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第一九一話 シャルロッタ 一六歳 打ち砕く者 〇一

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「固まれ! 無理に前に出ようとするな、こちらの方が数が少ない……隊列を整えて押し返すんだ!」

「殿下を守れっ!」
 クリストフェルの声に反応した兵士たちが急いで彼の周りを固め、侯爵軍の兵士の突撃を防ごうと盾を構えて押し返すが、体ごとぶつかってくる敵兵士の勢いに押され始め、次第に戦線が後退を始めている。
 王子を守るのだ、という信念が倍近い敵を相手に兵士たちを勇敢に立ち向かわせているのではあるが、人間である以上疲労や怪我で次第に動けなくなっていく。
 また本来この軍を指揮するはずのベイセルが別働隊を率いて戦場を離れていることも合わせて、クリストフェルの経験が不足していることも相まって、開戦当初の勢いが次第に薄れつつある。
「……くそー、やっぱりエルネットさん達がいないと兵士の動きが悪いですね……ちょっと失礼」

「仕方ないよ、僕はまだ指揮官としては新参だからね……って、わっ!」
 そう話しつつヴィクターが敬愛する王子の頭上へと盾をかざすと、間髪入れずに数本の矢がタンタンッ! という軽い音を立てて盾へと突き刺さる……もう少し自分がいる位置を後ろに下げなければいけないが、指揮を取るためにはどうしても最前線で声を張り上げなければいけない。
 危険は承知の上だが……ヴィクターの鎧にも数本矢が突き刺さっていて、クリストフェルは彼らに守られていることを改めて自覚した。
「すまない、でももう少し……」

「殿下! だから危ないですって!」
 マリアンがやはりクリストフェルを狙って放たれた矢を剣で叩き落とすと、問答無用と言わんばかりに馬の手綱を引いて後退させていく。
 それまでクリストフェルが立っていた場所に数本の矢が突き刺さるのを見て、ヴィクターが上手くもない口笛をふくが……その動きに応じて兵士達は王子を守ろうと少しずつ後退を始める。
 侯爵軍はその動きに合わせて、ゆっくりと圧力をかけていくが……辺境伯軍の抵抗も凄まじく、思うように包囲態勢を作り上げることができていない。
「くそ……こんな、僕を信頼して軍を預けてくれたのに……」

「うわあっ!」
 そんな最中、辺境伯軍の陣営で軽い悲鳴が上がったと同時に三人の黒い衣装と鎧を纏った不気味な戦士が禍々しい装飾の施された武器を手に、陣営を突破して後退を始めているクリストフェル達の元へと飛び込んできた。
 その動きは明らかに人の動きではない……まるで壁か何かを飛び越えるかのような跳躍力と、その後地面に着地した後からの加速。
 クリストフェルはその動きを見て咄嗟に馬から飛び降りると、手に持っていた蜻蛉ドラゴンフライを構え直した。
「まずい……ヴィクター、マリアン! 気をつけろ!」

「「殿下!!!」」
 黒装束の戦士達は恐ろしい速度でクリストフェルへと迫る……武器は刃があちこち毀れた斧や剣で、その武器の大きさは人間が片手では扱えないような大きさのものだった。
 クリストフェルは三人の動きを注意深く観察していく……シビッラよりよく教えられていたこと、「相手をちゃんと見る」という教えのまま彼はジグザグに接近してくる三人の刺客を見つつ、体を捩りながら無我夢中で剣を振るった。
 王家に伝わる勇者が使った名剣蜻蛉ドラゴンフライ……その切れ味は魔法すらも断ち切ると言われた鋭い刃が、ギリギリのところで相手の武器を躱したクリストフェルによって振り抜かれる。
「あああああっ!」

「キガアアッ!」
 黒い刺客達の腕が、腹が、そして首が一撃で断ち切られる……対してクリストフェルは頬に肩と足から軽い切り傷を作って血を舞わせたが、痛みに耐えた彼はすぐに剣を構え直してまだ倒れていない二人の刺客にそなえる。
 地面へと倒れた黒い刺客の一人は痙攣しながらまだ動こうとするが、すぐにヴィクターと異変に気がついた兵士がその体に剣を叩き込むと完全に動かなくなった。
 残りの二人……左腕を切られたものは小刻みに痙攣しながら、腹を割かれたものは内臓をこぼしながら、それでもまだクリストフェルへと向かってこようと武器を構え直す。
「嘘だろ?! なんだあれは……!」

「……人間じゃない? 君ら何者だ……?」

「クカカカカッ!」
 明らかに異質な叫び声を上げながら二人の刺客がそれぞれの武器を構えて再び前進する……だが兵士たちがクリストフェルを守ろうと動くよりも早く、クリストフェルはその二人に向かって突進する。
 全員がその動きに呆気に取られる中、金色の髪を靡かせたクリストフェルは刺客の体を横なぎに切り裂くと、反す刀でもう一人の胴体を斜めに切り上げて断ち切っていく。
 手に持った剣の凄まじい切れ味にクリストフェル本人も多少驚きながらも相手の返り血を浴びないように、地面を転がりつつ立ち上がった彼は、ふうっ! と大きく息を吐いた。
「……殿下!」

「大丈夫だ、それよりも一度ハーティ付近まで軍を下げよう、悔しいけど前に出過ぎた……」

「はっ!」
 ヴィクターとマリアンが陣を再編成するために指揮官へと伝令を伝えに走る……クリストフェルは地面に転がってピクピクと動いている刺客に近づくと、彼らが黒い覆面を被っていることに気がつき切先を遣って仮面を止めている金具を断ち切った。
 そしてそこから出てきた顔に、思わずクリストフェルは息を呑む……そこに現れたのはもはや人間とは言い難い複数の目が出鱈目に配置され、口や鼻、そして耳などが複数備わった怪物の姿だったからだ。
「……殺す……くけええっ……カハアッ……」

「うぐっ……君らは……なんなんだ……」
 あまりに冒涜的な姿にクリストフェルが喉元から込み上げる液体を堪えながら、その不気味な怪物の頭に剣を突き刺すとようやくそこで活動を止めたのか動かなくなる。
 彼は地面に転がっている残り二つの覆面を同じように切っていくと先ほどの怪物とは違い、七つの目と口が出鱈目に配置された個体と、そもそも目がひとつ……そして無理やり取ってつけたような小さな口が生えた個体がいることがわかった。
 しかし彼らの鎧についている徽章はイングウェイ王国の正規軍のものであり、そのうち一体は第八軍団の徽章をつけているものだった。
 クリストフェルは周りの兵士に見られないように動かなくなった死体へと覆面を被せてやるとその場を離れる……ここで詮索をする時間はない、すぐに軍を建て直さなければ。
 だが……彼の脳裏には先ほどの徽章や怪物の外見がこびりついて離れなかった。
「……人間……? いや元は兵士……? どういうことだ? 怪物を侯爵が使役しているとでも……」



「うおおおおおっ!」

『……極上ッ! 素晴らしい……ッ!』
 甲高い音を立ててエルネットの振るう剣と、這い寄る者クロウラーが振るう連接棍フレイルが衝突する。
 膂力だけで言えば訓戒者プリーチャーには本来敵わないはずだが、今の這い寄る者クロウラーはシャルロッタと戦った時よりも遥かに弱体化しているのか、その攻撃には迫力が足りていない。
 エルネットの攻撃に合わせ、仲間達が援護を繰り出す……リリーナは矢を放ち、エミリオは神の奇跡とともに槌矛メイスを振るい、デヴィットの魔法が訓戒者プリーチャーへと炸裂していく。
『クカカカッ!』

「ああ、もうっ! なんで奇妙な音が声に聞こえるんだ!」
 エルネットの攻撃を掻い潜り、這い寄る者クロウラーがその細くしなやかな脚を使って蹴りを繰り出すが、その直撃すれば肉体を抉り取る一撃を戦士は盾を使って受け流し……反撃を繰り出す。
 凄まじい斬撃が訓戒者プリーチャーへと迫るが、彼は複眼を動かしながら手に持つ連接棍フレイルを回転させるように振るってその斬撃を受け止めていく。
 激しい応酬の合間に、魔法や弓矢……そして奇跡の力が這い寄る者クロウラーに迫るが彼は器用にその攻撃を躱し受け止め……時にはぬめっとした光沢を放つ外皮を使って防御していく。
『……強くなった……以前の君たちはここまで技が洗練されておらず、私の対象としては物足りなかった』

「俺たちだって強くなろうとしている……! だがお前は少し弱くなったな!?」

『シャルロッタ嬢の封印魔法が未だ呪いのように私に作用している……忌々しいことだ』
 武器と武器が衝突するたびに火花が散る……今の這い寄る者クロウラーは第三階位の悪魔デーモン程度の力しか出せていないのか、以前ほどの絶望感は感じない。
 エルネットは自らが発揮できる技術を総動員して、訓戒者プリーチャーの鉄壁とも言える防御を崩そうと技を放っていく……剣が相手の外皮を掠めるたびに火花が散る。
 外皮は鋼鉄の防具に匹敵するだけの硬さと、革鎧のようなしなやかさを有しているのだろう……そして甲虫のような外見が不気味さに拍車をかけている。
「だが……今ならお前を倒せる! 俺はもっと強くなるんだ!」

『……人間如きが……! 舐めるなあああっ!』
 這い寄る者クロウラーの叫びと同時に全身から衝撃波が放たれる……その衝撃波はエルネットを大きく跳ね飛ばし、リリーナの放った矢を砕き……エミリオを転倒させ、デヴィットの放った魔法を消滅させた。
 前回にはなかった魔力の行使……エルネットは猫のように体を回転させると地面へと着地し、一気に突進する……確かシャルロッタが話していた這い寄る者クロウラーは、魔法能力を喪失する代わりに圧倒的な再生能力を持っていたはずだ。
 その怪物が魔法能力を行使したということは……なんらかの縛りを解除しているということ、つまり……人の手でも殺せる可能性があるのだ。

「うおおおおおおおおっ! お前はここで必ず倒して見せるっ!」
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