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第一三五話 シャルロッタ 一五歳 死霊令嬢 〇五

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 ——呻き声、肉……血……渇望する生命の匂いが目の前からしている……ほしい、ほしい、ほしい……暖かい血液が、肉が、生きる全てを喰らいたい……。

「……明日は早く起きないとね、もう寝なきゃだめよ」
 母の言葉に布団にくるまって頷くエリス・アガロク……エクロレ村の平民の娘として生まれた彼女は貧しいながらもその日を一生懸命に生きていた。
 親は農民であり、彼女も幼ないながら家の手伝いをしている……今日も疲れた……そういえばこの村に貴族令嬢が来ているのだと親が話していた。
 なんでも王都でも有名な貴族で、今まで見たことがないくらい美しい女性だったと父親が酒に酔って少し嫌な表情を浮かべて話していたっけ。

「……どんな人なんだろう……」
 この村に来るような貴族はいない、とても偉い貴族がこの村を統治していて、村長は代官だと話していたがそれはよく理解できなかった。
 ともかく貴族というのは偉い、決して逆らってはいけないということは言い含められている……意見をした農民が問答無用で斬り殺されることだってあるのだから。
 布団に潜ってから明日の朝その貴族令嬢を見に行ってみようと考えながら、エリスは次第に意識を手放していく……だが、そんな状態でうつらうつらしていた彼女の耳に、悲鳴のようなものが聞こえた気がして眠い目をこすりながら布団から起き上がる。
「……なんだろう?」

「お、おお……」
 小さな明かり取りのために付けられている窓の向こうに人が立っているのが見える……誰だろう? 小さな村では誰もが知り合いなのだが、聴いたことがない声の気がする。
 エリスは眠い目をこすりながら歩き出す……衛兵のおじさんだろうか? でも夜中まで働くような人ではないのに……彼女が窓からこちらを覗く影の方へ近寄って行ったその時、月にかかっていた雲が晴れてその人物の姿がはっきりと見えた。
 息を呑む……知らない人だ、しかも真っ青な顔色をしていて目は濁っている……鎧を着用しているが、こんな男の人を見たことがない。
 その男性はエリスを濁った目で見ると、まるで獲物を見つけた猛獣のように呆けたように半開きだった口元を歪める……その口内から、甲虫が姿を見せて顔を這い回っていくのを見て……声にならない悲鳴をエリスはあげる。
 次の瞬間窓が割れ、彼女の体にその不気味な男の手が伸びる……恐怖で目を見開いた彼女の前に、凄まじい数の似たような男たちがエリスを見て笑うのが見えた。



「……リリーナさん」

「……襲撃ね、寝かせてくれないって感じか……」
 そろそろ寝ようと思って旅行用の上着を畳んでいたわたくしの感覚に悲鳴と喧騒が聞こえ、それと同時に同じ部屋で寝るはずだったリリーナさんが表情を変え足元に置いていた武器を手にする。
 廊下ではエルネットさん達が何か話しながらこちらへと近づいてくるのが聞こえてくる……わたくしは上着を羽織ると、緊張した面持ちのリリーナさんと共に部屋を出る。
 廊下にはエルネットさん達と、怯えた顔のマーサがエミリオさんに何やら励まされながら立っている……エルネットさんはわたくし達が部屋から出てきたのを見て黙って一度頷くと声をかけてきた。
「シャルロッタ様、襲撃です……二階に上がる入り口にデヴィットが防御結界を仕掛けているので多少足止めができるかと思います」

「……変ですわね、命あるものの動きではないような……」
 わたくしの感覚に映る襲撃者の動きが、恐ろしく緩慢でまるで人形のようなものであることに違和感を感じる、これじゃまるでゾンビのような……。
 いや動きからしてどう見てもゾンビだ……しかも兵士か何かを触媒にしているのか金属音なども響かせている。
 感知できる範囲を広げていくが、濃厚な死の気配を感じてわたくしは思わず咳き込む……うう、気持ち悪い……悪魔ではないけど恐ろしく強力な死霊魔術師ネクロマンサーが近くにいる気がする。
 わたくしの影から少し大きさをセーブしたユルがずるりと抜け出してくると、わたくしを見上げて口をひらく。
不死者アンデッドの匂いですね……これは耐えられない……」

「大半はゾンビですわね、それと強力な死霊魔術師ネクロマンサーが付近にいます……第一王子派にそんな人いましたっけね……」

「エルネット! 酒場はゾンビだらけだ!」
 結界を張り終わったのかデヴィットさんが慌ててこちらへと走ってくる……階段の下からは呻き声と結界を破壊しようと叩いているのか、何かを叩く音が響いている。
 デヴィットさんは少し息を整えるように肩を上下させて深呼吸をしてから、心配そうな瞳で階段の方を見ている……結界を張ったとはいえ、簡易的なものでしかないためいつ壊れてもおかしくないのだろう。
 エルネットさんは逃げ場所を確認するかのように廊下についている窓の下を見るが、そこには大量のゾンビしかいないのだろう……顔を顰めると首を振った。
「……だめだすっかり囲まれている……馬車は無事かな……」

「エルフの持ち物ですから……聖なる魔力に覆われているはずですわ、おそらく今は大丈夫でしょうけど……」

「シャルロッタ様、こっち裏口があります!」
 リリーナさんが廊下の奥から顔だけ出してわたくし達を呼ぶ、いつの間に彼女は別行動を取ってたんだろうか、と感心しつつわたくし達はそちらへと歩いていく。
 宿はそれほど頑丈にはできていないらしく、何かがぶつかるたびにビリビリと震える……あまり長く持たないなあ……マーサは真っ青な顔でエミリオさんが支えないと倒れてしまいそうなくらいの顔をしているのだけど、わたくしはにっこりと笑って彼女に話しかける。
「マーサ、大丈夫……わたくしとエルネット卿達がなんとかしますわ、エミリオさん申し訳ないのですがマーサをお願いしますね」

「はい、お任せください……ささ、マーサ殿」

「シャルロッタ様……ご無事で……」
 わたくし達は裏口より外へ出ると、呻き声と悲鳴、そして戦いの音などが響く場所から離れるべく移動を開始していく……村の中では戦闘が始まっているが、ゾンビとの戦いに慣れていないのか村人達は一方的に蹂躙されている状況だ。
 衛兵も少しいたはずなんだが……でもすでに飲み込まれてしまっているということかもしれないが、それにしてもゾンビだけで攻めたところでこんなに素早く相手を制圧できるものだろうか?
 わたくしの中で違和感が芽生える……村を襲っている不死者アンデッドはゾンビだけじゃない、おそらく上位の何かが指揮をしているはずだ。
「エルネットさん、ゾンビだけでなく知能の高い何かが……」

「……やはりマスターがおっしゃる通り、貴女は厄介ですね」
 わたくしの真横……ほぼ何もなかったはずの空間よりとんでもない速度で槍が突き出される……何? 今真横には何もいなかったはず! わたくしは咄嗟に防御結界を強化した左手を振るってその槍を弾き飛ばす。
 キャアアアン! という甲高い音と共に、わたくしの左……思っていたよりも近い場所から二メートル近い筋肉質の人影がぬるりと姿を見せる。
 わたくしを囲むように「赤竜の息吹」とユルが武器を構えて防御態勢を整えるが、その人影は長身で恐ろしく筋肉質な板金鎧プレートメイルを着用した騎士だった。
「何者だっ!」

「触媒となった者の名はわかりませんが、マスターからはタイナートと名付けられました、お見知り置きを」
 その騎士は少し距離を取ると美しくも優雅な礼を見せるが、その顔を見てマーサだけでなくエルネットさん達も思わず息を呑んだ。
 瞳全体は赤く濁った色をしている……これは人間を触媒として復活した不死者アンデッドなどに見られる特徴だが、場所が問題だった。
 頭は首から切断されており、彼の小脇に抱えられた状態……つまり彼は生きていない、首無し騎士デュラハンと呼ばれる上位不死者アンデッドの一種だったからだ。
首無し騎士デュラハン!? そうかそれでゾンビが組織だって行動して……」

「ええ、我が愛するマスターはこの村を攻撃する栄誉を私にくださいました……そしてそこの黒い獣含めて冒険者を抑え込めと命令されております」
 小脇に抱えたタイナートの口元にニヤリと歪んだ笑みが浮かぶ……確かに大口を叩くだけはあるのか、この首無し騎士デュラハンかなり強力な個体のように見える。
 獲物は槍だがこれは生前元になった死体が得意だった武器なのだろう……そして鎧のあちこちには血痕がベッタリと付着しており最後まで抵抗したのだというのがわかる。
 しかし「赤竜の息吹」とユルを抑え込めって……じゃあわたくしは誰が押さえ込むんだ? なんだが急にイラッとしてきてわたくしはバキバキと指を鳴らしてからタイナートへと話しかける。
「……わたくしもおりますのよ? 数に入れてくれないなんて寂しくなっちゃうわ」

「貴女には特別なゲストがお相手しますよ」

「はぁ?」

『シャルロッタ・インテリペリ……強き魂を持つものよ』
 わたくしだけでなくその場にいたエルネットさんを含めた全員の脳内に直接不気味な声が響く……その声は恐ろしく強く、邪悪で不快感を伴うもので、全員が頭を抑えて表情を歪める。
 声は上から響いている……わたくしは顔を顰めながら上空を見上げると、月を背にしてもう一人黒いローブの人物が空中に静止しているのが見えた。
 その黒いローブをまるで邪魔だと言わんばかりに投げ捨てると、そこに現れたのは人間大の巨大な昆虫……黒い外皮がヌメヌメとした光沢で輝く、生理的嫌悪感を感じさせるゴキブリをそのまま直立させたような不気味な怪物の姿が現れる。
 そして怪物は複眼を赤く光らせると、まるで笑ったように口元を歪ませると、複雑な摩擦音を立てる……その言葉は直接脳内に響くように伝えられた。

『……私は訓戒者プリーチャー……見えざる神の眷属這い寄る者クロウラー、シャルロッタ・インテリペリの命を私がいただく』
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