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第一五二話 シャルロッタ 一六歳 ハーティ防衛 〇二

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「……これにより余はイングウェイ王国インテリペリ辺境伯領への侵攻を決定した!」

 浅黒い肌に至高の存在である金の王冠を被る若き為政者であるトニー・シュラプネル・マカパイン三世、マカパイン王国国王が宣言するのを聞いて、貴族達は大きな歓声を挙げた。
 イングウェイ王国では大混乱が起きている……斥候による情報と、外交官からの報告からも彼の国に巻き起こる内乱は避けようのない事実として捉えられている。

『クリストフェル・マルムスティーンおよび彼を匿うインテリペリ辺境伯家を逆賊として認定する』

 アンダース・マルムスティーン国王代理による宣言は、諸外国にも大きな驚きを巻き起こした。
 兄弟による骨肉の争い……これは国家の歴史の中で言えばそれほど珍しいことではないかもしれない、ただ近年大陸内に存在する国は長い太平の世を享受しており、いくつかの小競り合いなどを除けば戦争になったことは多くない。
 インテリペリ辺境伯家はアンダース国王代理の宣言に対して強く反発し、すぐに反論とも思える宣言を行ない、イングウェイ王国だけでなく諸外国の外交官は国元へと彼らの宣言を届けていた。

『インテリペリ辺境伯家は不当な命令には従わない、クリストフェル・マルムスティーン殿下こそイングウェイ王国の正当なる後継者であり、辺境伯家への軍事的圧力に対しては武を持ってこれを退ける』

 インテリペリ辺境伯家は戦う……これはすでにそうなるであろうという予想はされていたものの、長らく国境を守り続けてきていた彼らが国王代理と戦うという選択をしたことで、イングウェイ王国は未曾有の混乱に陥っている。
 諸外国は固唾を飲んで勃発するであろう内戦の成り行きを見守っているが、その中でもマカパイン王国は積極的にイングウェイ王国への干渉を行うため、諜報活動や斥候を繰り出し始めていた。
 そして国境付近の辺境伯軍の目が中央へと向き始めていることを察知し、国王へと報告されたことで彼はついに軍を起こすことを決意したのである。
「我々には竜殺しがいる! ティーチ・ホロバイネン……一廉の兵士より身を起こし、ついには強大なる魔獣ドラゴンを討伐せしめた我が国の英雄だ! ティーチよ、ここへ!」

「はっ!」
 国王の呼びかけに答えた一人の若者が姿を表す……まだ三〇にも満たない男は、少し不安げな表情を浮かべつつもマカパイン三世の前へとひざまづく。
 仕立ての良い服を着用し、胸には竜殺しを模した紋章が金色の刺繍が刻まれており現在では貴族としてマカパイン王国では尊敬を集めている存在として知られている。
 彼の偉業は竜殺し……つまり魔獣の王たるドラゴンを倒し、その証明としてかの魔獣の爪を持ち帰ってきたことに起因している。
「竜殺し、我が最も信頼する第三軍団の軍団長たる卿に命じる……イングウェイ王国インテリペリ辺境伯領へと出兵し、マカパイン王国の領土とせよ」

「……はっ……王命謹んで承ります」
 竜の爪はドラゴンを倒すことができなければ手に入れることは難しい……且つて彼はイングウェイ王国への斥候任務の最中にドラゴンと遭遇し、これを倒すことに成功した。
 ティーチ・ホロバイネンはその竜殺しという偉業を達成したことでマカパイン王国での絶対的な尊敬と、信頼を得ることに成功した。
 それまで一介の斥候でしかなかった彼がどうやって偉業を達成したのか、怪しむものも少なくなかったが……彼はその後に部隊を率いた戦いでも的確な指示と戦術でその能力を示し、恐ろしく速い栄達を果たしていた。
「安心せよ、我はイングウェイ王国第一王子派に属するハルフォード公爵家と盟約を結んでいる……インテリペリ辺境伯家が過去に我が国より奪った土地を攻撃することには異論はないそうだ」

「……では私は準備がありますれば」

「おお、頼んだぞ竜殺しよ!」
 ティーチは一度深々と頭を下げると、表情を変えずに立ち上がるとゆっくりと王の元を離れ……そして準備のために謁見の間を去っていった。
 彼の後ろ姿を見ながらマカパイン三世は自信に満ち溢れた笑みを浮かべる、彼はずっとこの機会を狙っていた……不当に奪われた王国の国土を取り戻す。
 それが彼が王となる際に己に誓った誓約だからだ……マカパイン王国とイングウェイ王国の遺恨は深く、先代はインテリペリ辺境伯家と争うことを諦めていた。
 だが自分は違う……竜殺しが若すぎるという苦言を呈する老臣もいたが、反面ティーチのように若くして能力を発揮した人物を取り立てていくことで、マカパイン王国軍の若返りや野心的な人物が数多く参加するようになり、強大な軍事力を行使することが可能になっているのだ。
「……さあ、我らマカパイン王国が大陸に覇を唱えるときだ……我こそが覇王に相応しいと歴史に名を刻んでやる!」



「……ど、どうしよおおおおおおう! ねえどうしたらいい? 困っちゃった! ねえどうすれば!」

「落ち着け馬鹿者……まずは鼻を拭け……みっともなかろうよ」
 ティーチは涙と共に鼻水を盛大に流しながら、一人の女性の胸へと顔を埋めている……その女性は赤い髪を軽く結いており、絶世の美女と言わんばかりに整った顔立ちをしている。
 白い肌に抜群のプロポーション、そしてティーチよりも少し背が高くマカパイン王国軍の正式な軍服に身を包んでおり、泣き喚くティーチをあやす様にその頭を撫でている。
 だがよく見れば彼女の瞳はまるで爬虫類のような形状と金色に輝いており、普通の人間ではないことがはっきりとわかる不気味な女性であった。
「だってさあ……インテリペリ辺境伯家に攻め入れってんだよ? 無茶でしょ?! だってあの人がいるんだよ?!」

「……まあそれは理解しているよティーチ……我もあそこへは行きたくない……」

「そうだろ?リーヒ……いや、リヒコドラク……俺たちカエルになっちゃうんじゃないの?! もう終わりだあああああっ!」
 リーヒ・コルドラク……マカパイン王国の竜殺しティーチ・ホロバイネンが懐刀として配下に加えた軍師でありティーチの愛人と言われる赤髪の美女、だがその正体はトゥルードラゴンのリヒコドラクそのものである。
 かつてティーチはインテリペリ辺境伯領へと斥候として侵入し、一度はシャルロッタ・インテリペリを捕えるという手柄を挙げた、しかしそれは彼女が「あの日」であったことから能力を制限された状態のため引き起こされた事故であり、その中で斥候部隊はこの真のドラゴンであるリヒコドラクへとちょっかいを出すという失態を演じた。

 リヒコドラクは最終的に斥候部隊を全て焼却し、シャルロッタとティーチへと襲い掛かったが能力を復活させたシャルロッタによって倒され、ティーチは彼女と契約をしたことで、シャルロッタに情報を流すスパイとしてマカパイン王国へと帰参することになった。
 その際一撃でブッ飛ばされたリヒコドラクの爪を素手でひっぺがし、彼に与えるとともにリヒコドラクとも契約を結び……ドラゴンはティーチの護衛として人間の姿をとりマカパイン王国での活動を支援することになった。
 リヒコドラクからするとシャルロッタと契約をするというのは恥辱以外の何物でもなかったが、それでも強者たる自分を簡単にあしらってみせた辺境の翡翠姫アルキオネへの尊敬と恐怖からその任務を請け負ったのだった。
シャルロッタ嬢ごしゅじんさまは行方不明らしいぞティーチ……」

「え? そ、そうなの? じゃあ契約無効じゃない?」

「まあ待て……我はシャルロッタ嬢ごしゅじんさまは生きていると判断している、そして我々は彼女の意に背くことはできぬ……だが王命にも従わねばならん」
 ティーチはげっそりとした顔でリーヒを見るが、なんて顔をしてやがる……と小声で悪態をついたリーヒは少し思案をめぐらせる。
 契約が破棄されていないのはシャルロッタ嬢ごしゅじんさまが生きているからだ、彼女が死んでいる場合魂に突き刺さっているようなこの魔力は消失するはずなのだ。
 だが今現時点でもそれが無効化されていないのは、彼女がどこかにいて辺境伯領へと戻ろうとしているから……でしかない。
 王命を無視するのはティーチの地位や名声を考えるには難しい、竜殺しかつ軍団を預かる身としてもそれだけはできないとわかっている、だから彼は板挟みになってパニックを起こしているのだ。
「出兵はするしかないな……だがティーチ、我は少し気になっていることがある」

「な、なんだい?」

「マカパイン王国側でも訓戒者プリーチャー……混沌の勢力が侵食をはじめているのではということだ」
 シャルロッタが契約するガルムが一度彼女からの言葉を伝えにきたことがあった、その時彼女は混沌の勢力がイングウェイ王国に浸透し策を凝らしていること、人間の欲や悪業を通じて彼らは勢力を拡大していること。
 そしてそれはイングウェイ王国だけではないかもしれないこと……マカパイン王国において、イングウェイ王国の内乱に乗じて戦争を仕掛ける様に誘導しているものが出るかもしれない、など。
 シャルロッタの味方(半ば強制的だが)である彼らにとって、お互いが争うというのはあまり望んだ未来ではない……契約を破棄した場合カエルになると散々脅されているのだから。
「ティーチ……出兵しよう、おそらく我らが軍を率いてシャルロッタ嬢ごしゅじんさまと会って状況を伝えた方が良いだろう、他の軍では戦闘になってしまう」

「で、でも……敵対したらカエルになるんじゃ……」

「まず出発は我が遅らせる……この国の反戦派を使って妨害工作を仕掛け、一定期間侵略ができないように動こう、そして現地では可能な限り略奪を避ける、敵対行動を取らない……これが大前提だ」
 リーヒの言葉にティーチは黙って頷く……彼は勇敢な戦士ではないが、軍指揮官としての能力は意外なほど適性が高かった。
 斥候をしていた過去がもったいないと思わせるくらい彼はその適性を生かして、さまざまな作戦において功績を積み上げていたのだから。
 ティーチは何度か鼻を啜ると、リーヒから離れると一度大きく自らの頬を叩いた。

「わかった、俺もこの国の人間だがそれ以上に彼女に受けた恩が大きい……他の誰にも任せん、俺たちでどうにかしよう」
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