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第二三七話 シャルロッタ 一六歳 内戦 〇七
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「突撃いいっ!」
「う……うおおおおおおっ!」
スティールハート侯爵軍の軽装歩兵部隊は満身創痍の状態ながら必死に前へと進もうとする……元々彼らの大半は荒くれ者で食い詰めた結果侯爵軍の歩兵として採用されたもの達ばかりで、装備だけは統一されているものの正式な訓練は大して行われていない雑兵とも言っていい存在だった。
そんな彼らが必死の形相で突進を繰り返す様を見て、第二王子派の兵士達にも動揺するものが現れ始めていた。
「こいつらなんで……なんで引かないんだ……!」
「考えるな! おそらく犯罪奴隷に近い存在だ!」
「くそっ……! こんな同国人同士で殺し合うなんて……」
辺境伯家の兵士が必死の形相で柵に取りつこうとするスティールハート軍の兵士を槍で突く……鈍い手応えと共に穂先が軽装歩兵の着用する革鎧を貫くが、その兵士を乗り越えるように次の兵士が狂乱とも言ってもいい形相で武器を構えて飛びかかってくる。
慌てて槍を手放して、左腕にくくりつけた丸盾を使ってその兵士の一撃を受け止めるが、鈍い痛みとともに盾へと食い込んだ小剣を無理矢理に押し込んでくる敵兵士の形相にギョッとする。
「しねえええっ!」
「く、くそおおっ! お前らなんなんだよっ!」
「一人殺したら金貨が貰えるんだよ……だから死ねっ!」
こいつ何を言っている……一人殺したら金貨?! 敵兵士の必死な形相に震えが止まらない……辺境伯家の兵士にとって、辺境伯家のために戦う、そして死ぬということは名誉とも言っていい行為だ。
それだけ辺境伯家の統治が素晴らしかった、とも言って良いかもしれないのだがスティールハート侯爵家の軍はそれとは全く違う実利によって動くものたちで構成されている。
そしてスティールハート侯爵家も忠誠などという概念を求めてはいない、彼らが求めるのはあくまでも都合よく金で動く兵士であり、そしてはした金で簡単に命を落とすことを厭わない人種なのだ。
「そんな金で死ぬとかお前らおかしいだろ……っ!」
「うるせええっ! 俺たちは金をもらって、飯食って女を犯せればそれでいいんだよっ!」
「……悲しい人間どもだな……死ね」
次の瞬間、いきなりスティールハート軍の中央で爆発が巻き起こる……大音響とともに火柱が立ち上ると、炎に巻き込まれたスティールハート軍の兵士たちが炎に包まれたまま宙へと舞い上がり、そしてあまりの火力にそのまま炭と化して崩れ落ちていく。
辺境伯軍の兵士が何が起こったのかわからないまま呆然としていると、軽い音と共に陣地の前の地面に巨体を持つ黒い毛皮の怪物が姿を表す。
そのゆらゆらと動く尻尾の先には炎が瞬き、黒く艶かしい毛皮は夜の闇のように美しく輝いているのがわかる。
ガルム……辺境の翡翠姫の美しさに引かれて契約を行ったとされる伝説的な幻獣の姿はすでに三メートルを大きく越え、まるで巨大な熊のようにすら見える大きさでそこにいた。
「あ……辺境の翡翠姫の援軍だっ!」
「「「う、うおおおおおおっ!!!」」」」
幻獣ガルム族のユルがシャルロッタと契約をしていることは、辺境伯家だけでなく第二王子派、第一王子派の兵士であればよく知っている。
兵士に対しても優しく、気兼ねなく声をかけてくれる美しい美姫……王立学園入学のために王都へと拠点を移すことを残念がるものは多く存在していた。
彼女が王都で政変に巻き込まれ、冒険者と共になんとか落ち延びたと知らされた時には、辺境伯家の兵士たちが多数救援のための出撃を求めたとさえ言われている。
「ガ……ガルムだと……当の本人はどうした!」
「来ませんよ、お前らのような雑魚は彼女の前に出ることすら烏滸がましい」
「なんだと……!」
「その下卑た顔を我が主人に見せることなど、我の恥……まずは炎に包まれて死ぬが良いっ!」
その言葉と同時に凄まじい勢いでユルの口から炎が噴き出す……爆炎とも言える凄まじい威力の炎は触れたスティールハート軍の兵士を巻き込むと、その体をまるで消し炭かのように燃やし尽くす。
ガルムの遠吠えと共に凄まじい数の火球が打ち出され、着弾と同時に爆発と爆炎を撒き散らしスティールハート軍の兵士を吹き飛ばしていく。
悲鳴と怒号……辺境伯軍の兵士は眼前に立っている黒い幻獣の姿に畏れ慄く……そこへ凛とした声が響く。
「クリストフェル・マルムスティーンが命じる……ッ! 恐るな! 我と共に戦えっ!」
その声に反応した兵士が声の方向を見ると、そこには返り血を浴びながらも美しい金髪と、血に多少汚れつつも美しい虹色の刀身を煌めかせる名剣蜻蛉を振るう第二王子クリストフェルの姿がある。
彼のそばには二人の戦士……ヴィクターとマリアンが支え、迫り来る敵兵を切り倒しているのが見える。
兵士たちは自らも返り血に汚れつつ剣を振るって、周りを助けている王子とその侍従の姿を見て心が奮い立つのを感じた。
「「「殿下をお助けせよっ!」」」
「「「おおおおおおっ!」」」
叫び声と共に第二王子派に属する兵士はそれまで防戦に近かった状態を跳ね除けるように、歯を食いしばって前へと出ていく。
さらにそれを後押しするかのように、スティールハート軍の中段付近へと恐ろしい量の火球が叩き込まれる。
爆音と悲鳴、そして勇敢な男たちの怒号が戦場を支配していく……僅かだが体勢を立て直したと判断したクリストフェルはホッとため息を吐くと、ヴィクターとマリアンへと視線を動かす。
二人とも肩で息をしているものの、ほぼ無傷であり鎧に跳ねている返り血は全て敵のものである。
「殿下っ! ご無事ですか?!」
「ああ、おかげでね……ユルも助かるよ」
「我はシャルの命令に従っただけです」
クリストフェルの言葉にほんの少しだけ気恥ずかしそうな表情でそっぽをむくユルを見ながら、クリストフェルはあははと笑いを浮かべた後、戦場へと再び視線を戻していく。
スティールハート軍の波状攻撃は思ったよりも効果的で、死を恐れぬ戦いぶりに第二王子派の兵士は気圧されていたのが正直なところで、このまま押し返せないと総崩れの危険すらあった。
戦局を効果的に打開する手札としてまずはユルを投入してきたシャルロッタの考えに感心すら覚えた。
「ユルなら集団戦でも立ち回れる、炎による攻撃は治癒に時間と魔力を消費するからってことか……」
「シャルロッタ様らしいと言えばらしいですね、敵に回すのは恐ろしいですよ」
「ああ、冷酷な判断だとは思う……」
いくら聖女とはいえ単なる切り傷を治癒するのと、火傷などの熱傷を治癒するのには大きな違いがある。
切り傷などの裂傷は皮膚と肉を接合すればある程度の効果が見込めるが、熱傷は浸透した熱が治癒の奇跡による干渉を遅らせる。
さらに溶けた皮膚を元通りに修復するには魔力を使い続けなければいけない……攻撃魔法のように瞬間的な効果を発揮するものではなく、持続的に一定の魔力を照射し続けるという技術が必要になる。
魔法使いでもこの魔法に習熟できるものも存在するが……このあたりの匙加減の絶妙さが、マルヴァースにおける治癒魔法が神の奇跡と呼ばれる所以でもある。
「さて……聖女様はどう出てくるかな……?」
「やってくれますわね……火傷の酷い患者は見た目の治療よりも、まずは命を繋ぎ止めることに専念しなさい」
聖女ソフィーヤ・ハルフォードは次々に運び込まれる負傷者の状態を見て眉を顰めた後、指示を待っていた神聖騎士団所属の司祭たちへと指示を出す。
火傷による重傷者が思ったよりも多い、これでは魔力を余計に消費するではないかと内心歯噛みをしつつも、目の前に寝ていた腕を切り落とされた兵士の側へと座り、傷口へと魔力を流し始める。
「せ、聖女様……俺の腕が……」
「腕がないわね? 持って来れなかったの?」
腕が残っていれば治癒魔法で接合ができるのだが……とあたりを見回すがその兵士の腕らしきものは落ちていない。
鋭い切り口だ、あまりに鋭すぎて綺麗すぎるな、とソフィーヤは考えながらあっという間に傷口を塞ぎ、流血を止めてみせた。
聖女たる所以なのか、それとも元々の才能なのか……彼女は司祭としては非常に高次元の存在へと成長しており、この時点においてクリストフェルなどよりも遥かに高いレベルにたどり着いている。
「……腕は……どこかへ……もう戦えない……」
「腕が欲しいかしら?」
「腕がなおれば……俺は聖女様のために戦えます……!」
悔しさに泣き出しそうになっている兵士……よく見ればまだ若く、ソフィーヤの少し上の年代なのだろうか、上半身を起こすと失った腕のあたりを名残惜しそうに撫でている。
痛みもすでになくただそこにあるものがない、という感覚に何度も被りを振ってから表情を歪めている……こいつは使える、この屈辱と絶望感は十分な贄となる。
項垂れた兵士を見たソフィーヤはクスッと笑みを浮かべると、周りを気にしながらその兵士の耳元へと顔を近づけてから優しく囁いた。
「ねえ、腕だけでなく力が欲しいかしら?」
「力……?」
「私はその失った腕を取り戻すことができる、でもそれにはこの……」
ソフィーヤは懐へと手を突っ込むと、何度か探るような動きを見せた後小さな小瓶を取り出してその兵士へと見せた。
小瓶には七色に輝く液体のようなものが入っており、命を持つかのように怪しく蠢いているのが見える……その小瓶の中身を見ていた兵士は、絶望感に沈んでいた目を輝かせると、ソフィーヤの顔をじっと見つめる。
ああ、いい……この期待に満ちた目は素晴らしい……まっすぐで疑いを知らず、それでいて勇気と希望に満ちている……あの方達が言う通り、人間とはこうも。
「……よろしい、ではこの小瓶にはいった液体を飲みなさい……それと効果が出るまで少し時間がかかるわ、それまで離れたところで休んでおきなさい……この兵士を連れて行って」
「う……うおおおおおおっ!」
スティールハート侯爵軍の軽装歩兵部隊は満身創痍の状態ながら必死に前へと進もうとする……元々彼らの大半は荒くれ者で食い詰めた結果侯爵軍の歩兵として採用されたもの達ばかりで、装備だけは統一されているものの正式な訓練は大して行われていない雑兵とも言っていい存在だった。
そんな彼らが必死の形相で突進を繰り返す様を見て、第二王子派の兵士達にも動揺するものが現れ始めていた。
「こいつらなんで……なんで引かないんだ……!」
「考えるな! おそらく犯罪奴隷に近い存在だ!」
「くそっ……! こんな同国人同士で殺し合うなんて……」
辺境伯家の兵士が必死の形相で柵に取りつこうとするスティールハート軍の兵士を槍で突く……鈍い手応えと共に穂先が軽装歩兵の着用する革鎧を貫くが、その兵士を乗り越えるように次の兵士が狂乱とも言ってもいい形相で武器を構えて飛びかかってくる。
慌てて槍を手放して、左腕にくくりつけた丸盾を使ってその兵士の一撃を受け止めるが、鈍い痛みとともに盾へと食い込んだ小剣を無理矢理に押し込んでくる敵兵士の形相にギョッとする。
「しねえええっ!」
「く、くそおおっ! お前らなんなんだよっ!」
「一人殺したら金貨が貰えるんだよ……だから死ねっ!」
こいつ何を言っている……一人殺したら金貨?! 敵兵士の必死な形相に震えが止まらない……辺境伯家の兵士にとって、辺境伯家のために戦う、そして死ぬということは名誉とも言っていい行為だ。
それだけ辺境伯家の統治が素晴らしかった、とも言って良いかもしれないのだがスティールハート侯爵家の軍はそれとは全く違う実利によって動くものたちで構成されている。
そしてスティールハート侯爵家も忠誠などという概念を求めてはいない、彼らが求めるのはあくまでも都合よく金で動く兵士であり、そしてはした金で簡単に命を落とすことを厭わない人種なのだ。
「そんな金で死ぬとかお前らおかしいだろ……っ!」
「うるせええっ! 俺たちは金をもらって、飯食って女を犯せればそれでいいんだよっ!」
「……悲しい人間どもだな……死ね」
次の瞬間、いきなりスティールハート軍の中央で爆発が巻き起こる……大音響とともに火柱が立ち上ると、炎に巻き込まれたスティールハート軍の兵士たちが炎に包まれたまま宙へと舞い上がり、そしてあまりの火力にそのまま炭と化して崩れ落ちていく。
辺境伯軍の兵士が何が起こったのかわからないまま呆然としていると、軽い音と共に陣地の前の地面に巨体を持つ黒い毛皮の怪物が姿を表す。
そのゆらゆらと動く尻尾の先には炎が瞬き、黒く艶かしい毛皮は夜の闇のように美しく輝いているのがわかる。
ガルム……辺境の翡翠姫の美しさに引かれて契約を行ったとされる伝説的な幻獣の姿はすでに三メートルを大きく越え、まるで巨大な熊のようにすら見える大きさでそこにいた。
「あ……辺境の翡翠姫の援軍だっ!」
「「「う、うおおおおおおっ!!!」」」」
幻獣ガルム族のユルがシャルロッタと契約をしていることは、辺境伯家だけでなく第二王子派、第一王子派の兵士であればよく知っている。
兵士に対しても優しく、気兼ねなく声をかけてくれる美しい美姫……王立学園入学のために王都へと拠点を移すことを残念がるものは多く存在していた。
彼女が王都で政変に巻き込まれ、冒険者と共になんとか落ち延びたと知らされた時には、辺境伯家の兵士たちが多数救援のための出撃を求めたとさえ言われている。
「ガ……ガルムだと……当の本人はどうした!」
「来ませんよ、お前らのような雑魚は彼女の前に出ることすら烏滸がましい」
「なんだと……!」
「その下卑た顔を我が主人に見せることなど、我の恥……まずは炎に包まれて死ぬが良いっ!」
その言葉と同時に凄まじい勢いでユルの口から炎が噴き出す……爆炎とも言える凄まじい威力の炎は触れたスティールハート軍の兵士を巻き込むと、その体をまるで消し炭かのように燃やし尽くす。
ガルムの遠吠えと共に凄まじい数の火球が打ち出され、着弾と同時に爆発と爆炎を撒き散らしスティールハート軍の兵士を吹き飛ばしていく。
悲鳴と怒号……辺境伯軍の兵士は眼前に立っている黒い幻獣の姿に畏れ慄く……そこへ凛とした声が響く。
「クリストフェル・マルムスティーンが命じる……ッ! 恐るな! 我と共に戦えっ!」
その声に反応した兵士が声の方向を見ると、そこには返り血を浴びながらも美しい金髪と、血に多少汚れつつも美しい虹色の刀身を煌めかせる名剣蜻蛉を振るう第二王子クリストフェルの姿がある。
彼のそばには二人の戦士……ヴィクターとマリアンが支え、迫り来る敵兵を切り倒しているのが見える。
兵士たちは自らも返り血に汚れつつ剣を振るって、周りを助けている王子とその侍従の姿を見て心が奮い立つのを感じた。
「「「殿下をお助けせよっ!」」」
「「「おおおおおおっ!」」」
叫び声と共に第二王子派に属する兵士はそれまで防戦に近かった状態を跳ね除けるように、歯を食いしばって前へと出ていく。
さらにそれを後押しするかのように、スティールハート軍の中段付近へと恐ろしい量の火球が叩き込まれる。
爆音と悲鳴、そして勇敢な男たちの怒号が戦場を支配していく……僅かだが体勢を立て直したと判断したクリストフェルはホッとため息を吐くと、ヴィクターとマリアンへと視線を動かす。
二人とも肩で息をしているものの、ほぼ無傷であり鎧に跳ねている返り血は全て敵のものである。
「殿下っ! ご無事ですか?!」
「ああ、おかげでね……ユルも助かるよ」
「我はシャルの命令に従っただけです」
クリストフェルの言葉にほんの少しだけ気恥ずかしそうな表情でそっぽをむくユルを見ながら、クリストフェルはあははと笑いを浮かべた後、戦場へと再び視線を戻していく。
スティールハート軍の波状攻撃は思ったよりも効果的で、死を恐れぬ戦いぶりに第二王子派の兵士は気圧されていたのが正直なところで、このまま押し返せないと総崩れの危険すらあった。
戦局を効果的に打開する手札としてまずはユルを投入してきたシャルロッタの考えに感心すら覚えた。
「ユルなら集団戦でも立ち回れる、炎による攻撃は治癒に時間と魔力を消費するからってことか……」
「シャルロッタ様らしいと言えばらしいですね、敵に回すのは恐ろしいですよ」
「ああ、冷酷な判断だとは思う……」
いくら聖女とはいえ単なる切り傷を治癒するのと、火傷などの熱傷を治癒するのには大きな違いがある。
切り傷などの裂傷は皮膚と肉を接合すればある程度の効果が見込めるが、熱傷は浸透した熱が治癒の奇跡による干渉を遅らせる。
さらに溶けた皮膚を元通りに修復するには魔力を使い続けなければいけない……攻撃魔法のように瞬間的な効果を発揮するものではなく、持続的に一定の魔力を照射し続けるという技術が必要になる。
魔法使いでもこの魔法に習熟できるものも存在するが……このあたりの匙加減の絶妙さが、マルヴァースにおける治癒魔法が神の奇跡と呼ばれる所以でもある。
「さて……聖女様はどう出てくるかな……?」
「やってくれますわね……火傷の酷い患者は見た目の治療よりも、まずは命を繋ぎ止めることに専念しなさい」
聖女ソフィーヤ・ハルフォードは次々に運び込まれる負傷者の状態を見て眉を顰めた後、指示を待っていた神聖騎士団所属の司祭たちへと指示を出す。
火傷による重傷者が思ったよりも多い、これでは魔力を余計に消費するではないかと内心歯噛みをしつつも、目の前に寝ていた腕を切り落とされた兵士の側へと座り、傷口へと魔力を流し始める。
「せ、聖女様……俺の腕が……」
「腕がないわね? 持って来れなかったの?」
腕が残っていれば治癒魔法で接合ができるのだが……とあたりを見回すがその兵士の腕らしきものは落ちていない。
鋭い切り口だ、あまりに鋭すぎて綺麗すぎるな、とソフィーヤは考えながらあっという間に傷口を塞ぎ、流血を止めてみせた。
聖女たる所以なのか、それとも元々の才能なのか……彼女は司祭としては非常に高次元の存在へと成長しており、この時点においてクリストフェルなどよりも遥かに高いレベルにたどり着いている。
「……腕は……どこかへ……もう戦えない……」
「腕が欲しいかしら?」
「腕がなおれば……俺は聖女様のために戦えます……!」
悔しさに泣き出しそうになっている兵士……よく見ればまだ若く、ソフィーヤの少し上の年代なのだろうか、上半身を起こすと失った腕のあたりを名残惜しそうに撫でている。
痛みもすでになくただそこにあるものがない、という感覚に何度も被りを振ってから表情を歪めている……こいつは使える、この屈辱と絶望感は十分な贄となる。
項垂れた兵士を見たソフィーヤはクスッと笑みを浮かべると、周りを気にしながらその兵士の耳元へと顔を近づけてから優しく囁いた。
「ねえ、腕だけでなく力が欲しいかしら?」
「力……?」
「私はその失った腕を取り戻すことができる、でもそれにはこの……」
ソフィーヤは懐へと手を突っ込むと、何度か探るような動きを見せた後小さな小瓶を取り出してその兵士へと見せた。
小瓶には七色に輝く液体のようなものが入っており、命を持つかのように怪しく蠢いているのが見える……その小瓶の中身を見ていた兵士は、絶望感に沈んでいた目を輝かせると、ソフィーヤの顔をじっと見つめる。
ああ、いい……この期待に満ちた目は素晴らしい……まっすぐで疑いを知らず、それでいて勇気と希望に満ちている……あの方達が言う通り、人間とはこうも。
「……よろしい、ではこの小瓶にはいった液体を飲みなさい……それと効果が出るまで少し時間がかかるわ、それまで離れたところで休んでおきなさい……この兵士を連れて行って」
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