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第一五三話 シャルロッタ 一六歳 ハーティ防衛 〇三

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「やってくれたよ……兄上は……」

 金色の美しい髪をガリガリと掻きながら、テーブルに先ほどまで読んでいた書状……インテリペリ辺境伯家への通告書状を投げ出す様に放るとクリストフェル・マルムスティーンははあっ! と強くため息をついた。
 アンダース・マルムスティーン国王代理によるクリストフェルおよびインテリペリ辺境伯家を逆賊として名指しで認定した宣言はイングウェイ王国全体に激震が走った。
 過去の歴史を紐解いても、高位貴族を王家が名指しで叛徒として扱ったことは今まで存在しない……貴族家によっては爵位を剥奪の上反逆者として処されたものも存在しているものの、辺境伯家以上の家では初めてだ。
「殿下、我が家はこの不当な宣言に対しては反論の書簡を送りました」

「……それでいいのですか? 僕としてはありがたいのですけど……」
 クリストフェルの前に座るインテリペリ辺境伯家当主代理を務めるウォルフガング・インテリペリの言葉に、彼は少し驚いた表情になるが、ウォルフガングは黙って頷く。
 本来クリストフェルを王家に突き出して「我が辺境伯家は王家に忠誠を誓っています」ということも可能であったはずなのだが、それでも辺境伯家に属する貴族、騎士、兵士達はそれを是とはしなかった。
 あくまでもクリストフェルを王位につけるために……王都でのクレメント伯襲撃事件は、本来王都の治安を維持しなければいけない貴族や騎士への不信感として渦巻いており、異を唱えるものは誰一人としていなかった。
「我が家に属する貴族、騎士……兵士に至るまで貴方を支持しています、我々は不当な要求には抗う、それがインテリペリ辺境伯家だと自負していますので」

 その言葉に申し訳なさそうな表情を浮かべるクリストフェルだが、そんな彼を見て笑みを浮かべたウォルフガングは今起きている事柄をもう一度考えていく。
 まずインテリぺリ辺境伯家当主であるクレメント・インテリぺリはまだ目を覚ましていない、領内にいる聖教の神官がかかりきりで治療に当たっているが、未知の毒物による昏睡ということで目途が立っていない。
 幸いにしてウォルフガングだけでなくウゴリーノ、ベイセルも領に戻ってきているため、本来クレメントが行ってきた政務については代理という形で消化できている。

 妹であるシャルロッタはいまだ見つかっていない……王都を離れた後に王国軍の部隊が追跡を行っていたことがわかっているが、その後追跡部隊も行方不明となってしまっているためその後どうなったのか誰もわかっていない。
 さらにシャルロッタ一行に似た人物が各地で目撃されているが、その中でも王都より少し離れた場所で、不自然な魔力爆発が観測されたことをウォルフガングもつかんでいた。
「……ユルが暴れたのかもしれないが、それにしても被害が貴族の間でもつかみ切れていないのは不可解……」

「シャルは無事でしょうか? 僕はシャルと一緒に行動しなかったことを後悔しています……」
 クリストフェルの言葉に、ウォルフガングはにっこりと笑うと「あれはそこら辺の令嬢とは全く違うので」と彼を安心させるように諭す。
 そう、普通の令嬢ではない……妹は普通ではないのだ、あの幻獣ガルムを見たときにウォルフガングははっきりと悟った。
 そしてずっと何かを隠して生活をしている、はっきり言えばイングウェイ王国の王妃など務まる存在には見えない、もっとより大きな何かを為す存在のようにも思えるのだ。
「殿下、こういうことを言うのはなんですが……妹は普通ではありません」

「……僕も彼女がずっと何かを隠しているのは知っています」

「美しいだけではない何かをずっと抱えているのは私も知っています、いや我がインテリぺリ辺境伯家の人間は妹は我々が考えつかないなにか大きなことを為すと思っていました」
 彼の言葉にクリストフェルは少し意外そうな表情を浮かべる……確かにクリストフェル自身もシャルロッタの異質さについては感じているが、それはあくまでも令嬢としては、という部分だけだったが、家族はそうではなくもっと見ている位置が違うのだということを気が付かされる。
 プリムローズとクリストフェルが対峙していた際、いやそこへと契約している幻獣を送り込んできたこともある、そもそも幻獣ガルムとの契約はどうやって行ったのか、時折見せる鋭い眼差しは一体どうやって培われたのか?
 クリストフェルはこの期に及んで自分がシャルロッタの表面的な部分しか見れていない、ということに気がついた……いやずっと前から気がついていたが敢えて見ないふりをしていたのかもしれない。
「僕はずっと勇者の器だって言われて、自分自身努力をして来たつもりでしたが……もしかしたらシャルはもっとたくさんのことを経験している……のか……」

「私も常に彼女のそばにいたわけではないですが……侍女頭のマーサでも全てを知っているとは思えませんしね」
 ウォルフガングは苦笑しながらクリストフェルが飲み干したカップへと、新しいお茶を自ら注ぐ……どちらにせよ、戻ってきたら彼女に聞かなければいけないことが多くあるだろう。
 そして彼らには共通した認識、シャルロッタはおそらく何事もなく帰ってくるに違いない、という確信めいたその思いを感じている。
 それは大事を為す者が簡単には斃れないということを歴史の中から、そして伝説の記述の中から学んでいるからだ。
「……シャルにあったら、なんて顔をすればいいんですかね……」



「……前から騎士らしき人物の一団が近付いていますね」
 エルネットさんが御者台の上からわたくし達へと声をかけて来たのを聞いて、わたくしはその方向へと軽く目を凝らす……視力はとても良いのだけど、別に魔法をかけなければ遠くが見えるわけではないので、今の所わたくしの目には砂塵を上げて街道をかなりの勢いで走っている騎馬の姿が見えるだけだ。
 うーん、敵対している様には見えないんだけどなあ……わたくしは軽く首を振ると、黙って椅子へと腰を下ろす。
「詳しくは見えないですけど……少なくともハーティ方面から来ている味方だと思いますわ」

「では街道から少し脇に逸れたところで馬車を止めますね」
 エルネットさんは言うが早いか、すぐに街道脇に馬車を移動させて止めると、そのまま御者台から降りて油断なく腰に下げた剣の柄に軽く手を添えた状態をとった。
 リリーナさんやエミリオさんも似た様なものだ……デヴィットさんは馬車の影に位置取ると、いつでも魔法を詠唱できる様な体勢をとっている。
 この辺りは「赤竜の息吹」がプロの冒険者であることを実感させる部分だなー、と我ながらちょっと人ごとで感心してしまうが、マーサはどうしたらいいのか分からないらしくわたくしの服の袖をちょい、と引っ張ったためわたくしは彼女に優しく微笑んで大丈夫だと伝えておく。
「大丈夫ですわ、敵ではないのですからおそらくレイジー男爵の手のものかと」

「そ、そうですよね……」
 まあ、レイジー男爵の部下ではない場合は……いやそれは考えるのはよそう、ハーティ自体が第一王子派によって攻め落とされているというケースも無くはないけど、少なくとも男爵とその部下の能力を考えるにこの短期間で簡単に街を攻め落とせるとは考えにくい。
 わたくし達が進んできた街道には軍隊の通った跡などはなかったし、もし戦闘になっていればそこから逃げる人などもいるわけだから。
 そうこう考えているうちに騎士達はこちらを見つけたのか、少しずつスピードを落としながらゆっくりとこちらへと向かってきた……先頭にいる騎士の顔がはっきりと見えてくるに従って、わたくしは少しだけホッとした気分になってエルネットさんへと警戒を解くように伝える。
「エルネットさん、大丈夫です……味方ですわ」

「……よし、全隊とまれ!」
 騎士は後続の兵へと声をかけると、ひらりと馬から飛び降りわたくしの前へと歩み出てからそっと膝をついたため、わたくしは黙って彼へと手を差し出した。
 深緑の髪に蒼色の目を持つ年若い青年……昔会った時よりもほんの少しだけ大人びた印象のある彼は、わたくしの手をそっと取ると優しく手の甲へと唇を落とし、そして胸へと手を添えてからにっこりと微笑む。
 リディル・ウォーカー・カーカス……二年前にカーカス子爵家事変で知り合った、子爵の息子であり一度はわたくしを誘拐しようとした父親に味方したが、すぐに叛意しインテリペリ辺境伯家への忠誠を誓った男性だ。
「シャルロッタ様、大変ご無沙汰をしております……ハーティ守備隊に所属いたしましたリディル・ウォーカー・カーカス騎士爵です」

「久しいですねリディル、お元気そうで何よりです」

「はい、シャルロッタ様も相変わらずお美しくていらっしゃる……そちらは「赤竜の息吹」の皆様ですね、初めまして」
 リディルが丁寧にエルネットさん達へと挨拶をしたのを見て、彼らはホッと息を吐くとすぐに警戒態勢を解いてリディル達へと軽く頭を下げた。
 ハーティ守備隊所属……ということはリディルは今レイジー男爵の部下なのか……大丈夫かな? あの暑苦しいおっさんの下で優男の彼はちゃんとやっていけてるのかな?
 妙な心配をしてしまって、少し彼をじっと見つめてしまうがそんなわたくしの視線に気がついたリディルはほんの少しだけ恥ずかしそうに目を逸らし、頬を軽く染める。

「……シャルロッタ様、そんなにじっと見られるとその……恥ずかしいです、今回僕はレイジー男爵の命により皆様をお迎えに上がりました、ぜひハーティへとお越しください」
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