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第一七〇話 シャルロッタ 一六歳 ハーティ防衛 二〇

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 ——ハーティの街を守備する兵士たちが歓声をあげて一人の少女を迎え入れている……その少女は美しく長い銀色の髪を靡かせ、整った顔に微笑を浮かべて彼らに手を振っていた。

「「「「我らが辺境の翡翠姫アルキオネ!! 戦の女神たるシャルロッタ様に感謝を!」」」

 ハーティの兵士たちが大歓声をあげてわたくしへと手を振っている……あー、なんかこそばゆいなあ。
 だが今回第八軍団との戦闘で、ハーティ守備隊の死者数はわずか一五名……負傷者はそれなりにいるもののエミリオさんの懸命の治癒で軽傷者はほぼいないし、重傷者は六〇名程度出ているが結果だけを見れば完全勝利と言ってもいい。
 第八軍団の野戦陣を確認しに行ったレイジー男爵が「女性は見に行かないほうがいい」とだけ言っていたが、埋葬の手伝いに行った若い兵士が真っ青な顔で戻ってきたところを見ると相当にひどい状況だったようで、あちらの被害は計り知れない。
 それと上半身だけになっていたレーサークロス子爵の遺体も回収されたが、こちらは子爵家へと引き取りの連絡を入れているそうで、それまではハーティ内部にある安置所に置かれているという。
「大人気ですねえ……もっと元気よく手を振り返してあげたらどうです?」

「……十分振ってますよ、ちょっと恥ずかしいだけです」
 リリーナさんがいたずらっぽい笑顔でわたくしを促したため、苦笑しながら熱心に手を振ってくれている兵士たちへと改めて手を振り返すと、一層歓声が大きくなる。
 まあ、辺境伯領の催し物の際はこういった舞台に上がることも多かったのだけど、根っこが平民しかも前々世が日本人であるわたくしにとっては少々気恥ずかしい気分になってしまう。
 そんなわたくしの心のうちなど知る由もないハーティの守備隊は、暗い気持ちを吹き飛ばすくらいの勢いで勝利を祝っている……街から一度は脱出した住民たちもちらほら戻ってきているそうで、再びこの街が攻撃されなければ何とか冬は越せそうだよ、と話していたな。
 わたくしが兵士たちへと笑顔で手を振っていると、レイジー男爵がそっとわたくしの傍へとやってきて、小声で話しかけてきた。
「先ほど先ぶれが来てな、ウゴリーノ卿が軍勢を引きつれてこちらへと向かっているそうだ」

「そうですか……」

「お前は兄上と共にエスタデルへと戻るといい、初戦で勝ったとはいえこの街は滞在するには少々危険だ……一度父上を見舞ってからやりたいようにやるがいい、ワシはお前を支持するよ」
 レイジー男爵はわたくしを見つめてから優しく微笑むと、深々と頭を下げて離れていく。
 彼らの勇戦だけでなく、裏道を襲撃した暗殺者や敵が召喚した猟犬ハウンド含めわたくしがいなければおそらくハーティは陥落していた……いやもっとひどいことになっていたはずなので本当に感謝はしてくれているのだろう。
 ……やっぱりこそばゆいな、ミシェルおじ様はそういうキャラじゃないんだけどな。
 とはいえインテリペリ辺境伯家内でわたくしがある程度自由に動けるように支持してくれるのであれば、それはそれで来るべき訓戒者プリーチャーとの戦いには相当にプラスに働くだろう。
 ぶっちゃけ今のところわたくし以外に彼らと戦える能力のある人はいないわけだし、わたくしが常に前線に立ち続ける必要も出てくるのだろうから。
「これからの戦い……厳しくなりそうですね」

「もちろん「赤竜の息吹」の皆様にも頑張ってもらいますわよ?」
 手を振って兵士の歓声にこたえているわたくしへ、エルネットさんが話しかけてきたため率直に返事を返すが、実際猟犬ハウンドは相当に強かったがあれがキング級だっただけで、ふつーの個体はもう少し弱いはずだ。
 エルネットさんはわたくしが見立てたところ第三階位の悪魔デーモンくらいは倒せる実力を持っているし、まだまだ成長の余地がある。
 だからこれからの戦いで彼の力が必要になることも増えていくだろう、つまりはまだまだ休ませねえぞ、グヘヘということなのだけど。
 わたくしの言葉に少し息を詰まらせながらも、彼は力強くうなずいた。
「……俺はもっと強くなりたいと思ってますよ、だからこれからも貴女の命令で戦います」

「……絶対に死なないでくださいね、わたくしせっかく出来た友人ともいえる人が死ぬのは耐えられませんから」

「……そう仰っていただけるのはうれしいです」
 にっこりと微笑むエルネットさんにつられて微笑むわたくしだが、友人というのは本心から出た言葉だ。
 この世界に転生して真の友人、「赤竜の息吹」だけでなく今は王都に残っているターヤも含め数は少ないけど気を許せる人が増えてきている。
 得難い人材はそろいつつある、彼らはわたくしが望めばクリスの力になってくれるだろうし実際に頼れる存在になってきている。
 何もわたくしはこの世界や王国を牛耳りたいなんて思ってもいない、ただただ大好きな人達と一緒に楽しく人生を過ごしたいだけなのだから、今起きている……そして王国を覆い始めている戦乱の影は一刻も早く晴らさなければいけないだろう。
「……しかし猟犬ハウンドを呼び出したのはどう考えても……彼らよねえ……」



「……ずいぶんとこっぴどくやられたものだな、我が来るまで待てなかったか」
 緑色の体色、筋肉質の肉体を持つ巨人……打ち砕く者デストロイヤーは少々呆れたような表情を浮かべて、目の前で座り込んでいる人間大の昆虫、いや訓戒者プリーチャーたる這い寄る者クロウラーを見つめている。
 彼の周りには魔力でできた結晶板のようなものが散らばっており、それは次第に音を立てて空気へと解けるように姿を消していっている。
 這い寄る者クロウラーは損傷した肉体を何らかの力で修復しており、汚泥のようなぬめりのある液体を流しながら元の姿へと戻りつつある。
『あなたが来るとは思っていなかった、訓戒者プリーチャーは独立独歩だと……あの女が言う通り抜け出すことはそれほど難しくはない』

「だがお前の最も強力な権能である増殖能力が使えなくなったのだろう?」
 打ち砕く者デストロイヤーの言葉に黙ってうなずいた這い寄る者クロウラーは自らを構成している魔の力から何かがごっそりと抜け落ちた感覚に違和感を覚えて小さくため息をついた。
 増殖能力は自らの魔法と再生能力を犠牲にして得た権能であり、自らが象徴する神が与えた愛でもある、それを捨ててでも彼はやらなければいけないことがあると判断していた。
 シャルロッタ・インテリペリに一矢報いること……それだけのために最も有利な権能を捨て、復讐のために戦うことを選んだのだ。
『……私の神がこの世界に干渉するためには更なる時間がかかるでしょう、それでもあの女を殺さなければ我ら混沌に勝利はないと感じました』

「……それでどう思った?」

『とても強く……そして残酷ですね』
 這い寄る者クロウラーは完全に肉体を修復すると、地面に突き刺さったままの強欲なる戦火ウォーピッグスを引き抜くと愛おしそうにそっと武器の表面を撫でるが、まだ武器には自分の体液が付着しておりぬるりとした感触を伝えてくる。
 彼を強者たらしめていた能力を喪失したが、その代わりに失ったはずのものが蘇ってくるのが判る……それは遠い過去に神へと捧げたはずのもの。
 カチカチと顎を鳴らしながら、あの銀色の戦乙女の能力を反芻するように思い返していく……恐ろしいまでの身体能力、そしてこちらをじっと見つめるあの瞳。
 相手を観察するだけでなく、それがどういった構造なのかを理解する洞察力、そして……おそらく過去にそういった経験をしているのか簡単に対処をしてくる適応能力。
『……勇者、というのはああいう人種なのですかね?』

「我は一度だけ戦った……勇者としては半人前のひよっこ、それでも我は本気で戦わなければ死ぬところだった」

『……ほう? 強者たる貴方でもそう思うのですか?』

「我はあの時だけ恐怖を感じた、それが答えだ」
 ほんの少しだけ打ち砕く者デストロイヤーの瞳に恐怖の色が浮かんだような気がしたが、その色もすぐに消え不機嫌そうに顔を背けた。
 彼が話した勇者とは誰のことだったのか、は打ち砕く者デストロイヤーにしかわからない……訓戒者プリーチャーの中でも古参に近い彼の生きてきた期間は長く、他のメンバーにもわからない経験を多くしているのだという……それ故に戦闘能力は彼らの中でも群を抜いている。
『貴方がここにいるということは、シャルロッタ嬢と戦うということですか?』

「ああ、だが今までの出来事から我はお前の力を借りようと思っている」
 打ち砕く者デストロイヤーが口元を歪めて笑うと、少し意外なものを見るように這い寄る者クロウラーは首を傾げた……元々訓戒者プリーチャーは個人の戦闘能力が高いため集団で行動することがほぼない。
 相談事や作戦を練るためであれば集まるが、それ以外では顔も合わせないことの方が多いのだから……だが打ち砕く者デストロイヤーは不思議そうに彼を見つめる目の前の怪物を見たまま再び笑う。
 非常に人間臭く彼は這い寄る者クロウラーの肩をポン、と叩くとすぐについてこいとばかりに手招きをしてから歩き出す。

「……我は勝つためであればなんでもする主義でな……お前と力を合わせてあの女を殺す、それだけが今我を動かしているのだ」
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