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第二八四話 シャルロッタ 一六歳 使役する者 〇四

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「神滅魔法……聖なる七海セブンシーズオブライ
「混沌魔法……病魔のエンジェルオブ使徒ディジーズ

 同時に放たれた超魔法同士の魔力が周囲の地形を破壊していく……わたくしの聖なる七海セブンシーズオブライは天界の大渦巻メイルストロームを召喚し、圧倒的な質量で対象を粉砕する神滅魔法の中でも範囲攻撃に特化した攻撃魔法の一つだ。
 絶対的な質量で相手を押し潰し、引き裂き……そして粉砕するという面においてこの魔法以上の破壊力を生み出すものはないと言っても良い。
 今わたくしが扱える魔法の中でも屈指の物理攻撃力を有していると自負しているが、それと系統は違うものの病魔のエンジェルオブ使徒ディジーズは押し負けることもなく拮抗した破壊力を有しているらしい……らしい、と言うのも見ただけで魔法を再現できるほどわたくしは器用ではない。
 全ては訓練と努力の末に手に入れた結果……だが、これほどまでに邪悪な魔力を放出する魔法だと、もし使えたとしても行使する気にはなれないな。
「これもほぼ互角か……いや?」

「クハハッ! 素晴らしい……ッ!」
 耳障りで引き攣るような笑い声を上げる使役する者コザティブの醜い顔に歪んだ笑みが浮かぶのを見つつ、双方の魔力が激突していくのを観察していく。
 そう、わたくしは観察をしている……まずは混沌魔法と言うもの自体がそもそも魔王が使ってたくらいしか理解していないし、自分で再現ができない。
 今の時点でわかっているのは、彼が行使している魔法は攻撃に触れた瞬間、生物の肉体は瞬時に腐って溶け落ち絶命するだろうという点だけだ。
 それともう一つ、ほんの少しだけわたくしの聖なる七海セブンシーズオブライの方が優勢、微妙な差ではあるが三回目の発動で明らかに使役する者コザティブ側に押し始めている。
 使役する者コザティブはまだ気がついていないのかニタニタと笑みを浮かべているが……四回目の神滅魔法で確実に自らが不利だと悟るはずだ。
「……我慢比べと洒落込もうかしらね」

「クハハッ! 貴様のような人間如きが何を馬鹿な……」
 双方の魔法が消滅し一瞬だけ静寂が訪れるか、周囲の地面が崩壊しつつある中やはり先ほどの拮抗していた二回までと違い、聖なる七海セブンシーズオブライの領域がほんの少しだけ広がっているのがわかった。
 つまり双方の能力差で考えればわたくしに分がある……かなりの力押しになるだろうけど、押し切ろうと思えばいつでもやれるってことだ。
 だがそれには膨大な魔力を叩きつけ続けなければならず、ぶっちゃけて言えば周囲の地形が崩壊してしまう危険性を孕んでいる。
 実際にすでに周囲は先ほどの三回の超魔法の衝突で地面が割れ、あちこちが崩壊しかかっている……この世界では地面を掘り進めていくと冥界へとつながるとされており、巨大な穴などは冥界への入り口にもなっている。
 こんなどうでもいい場所にそんな大穴開けてしまったら……観光名所くらいにはなるだろうけど、あんまりよろしくないのは明白だ。
「つまり……削るッ!」

「クハハッ!」
 四回目を放たずに一気に距離を詰めてきたわたくしを見て使役する者コザティブはその歪んだ三本の腕を広げて同じように前に出た。
 腐敗と疫病を象徴する混沌神ディムトゥリアの眷属は基本的に戦闘には不向きだとされていて、それ故に静かなる侵食……つまり相手を弱らせることに特化したものが多いのだが、こいつはそんなことはお構いなしに前に出てくる。
 基本となる戦闘能力も非常に高く、近接戦闘と魔法能力のバランスが素晴らしく取れている。
 古より生きてきたというのが嘘ではないというのを如実に感じさせる存在だな……わたくしの振るう不滅イモータルを右手で受け止めると、そのまま先ほど生やした三本目の腕から凄まじい拳をわたくしへと叩きつけてきた。
 ドゴン! という鈍い音と共にその拳はわたくしの寸前で何かに阻まれるように静止するが、そのまま左腕で横殴りで拳を叩きつけてきた。
 だがその攻撃も鈍い音と共に防御結界へと阻まれるものの、わたくしの華奢な肉体はその衝撃に耐えきれずに大きく跳ね飛ばされる。
「……カアアッ! 漆黒のショットイン弾丸ザダーク!」

「ちっ……」
 使役する者コザティブの咆哮と共に凄まじい数の漆黒の光線がわたくしへと放たれる……こいつは前に下級悪魔レッサーデーモンのなんとかって雑魚が使ってた魔法、漆黒のショットイン弾丸ザダークか。
 恐ろしい勢いで光線がわたくしへと伸びるが、左腕に込めた魔力と共にわたくしは神速の拳で飛来する迫り来る魔法を叩き落としていく。
 威力は以前見たものなど比べ物にならないほどのものではあるが、それでもわたくしの防御結界を貫通するほどの威力はないようにも思える。
 全ての光線を叩き落とすと、わたくしは剣をくるりと回してから再び使役する者コザティブとの距離を一足飛びに詰めていく。
 この魔法程度では相手が消耗しない、これを散々ぱら撃たせたところでそれほど意味があるわけじゃない……そもそも神滅魔法や混沌魔法のような超魔法と違って、一般的な魔法というのは人間が扱うための知識であり、人間外の存在にしてみれば息をするようなものでしかないのだから。
 つまりこいつを倒すためには超魔法に匹敵する強力な攻撃が必要になるのだ。
 距離を詰めるわたくしの体の表面を電流のような魔力が伝う……それを見た使役する者コザティブの表情が一瞬で変わる。
「——我が白刃、切り裂けぬものなし」

「こ、これは……!?」

剣戦闘術ブレードアーツ一の秘剣……雷鳴乃太刀サンダーストラックッ!」
 まさに雷鳴の如き神速、轟く轟音と共にわたくしは雷鳴乃太刀サンダーストラックを解き放つ……一瞬で超加速したわたくしは使役する者コザティブを確かに切り裂くはずだった。
 だが……剣が触れる瞬間、それを狙ったのかはわからないがボンッ! という音と共にその肉体を変質させ致命の一撃を回避してみせた。
 驚いた……この世界で雷鳴乃太刀サンダーストラックを躱せる存在がいるとは予想すらしていなかったのだから。
 この技は前世の魔王ですら回避できず、無理やり受け止めて防御していたくらい神速の一撃であるため、まさかという気分にさせられる。
「……まさかここまでとはね……」

「……クッ……なんだその技は……」
 実体化した使役する者コザティブだったが完全な回避ができなかったようで、彼の三本目の腕がゆっくりと切断されて地面へとゴトリという音を立てて転がっていく。
 黒く刺激臭を伴う血液が地面へと軽く滴るものの、すぐにそれは止まると右手で小さな顎をさする様な仕草を見せつつ彼はわたくしを興味深げに見つめて何事かを考えている。
 ダメージは入ったが、おそらくあの三本目の腕はすぐに再生できるだろう、他の訓戒者プリーチャーがそうであったように、肉体よりも魂の存在そのものにダメージを負わなければ死ぬようなことはないのだろう。
 いや死ぬという表現自体があっているかというと違うかもしれない、存在が抹消されるという言い方が良いかもな。
剣戦闘術ブレードアーツ……この世界では存在していない太古より受け継がれし技よ」

……クハ……そうかそうか、やはりそうなのだな……盟約を破りし強き魂そのものということか」

「気がついたところで聞きたいのだけど、そもそも混沌神はなぜ強き魂を探しているのかしら」
 聞きたいことは山ほどあるんだけど……まずは無難なところから聞くのが良いだろうとわたくしは彼へと問いかける。
 ずっと強き魂というものを探しているという話を聞いて、あまりその理由を聞けていないままだったからだ……聞く前に大体相手を倒しちゃってるから仕方ないんだけど。
 使役する者コザティブは見た目のキモさはさておき、太古より混沌神に仕える身であると名乗っていたから、彼にしか知らされていない情報があるかもしれないのだ。
「盟約を破ったからだ」

「その盟約というのがよく分からないのよね……どんなものなの?」

「別の世界に生きる者を移動させること自体は認められている、だがその魂の大きさには限りがある」
 わたくしの問いに使役する者コザティブはなんだそんなことも知らねーのか、とばかりにこちらの動きを警戒しつつ知識をひけらかす学者のごとく答え始めた。
 おいおい、と思ったがこれはこれで好都合だなとわたくしは黙って相手を見つめているが、まるで知識を持たない相手へ講釈でも垂るかのごとく、彼は流暢に盟約についての話を続けていく。
 本質的には悪魔デーモンに近いのだろうか? 質問に対して律儀に答えてくれるのはありがたいのだけど……わたくしが内心呆れのようなものを感じていることには気がついていないようで、使役する者コザティブはそのまま続けた。
「規定以下の魂を移動させたところで世界は変わらん、できることに限界があるからな……だが強き者を移動させると世界が変わる可能性もある、それが盟約として定められた」

「……なるほど、わたくしが強き魂だなんだと言われるのはそこに引っかかっているからか……」

「自覚がないようだが、お前の存在で本来たどるべき歴史は大きく変わっている、それを予測したからこそ混沌四神はお前を滅ぼせと命じられている」

「本来の歴史ぃ? 対して変わらないんじゃないの?」
 本来の歴史とやらにわたくしがいたところでたいして変わらんだろ……とは思う。
 クリスと婚約する相手が誰になるか分からなくて相手によっては一悶着あるだろうけど……アンダース殿下が順当にいけば国王になったとか、クリスは当初の予定通り大公としてどこかの領地へと赴くとか、その程度の違いでしかないだろう。
 だが使役する者コザティブは少し呆れたような表情を浮かべると、軽くため息をついてからわたくしへと語りかけた。

「……自覚はない、ということか……本来あるべき未来から今は大きく逸れている、それはお前が起点になっているのだぞ?」
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