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(幕間) 神性介入 〇一

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『……なぜ泣いているんだい? ほら、綺麗な顔が台無しだよ、笑顔を見せて』

 泣きじゃくる私に優しく手を差し伸べる彼の髪は、陽の光を浴びてまるで黄金のように光り輝いている。
 ああ、これは私と彼が出会った時の記憶……彼は深い青色の瞳に私だけを映しており、微笑む彼の顔に目が釘付けになってしまう。
 彼との出会いはまだ私が六歳の頃だ……お父様に叱られて思わず逃げ出してしまった私は、怒られるのが怖くて庭園のすみに隠れて泣いていた。
 お父様は厳しかった……国の重積を担う貴族家、特に多くの家臣、騎士、そして司祭たちに囲まれて育った私に多くの期待を寄せていたのだろう。

『この子は将来は国を支える才女となるだろう』
『お美しいお子様ですね、きっと女神様の恩寵があったのでしょう』
『まるでお母様にそっくり……将来は素晴らしい淑女になるでしょうね』

 私を見る人々はそう賛辞を送ってくれる……だけど、その目が少し怖かったのを覚えている。
 あれはなんだろうか? 欲望? お世辞? それとも憐れみ? 何かわからないが次第に私は人の目が怖くなっていった。
 貴族令嬢としてはあるまじきことなのだろう、人の目に触れるのが怖い、などという私の本音を知ったお父様は激怒した。
 お父様はその日初めて私に手を上げた……あれが最初で最後だったと思う、私は頬に走る痛みでとてつもなく怖くなってその場から必死に逃げ出した。
 我に返ったのか焦ったように謝罪を口にしているお父様のことが怖くなって、私は必死に走った……その日確か同年代の男の子が私に会いにくるという約束があったのを忘れたまま、私は庭園のすみに隠れて泣いた。
 そこに現れたのが彼だった……彼の顔を見てさらに泣いて、それからどうして泣いているのかを聞かれて私は彼にお父様を怒らせてしまったと伝えた。
 そして泣いている私を見つめて優しく声をかけ、手を差し出した彼はそっと囁いた。

『ほら、泣かないで僕も一緒に謝ってあげるから』

 私は手を繋いだままニコニコと微笑む彼の顔に釘付けになった……美しいだけじゃない、優しい彼のことが心の底から好きになった。
 今日会いにくるって言ってた男の子が彼なのだと、その時初めて気がついた……でもそんなことはどうでもよくて、ただ繋いだ手の温かさが本当に心地よかった。
 私たちは一緒に屋敷へと戻り、彼はずっと私の手を握ってお父様に一緒に会いにいってくれた……彼の顔を見たお父様が顔色を変えて慌てて跪いたのを覚えている。
 いつも堂々としたお父様がそんな態度を取るなんて、私には信じられなかった……きょとんとして彼の顔を見つめる私に気がつくと、彼はにっこりと微笑んでから私に名前を告げてくれた。

『僕の名前はクリストフェル……クリストフェル・マルムスティーンだ』

 クリストフェル殿下……それが私と彼の初めての出会い、その時からずっと私は彼のことが大好きだった。
 彼のために一生懸命勉強を頑張り、ダンスを習い、暇さえあれば彼に手紙を書いた……いつも彼は優しく私のことを気遣ってくれた。
 お父様も私とクリストフェル殿下の仲が良いのを知って、様々な期待をしていたのだろう……気が付けば周りの貴族家からも私と彼が婚約をするのではないか? という話を聞くようになった。
 私はずっと初めて会った時から彼のことが大好きだったので、否定はしなかった……「私はずっとあの方のことをお慕い申し上げております」とだけ伝えていた。
 彼に書く手紙にも、私はずっと大好きだという気持ちを懸命に伝えようと書き続けていた……それに対する彼の返事はいつも同じ。

『僕も君のことが好きだよ、でも正式な婚約は僕が決めることじゃないから、ごめんね』

 彼は一国の王子……第二王子という立ち位置であるが故に、彼の婚姻は国王陛下と妃殿下が決めるのだと話していた。
 国王陛下に何度かお会いした時に、優しい声で何が欲しいかな? と伝えられた時に私は必ず「クリストフェル様のお嫁さんになりたいです」と伝えた。
 その言葉を聞いて本当に嬉しそうな顔で私の頭を撫でてくれた国王陛下の手の温かさは、彼と一緒で暖かった。
 その頃からだろうか? クリストフェル殿下の婚約者候補について色々な話が出るようになってきた……もちろん私の名前は必ず入っていて、それがお父様に伝わると本当に嬉しそうな顔で笑っていた。

『……お前の将来はこの国、イングウェイ王国の王妃かもしれんな、よくやった彼を繋ぎ止めるんだ』

 私はそんな言葉をかけられるたびに嬉しくなった、お父様に認められた気にもなったし、彼のお嫁さんになれたらこれほど幸せなことはないだろうと思ったのだ。
 クリストフェル殿下の婚約者候補となった同世代の少女の中には、色々な噂が流れている方も多かった……ホワイトスネイク侯爵家の令嬢とか、国境を守る辺境伯家にいる令嬢が最有力候補と言われていた。
 特に辺境伯家の令嬢、銀色の美しい髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ「辺境の翡翠姫アルキオネ」と呼ばれた少女の名前はイングウェイ王国にも知れ渡っていた。
 絵姿が王都にも入ってきて、私は気になったのでメイドにその絵姿を買いに行かせたが、私は少しその行動を後悔することになった。
 驚くほど絵姿の少女は美しかった……私も貴族令嬢として自分で言うのもどうかとは思うが、容姿には自信を持っていた。
 特に同世代の少女たちと比べても私は決して容姿では劣っているとは思えず、自信を持っていたはずなのに……絵姿ですら辺境の翡翠姫アルキオネは美しいと感じさせる何かを持っていた。
 私は初めてその時、感情的になって絵姿をビリビリに破いてしまった……何か、何か良くないことが起きるのではないか? と心が掻き乱されたのだ。

『……殿下を射止めるのは私……だから、誰にも渡さない』

 私はまだ会ったこともない辺境の翡翠姫アルキオネに彼を取られまいと躍起になるようになった。
 それは私もまだわかっていなかったが、絵姿ですら美しかった彼女にクリストフェル殿下の心が移ることに心の底から恐怖を覚えていたのかもしれない。
 それまで彼の友人として、そして婚約者候補としてのプライドもあったのだろう……気が付けば時間があれば彼の元へと通うようになった。
 あの頃のことは今覚えば滑稽だと思った……だけどそんなことを考えられないくらい私は彼のことが大好きだったのだ、必死だった、誰にも負けたくないと思ったのだ
 殿下には平民出身の侍従が男女二名ついていたが、女性の方……マリアンとか名乗った彼女にすら私は強い嫉妬を覚えた。
 私は許可がないと会いに行けないのに、彼女はずっとそばにいる……一度無理難題を押し付けて叱責した時に、泣きそうな顔のマリアンと憎々しげに私を見つめる侍従のヴィクターを見て私は思わず笑ってしまった。

『……何、あなた方私を誰だと思っているの? 私は貴族令嬢……しかも公爵家の人間よ? そんな目で見ていい立場ではないのよ!』

 私がそう伝えると、悔しそうな顔を浮かべて彼らは頭を下げたが私はそれでは収まらず……手に持った扇で彼らを思い切り叩いてしまった。
 おかしい、なんでこんなに怒りを感じるのだろう……どこか冷静な思考が頭の片隅をよぎったが、どうしても打ち据える手を止めることができなかった。
 殿下の執事に止められてようやく私は荒い息を吐きながらも、その行動を止めることができた……どうやらそのことが彼にも伝わってしまったのだろう。
 私とクリストフェル殿下の文通は一方的なものとなっていった、病気を患っていた殿下はそのことを理由に私への返書は事務的なものに変化した。

『申し訳ないが、患っている病のため代書にて返信する』

 ということわりが入っていたが、私はそれが私自身の行動から出たものではなく、本当に彼が重病に冒されているためだと信じ切っていた。
 返信も途絶えがちとなり、どこかおかしいと思いつつも私は贈り物を送り、彼の返書を苦々しい顔で持ってくるヴィクターに悪態を吐きながら、私はずっとそれを信じていた。
 彼が元気になればまた私と会ってくださる、私のことだけを見てくださるとずっと信じていたのだ……だから私はずっと「殿下の婚約者は私になる」と周りにも話し続けていた。
 だけど……私が一四歳になったある日、とんでもない知らせを受けることになり私は膝から崩れ落ちた……メイドの悲鳴と助けを呼ぶ声が部屋中に響く中、私の意識は暗闇へと落ちていった。

『クリストフェル・マルムスティーン第二王子殿下、辺境の翡翠姫アルキオネと婚約す』

 よりにもよって……辺境の翡翠姫アルキオネシャルロッタ・インテリペリ、辺境伯家の令嬢と殿下は婚約を決めてしまったのだ。
 このことを知ったお父様の怒りは凄まじかった……私も叱責されたが、それ以上にインテリペリ辺境伯家への憎悪が優ったのだろう。
 お父様の手によって辺境伯領への物資の流通などが一部止められ、彼らも相当な苦労を強いられたと聞いている。
 そのこと自体は不幸だが……だがそれ以上に私はそのことに満足感を覚えていた……辺境の翡翠姫アルキオネなどという田舎者が彼の心を射止めたなど信じられない。
 女神の信徒たる私が負けるなどあり得ない……だから私はその日からずっと女神様に祈っている……私のクリストフェル殿下をあの泥棒猫から救い出したいと。
 だから私はずっと祈っている、私はずっと一途に一人の男性のことを愛しているのだから。

「私ソフィーヤ・ハルフォードはあなたの信徒です女神様……私のことを愛してくださるなら、私の願いを聞き届けてくださいませ……お願いです」
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