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第二三二話 シャルロッタ 一六歳 内戦 〇二

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「うおおおっ!」

「踏み込みが浅いです」
 わたくしが模擬剣を片手に飛び込んできたクリスの足を軽く払うと、彼は大きく体勢を崩してバランスを崩しそのまま訓練場の地面へと転がってしまう。
 ゴロゴロと転がった彼が猫のように柔軟に体を回転させて立ち上がるが、今の動きは良い……彼自身はあんまり意識していないけど勇者としての能力が身体能力を恐ろしく向上させている。
 勇者としての資質がある人間は成長していくに従って、人としての理を外れた力を持つようになっていく。
 わたくしが扱う剣戦闘術アーツや魔法はそれまであった技術を使っているだけで、本質的には圧倒的な身体能力と膨大な魔力、そして……圧倒的な生命力がその本質と言ってもいい。
「……ぐ……まだまだっ!」

 クリスは無我夢中で剣を振るう……右、左、袈裟懸け……彼の剣術は流石に洗練されているもので、この世界ではメジャーな剣術をベースにしているのがわかる。
 それ故に読みやすいという欠点はあるものの、勇者の素質を利用して振るう剣の速度は尋常ではない……突き出された剣を軽く避けると風を切り裂くような音が響く。
 軽く彼の肩へと手を添えると、そのままトン、と押してやる……それだけでガチガチに固まっている彼の姿勢が崩れ、彼は再びバランスを崩してひっくり返る。
「肩に力が入りすぎです」

「うぐ……っ……! うおおおおっ!」
 ひっくり返ったクリスは何度か頭を振ってから再び立ち上がるが、肩で息をしながら剣を構え直すと軽くこめかみに流れる汗を拭うと再び剣を構えて突進してくる。
 大振りだな……大きく振りかぶった剣を振り抜くが、その剣を片手で思い切り掴み取ると、軽く彼の腹部に掌底を叩き込む。
 手加減をした打撃だが、それでも彼の体は大きく跳ね飛ばされ地面へと思い切り叩きつけられる……ふむ……手応えは彼の肉体がかなり強化されていることを伝えてくる。
 そういえばわたくしを育てた師匠は殴った手応えで成長の度合いを測ったりしてたな、なんでも肉体の強度は戦闘能力に比例するとかなんとか。
 まあそれはどうでもいいか……それよりも今は彼自身にちゃんと聞かなきゃならないことがある。
「……聞きたいのですが、何か悩まれていますか?」

「……どうしてそんなことを?」

「剣や動きに迷いがあります、クリスはわかりやすいですね」
 わたくしが微笑むと、クリスは一瞬悲しそうなそれでいて驚いたような複雑な表情を浮かべた後、恥ずかしそうに顔を背ける。
 先ほどまでの剣はなんというか邪念を振り払うような、それでいて全てを忘れて無我夢中で没頭したいとでも言いたげな、乱暴な剣のように思えた。
 まあそういう時も男の子だからあるに決まってるんだけどさ、でも少なくとも令嬢相手に繰り出すような剣じゃないよね。
 必死さはわかる、何かを振り払うような彼の目はむかーし、まだわたくしが別世界の勇者だった頃に見たことのあるものに似ている気がする。
「そうか……そう見えるんだね」

「会議で嫌なことがあったのだな、とは思いました」

「みんなを巻き込んで全ての戦に勝たないといけないっていう現実を突きつけられただけだよ」

「全てに勝利を……ですか」
 クリスはその場で座り込むと悲しそうに地面を見つめている……この年代の若者が目の前に見えた障害を全て払いのけて、勝利し続けろ、決して負けるななんて重責を押し付けられたら辛いだろう。
 実際に我がインテリペリ辺境伯軍を中心とした第二王子派と第一王子派の戦力は隔絶たるものがあり、集めても数千という我々と、数万の軍勢を有する第一王子派とではそもそも勝負にならない。
 唯一第二王子派にはクリスやわたくし、エルネットさん達という歴戦の猛者が揃っているのに対して、第一王子派で戦闘経験が豊富な人材はそれほど多くないというのが実情だろう。
 ただ戦いというのは数を揃えることが重要で、冬の間に必死に味方を探して交渉をして回っていたお兄様方の努力は徒労に終わり、結果的に第二王子派の戦力は対して増えていない。
「負けたら終わりの勝負……物語なんかでよく見る話だけど、全てに勝てるほど状況が甘いとは思えない」

「……そうですね」

「だから……怖いんだ、僕が死ぬのは仕方ないのかもしれないけど、君たちを巻き込んでしまって……今更後悔してる」
 クリスは静かに嗚咽を漏らし始める……彼がこんなふうに泣くところなんて初めて見たかもしれない。
 彼自身は幼い頃から王族として英才教育が施されていた、という……それは学問だけでなく剣術、戦術、軍の指揮など多岐にわたっており戦う王族としての気概を持った人物としても知られるようになってきている。
 特にそういうイメージや風聞などが味方を増やすかもというお兄様達の助言に従って特に最近彼はほんの少しだけ窮屈そうな表情を浮かべていることも増えたんだよな。
「……子供の頃に読んだお話をしましょうか、それは遠い遠い国での出来事です……」

 わたくしはクリスに微笑みながら話しかける……それは一人の勇者の物語。
 彼は貧しい農家の子供として生まれ、ずっと外の世界へと飛び出したいと考えていた、ずっと使命を背負って生まれたのだからと信じたからだ。
 彼は苦しい生活の中でなんとか息抜き、たまたま村を訪れていた賢者にその素質を見出され、修行をつけてもらうことになった。
 修行は苦しく、魔法の訓練だけでなく剣術を教えてくれる師匠にも恵まれ、その素質を開花していった……強く強く成長した彼は、仲間を得て世界の危機を脅かす魔王との戦いに身を投じ、あらゆる戦いに勝利し続けそして最後には魔王を打ち果たして世界を平和にすることに成功した。
「でも彼はずっと怖かったそうです、いつ負けるのか負けた時に自分たち以外がどうなってしまうのか、不安で仕方なかったと」

「……でもその人は勝ち続けたのだろう?」

「はい、その人のここには誰よりもまっすぐな勇気があったからです」
 わたくしは軽く自らの胸へと手を添える……勇者とは誰よりも諦めないもの、勇気を持って状況を打開するもの、そしてどんな戦いでも必ず勝利をもぎ取るもの。
 それがわたくしが知っている勇者として本当に大事なこと……決して諦めず最後まで命を燃やし尽くす、それが勇者として立つということなのだろうから。
 そしてわたくしは彼のそばへと歩み寄ると、クリスの胸を軽くぽん、と拳で叩く……それを見たクリスは驚いたようにわたくしをじっと見つめた。
「勇気とは自ら奮い立たせるものです、クリスは少し今悩んでいますが……必ず立てる人だとわたくしは信じています」



「……あれは自分のことか? 随分と活躍したのだなお前は」
 訓練場の片付けをしていたわたくしへと、暗闇から声をかけてくるものがいた……威厳に溢れた声、そして黒い泉のように湧き出たそれは明らかに人間ではない。
 古典的な衣装を纏った白骨死体にしか見えない不気味な姿……オズボーン王と呼ばれる不死の王ノーライフキングがそこには立っていた。
 彼は以前……数年前に一度倒すために宝物庫へと挑んだ際に共闘し、それ以来連絡だけは取り合ってきた相手でもある。
「……覗き見とは趣味が悪うございますわよ陛下?」

「お前が人を教えるようになるとはなあ……暴力幼女だった時とは大違いだ」

「令嬢生活が長いとそうならざるを得ないんですよ、それよりさっきの話がなんでわたくしだと?」

「朕は生と死の研究の中でさまざまな発見をしてきた、その中には転生の秘術も存在する」
 オズボーン王は自ら不死の王ノーライフキングとなったハイレベルな魔法使いであり、それと同時に生と死の秘術を極めることに執着した過去をもっている。
 彼の伝説の中にも人を実験台に使って死の研究をしたと伝えられているし、実際に残虐な行為なども多く残されている。
 それゆえに転生という方法を発見して研究したこともあるのかもしれないな……わたくしがじっと彼の眼窩に光る金色の光を見つめていると、急にカタカタと口を開けて両手で近寄るなとばかりに拒絶のポーズをとった。
「お前、秘密を知った朕を殺すとか考えないだろうな?」

「……言わなきゃ何もしませんよ、第一転生なんて誰が信じるの」

「ま、それもそうか……朕も転生の秘術を試してみようと思ったが、確証がなくてな……概念としては理解しているが流石に実行不可能だった」

「そりゃそうでしょうね……死がトリガーになるのだし」

「それにしては変だな、お前はどうして死んだ?」

「相打ちになったんですよ、最強の敵と戦って……」
 もう一六年以上前になる……前世のわたくし、勇者ラインは魔王との戦いで相打ち覚悟の攻撃で命を落とした。
 女神様による転生が行われていなければわたくしはそのまま死に、魂は神界へと向かったのだろうとは思う……日本人だった時にあった概念、輪廻というサイクルはこの世界には存在しないし、魂はあくまでも神界へと渡りそこで幸せに暮らしていくのだと言われている。
 実際女神様の言葉の端々にはそういうニュアンスが込められていたし、おそらく今のわたくしが死んだらそういうことになるのだと思う。
「まあ良い……お前に頼まれていた件だ、王都には強大な魔力を持つ混沌の眷属が潜伏している」

「……何人ですか?」

「移動が多くてよくわからない、少なくとも二人は常駐している……一人増えることもあるが、たまにだな……」
 オズボーン王は思い出すかのように顎に手を当てながらしゃべっているが、そうか最大で三人か……わたくしが三人倒しているので全部で六人。
 混沌四神の配下と考えるとあの這い寄る者クロウラーという昆虫チックなやつと、闇征く者ダークストーカーと名乗ったあの仮面の不気味な男が特殊な神の眷属で、それ以外は眷属の中でも超上位に存在している者たちなんだろうな。
 考え込み始めたわたくしを見たオズボーン王は、もう仕事は終わったとばかりに両手をすくめるような仕草を見せると、カタカタと笑うように揺れながら影の中へと姿を消していく。

「……ま、朕は借りを返したと認識する、だがお前は数少ない友人だ……また何かあれば呼ぶが良い、闘争は遠慮したいがな」
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