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第二二六話 シャルロッタ 一六歳 煉獄 一六

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「な、なんだあれは……」

 城壁の上へと上がったビョーン・ソイルワーク男爵が兵士たちが指差す方向へと目を向けると、そこには魔獣たちの一団がゆっくりとした足取りでメネタトンの街へと向かってきている姿が見えた。
 遠目に見てもわかるくらい勢いがないが、その集団に共通している不気味な雰囲気は男爵だけでなく、兵士たちの間にも伝わっているようで、ざわざわと騒がしくなる。
 魔獣の集団から立ち上る黒い煙……通常の大暴走スタンピードよりも速度は遅く、どうにも不死者アンデッドの集団のようにすら見えるほどフラフラとした挙動が異常だ。
「……違和感が凄まじいな……」

「あれは混沌の力、邪悪なる魔力を得た悪魔デーモンの下僕です」
 男爵の背後から幻獣ガルムのユルが声をかける……彼の目にはその黒い煙に込められた悪意や邪悪なオーラとして認識されている。
 これが見れるのもシャルが戻ってくるのが近いためだろう、少し前まではもっと体を流れる魔力が少なかったはずだ。
 となればユルがやらなければいけないことは少しでも覚醒までの時間を稼ぐこと……シャルロッタが目覚めればこの程度の集団は一掃するのは容易いはずだ。
 ユルの背後からリオンとミルアも姿を現し、その異様な魔獣の集団の様子を見ているが、司祭であるミルアにもその異常さが理解できたのだろう、少し顔色が悪い。
「……男爵閣下、負傷者があの黒い煙をあげて溶けていきました……吸い込むとなんらかの影響を受けるのだと思います」

「溶けた? 人間が溶けただと?」

「はい、まるで腐り落ちるかのように……吸い込むと同じような症状が出る可能性があります」
 ミルアの目にはまだあの光景が焼き付いている、悲鳴をあげながら苦しんで死んでいった兵士たちの悲痛な声と姿は忘れようと思ってもなかなか忘れられるものではないだろう。
 男爵もミルアが嘘をつくような人物ではないことを理解している、しかしどうやって戦えばいいのか……弓矢の数にも限りがある、どこかで接近戦を挑まなければいけない。
 どうすればいいのだ? 男爵は助言を求めるためにリオンへと視線を動かす。
「まず兵士たちに布を使って口元を覆うように指示を」

「あ、ああ……そうだな、おい! 布で口元を覆え! 黒い煙を吸い込むな!」

「「「はっ!」」」
 男爵の指示を聞いた兵士たちはそれぞれ布を取り出して口元を覆っていく……これで黒煙の効果は半減するだろう、だが激しい戦いとなったら応急的な措置など意味はないだろう。
 不安げな表情の男爵にのそり、と近づいたユルはその大きな手で軽く彼の肩をぽん、と叩く……心配するなとでも言わんばかりの表情を浮かべるガルムだが、その笑顔は少々迫力がありすぎる気がする。
 だが……第一段階の戦いでもユルはその能力を最大限に発揮し、凄まじい能力を見せてくれていた。
 大丈夫、なんとかなる……幻獣ガルムの燃えるような赤い瞳がそう語っているかのように思え、男爵の心が奮い立つ。
「……心配をかけた、シャルロッタ様を守るのだったな」

「まずは小手調べと参りましょう」
 いうが早いかユルは大きく咆哮すると、口の中に炎の魔力を集中させていく……それは赤い輝きとなって周囲を照らしていくが、その秘められた魔力の大きさにミルアは流石に驚いた表情となった。
 幻獣ガルムの能力を疑うわけではなかったが、それでも一般的な魔法使いなどとは比べ物にならないほど密度のある強大な魔力。
 ユルはそのまま集中した魔力を空に向かって解き放つと同時に再び空気が震えるほどの咆哮を放った。
流星爆撃スターフレアッ!」

 ユルの放った魔力は弧を描いて空を飛び、そして複数の火球へと変化して地上に向かって落ちていく……火球はそのまま着弾と同時に連鎖爆発を起こしていき、周囲にいた魔獣たちを焼き尽くしていく。
 悲鳴と怒号……咆哮などが周囲に響くが、その光景を見た兵士たちはわっと歓声を上げて喜ぶが、それを見ていたリオンは流石に驚いたようでポカンとした表情で地上を焼き尽くしていく炎を見つめている。
 ガルムとは金輪際戦わないようにしよう……と硬く心に決めつつも、炎の中から複数の影がゆっくりと姿を見せていくのに気がつくと、急いで城壁を降りていく。
「来るぞ! 殲滅できていない!」

「我の魔法を防御しているものがいます、おそらく悪魔デーモンです!」
 ユルの声にわかった! と叫ぶが早いかリオンは剣を引き抜いて正門の前へと出ていく……付き従う兵士たちも武器を構えて彼の背後に続くが、不安げな表情を浮かべている。
 炎の中からまるで踊るような仕草を見せながら、跳ね回る不気味な怪物の姿が見える……でっぷりと肥えた歪んだ肉体、細い手足はまるで病人のように痩せ細っている。
 ニタニタといやらしい笑みを浮かべている表情には狂気と傲慢さが見て取れる……紫色を中心とした比較的カラフルな体色は明らかにこの世の生物には見えない。
「ケヒヒッ! 随分といい魔法を使うじゃない……ガルムがいるのねぇ」

「お前は何者だ!」

「ブラドクスス……疫病の悪魔プラーグデーモンと呼ばれるものだよぉ……」
 すんなりと問いかけに答える悪魔デーモンに拍子抜けしつつも、ニタニタと笑う気味の悪い怪物の姿に兵士たちは尻込みをしているのがわかる。
 武器を構えた兵士たちが居並んでいるにもかかわらず、目の前のブラドクススはそれが目に入らないかのように細かく仕草を変えており、まるで相手を楽しませる道化師のようなコミカルな動きにも見える。
 逆にそれが不安と、不快感を産んでいる……笑うブラドクススはまるでリオン達が反応できない速度でいきなり彼の背後にいた兵士の前へと出現する。
「な……!」

「うーん? なんだ煙を吸わないようにしているのねぇ……じゃあ取っちゃお」

「うわ……アアアアアアっ!」
 まるで躊躇なくブラドクススは目の前にいる兵士が顔に巻き付けていた布を引き裂くが、口元を抑えようとした兵士は次の瞬間まるで身体中の肉体が変化させられるかのように、その形をかえ歪み……そしてドス黒い煙をあげながら腐って溶けていった。
 まずい……! とリオンは慌てて距離を取るように大きく飛び退くが、全く反応できない速度で疫病の悪魔プラーグデーモンは彼の眼前に出現する。
 刹那の瞬間、リオンの脳裏に死という現実が突きつけられる……逃れようのない死、そしてあまりにあっさりとした少しふわふわとした感覚を覚え、彼の思考は時間が止まったかのように動かなくなる。
「あ……」

「これからまだまだ殺さなきゃいけないんだから、まずは面倒そうなのからぁ」

「リオンッ!」
 ミルアの悲鳴が聞こえる……動かなくては、逃げなくては、いや防御か? 体が動かない……目の前には疫病の悪魔プラーグデーモンのニタニタとしたいやらしい笑みが広がっている。
 これが死ぬ前という感覚なのだろうか? あまりに現実感がない……冒険者時代にも何度か似たようなことがあったが、その時は死ぬなんて思わなかった。
 絶対的な力の差を持つ相手だと、自分はこんなにあっさりと……リオンの思考がようやく逃れ得ない死を理解し、今まさに諦めようとした瞬間。
 ブラドクススの全身にいきなり炎が巻き付くと、凄まじい爆発と共に横へ吹き飛んでいく……そしてリオンの横に黒い巨体が姿を現した。
「動けっ! 貴方はこの程度で死ぬような戦士ではないはず! 我が加勢するのだから戦えっ!」



「へー……星間宇宙ってこんな感じなんですのねえ」
 火焔鳥ファイアーバードと共に元の世界マルヴァースへと戻るために星間宇宙を抜けることになったわけだが……実はこの星間宇宙というのは日本人であったわたくしからすると所謂極寒、真空、星が瞬く暗闇というイメージだったりもする。
 しかし……今眼前に広がる光景はそのイメージからすると実にカラフルであり、宇宙というキーワードからすると実に違和感のある光景なのだ。
 日本人であったという過去や知識は、ある程度の固定概念を感じさせるのかもなあ
 そんなことを思いながらわたくしは火焔鳥ファイアーバードの足にがっしりと掴まれたまままるでモノを運ぶかのような姿勢で飛行している。
「……ところでこの格好はどうにかならないのですか?」

「仕方なかろう、この星間宇宙を抜けるためには私に接触していないといけないのだから」

「モノじゃないんですのよ?」
 そうなのだ……まるで飛行系の魔獣に餌として巣に連れ帰られる獲物みたいな持ち方はやめて欲しいんだわ、一応わたくし貴族令嬢なんだぞ?
 だが火焔鳥ファイアーバードはそんなわたくしの想いなんか無視してそのままの状態を維持しつつ、凄まじい速度で星間宇宙を抜けていく。
 まるで星が流れるようにも見えるのは、昔映画館で見た宇宙戦争モノの映画で出ていたワープシーンのようにすら感じるよなあ。
 ちなみにシェルヴェンとゾルディアは流石についてこなかった……ちなみにわたくしを送り出す時にほっとした表情を浮かべていたのは絶対忘れない。
 次行ったら本気でぶん殴ろう、そうしよう……そんなことを思いつつ、わたくし達の視界に巨大な二つの天体、まるで対を成すような全く同じ鏡合わせのような光景。
「あれがレーヴェンティオラとマルヴァースってことですか?」

「そうだ……あの二つの世界は女神が管理する鏡合わせの世界、全く同じとは言わんが、非常に似た文化、生態系を維持する世界だ」
 確かに火焔鳥ファイアーバードがいうように、区別がつかない……というかどっちがレーヴェンティオラでマルヴァースなのかわたくしには判別がつかないんだよね。
 目を凝らしても違いが全くわからないため、わたくしが戸惑っていると火焔鳥ファイアーバードは首を振ってわたくし達から見て右側に位置している巨大な天体を指す。
 そうか区別はまるでつかないけどどうやら右側がマルヴァースってことか……よく見るとほんの少しだけ違いがあるように……思えない! わからん!
 そんなわたくしを見つつ火焔鳥ファイアーバードは、少し考えた後わたくしに向かって話しかけてきた。

「……もしレーヴェンティオラへと戻ることもできる、と行ったらお前はどうする?」
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