でもわたくしはまだ人間よ」
そう、勇者は究極の戦闘兵器であり命ある限り神の敵を滅ぼし続ける最強の存在でもある。
死ぬというのは魂の死を意味し、肉体の死は勇者の死にはなり得ないのだ……だが、前世ではそれでも最後の一撃で死ぬことになった。
無敵ではないが無敵に近い、という表現が正しいだろうか? 魔王も似たようなものだと思う……世界を闇へと落とすために存在する勇者とは対局の存在であり、同じように瞬時に肉体を修復しながら立ち向かってきたのを覚えている。
だから魔王と勇者の戦いは双方の存在をかけた永遠にも近い一騎打ちになるのだ……前世のわたくしがそうであったように。
「……ほぼ化け物が化け物と戦うなど、笑止千万……」
「どうとでも言うと良い、ですけど貴方はわたくしに勝てないですわよ?」
わたくしは手に持った不滅の切先を使役する者に向けて話しかけた……そう、先ほどので分かったんだ、こいつにわたくしを倒すだけのもう一つの切り札はないということに。
混沌魔法はわたくしが扱う神滅魔法と同程度の威力が出せているが、それでも数発ですぐに威力を減らしていた……絶対的な魔力量でいけば使役する者はわたくしより少ない。
わたくしが切り掛かった時にさっさと四発目を放っておけば、わたくしも対抗して聖なる七海を使わざるを得なかった。
だがこいつは四発目を打たずに普通の魔法を放ってきた……まあその後に暴食の蝗とかいう別の混沌魔法を放ってきたが、あれは攻撃力としてはそれまで使ってたものよりも遥かに劣る。
つまり手札がそれほど多くないのだ、こいつは……まあ少ない手札でも十分強力な攻撃力を保有しているから普通の人じゃ勝てないと思うけどね。
「……何を……何をいうか」
「……先ほどの一撃は素晴らしかったけど、直接わたくしを滅するだけの破壊力がある攻撃がもうないのでしょう?」
わたくしが意地の悪い笑顔を浮かべてそう尋ねると、訓戒者は表情を変えずに押し黙る……図星だろうな。
逆にわたくしはまだ手札を隠し持っており、彼に見せたのは聖なる七海と雷鳴乃太刀、そしていくつかの魔法だけだ。
神滅魔法には聖なる七海のように物理による破壊を目的とした魔法だけでなく、他にも様々な効果のある魔法が存在しているし、なんならわたくしも拳を使って攻撃可能な拳戦闘術も残っているわけで。
余裕の表情で笑顔を浮かべるわたくしを見て、その真実に気がついたのだろうか? 使役する者はぎりりと唇を強く噛み締めた。
「……ワシを舐めているのか?」
「いいえ? 準魔王級だって言ったでしょ、褒め言葉だと思うわ」
「余裕たっぷりだが、ワシが更なる隠し球を持っている可能性だってあるだろう?」
ま、そりゃそうか……いくら手札が少ないとはいえあと一枚くらいはカードを残しておくのが正しい戦い方だろう。
むしろわたくしにも言えることだが、正直言って使役する者は普通に考えれば強すぎるため、その手札を全て見せなくても相手を倒せたのだと思う。
だが、それはとどのつまり自分より弱い存在を倒してきたわけで、ほぼ同格の敵というものが今まで存在していなかったとも言える。
言うなれば究極の雑魚専とも言える存在だったろう……いや最初から強いやつは大抵そうなるし、それが絶対ダメとは言い切れないんだけど。
ただわたくしのように前世では散々苦労して成長してきたものからすると、随所に驕り高ぶりのようなものを感じてならない。
断言するが、こいつは決してわたくしより強くない、むしろわたくしの方が絶対的に強者と言える……だからこそわたくしは少し考えてから言葉を放った。
「あー、そうね……それでも勝つのはわたくしよ?」
「……なぜだ?」
「だって貴方……わたくしより遥かに弱いもの」
その言葉に使役する者の魔力が一瞬遅れて膨れ上がる……こりゃすごい、わたくしはその様子を見つめて笑う。
これだけでもこの訓戒者が相当な実力者であることは理解しているけどさ、それでもはっきり言おう。
先ほどの一撃でわたくしの命へと届かなかった彼は絶対にわたくしに勝つことはできない……それこそ原子レベルで崩壊させるようなとんでもない攻撃を持ってたらわからないけど。
膨れ上がった魔力が一気に収束すると、使役する者は大きく三本の腕を広げるように展開したのち、絶叫に近い声を張り上げた。
「……では見せてやろう……我が神であるディムトゥリアから与えられし真の力を……!」
「な、なんだ……!?」
戦場より少し離れた場所で膨れ上がる巨大な魔力の渦に驚いたのか、聖女ソフィーヤ・ハルフォードと第二王子クリストフェル・マルムスティーンはそれまで鍔迫り合いとなっていた距離を同時に離すと、お互いをじっと見つめる。
ソフィーヤの持つ得物……これは神話の時代から受け継がれし戦斧である破砕と呼ばれる伝説的な武器である。
巨大な斧からは不気味な瘴気が常に立ち上り、周囲に存在する生命は本能的な恐怖を覚えて逃げ出すのだという……クリストフェルも自分の体が鈍くなったようなそんな圧迫感を感じながら戦っていた。
少し距離が離れた場所でじっとクリストフェルを見つめていたソフィーヤは無表情のままじっと彼を見つめていた。
「……殿下、どうして私を選んでくれないのですか……」
「僕には婚約者がいる、それに君を選ばなかった理由は伝えたはずだ」
「……私は貴方のために全てを捨てておりましたよ? それを無碍になさるとは……」
ソフィーヤ・ハルフォードが婚約者候補であった時、彼女はその生活の全てをクリストフェルの妻となるべく捧げていた。
それは想像を絶する苦労があったに違いない、最初の婚約者候補として選ばれたはずだった彼女は生活の全てを教育などに捧げる必要があったのだ。
貴族令嬢としてみればシャルロッタよりも家格が高く、妃教育や聖教に近しいことからソフィーヤを押す貴族も数おおく存在していたのは事実だ。
だが、クリストフェルにはどうしても彼女を選べない理由が存在していた。
「……君は僕の友人を大事にできない、それだけでも僕は君を選べない、すまない……」
「あの平民上がりの卑しい者どもが殿下をおかしくしてしまっていますのね? では皆殺しにして差し上げましょう」
「ソフィーヤ……そうじゃないんだ、そういうことを求めているんじゃない」
だがソフィーヤはそんな言葉を聞いても表情ひとつ変えずにぶつぶつと何かを呟いたまま、破砕を振り上げる。
その動きに呼応したのか、斧よりさらに強い瘴気が立ち上り荒れ狂う……まずいな、とクリストフェルは内心思った。
想像以上にソフィーヤは強かった……確かに大振りなところは戦闘の素人にしか思えないが、あの纏わりつく瘴気が盾の役目を果たして容易に体へと触れさせないのだ。
ソフィーヤはゾッとするような笑みを浮かべた後、愛しい元婚約者に向かって語りかけた。
「私が全て殺しますよ殿下……私が平民を皆殺しにして、あの女を殺して首をもぎ取り貴方の前に捧げるのです……!」
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