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第一七八話 シャルロッタ 一六歳 侵攻作戦 〇八

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「……ということで、ハーティの街を襲った第八軍団は正体不明の怪物……猟犬ハウンドと呼ばれる異世界の生物らしいのですが、ご息女が撃退し防衛に成功いたしました」

「う、ううむ……そうか、俄には信じ難い内容ではあるが、エルネット卿は金級冒険者パーティを率いている、事実なのだろうな」
 椅子に座ったクレメント・インテリペリ辺境伯はまだ体力が完全に戻っていないこともあって、顔色も悪く辛そうな表情ではあるがエルネットの報告を聞いて頷いた。
 金級冒険者「赤竜の息吹」の武名はイングウェイ王国に轟いている……その冒険者たちが報告する言葉には名誉が掛かっていることをクレメントは知っている。
 さらに、ハーティの街を治めるレイジー男爵から預かったという感謝状には、シャルロッタの力は少なくとも英雄クラス、この内戦の趨勢を変えてしまうくらいの力はあるという記述があった。
 それ故にシャルロッタがその怪物を倒した、という内容についてもすんなりと信じられるのだ……彼は表情を変えずにどこか遠くを眺めているようにも見える自分の娘へと視線を動かす。
「シャル……ようやく自らを世に示す気になったのか?」

「……火急の事態故、わたくしが持つ力を見せました、ですが……」

「お前は分かっていないと思ってただろうが、私たち家族はそれなりにお前のことを理解しているよ」
 クレメントの意外な言葉にシャルロッタは少し驚いたような表情を浮かべる……その顔があまりに可笑しくて、彼は苦笑するが、そもそも幼少期に幻獣ガルムと契約をしている時点で普通の存在ではないと言っているようなものだ。
 それに彼女が剣を学び、訓練をしているときに見せる熟練の剣士のような動きや、圧倒的な実力差を持つものが見せる独特の体の動き……それは隠しきれていなかったのだ。
 だが、それが何であるのかは全員が理解しているわけではない、出来ることなら普通の女性としての人生を歩んでほしいと思っていたのが親心ではあったが。
「……皆様を騙すような真似をして申し訳……」

「ああ、そうだな……だからお前には罰が必要だな」

「インテリペリ辺境伯……!」
 クレメントの言葉に少し表情を歪めるシャルロッタ……その場にいた者が皆緊張したように表情を強張らせる。
 シャルロッタの傍に立つクリストフェルが何かを言おうと一歩前に出ようとするが、クレメントはその動きを視線だけで牽制すると、少しだけ怯えたように表情を曇らせているシャルロッタを見つめる。
 彼女はほんの少しだけ身を固くしたかのように、身を縮こまらせて床へと視線を落とすとクレメントの言葉を待つ。
 クレメントの表情は柔らかい……優しく微笑むと彼は愛する娘へと語りかける。
「……私は孫を可愛がりたくてな、そうだな男子と女子二人に囲まれて生活をしたいなあ」

「……は?」

「孫の顔を見ないと死ねないなあ……困ったな、子息の中で子供がいないものが一人おるんだよなあ? ラーナそうだよな?」

「……そうですねえ、息子たちは子供がいますけど、一人だけいないのがいますわねえ……」

「……は、はぁ……?」
 クレメントはニヤニヤと笑いながら、間の抜けた表情をしている愛娘を見ている。
 シャルロッタは言葉の意味が理解できないように傍に立つクリストフェルを見上げるが、その視線に気がついた彼は急に頬を染めると、咳払いをして目を背けつつ、彼女へと何事かを耳打ちした。
 その言葉を聞いて……目を見開いたシャルロッタが、急に頬を染めてモジモジとした仕草を見せると、上目遣いで父親を見てまるで「助けてくれ」と言わんばかりの表情になる。
 だが、その顔を見てニヤリと笑ったクレメントは指を立てて左右に振ると、イタズラっぽい表情を浮かべて笑う。
「分かったな? 今起きている内戦が終わった後、早い段階で孫が見れないと私は死んでしまうかもしれないなあ、そうだよなあラーナ……」

「ちょ、ちょっとお父様?! それは無茶苦茶すぎません?!」

「なんだ、自分が嘘をついていたことに対して責任を取らないのか? そんな娘に育てた覚えはないんだよなあ……」

「ぐ、ぬ……」
 シャルロッタは真っ赤な顔をしながらぎりりと拳を握っている……クリストフェルはまあまあ、と言わんばかりの表情で彼女の肩に手を載せ優しく微笑むが……孫を作れと言われた彼の顔も微妙に上気している。
 元々シャルロッタが婚約についてあまり良い顔をしていなかったのは父親であるクレメントだけでなく、ラーナや他の兄も理解している。
 それでも王都での生活や状況を聞く限り、シャルロッタの態度も相当軟化していて、クリストフェルとの逢瀬も増えたことで、おそらく破棄を申し出るようなことはないだろうと思っていた。
 せっかくのタイミングなのだから追い討ちくらいはしておかないとな……とクレメントは笑顔を浮かべながら、頬を染めている愛娘の反応を見る。
 元々美しく、聡明な娘だ……王家と共にあるとクリストフェルの婚約話を受けたが、心のどこかで平穏な生活が続けば彼女は立場を放り出して逃げ出すかもしれないという危機感は存在していた。

『……ご息女は才気に溢れ、ご令嬢の枠には収まらないかもしれませんね、羨ましいことです』

 幼い頃より家庭教師や、複数の侍女に囲まれて生活をしているシャルロッタのことをそう評したものがいた。
 デイヴィット・ホワイトスネイク侯爵が一度辺境伯領を訪れた際に、幼いシャルロッタを見て驚いたような表情でクレメントにそう告げてきたことがあった。
 宮廷魔法使いを輩出するホワイトスネイク侯爵家の当主だからこそ、シャルロッタという恐るべき器に隠された才覚や能力というものの一端を感じ取れたのかもしれない。
 だがクレメントはその言葉を聞いて、どことなく年相応に見えない彼女……シャルロッタという一人の少女が隠し持つ何かに気がついていた。
「……目の前の戦いをどうにかする方が重要ですわ、だからそれまでは返事はお待ちくださいまし」

 そうくるか……とクレメントは意地の悪い笑みを浮かべて娘を見る。
 素直じゃないな、とは思ってしまう……なぜなら娘は言葉では嫌そうなそぶりを見せていても傍に立つクリストフェルの手をしっかりと握っている。
 本当はお互いのことをちゃんと意識しているのだろう、どうやら夜着姿で彼の泊まっている部屋に行ったこともあるそうだが、その時は何もなく二人で着替えると訓練場で剣をかわして話をしていたという。
 まあ、身持ちが堅い方がいいわな、とクレメントはにっこりと満面の笑みを浮かべると、恥じらうように視線を背けるシャルロッタへと語りかけた。
「いいだろう、シャルロッタ……忘れるなよ? これはお前に与える罰なのだから」



「……参りましたわ……あんなこと言われるなんて……」

「大変ですねえ、ちなみに私たちエルフでも子孫を残すためのつがいは奨励されているんですよ」
 部屋に戻ってため息をつくわたくしに、エルフであるパトリニアさんはテーブルに並べられたお菓子をひょいとつまむと躊躇いなく口に放り込んでいく。
 今わたくしとパトリニアさんは今後の蒼き森との連絡や、辺境伯家への助力について相談をするべく自室で話をしている。
 というのは建前で、先ほどまで開かれていたわたくしへの公開処刑気味の話し合いが終わった後、クリスやエルネットさんたちが軍議で席を外したため手持ち無沙汰になってしまったためだが。
つがい……それって婚約とはどう違うのですか?」

「人間の婚約や結婚とは違って、一時的なパートナーを得るという感じでしょうかね……もちろん人間とは寿命が違いますので、時間軸としては一生と言っても良いかもですけど」

「ああ、エルフの皆様は長生きですものね……」
 広葉樹の盾ブロードリーフは一〇〇〇年以上生きているだろうし、目の前のパトリニアさんはぱっと見二〇歳くらいにしか見えないけど、実際には相当な年齢なんだろうな。
 それを聞くのは野暮すぎるから聞けないんだけど……前世でもエルフを束ねた英雄がいたが、彼自身は二〇〇〇歳を超えているのに外見はライン、つまり前世のわたくしとあまり変わらない容姿だったんだよね。
 長く生きるが故に少し浮世離れというか、古風な人が多いのだけどそれでもエルフの英雄は恐ろしいほどの戦闘能力を有していた。
「それはそうと、どうですか? 勝てそうですか?」

「戦となると、単純に考えれば兵力が多い陣営が勝ちますわね」
 第二王子派を糾合しても第一王子派との戦力差は歴然としており、全兵力を一度にぶつければ数倍の戦力を相手に第二王子派は消滅するしかなくなる。
 だが、イングウェイ王国は国土が広く、互いの戦力は各地に分散している……第八軍団が全戦力を持ってハーティを攻めることができなかったのは、彼らの本拠地近くに敵対派閥の貴族が領地を持っているからだ。
 これは両陣営が抱える問題点であり、第二王子派はそれを生かして相互の協力体制を整えている……これは主にベイセル兄様が暗躍していたそうだが。
「単純に数が多い方が勝つ、とは限らないのが戦争でしてよ……今の所第二王子派最大の戦力は我がインテリペリ辺境伯家ですし、旗印であるクリスもここにおります」

「ということは第一王子派はこのインテリペリ辺境伯領めがけて殺到する、と?」

「そうせざるを得ないでしょうね、しかも全戦力を集中することは難しい……だからそこに付け込む余地があると考えますわ」
 わたくしの言葉に感心したようにパトリニアさんはお菓子を詰め込んだ口にお茶を流し込むと、何度か頷く。
 まあ実際は出たところ勝負……自慢じゃないがわたくし一人で一軍を相手するくらいはできるので、戦力差というのはそこまで大きいわけじゃない。
 ただ問題は訓戒者プリーチャーのようなイレギュラー……あれがホイホイ出てこられるとわたくしもかかりきりになるし、苦労はするとは思う。
 だが、ここで引き下がるわけにはいかない……わたくしは最後に残っていた唯一のクッキーを手に取ると、齧りながらパトリニアさんへと微笑んだ。

「エルフの皆様には最高の戦場をご用意しますわ、その時を楽しみにお待ちくださいましね」
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