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第一六二話 シャルロッタ 一六歳 ハーティ防衛 一二

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「ええい、何が起きているんだ……!」

「敵方に冒険者パーティ「赤竜の息吹」が参戦しているようです!」
 ポール・レーサークロス子爵は思うように進まないハーティ攻撃に苛立ちを隠しきれなくなっていた。
 本来野戦を得意とする第八軍団であっても、小規模都市の占領という任務はそれほど難しいものではない、特にハーティの守備隊は事前の情報通り小勢であったことから力押しを決定した。
 こちらの部隊をある一定の集団に分け、入れ替わり立ち替わり絶え間ない攻撃を繰り返すことで圧迫する……第八軍団の参謀たちが出した結論はこうだった、はずだ。
 だが攻撃が始まってから、後方攻撃のために黒烏たちを向かわせたはずの裏道……すでにこの抜け道は事前に第八軍団は把握しており、黒烏達が通過した後に一部の部隊を分けて別方向からハーティを攻撃する計画もあったのだ。
「……閣下、地形が大きく変化しハーティの裏側……おそらく民間人を逃がしている門への攻撃は大きく迂回する必要があります、部隊を呼び戻してこのまま正面攻撃に終始するしかないかと思われますが……」

「わかっている! 伝令を出せ、作戦変更だと」
 レーサークロス子爵はすぐに伝令士官を呼び出すと、別動隊へと戻るように命令を下す。
 あの火柱と地響き……黒烏達は何をしたのだ? と内心悔しさに歯噛みをしつつ、彼は未だ正門の前にある陣すら抜くことをできていない味方に悪態をつきたい気分に駆られる。
 攻城兵器を持つ第一王子派の軍団は、王都近くの街道を進んでいるはずだが明日にもハーティに到着できるわけではない、それまでは散発的な攻撃を繰り返しつつ、第二王子派の主力……インテリペリ辺境伯家の軍勢が少しでも遅れることを祈るしかない。
「揺動で相手を引き摺り出そうと思ったが、試しに仕掛けてみたものの前線にいるエルネット・ファイアーハウスが味方を留めているな……」

「個人的な武勇では一世一代の英雄クラス、指揮すれば有能な騎士隊長レベルとは……こちらに引き入れたい人材ですな」
 ハーティの城門付近にある守備隊が構築した陣地に攻めかかる第八軍団の兵士達が次々とエルネットに制圧されていっている光景が見えている。
 しかもエルネットは第八軍団の兵士にトドメを刺すことはなく、あくまでも追い散らす程度にとどめていることから、王国人同士の殺し合いをできるだけ防ごうとしている節すらある。
 彼の攻撃で槍を切り裂かれたり、盾を叩き落とされた第八軍兵は慌てて本陣側に逃げていくが……追撃をできるだけ避け、防衛に徹しているのを見るたびに、大人と子供の稽古か何かのようにすら見えてしまう。
「無理だろうな……シャルロッタ嬢との契約があるらしい……冒険者組合アドベンチャーギルドに掛け合ったものがいたらしいが、彼ら自身が彼女への恩義を感じていることと、未だ契約期間があるとかで拒否されたそうだ」

「その結果がハーティ防衛戦への参加とは……皮肉ですな」

「だがやはり彼らがいるということはシャルロッタ嬢がハーティにいるのだな、それだけが収穫か」
 現場指揮官であるレーサークロス子爵はもちろん戦場で目に見える範囲の出来事しか理解できていない、まさか裏道にシャルロッタがいて、それを襲撃した黒烏もろとも地形を吹き飛ばしたなど、想像力を遥かに超えてしまっている。
 彼らの判断はハーティ側が何らかの形で、裏へと抜けられないように爆薬などを使って道を封鎖した……という認識である。
 そう、そもそも辺境の翡翠姫アルキオネ自身が戦闘能力を持っているという事実は知られていない……せいぜい契約している幻獣ガルムや冒険者に気をつけろ、という認識程度なのだから。
 そしてガルムの戦闘力をきちんと認識しているものはほとんどおらず、「赤竜の息吹」の方が注意を引いていたくらいなのだ。
「彼女を捕らえてしまえばこの不毛な内戦は終わるのだが……クリストフェル殿下は婚約者を見捨てることなどできまい?」

「しかし街中にいる場合は補足できませんな」

「そのための抜け道だったのだがな……脱出時に捕捉すれば如何な武人といえども反撃はできないはずだったんだが……全く……」
 指揮官用に用意された椅子へとドカッと腰を下ろすと、大きくため息をつく……すでに第八軍団の損害は一〇〇名近くになっており、無理に攻め続けるのは軍団自体の崩壊を招きかねない。
 自分たちの駐屯地に残してきた兵士が全て動員できれば、もう少し状況が好転するかもしれないが、帰る場所を無くしてまで内戦に加担するのは子爵の望むところではなかった。
 どうする……無理に攻め続けても被害が大きくなるばかりで得るものが少ない、第一王子派貴族として、命令を受けたために出陣しているが本心としてはこの戦いで戦力を減らしたくない。
「如何いたしますか? このまま時間をかけて攻め続ければおそらく攻め落とせるとは思いますが……損害も大きくなると思います」

「わかってる、だからこそ策が必要だ」
 第一王子派の貴族達は強固な同盟関係を結んでいるわけではない、第二王子派がその勢力の小ささに反してお互いの協力関係をしっかりと結んでいるのに対して、彼らは隙あらば領地を掠め取ろうとするものすらいるのだ。
 レーサークロス子爵が全戦力をこの場に投入できていないのはその証左……アンダース殿下に念書でも書かせればよかったか……と出立前の準備を十分にできなかったことを悔やみつつ、子爵はしばらくじっと考えこむ。
「エルネット卿をどうにかしないといけないな……騎士アンセルモをよべ」

「ア、アンセルモですか……?」

「卿の言いたいことはわかるが、現実的に考えてもアイツ以外エルネット卿を止められんだろう、いいから呼ぶんだ」
 レーサークロス子爵の命令に納得のいかない表情だった参謀は、渋々といった様子で彼に頭を下げるとそのまま天幕を出ていく……できれば使いたくなかった手段だが、現在第八軍団の中で個人的な武勇に長けた人物は一人しかない。
 正確にいえば子爵も腕には自信はあるが、それでも軍指揮官として軽率に一騎打ちなどを仕掛けられるような身分ではないことは理解している。
 苦し紛れの手段ではあるが、エルネット・ファイアーハウスが恐ろしく強いとはいえ、騎士アンセルモと戦えば無傷では済まないだろう……そこへ、と彼は懐に入れていた小さな黒い小箱を取り出す。
「……負けそうになる前に使え、だったな……あの不気味な女、欲する者デザイアと言ったか……」

『……いいですか、勝ちたいと思うのであれば最も効果的な場所で……特に負けそうな時には素晴らしい結果をもたらすでしょう、勝っているときは使わないでくださいね』
 恐ろしく扇情的で淫らな印象のある黒髪の女……欲する者デザイアと名乗った女はアンダース殿下が最もそばに侍らせていると言われる者で、その正体は誰も知らず急に王都に現れて寵愛を勝ち取ったと言われている謎多き人物だ。
 だが彼女は恐ろしく有能で、第一王子派に潜んでいたスパイを見つけたり、反体制派の人物を摘発するなど能力の高さを見せつけていたため、誰もが彼女の言葉に耳を傾けるようになっていた。
 彼女の赤い瞳を見ると、まるで吸い込まれそうな気分に陥る……彼女のいうことを聞かなければいけない、そうしたいと思ってしまうのだ。
「……普通の人間ではない、と思うが……だがこの状況を予想していたとしたら……」

「騎士アンセルモを連れて参りました」

「……ここへ入れろ」
 子爵の言葉の後、天幕に一人の人物がのそり、と姿を現した……身長は二メートルを超えた大男で、兵士鎧ブリガンディンと革鎧を黒く塗装した第八軍団のイメージに合わせた鎧を着用しているが、特徴的なのはスキンヘッドにあちこちに裂傷の跡が残る痛々しい外見と、恐ろしく目つきが鋭くまるで野生の犬を思わせるような凶暴な印象の男だった。
 騎士アンセルモ……レーサークロス子爵が抱える戦力の中で最も武勇に優れた人物であるが、彼は素行が悪く騎士として叙勲されているものの、おおよそ騎士らしい振る舞いが身に付かず、元の主人からは見放された存在だった。
「……あんたが呼ぶなんて珍しいな子爵」

「ああ、面倒ごとがあってな……飲むか?」
 レーサークロス子爵は彼の前に銀のゴブレットに注いだワインを差し出すが、アンセルモは黙ってそれを乱暴な手つきで掴むと、一気に喉の奥へと流し込む。
 本来主人から差し出されたものを受け取る際に騎士はそれなりの作法や言動で受け取る必要があるのだが……まあこの男はそれでいいのか、と子爵は軽く肩をすくめるとアンセルモの目をじっと見てから話しかける。
「冒険者「赤竜の息吹」が敵方に助力している……城門で戦っている戦士エルネット・ファイアーハウスを倒して欲しい」

「冒険者ぁ? そんなもん取り囲んでぶっ殺しちまえばいいだろうよ」

「それができんから貴様を呼んだ、お前ならできると確信している」

「……報酬はもらえるんだろうな?」
 アンセルモは太い指を器用に動かすと、この世界でも見られる金を意味するジェスチャーを見せるが子爵は黙って彼の懐からほんの少し膨らんだ袋を取り出すと、アンセルモの前へと放り投げる。
 テーブルに落ちた衝撃で口が少し開くと、そこからは中に詰められた金貨が見えアンセルモは口元を歪めて笑うと再びその袋を掴むと大事そうに懐へと仕舞い込む。
 彼の悪徳は有名で報酬を払わないとまともに働かなかったり、汚職や賭け事などに興じて任務を放棄したりと使い所の難しい人物として知られている……だが強い、第八軍団内では圧倒的な武力を誇り負けなしとまで言われているのだ。
「いいか、お前にしかできんから依頼をしている……エルネット・ファイアーハウスの生死は問わん、奴の仲間にいる女もお前が好きにしていい、だが確実に倒せ」

「まいど……女もいるのか、なら戦いの後は楽しみが増えるな」
 クヒヒッ、と引き攣るような笑いを浮かべたアンセルモがそのまま天幕を出ていくのを見て、レーサークロス子爵は深くため息をついた。
 強者ではあるがまともに軍事行動の取れない人物であり、一度戦場に解き放って仕舞えばどれだけの悪事を働くか全く予想ができない。
 だがしかし、それに目を瞑ってもこの街を早期に陥落させ、インテリペリ辺境伯家を掣肘しなければ第一王子派が優勢とは言っても何が起きるかわからない……初戦には絶対に勝利しなければいけない。

「……第八軍団に余計な犠牲が出ないことを今は喜ぶべきか……アンセルモが勝てないとなれば、この小箱の出番だな……」
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