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第二一三話 シャルロッタ 一六歳 煉獄 〇三

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 ——奇怪な植物が咲き誇る大地の上を銀髪の少女がのんびりと歩いている……一見するとこの場にふさわしくない美しい少女は、周りの風景を気にせず鼻歌を歌いながら歩みを進めているのだった。

「ふんふーん、きったねー大地だ~♩」
 手に持った花弁が人間の口になっており、呻き声を上げながら萎れていく花を振りつつ、わたくしはのんびりとこの煉獄プルガトリウムを歩いている。
 なあに、見慣れてしまえばこの風景ちょっと臓物みたいな地面だったり、奇怪な植物が呻き声を上げてたり、ギョロギョロとこちらを見る目があったりして怖いだけで、別にこちらへと危害を加えてくるわけじゃないって理解してから心の平穏が取り戻せた。
 足元がちょっとグニグニしてて、ヌメっているけど別にこれもこの場所の地面だと考えれば問題ないし……ないよね?
「匂いがちょっときついだけで、これも感覚遮断できれば問題ないわね」

 さて……当てもなく歩いたところで何かあるわけじゃないし、わたくし自身この煉獄プルガトリウムをどう脱出していいのかわからないので、正直言えば途方に暮れているのが正直なところなのだ。
 ただ……今は高い場所に行けばなんとかなるかも、と言うことで付近を見て気がついた赤い何かを吹き出している巨大な山のような物体の方向へと歩いて行っている。
 一応この世界では舗装路に値するのだろうが、人間の腸を敷き詰めたような感触の柔らかい道路がずっとその山へと伸びているため、そこを進んでいるのだが……道の脇には川が流れているが、そこは鉄臭い匂いの血液がドロリとした流れを作っており、山の方から流れてきているのが理解できる。
 普通の見た目であるわたくしは異物に見えるのか、時折炎が走る薄暗い空には耳障りな声をあげている鳥のような生物が飛び回っているのが見える。
 カラスじゃないよなあ……どう見ても腐った魚が開きになっているようにしか見えないけど……軽くため息をついたわたくしは再び歩き始める。
「……この体も肉体のように感じるけど、どうも存在感が希薄よね……」

 これが魂そのものの輪郭なのだろうか? 手を見ると時折瞬くような感じがあって、この世界が元々いたマルヴァースとは全然違う場所であることだけは理解できる。
 唯一の救いは裸ではないことだ……服のようなものを着用している感覚はあるし、触ってみても何かに覆われている感触がある。
 そういえば、と軽く手を振って魔剣不滅イモータルを呼び出してみると、一瞬バチっと火花が散ったような感覚になって、気がつくとわたくしの手の中へと使い慣れた剣が握られていることに気がついた。
 だが感触は不滅イモータルそのものだけど、形が違う……まるで光そのものを握っているような状態で、握りはいつもの感触なのに形が違って脳が混乱する。
「……本当に不滅イモータル?」

 だがその言葉に不滅イモータルは不満を示すかのように瞬く……うーん、なら本物か。
 まあいいか、と何度か軽く素振りをするがやはり感触はマルヴァースで握り慣れた愛剣そのものであり、まあいっかと自分を無理やり納得させてわたくしは前を見た。
 ふと風景が一瞬歪んだ気がしてわたくしは思わず何度か目を擦ると、いきなり先ほどまでの風景とは違った広い広場のような場所に自分が立っていることに気がついた。
「え? な、何……」

「大罪を犯した罪人はお前だな?」
 ビリビリと響く声が響くと広場の中央に立つわたくしの前に地面から湧き出す血の渦が生み出されると、その中から人の上半身に鱗を持つ爬虫類のような四本足の胴体を持った不気味な生物がゆっくりと姿を現してきた。
 醜悪な外見はまるでトカゲを知的種族へと進化させたかのような外見だが、その指は触手のような長さを持っており、手には骨を組み合わせて作られたであろう弓が握られている。
 なんだこいつ……見たことないぞ? とわたくしは不滅イモータルを構えると怪物に向かって声をかける。
「罪なんか犯してませんわよ?」

「罪人は常に同じことを言うのだ、私は悪くない、濡れ衣だとな」

「……それは本物の罪人に仰ったら?」
 わたくしの言葉に獰猛な笑みを見せて笑う怪物……いつの間にか地面へと湧き出した血液は引いており、四本の足を何度か地面の感触を確かめるように踏むと、怪物はわたくしをじっとみる。
 見たことない……しかもこんな不快で醜悪な怪物なんかあったことがない、勇者ラインの時代でもこんな存在の話は聞いたことがなかった。
 怪物はゆっくりと地面の感触を確かめるように、わたくしの周りを回り始める……急ぐでもなく、値踏みするような視線でわたくしをじっと見つめてだ。
「シャルロッタ・インテリペリ……大罪、神格を持つ存在を殺し、世界への侵入を阻む……フン、それでこの煉獄プルガトリウムへと堕ちた」

「……やらなきゃ人が死んだわよ」

「人が? 死んだからなんだと言うのだ……大罪とは世界の枠組みへと傷をつける行為、お前が倒した神もその枠組みに従って行動しているのみ」

「明らかに集落を狙って動いてましたわよ? 誰かに命令されたのではなくて?」

「ハハハッ! それができるのであれば混沌四神かそれに愛された者くらいだろうよ」
 混沌四神、そしてそれに愛された者……訓戒者プリーチャーなら可能だと言うことか。
 豪快な笑い声を上げると、怪物はゆっくりと元の位置へと戻っていくと口元を歪めて笑う……その笑みはまるで哀れなものを見るかのような侮蔑と蔑みのこもったものだった。
 なんだよこいつ……もうホントわけわかんねーなこの世界は……わたくしが苛立っているのが理解できたのだろう、怪物は肩をすくめるような人間的な動作を見せると、ゆっくりと背後に向かって触手を指し示す。
煉獄プルガトリウムでは罪を贖うものがこの先に見える火山へと向かい、その罪を許されるべく身を投じる……勇気あるものだけがその火口へと身を踊らせる」

「……それで元の世界へ戻れるの?」

「戻る? ああ、見たところお前は魂だけがここに……ならば試してみると良いだろう」
 怪物は再び笑い声を上げると、地面に出現した渦を巻く血液の濁流の中へと消えていく……なんだったんだ? あの怪物……わたくしは記憶の中から似たような怪物がいないかどうか思い出そうとするが、一向に思い当たらない。
 この煉獄プルガトリウムにしか生息していないような生物なんだろうか……名前すらもわからないが、まあ何かあればまた会うことになるだろうし。
 わたくしがふと気がつくと、広場だった場所はいきなりその姿を変えまた長い一本道が遠くに伸びているのがわかる……先ほどまでと違うのは、まるで内臓のような見た目だったはずの地面や不気味な植物が多少なりとも普通のものへと変わっていたことだった。
 もうなんだかわかんねーよ、ほんと……わたくしは少しだけ疲労感を感じつつ、のろのろと道を歩きはじめる、なんとなくだけどこっちへ行こうって思うからだ。
「……早く元の世界に帰りたーい……お風呂入りたいな……」



「男爵閣下……この女性は……シャルロッタ様ですか?!」
 ヴァルケヒエッテンの中心に建てられている邸宅の客室……質素だが質の良い寝具を整えている寝台に寝かされた女性を見て、執事であるエルメントはその正体に気がついて驚愕している。
 シャルロッタ・インテリペリの絵姿などがイングウェイ王国内で流通しているが、そう言ったものを手に入れる層は比較的裕福な家庭、貴族や商人などに限られており一般庶民は噂で聞いたり、何かの機会に目にする程度である。
 だがソイルワーク男爵の執事であるエルメントは当主の付き人として動くことも多く、実際のシャルロッタを目にしたこともあったため、男爵が連れて帰ってきた女性が、辺境伯家の令嬢であることにすぐに気がついた。
「……ああ、どうやら最近周囲で起きていた異変を調査しに参られたようだ……意識がない」

「どうして……何かの病気などですか?」

「いや……幻獣ガルムによると魔力の使いすぎではないかと言うことだ、以前も昏倒したことがあったらしい」
 エルメントはシャルロッタが「ハーティの戦乙女」と呼ばれ、英雄視されているという噂が最近流れ始めたことを聞いており、納得したようで何度か頷く。
 美しい銀色の髪が魔導ランプの灯りに照らされて美しく輝いている……今の彼女の体には魔力を感じない、むしろ無防備でどこにでもいる貴族令嬢にしか見えない。
 男爵は静かに寝息を立てているシャルロッタの顔をそっと撫でると、すぐにエルメントの側へと移動すると耳打ちをしてきた。
「……危害を加えないようにな、ガルムがどこで見ているかわからん」

「主家の御令嬢です、失礼がないようにはいたします」

「……ああ、口の硬いメイドをつけてやってくれ……」
 少し疲れたのかソイルワーク男爵は軽くため息をつくと、そのまま客室を出ていくがそんな当主に頭を下げたままのエルメントは口の硬いメイドか、と独り言を呟く。
 男爵は質実剛健……辺境伯領の中でも田舎に位置するこのメネタトンを統治する上でも質素な生活を余儀なくされている貴族の一人でもあるため、それほどメイドなどを雇っているわけではない。
 年若いものの中から選抜せねばいけないでしょうな……と最近少し白くなってきた髪を何度か掻くと寝台に眠るシャルロッタにゆっくりと頭を下げた。

「……当家にお越しいただいた御令嬢ですから、おもてなしはきちんとさせていただきます……シャルロッタさま」
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